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悪の鎧騎士物語  作者: うろこ
12/25

<第11話> ディアラ・ラースター

 午前九時、全く季節感の感じられないサンドリラス城・東門前にて。


「戦王国ルドルリアスならこっちから来るだろうな。いやしっかし、羨ましいぜクラディウス」

「剣の手ほどきか?」

「それしかねえだろてめぇ! ワーウルフのお姫様だぞ? 死体じゃねえんだ。ピッチピチだぜピッチピチ!」

「やれやれ、ゴンズは女好きだな」

「ノイルの尻ばっかり見てる奴が何を言ってやがる!!!」


 ガツン、と拳で脳天を叩かれる。

 死霊石製の石頭だ。ちっとも俺は痛くない。


「かってぇ石頭だなぁオイ!」

「ワーウルフは獣くさいかもしれないだろう」

「それがいいんじゃねえか!」


 オークには性欲過多のイメージがあったが、こいつは特にそうだな。

 同種はもちろん、異種にまで興奮してやがる。


「なぁデラ坊!」

「ぼ、ぼくですかぁ?」


 ゴンズの脇に、ホブゴブリンがひょこひょこ付いてきている。

 自信のなさそうな顔つきだ。


「おうよ、第五歩兵部隊隊長様がこの黒いのにビシッと言ってやれ!」

「ええっ! 恐れ多いですっ!!」

「何だお前、下っ端じゃなかったのか」


 明らかにひょろそうで、下っ端のホブゴブリンかと思っていたが。

 武器を持って戦うというより、モップで掃除している方が断然似合っているだろう。


「は、はい! 第五歩兵部隊、隊長を務めさせいただいていますデラドと言いますです!」

「へー」

「こいつも俺には敵わねえが意外とやるやつなんだぜ」

「そうか。ホブゴブリンは見かけによらないな」

「こ、光栄でありますっ!」


 ――ま、俺は歩兵部隊の存在を今知ったけどな。

 そんなやつら一切見かけなかったぞ、今まで。


「冬の月に嫁さん貰うんだよな! デラ坊!」

「は、はい!」

「へー、それはおめでたい」

「ありがとうございます!」

「そういえばゴンズ、お前は嫁さんいないのか?」

「ガハハ! 一流の戦士は一人女にこだわらねえのさ!」

「そうか。なら、デラドは二流の戦士だな」

「ええぇ~! そんなぁ!」


 動鎧、ハイオーク、ホブゴブリンが横に並んで笑っていた。

 城門の両脇にはゴーレムたちがピクリとも動かずに突っ立っていた。

 背後からは、ドシンドシンと地面を揺らすほどの足音が聞こえる。


 そう、ここにはゴーレムの他に門番がいたはずだ。

 今は交代の時間だと聞くし、代わりのやつがきたんだろう。


「ゴンズ、この時間の門番はトロルか?」

「ん、ああそうだぜ」

「え? ワームじゃないんですか?」

「ばーか。ワームがこんな足音なわけねーだろデラ坊」

「あ、足音、ですか?」

「だからおめーは二流なんだよブハハハ!」


 そうか。聞こえないかこの足音が。

 あまり近くとは言えないが、感じ取れないほど遠くはない。

 これを分からないということは、察知能力が俺の半分以下ということになる。

 しばらくして、


「オ~? ゴンズゥ! オデの持ち場ダゾ~?」

「客の出迎えだ、ポッフィム!」

「キャクゥ?」

「おい昨日言ったろうが。ったく。ワーウルフの姫様が来んだよ」

「ソウカァー。ア、オデ、歯磨いてネーゾ」

「おまえに会いに来たわけじゃねーぞすっとこどっこい!」

「ソウカァー」


 ぽりぽり、と恥ずかしそうに頬を掻いているトロル。

 ポッフィム、という名前か。

 四方の城門にはそれぞれ門番がいるというが、回って会ってみるのいいかもしれない。

 

