第7話 ひまわり頭の医師
次の日
マディソンから森の守りを任されたローレルは、さっそく森の中へ向かっていた
開けた場所を見つけると、そこに跪き目を閉じ指を組んだ
(神ルナリアよ。このハルマスの森に平穏と豊かな実りをお授け下さい―――――)
セルニグルを見守る神・ルナリアに祈りを捧げると、それに応えるように周囲に柔らかな光が放たれた
そしてゆっくり消えていくのを感じ取ると、ローレルは目を開け立ち上がる
(神ルナリアがお応えになってくれたわ。毎日祈りを続けていれば、少しずつこの死の森にも加護がつくはず)
そう思っていた時だった
「――――おや?貴女はもしや、マディソンの奥様ではないですか?」
急に声をかけられ振り向くと、そこには黒ずくめで背の高い、頭がひまわりになっている男がローレルを見下ろしていた
(異形頭…………話には聞いていたけど、見るのは初めてだわ………)
ローレルはそのひまわり頭の男を思わず見つめていると、
男の中央に付いている1つ目が微かに動いた
「――――ああ、自己紹介がまだでしたね。僕はルシアン。この森で医者をしています。奥様の結婚式の時も、実は出席していたんですよ」
ひまわり頭の医師―――ルシアンは、にこやかにローレルに自己紹介をした
「まあ……そうでしたか。それに、このような森にお医者様がいたなんて驚きです」
「ははは。そうでしょう。僕は魔界植物から派生した人外だから、ここで暮らした方が居心地が良いのです。故に奥様のご主人、マディソンとも長い付き合いなんだ」
マディソンとも交流があると知ったローレルは、少し驚いたように声を漏らした
「では、マディソン様のご友人なのですね」
「友人というか、腐れ縁ですね。いろいろあって彼に命じられ、僕は森のメンテナンスをさせられている訳です」
所謂、ハルマスの主の下僕ですよ、とルシアンは爽やかに笑い飛ばした
そしてふと思い出したかのように、ローレルに尋ねた
「そう言えば、奥様はここで何を?」
「私はここで傷付いた動植物達がいないか見に来たのです。もしいたら治してあげようと思いまして」
ローレルの言葉を聞いたルシアンは首を傾げた
「奥様が治療を?医師か何かだったのですか?」
「実は元聖女なのです。訳あって追い出されてしまって………ですからここで代わりにお役に立とうと思いまして」
「えぇっ!?元聖女ですか!?」
ローレルの素性に、ルシアンは1つ目がこぼれ落ちそうに成る程目を大きく見開くのだった
―――――――――――――――――
「――――成る程、婚約破棄をされてしまったのですね」
「ええ、私が力も無いのに聖女と偽ったのだとありもしない罪を着せられ、このハルマスに送られたのです」
ルシアンと共に森の中を歩きながら、ローレルはこれまでの経緯を彼に打ち明けていた
整地のされていない凸凹とした地面を歩いていると、とある樹木にたどり着いた
「これは………」
ひときわ大きい幹のその樹木には、太い蔦が樹木を取り込むかのように同化し、一つの樹となっていた
しかし、蔦に締め付けられたその樹木は、何処か朽ち欠けている印象だ
「これはマディソンの身体の一部―――謂わば要の部分と言った所かな。こうして樹木に巻き付き蔦を伸ばし、地中では無数に根を張り、森を隅々まで見えるようにしているのです」
ルシアンはそう言うと、樹木の幹にそっと触れた
「取り付いた樹木が老朽化したせいか、少し脆くなり始めているみたいでね。なんとかしろと、マディソンに命令されたんだ。樹木自体は壊れても蔦が傷付かなければ、マディソンに影響はないけど―――彼がこの樹木を気に入っているようでね。全く無茶な要求ばかりするんだ」
ヤレヤレといった様子で樹木を調べるルシアンを見ていたローレルは、そっと樹木に近付き手をかざした
(――――分析)
分析とは、高い神力を持つ者だけが出来る特別な能力だ
その力を使ったローレルの脳内には樹木の内面が可視化され、老朽化した原因が映し出された
「………どうやら、この樹木が朽ちてきているのは、古いからではなく、病にかかっているからのようですね。これなら癒やせばなんとかなりますよ」
「ええっ!?どうしてそんな事が一瞬で―――」
「聖女には救いを求めるものの苦しみを見ることが出来るのです」
ローレルはニコリと笑ってみせると、次の瞬間真剣な眼差しになり、再び手をかざした
「――――回復」
呪文を唱えると眩い光と共に、朽ちていた樹木がみるみる活力を取り戻していく
魔法が終わった頃には、何処か枯れかけていた質感だった幹が、元の暖かみのある質感へと姿を変えていた
「これは凄い……!樹木もそうだが、マディソンの蔦まで良くなっている」
ルシアンは食い入るように樹木と蔦を見比べながら、感嘆の声を上げた
すると森の中から声が響いた
『―――――己の仕事を放棄して、お前は何をやってるんだルシアン?』
心無しか少し不満そうな声に、慌ててローレルが弁明した
「マディソン様!私が勝手にやってしまったのです。ルシアン様は悪くありません!」
すると、大きなため息が一つ聞こえてきた
『…………別に怒っているわけではない。ローレル、お前はそろそろ屋敷に戻れ』
「は、はい」
ローレルはルシアンに会釈すると、その場を立ち去った
ローレルが見えなくなるのを確認すると、ルシアンは静かに話し出した
「……中々いい子だね君の奥様。治癒魔法も完璧だし、流石元聖女だ」
ルシアンが褒め称えると、再びマディソンの声が響き渡った
『フン。私のものだ。やらんぞ』
「大丈夫だよ。取らないから………というか、あんな若いお嬢さんなら、あの姿止めたら?そもそも君はまだ年若なんだから」
『人間の男はあの姿の者しか知らんのだ。それに、ローレルもあちらの方が見慣れてるだろうし、今更変えん』
頑なに拒否するマディソンの言葉を、半ば呆れ気味に聞いていたルシアンは、次の瞬間真剣な声色になる
「………ただ、少し気がかりなのは『彼女』がどう思っているか、だ。いきなり現れた奥様が、もしかしたら面白くないかもしれない」
『"彼女"?…………ああ、奴のことか。別に端から奴とは何も無い。変な事にはならん』
マディソンがハッキリ言い切るが、ルシアンは何処か引っかかりを感じるような表情を浮かべる
「だと良いけどねぇ……でも、警戒しておきなよ?『彼女』が暴走したら何が起こるか分からないから」
そう言い残すと、ルシアンはその場を立ち去った
後にその『彼女』が、ローレルを巻き込み命を脅かす事を、マディソンは知らずにいた




