第七話∶滅失
焦りも恐れもない。
近付く音に耳を傾け、視界全てを静かに捉える。
大きく息を吸い、深く強く力を溜める。
ギシッ、ギシッ。
桃太郎の身体はひと回りほど膨らんで、具足を軋ませました。
最初に駆けつけた鬼が何かを喚きながらこちらに向かってきます。
「シュッ。」
短く息を吐き出しながら鬼へ一気に踏み込むと、その勢いを乗せた大きな刀は柱を吹き飛ばし、鬼の半身を袈裟に飲み込み壁と床ごと砕きました。
桃太郎が初めて使う力、お爺さんとお婆さんが祈った暴力です。
まるで爆発の後の様に土煙や木片が舞い降る中、桃太郎の美しく長い桃色の髪が流れました。
桃太郎は自分の手と刀を見つめた後で振り返り、犬猿雉を呼び止めました。
「どうも逃げなくて良さそうだ。」
それから桃太郎は砦の中を駆け巡りました。
次々と鬼を斬り飛ばしていきます。
「お前みたいなやつとやりたかった、どこまでやれるのか試させてくれ!」
と挑みかかってくる鬼もいれば
「こんなの話が違うじゃねぇか、俺はやる側になったはずじゃねぇのか!?」
と泣いて逃げ惑う鬼もいました。
どんな鬼にも桃太郎は飛び込んで大きな刀を振るい、砕き飛ばしていきました。
鬼と一緒に柱も天井も吹き飛ばすので、砦はもう原型を残していません。
砦が崩れる轟音の中、犬猿雉は忌まわしい過去が壊れていく様な不思議な感覚を覚えていました。
「もう、選べるんだ。」
犬が呟き、猿と雉は涙を流しました。
そして猿はかつての親類が次々と斬り飛ばされていく姿を見ながら、ふと気付いてしまったのです。
「子を殺して食べることで鬼になる契約。それは一族全員が対象だった。差し出された自分達でも将来子供を授かることがあるかも知れない。そうなったら、自分達兄妹が鬼になる可能性が残っているんじゃ。鬼を根絶やしにするってことは⋯。」
猿は犬と雉の顔を見ることができませんでした。
その時、土煙の隙間から三匹の鬼が桃太郎の方へ襲いかかるのが見えましたが、猿はその鬼達より自分の中にいるかも知れない鬼のことで頭がいっぱいになっていました。
「そろそろでしょうか。」
突然、どこからか静かな美しい声が聞こえました。
忘れもしない、大人が鬼になる前に聞いたあの声です。
「クソっ、それどんな意味だよ!?」
猿はベトつく汗を流しながらあの人を探そうと周りを見回し、次の瞬間に血相を変えて走り出しました。
犬と雉は急に飛び出した猿に驚き、猿の向かう先に目をやると、櫓の上で弓を構える鬼を見つけました。
鬼の剛力で放たれる矢を受ければ桃太郎と言えど命は望めません。
猿は鈎縄を放り櫓を必死に登りました。
「あの声の意味なんて考えてる余裕はない。とにかく、あの高い櫓まで登れるのは自分だけで、このままだと桃太郎が死んでしまう。」
崩れ行く砦の中、犬と雉も叫びながら桃太郎に向かって駆け出しました。
犬は、「桃太郎を守りたい」と思いました。
雉は、「思い描く未来に桃太郎が欠けるのは嫌だ」と思いました。
桃太郎はそれに気付かず二匹の鬼をまとめて一太刀で斬り飛ばして三匹目に向かって構えた瞬間、それを狙った矢が櫓の上から放たれました。
犬は鉄の盾で止めようとしましたが、それを支えようとした雉もろとも鬼の矢が貫きました。
猿は櫓を登りましたが鬼に捕まり、首の骨を折られてしまいました。
犬も猿も雉も、全員が咄嗟に動いていました。
桃太郎は振り返ると血塗れの犬と雉、その奥に櫓の上で鬼に首を掴まれた猿を見ました。
少しの間、それが何か理解出来ませんでした。
「⋯⋯⋯ぁあああぁあああぁぁあぁああ!!!」
声にならない叫び声をあげる桃太郎を狙って、鬼が再び矢をつがえます。
桃太郎は飛んでくる矢を避けながら櫓ごと斬り倒して鬼の頭を潰した後、猿を抱え上げました。
猿を連れて戻ると、鉄の盾ごと貫かれた犬は即死でしたが、雉にはまだ微かに息がありました。
雉は桃太郎の無事を確認すると、月を見上げました。
少しだけその口元が動いた気がしましたが、そのまま雉も死んでしまいました。
桃太郎は犬猿雉の髪の毛をひとつまみずつ集めて懐にしまいました。
薄暗い月の下で桃太郎はそれぞれの名前を呼び、一人で涙を流しました。




