第2話 ハルマスの主
それから数時間後――
強制的に辺境送りとなったローレルは行き先も告げられぬまま馬車に乗せられていた
(誰にも挨拶出来ぬまま、別れてしまうなんて…………)
天涯孤独のローレルに家族などはいないが――世話になった神官やシスター達は居た
――――せめて一言言葉を交わしかたった
肌身離さず身につけている琥珀色の石の首飾りを握りしめていると馬車が止まり、扉が開かれる
「出ろ」
憲兵に促され、ローレルは外へと出た
「…………ここは」
ローレルの目に飛び込んだのは、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた森だった
一見、何の変哲のない緑豊かな森だったが、何処からともなく漂う黒い気配に、彼女はいち早く気付いた
(この強い瘴気………まさかここは)
すると憲兵が口を開く
「ここはハルマス。通称『死の森』だ。聞いたことくらいはあるだろう」
そう言われ、ローレルは頷く
ハルマスとはセルニルグ王国にある森林地帯だ
死の森と呼ばれ、一般的な植物だけでなく魔界植物も沢山生息している
そしてここには森を治める主がいるとの噂があるのだが―――真偽は不明である
「ここがお前の墓場だ。安らかに眠れ」
剣を抜く憲兵を見たローレルは目を見開く
「なっ………!どうして!処分は辺境送りだけなはず………!」
「辺境に送った後始末しろとの事だ。王太子様の命でな」
血の気が低くローレル
そして踵を返し走り出した
木々をかき分け道なき道を走り抜ける
しかし―――
「あぁっ!!」
木の根に躓き、ローレルは地面に倒れ込んだ
必死の足掻きも虚しく、憲兵達は彼女に追い付いた
「無駄な足掻きを………おい、やるぞ」
1人が指示を出すと、剣が一斉にローレルに向けられる
(ああ……終わりだわ……)
絶望する中、ギラリと光る銀色の刃をローレルはただ見つめる
そして刃が振り落とされようとした、その時だった
「うわぁっ!?」
「ぎゃあっ!?」
突然憲兵達の驚くような声が聞こえた
ローレルが顔を上げると、憲兵達は何かに囚われていた
よく見ると蔦や木の根のような物が彼らに巻き付いている
ローレルは呆然とその光景を見つめる
次の瞬間
スポンッ!!
突如上から現れた大きなウツボのような植物らしきものが、彼らを吸い込んだのだ
そして膨らみ部分が生き物のようにウニョウニョと動きだした
「な………これは一体……………」
ポツリと呟いた時だった
ブハァッ!!!!
今度は何かの固まりを吐き出した
目を凝らし、ジッと見つめているとそれが何なのかをローレルは理解する
「――――――ひっ!!!」
それは先程の憲兵達だったものだった
押しつぶされたように丸くまとめられ、塵屑のように地面に捨てられている
「うっ………おえっっ!………かはっ………!」
あまりの惨さにローレルは嘔吐する
(な、なんなのここは一体―――)
そう思った時だった
グサッ
「ギィァァァァァァァァァァッ!」
突如そのウツボ型の植物に向け、槍のようなものが放たれその身体を貫いたのだ
ローレルが呆然としていると、森全体から声が響き渡った
『―――――全く、こちらが狙っていた獲物を横取りするとは、無礼な奴だ』
思わず辺りを見渡すが、人の気配はない
『しかし、1人は残ったか。まあこれで良しとしよう』
愉快そうな声色が聞こえたその時
シュルシュルシュル!!
目の前に蔦が集まり始めた
「な………」
やがてそれは人の形となり、ローレルの前に姿を現した
そこにいたのは40〜50代くらいの、灰色の髪をしたどこか品のある男だった
「―――――おお、偶然にもこのような若い婦女子が残ったとは!私はツイている」
その男は嬉しそうに、ローレルを舐めるように見つめる
「貴方は………一体………」
掠れる声で尋ねると、彼はこう言った
「私はマディソン・ヒースフィールド。この森の主だ」
そう自己紹介をすると不気味な笑みを浮かべる
(ハルマスの主…………彼が………)
ローレルはハルマスの主と名乗る男――――マディソンと対峙し、息を呑む
マディソンは不気味な笑みを浮かべると、ローレルに近寄る
「あ…………」
「そんなに怖がらないで。女性は丁重に扱って味わうと決めているのだ」
すると地面が沈みローレルはバランスを崩す
「きゃあ!!」
足元を見ると、いつの間にか土ではなく肉の塊に埋め尽くされていた
それと同時に霧のようなものが辺りを包み込み始め、真っ白な世界に変わっていく
生暖かく粘り気のある肉塊に、ローレルは恐怖で震えていた
――――しかし
「あ……あれ………」
段々と視界が揺れ座っているのすらままならなくなったのだ
そして抗えず、そのまま肉塊の上で横になってしまう
早くここから逃げろと、身体中の全神経が警告を促しているのに、フワフワと心地よい感覚に抗えない
それを見てマディソンは面白そうな表情を浮かべる
「ああ、消化酵素が効いてきたか」
「しょうか、こうそ………?」
「ええ、今貴女は消化されている真っ最中。この白い霧は、人の動きを弱めるのだ―――――しかし」
突然フッと笑みが消えたかと思うと、マディソンはローレルを組み敷いた
「もっとゆっくり味わっていたいのに…………どうやら抑えが効かないようだ………久しぶりの極上な食事に、歳甲斐なく高ぶってしまったか………」
掠れた声で呟き、愛おしそうにローレルの指を絡めた
そして熱を帯びたその表情は、どこか愛おしさに満ちている
そしてローレルの首元に顔を埋めようとしたその時、マディソンは突然動きを止めた
彼女の胸元にある琥珀色の首飾りをマディソンは食い入るように見つめる
(この首飾り……………)
マディソンはゆっくりとローレルの外見を凝視し始めた
(それに褐色の肌と金の髪と瞳………まさか)
ハリソンは思い出していた
十数年前ここで出会った少女の事を―――――
「…………そうか、貴女だったのか」
ボソリと呟くと、マディソンはローレルの側を離れる
「気が変わった。貴女を食べるのは止めにしよう」
突然の心変わりに、ローレルは薄れゆく意識の中、驚いたように見つめる
そしてマディソンが指を鳴らすと、ローレルは地面の肉塊に埋まっていく
「丁重にもてなそう。彼女は私の―――――」
そこまで聞いたところで、彼女の意識は途絶えた




