第26話 真の聖女
一方その頃
デュークと別れたローレルとマディソンは再び会場に向かっていた
人通りの少ない廊下を歩いていたローレルは、小さく息を付くと口を開いた
「先程は肝が冷えましたよマディソン様。間違っても殿下に手を掛けるような事は、絶対になさらないで下さいね?仮にもまだ王位継承権をもった王太子なのですから」
幼子を諭すようにマディソンに訴えるも、彼は納得いかない顔をしている
「そんなもの私には関係ない。それに、あの小僧はいずれ王位継承権とやらを剥奪されるのだろう?ならむしろ手にかけた方が好都合ではないか」
さらりと危ない発言をしてしまうマディソンに、ローレルはギョッとしてしまう
「余計に駄目です!マディソン様だけでなく、私まで処刑されてしまいます!」
「処刑?何故だ?厄介払いしてやるのだから感謝されるべきだろう」
「デューク殿下は王族なのです!この国を統べる国王の王太子に、その様な真似をしてはなりません!」
ローレルが息を切らせながら反論したが、マディソンは腑に落ちない顔をしている
ローレルは呆れながらも、説明を始めた
「マディソン様には理解しがたいと思いますが………貴族社会というのはそういうものなのです。マディソン様も爵位を授けられたのですから、最低限の常識は覚えて――――――」
その言葉を言い終える前に、「ドン」という音と共にマディソンの腕によって行く手を阻まれた
マディソンは両手を壁に付き、ローレルを捕らえるように顔を近づける
「先程から昔の男を擁護され、私は不服で仕方ないのだが?」
「―――っそんな!デューク殿下の事は何も―――――」
反論を聞き入れもされず、ローレルの唇が塞がれた
マディソンの怒りとは裏腹に、温かで優しい感触が唇に伝わってきた
ローレルが目を見開き戸惑っていると、ゆっくりマディソンが離れる
「――――これでもまだその名前を出すというのなら、その口をもっと塞いでやるが?」
「――――っ!!」
その熱を帯びた視線に、ローレルの顔は真っ赤に染まる
すると会場方面からバタバタと激しく人の出入りがされているのをローレルは目撃した
「?…………どうしたのかしら?」
穏やかでは無さそうな雰囲気に、ローレルは嫌な予感を感じ取っていた
――――――――――――――――――
「これは一体………」
ローレルは目の前の光景に唖然とする他なかった
少し前まで賑わいを見せていた会場内では、椅子や床に倒れ込む招待客で溢れ、使用人達が必死に指示を仰いでいた
「誰かこっちに来てくれ!」
「医者はまだ来ないのか!」
様々な怒号が飛び交う中、ローレルは1人の使用人を呼び止めた
「あの、何が起こったのです?」
「どうも食あたりを起こしたようで………料理に傷んでいた食材があったようです」
「そんな………」
信じられない様子で、ローレルは会場を見渡した
すると、ローレル達の後ろを、ある人物達が通り過ぎた
「皆、聖女レイラが来てくれた!もう大丈夫だ!」
そう声を上げたのは先程通り過ぎたうちの1人、デュークだった
しかしその隣にいるレイラは顔を強張らせている
「こんな大勢の治癒なんて…………無理よ。せいぜい片手で数えるくらいが精一杯だわ」
戸惑いを見せるレイラを、ローレルは離れた所で黙って見つめていた
するとデュークがレイラに促した
「さあ、レイラ。聖女の務めを果たしてくれ」
「で、でも………」
「大丈夫だ。聖女であるなら必ず出来る」
そこまで押され、レイラは押し黙ってしまう
そして少し間を置き、一歩前へ出ると、手をかざし始めた
「――――――区域治療」
区域治療とは、1人の術者が大人数をいっぺんに治癒する事が出来る治癒魔法だ
高位神官のみが使えるこの呪文を唱えると、眩い光が現れ倒れている人々を包み込んだ