「ア、オデ、覚えてるゾ。オマエ、クラディウスってヤツだ」

「俺の事知っているのか」

「アア、姫様のボーイフレンドだロ?」

「ガハハ! まあ間違っちゃいねえな! クラディウス!」

「俺はお嬢様の専属騎士だ」

「オオォ~! スゲエナァ―」


 無表情だと怖そうな顔面をグイッと近づけて、にっこり笑いかけてくるポッフィム。

 3メートルを超す巨体をかがめて、でかい右手を差し出してくる。

 俺はそれに応えるために、右手を差し出す。


 ぎゅっと、人間ならば握りつぶされてしまいそうなほどの握力で、握手した。

 温かいこぶしだった。

 少しねっとりしていたけれど。


「クラディウス! ヨロシクナ!」

「おう!」


 なんだかんだサンドリラス城にいる奴は気の良いやつらばかりだ。

 気を抜くと自分が鎧であること、こいつらが魔物であることを忘れてしまいそうになる。

 しかし、ここはサンドリラス城、魔王の根城なのだ。

 そして、この世界にいるであろう人間の天敵、それが魔物だ。


「もうそろそろか」

「距離はわかるか? クラディウス」

「森の外れに二つ。いつもとは違う気配を感じる」

「ガハハ! こればっかりは真似できねえな! な! デラ坊!」

「さ、さっぱりわかんないです……」

「心配すんな! おれもわからん!! ブハハ!」


 感覚野が凄まじく広がっているのは確かだ。

 それでも、いつもサンドリラス城の周辺を徘徊していたからこそ分かるものだ。

 初めて来たときにやれと言われても、さっぱりわからないだろう。

 

「さて出番だぜデラ坊!」

「え、ええ? 何がですか?」

「招待してやんだよ! ワーウルフの姫君をな! ブハハ!」


 悪戯好きのメス好きゴンズが、にやけて俺の方も見ている。

 ゴンズの考えが理解できたのは、俺がディアラの姿を見たときだった。


 俺のイメージでは、エルジェイドのせいか、幼くわがままなワーウルフかと思っていたが。

 そうではない。

 気高く一本気な、なんとも駆け出し剣士やってます、と言わんばかりの十五歳くらいの獣娘だ。

 これほど、からかい甲斐のある相手はいないだろう。




   ★



 


 ゼラス姉様から手紙が届いた。


『可愛いディアラへ


 ディアラに剣を教えるヤツを見つけた。

 オレに並ぶ剣の腕を持つ、恐ろしいやつだ。

 ヤツは甘くも優しくもない。ディアラを本気に殺しにかかってくるだろう。

 お前に死ぬ覚悟があるのなら、

 サンドリラス城へ来るといい。


             頼りになる従姉、ゼラスより』


 ゼラス姉様は初めてわたしに剣を教えてくれた人で、憧れだった。

 とても強くて、格好良かった。


 ゼラス姉様は父の姉の娘で、私とは一回り年が離れている。

 だから、大人な姉様は色んなところを飛び回って、ついには魔王様に認められて。


 そんな背中を追いかけたくて、わたしも獣王国の外へ出てみたかった。

 龍へと挑んでみたかった。

 

 それを口にした時に周囲の反対は大きく、引き止められた。

 まだまだ鍛錬が足りないと。

 ゼラス姉様も、うんと言わなかった。


 ゼラス姉様にもっと剣を教えてもらいたかった。

 でも、忙しいゼラス姉様は村にはほとんど戻ってこない。

 

