<第13話> 修練
ディアラ到着初日の夜、食堂でささやかな歓迎会が開かれることとなった。
ゴンズを筆頭にして、主のいないサンドリラス城でホブゴブリンどもが大騒ぎし、
酒の席では、全く飲まない俺と飲んだくれのゴンズ、ノイルさんと主賓であるディアラが一緒となった。
食べ物や酒類は俺にとって、嗅覚を楽しませるだけのものだったが。
珍しくノイルさんが飲んでいるために、そのほろ酔い姿はとても目の保養になる。
それにしても魔物って酔っぱらうんだな。
ゴンズたちオークやゴブリンらは分からないでもないが、ノイルさんがほっぺを紅くしているのは意外だ。
「そういえばディアラちゃん、まだお酒はだめだったけ?」
「は、はい。飲酒は免許皆伝を受けてからと決めています」
「それは村の掟なの?」
「いいえ。父がそうしたと言ったいたので」
「そう。責任重大ね、クラディウス?」
ノイルさんに呼び捨てされ、ギョッとしてしまう。
正面に二人が話し込んでいたのは知っているが、あまり聞いていなかった。
ぶっちゃけ、明日からどうするか決めかねているのだ。
「何のことです?」
テーブルに両肘をついて顔の前で手を組む。
いかにも考え込んでいました、というポーズ完成だ。
「免許皆伝ですよ、免許皆伝!」
「はい?」
「ディアラちゃんのお師匠様になるのでしょう? 明日から!」
「ああ、そうですね」
「もうっ、しっかりしてくださいよ!」
免許皆伝ってそういうことか。
俺の技をディアラに伝授できれば、俺がそれ言い渡すと。
なるほどなぁ。
さて、やっぱりアレにするかなぁ。
「もう始まっていますよ、ノイルさん」
「む?」
「ディアラの修練ですよ」
――ふっ、決まった。
明日からではなく、もう始まっているのだ気を抜いておったな、パターンだ。
「ガハハ! なぁにカッコつけてんだクラディウス! ブハハ!」
「うっわ酒くさっ! 近寄るなゴンズ!」
「おいおいイイじゃねえか、ちょっとだけちょっとだけだからよぉ!」
「おいコラどこ触ってやがる! やめろやめろぉおお!」
ゴンズを先頭に酔っ払いたちがどこからともなく表れ、俺を覆っていく。
台無しだ。
すべてが水の泡だ。
――くそっ、なんで俺が恰好を付けようとするといつも裏目に出るんだ!
そんな俺の叫びは、饗宴の中に消えていき、刻々と時は過ぎていった。
★
明朝、午前七時。
前日俺が伝えた時刻に、ディアラはやってきた。
あのどんちゃん騒ぎに関わらず、その顔は真剣そのものだ。
睡眠も食事も要らない俺であるが、前世での行いを思い返せば、その心意気は評価したい。
場所はサンドリラス城・城壁内、西門付近を指定した。
直径三メートルの一枚岩が鎮座する芝生があって、なんとなく俺が岩に座りたかったのでここにした。
「ディアラ・ラースター、ただ今参りました」
時刻通りの午前七時、三分前くらいだ。たぶん。
「おう。どうだ? 昨日はよく眠れたか?」
「ぇ! あ――は、はい、眠れました」
「旅の疲れは取れたか?」
「はい!」
「そうか」
……何話していいかわかんねぇ――!
人間でいえば十五歳くらいの女の子だぞ。
中三か高一。
いや、ちがう。俺は先生なのだ。これから剣を教えなきゃいけないんだった。
「……そうだな、昨日の城門前での……」
「す、すみません! そのときはお見苦しい所を見せてしまいまして!」
「なんで謝ってんだ?」
「いえ、謝罪するのを忘れていましたので……気絶した挙句、その……し、しっ、しっきn……と、とにかく、すみませんでした! あと、デラドさんにも失礼なことを……」
……それを今掘り返すかね……。
まぁ気にしていたんだろうなずっと。真面目そうな性格だし。
「俺が言いたいのはそれじゃない。ワーウルフは家系によって得意分野があると聞いた。ディアラは魔法か?」
「そ、そうです。風魔法を得意していますです……」
「緊張してるか?」
「は、はい。その、クラディウスさんはエルジェイド様の専属騎士様ですし、ゼラス姉様の推薦したお方ですから……」
「俺って怖いか?」
「い、いえ! そのようなことは!」
顔が必死すぎてかなり嘘くさい。
そうか、何だ怖がってくれてるのか。
色々とだめな所見せてるし、舐めてかかってくる可能性もあると思ってたけど。
真面目すぎるな、この子。
「正直に言ってくれ」
「え、あ、はい。本音を言うと……怖いです。兄弟子であるハーバルトにわたしは勝てません……そのハーバルトを一撃ですから……」
「まあ不意打ちだったからな」
「それは背後を取られたわたしが……剣士失格です……」
「失格? なんで背後を取られたら失格なんだ?」
「え……?」
このままでは、俺が何かを教えることができたとしても、型にハマったことしかできない堅物になってしまうだろう。
それはよくない。
教える側にまわったのなら、ディアラがそうならないようにする責任がある。
俺はそう思うのだ。
「はっきり言っておく。俺は剣士でも戦士でもない。エルジェイドというガキンチョの護衛だ。だから、俺は背後を取られても、自分の攻撃が効かなくても恥なんて思わない。俺はロクに技を持ってないからな。それで、剣術なんて俺は知らないし、察知や気配消す方法も教えることができない。俺にできるのはその場その場の対応だけだ。相手が剣を振り抜こうとしたら握りつぶし、怯んだら剣を取り上げるだけだ」
ぽかん、とディアラの表情が固まった。
俺がなんでこんなことを言っているのか分からないのだろう。
それと、俺の外見から変なイメージを持っていたに違いない。
「ディアラ、これからするのはただの実戦だ。実戦の中でおまえは剣を奪い、俺の動きを封じなければならない。それができたら免許皆伝だ。いいな?」
嫌です、と言わせるつもりはなかった。
もとより俺はこれしかできないのだ。
どこかの剣の達人みたいに技を教えることすらできない。
そんな俺に頼んだゼラスも馬鹿だと思うが、引き受けた俺も相当バカだ。
調子に乗って先生気取ったらこのザマだ。
しかし、修練ははじまったのだ。
とにかく俺とディアラは実戦を始める。
ディアラは素手だ。
俺は玉転がしのように、ディアラの剣で鞘のまま、城のはじからはじへと転がしていく。
そのうち城壁を越えて、森の中にまで突入していった。
そうして日が暮れれば修練は終わる。
解散してまた明日。
と、そうはいかず、ノイルさんにこっぴどく叱られたことは言うまでもないだろう。