「おお…………」
「聖女の力だ………!」
その場にいる人々は、レイラに期待の眼差しを向けた――――――
しかし、なんの前触れもなく、レイラの治癒魔法が解かれてしまった
「…………っはぁ…………はぁ…………」
ふとレイラを見ると、荒い息を上げ額には大粒の汗が噴き出ている
その光景に、会場内が凍りつくような錯覚に陥った
デュークは戸惑いをあらわにし、レイラを覗き込む
「レ、レイラ………?どうしたのだ?」
「わ……私にはこれだけの数を捌くのは無理よ………いくらなんでも多すぎる………!」
その言葉に、デュークは思わず声を上げた
「えぇっ!?だ、だが、ローレルはこのくらいの事、いとも簡単にこなしていたぞ?」
思わず口からかつての聖女であり婚約者の名が飛び出し、レイラは勢い良くデュークを睨みつけた
デュークはしまったと言わんばかりに口を押さえたが、時すでに遅い
すると遠くからヒソヒソと声が聞こえてくた
「やはりローレル様が力を偽っていたというのはデタラメだったのでは……?」
「ですが、そんな気はしてましたわよね……あんなに信心深い方でしたのに………」
「むしろ、力を偽っているのはレイラ様では………?」
その言葉を耳にした瞬間、レイラは目を鋭くさせ傍観している招待客に目を向けた
「何よ!文句ある!?こんなのローレルだって出来ないにきまってる!そうでしょうローレル!」
突如元聖女に矛先が向けられ、ローレルは驚きのあまり目を泳がせた
傍観者達も一斉にローレルに視線を向けている
「え……あ、あの………」
「でもここの招待客はあんたをご所望よ?やれるもんならやって見せなさいよ!」
どうせ出来ないでしょうけど!とでも言いたげにレイラは口を歪ませローレルに促した
ローレルが躊躇っていると、肩にそっと大きな手が触れた
「やって見せたら良いではないか」
「マディソン様……」
「丁度良い機会だ。偽物だと訴える者を黙らせてやれば良い」
マディソンはローレルに目線を向け「自信を持て」と目で訴えかけた
マディソンに背中を押されたローレルは、意を決し前へ進み手をかざした
「―――――――区域治療」
呪文を唱えた途端、先程とは比べ物にならないくらいの眩い光が会場内に溢れ出た
しかしどこか柔らかで優しさに溢れた光が、患者ではない者にも温かく包み込む
そして光が収まると、見えてきたのは先程までぐったりとしていた招待客達が元気を取り戻した姿だった
その瞬間、会場内はどよめきに包まれる
「ローレル様の力で、病人が治ったぞ!?」
「やはりローレル様の力は本物だ!」
「真の聖女はローレル様よ!」
そんな言葉が次々と飛び交い、ローレルは戸惑いを隠せないでいた
一方、そんなローレルを、デュークとレイラが信じられない様子で見つめていた
「な………いとも簡単に治した……ローレルは力を偽ってなどいなかったと言うのか………」
デュークは唖然とし、その場に崩れるように座り込んだ
そしてレイラの顔は見る見る鬼の形相に変わっていく
「な……なんで………なんでなのよ……!私の方が力が上なはずじゃない……違うの……!?」
レイラは身体を震わせローレルを睨みつける
すると会場内にぽつりと低い声が響き渡った
「ローレルの力が偽りな訳なかろう。妻の力で、あのハルマスの森の植物が毎日生き生きとしているのだから。それが答えだ」
そう言ってマディソンはローレルを抱き寄せた
「だが、もうローレルが聖女として返り咲く事はない。恨むのなら、愚かな選択をした王太子とそれをそそのかした聖女を恨むのだな」
マディソンは鼻で笑うと、ローレルと共に会場を後にした
会場にはデュークとレイラを攻め立てるような無言の圧が、2人に振り注いでいた