「本当に行ってしまうですか、ディアラ」

「心配しないで母様。わたしも十分剣を学んだのよ」

「ゼラスほどの剣士が恐ろしいと評すのです……母は心を痛めておりますよ」


 母様の心配げな表情に、後ろ髪を引かれる思いにかられる。

 それでもわたしは意思を曲げるつもりはない。

 もとより甘っちょろい相手に教えを請うても、剣の腕が上がるとは思えない。

 だったら。


「母様、わたしはそれでも行きます。この覚悟は曲げません」

「ディアラ……」

「それに城門までは兄弟子のハーバルドに付いてきてもらうのです。それでいいでしょう?」


 わたしの言葉に、母様は良い顔をしなかった。

 そんな会話を最後に、喧嘩別れするような形でわたしは村を飛び出した。

 見送りに来たのは、剣術の指南役とその弟子たち数人だけだった。

 わたしの親類たちは猛反対したため、誰も来ていない。


「ディアラ、餞別だ」

「ありがたく。師匠、行って参ります」

「儂を師と呼ぶなディアラ。この老いぼれに教えることはない。だが、儂以上の猛者が待っているのだろう。死にもの狂いで学んでくるのだぞ」

「はい」


 こうしてわたしは兄弟子のハーバルドとともに旅立った。

 一か月をかけて、山を越え野を越え、連邦を迂回するようにして進んでいった。


 闇の洞窟は通ることはせず、龍の巣窟である山脈の脇を通った。

 そこには魔王軍直轄の刑天が管理する牢獄があるのみ、通行証を持っていれば素通りできる。

 この通行証も、四天王であるゼラス姉様がいなければ入手できないものだ。


「見えてきたな」

「そうですね……ハーバルド兄様、今までありがとうございました」

「やめろ。当然の事をしているまでだ。それに、ここからが本番だ」

「はい。分かっております」


 屹立する山々に囲まれた盆地、その奥に佇むサンドリラス城。

 その周囲の森林には、わずかながら強力な魔物の気配を感じることができた。

 

 普通ならば、デラプトスの森を踏破するか、闇の洞窟を潜り抜けなければならないのだ。

 ただの人間なら絶対にたどり着くことができない領域。

 魔界領域の最深部にわたしはいる。


 道なき道を歩けば、おそらくは東門あたる城門へが見えてきた。

 門の前には、両脇にゴーレムがそれぞれ一体、門の中央にトロルが突っ立っていた。


 緊張が走る。牢獄の時もそうだったが、魔王軍の魔物たちはやはり野生のものとレベルが違う。

 ピリリ、という威圧感をわたしは覚えた。


 わたしとハーバルトが近づくと、門の奥からハイオークとホブゴブリンが出てきた。

 いかにも戦士風な出で立ちの二体は、トロルの両脇に並んで立つ。

 わたしを待ってくれていた、ということなのだろうか。

 牢獄の方ではそんなものはなかったが。


「アァ~。来たダデ、ゴンズ。ワーウルフのピッチピチだデ」

「ポッフィム、てめぇちと黙ってろ」


 ゴンズと呼ばれたハイオークの威圧で、トロルが口を閉じる。

 門から五メートルほど離れた位置で、わたしは歩みを止める。

 

「私はラースター村のハーバルド。ゼラス様のご紹介に与かったディアラ・ラースターの護衛だ」

「おれは魔王軍第八将軍ゴンズ。連絡は届いている。長旅ご苦労だった」


 次に、わたしが前に出て挨拶をしようと思っていたところ。

 ハーバルトが制止するように、右手を前にかざしてきた。


「私の役目はこれで終わりだが、最後にディアラの指南役の方を見ておきたい。ゼラス様からはどのような方か伝えられていないのだ」

「ほお、たしかに大事な大事なお姫様を預けるんだ。どんなやつか見ておきたいのは道理だな。そういうと思って、連れてきてるぜ。こいつがディアラ様の指南役になるデラドだ」


 言って、ハイオークのゴンズはトロルの横に居るホブゴブリンを示した。

 ゼラス姉様の文を読んだときに、抱いたイメージとまるで違った。

 あの強いゼラス姉様が、自分と同等と言ったのだ。

 さぞ屈強な者が出てくるだろうと思っていた。


 このなかなら、まだゴンズというハイオークの方が戦士として格上であるような気がした。

 このハイオークに、きっとわたしは勝てない。

 それでも兄弟子であるハーバルドと同格くらいだろう。

 わたしのまだまだ未熟な感性にはそう思えていた。


 だから、意外だった。そして愕然とした。

 デラドというホブゴブリンが携えている、黒色のロングソードは名剣であると思う。

 しかし、このホブゴブリンには不似合いだ。

 わたしの持っている名剣が、わたしと不釣り合いなように、分不相応ではないか。

 そう、思ってしまう。


「おいおいうちのデラドに不満でもあるってのかぁ?」

「不満ではない。だが、そちらの方の腕が私はおろか、こちらのディアラに及ぶとは思えないのだ」

「それが不満ってことだろうがよぉ!」


 ハイオークの怒りに、雰囲気がさらに緊張を増す。

 心なしか、森がざわざわと騒いでいるように思えた。


「すまないが、一度手合わせしていただきたい。私とそちらのデラド様でだ」

「いいぜ。ただな、こっちも見くびられて戦うんだ。そっちが負けたら容赦はしねえぞ?」

「かまいません」

「そうか。よし、デラド、相手してやれ!」


 ハイオークの自信満々な表情から、このホブゴブリンが強者であることを匂わせてくる。

 わからなかった。

 戦士としてのレベルはそこまで高くないはずだ。

 なのに、なぜそこまで自信を持てるのか。


 ぴりりとした空気の中で、ぎょっと驚いているホブゴブリンが目についた。

 ――どうして驚いている?

 まるで戦うとは知らなかった、みたいな顔をしている。

 今の会話の流れなら、そうするのが当たり前だ。

 わたしとハーバルドが分からなかった強さを発揮するのか、と期待していた。

 でも、どうも違うように見える。


 どういうことなのだろう。

 そのわたしの疑問は、次の瞬間に明らかになった。



『――その剣は飾りか?』



 ハッ――と振り向いたときには、すべてが終わっていた。

 剣に手を添えていたハーバルトが、勢いよく抜き放ち、背後へと一撃を加えたのだ。

 しかしその剣は握りつぶされ、砕け散り、その勢いのまま、ハーバルドが吹っ飛ばされた。


 一瞬だった。

 わたしに見えたのはハーバルトが吹っ飛ばされる瞬間だけ。

 決して弱いわけではない兄弟子のハーバルトが、こうやって赤子の手をひねるように、ねじ伏せられている。



『剣も引き抜けぬか小娘! その思い上がりを知れ!』



 二メートルを超すほどの、全身鎧が凄まじいオーラを放っていた。

 なぜこんな邪悪な殺気を今まで気づかなかったのか。

 森に入った時点で気づいてもおかしくなかった。

 

 でも、わたしは今の今まで感じることができなかった。 

 それほどまでにこの目の前の魔物は、気配を消すことに長けていた。 


 一歩後ずさる。

 わたしにできたのはそれだけだった。

 これまでに教わった全ての技が忘れ去られていた。

 

 肩にかけられた不釣り合いな剣が、死の色をした鎧の腕に捕まれる。

 もう二度と自分の手に戻らない予感がした。


 それが嫌で、わたしは使い慣れた魔法を使った。

 相手を吹き飛ばす魔法だった。

 そこまで威力は強くないが、この距離なら、剣を奪わせないほどには役に立つ。

 しかし。



『魔法剣士気分か? くだらんな』



 ヒッ――言葉にならない悲鳴が出てしまう。

 まるで魔法が効いていない。


 わたしは地面に尻餅をついて、完全に剣を奪われていた。

 その剣が鎧騎士に軽々しく扱われているのを見て、わたしは気を失った。


 そのときじわじわと股間のあたりが濡れる感触が残る。

 これがわたしの人生の中で一番の恥となった。

 

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