第18話 自覚
その頃、ローレルは自室のベッドで1人物思いにふけっていた
「ピ…ピッ」
ぼんやりしながらベッドに腰掛け、何処か様子のおかしいローレルを、パールが心配そうに見つめている
「大丈夫よパール。少し戸惑っているだけなの」
パールの視線に気付いたローレルは、心配かけないよう気丈に振る舞った
―――――その時だった
バタン!
いきなり部屋の扉が開かれたのだ
「奥様!」
現れたのは酷く取り乱した様子のリビーだった
「奥様、一刻も早く屋敷を出ましょう!」
「ええっ!?ど、どうしたというのリビー」
するとリビーは強張った表情のまま、こう答えた
「………森に、火が放たれました……何者かによって」
告げられた言葉に、ローレルは言葉を詰まらせる
(どうして!?一体誰が!?)
ローレルは思いがけない事態に動揺を隠せないでいた
「さあ、ゆっくりしている時間はありません。このまま出ましょう!」
リビーに促され、ローレルはパールを肩に乗せると、足早に部屋を後にする
2人で長い廊下を駆け抜け、階段を目指す
曲がり角を曲がったその時、目の前にマディソンがゆらりと現れた
「旦那様!」
マディソンが崩れ落ちるようにしゃがみ込んだのを見たリビーが声を上げた
その時、ローレルの頭に以前マディソンが『この森は自分の身体の一部』だと言っていた事を思い出した
(火が放たれいるのだとしたら、マディソン様の身体は―――――)
それに気づいたローレルはリビーと共にマディソンに駆け寄る
「マディソン様!大丈夫ですか!?」
「問題ない…………身を焼かれ、少々不愉快なだけだ………全く忌々しい……………」
そう悪態を付くマディソンだが、息が乱れ、明らかに顔色が悪い
「なんとかしなくては。けど癒やしの力を使っても、火を消火しなくては―――――」
一刻も早くマディソンを救おうと、ローレルが思案していた時だった
「ローレル」
真っ直ぐ名前を呼ばれ、ローレルはマディソンを見る
「今すぐ屋敷を出て、あの宰相と合流するのだ。そしてそのまま、この森を出ろ」
指示された言葉に、ローレルは目を見開く
「そんなっ…………それではマディソン様は、どうなるのです!」
「なに、大丈夫だ………この忌々しい炎を鎮火させる為に、少々力を多く使うだけだ」
乾いた笑いを漏らすと、マディソンはローレルの頬に触れる
「束の間の夢だったが―――――ローレルを側に置け、私は幸せだった………自由に生きるのだローレル」
そう言って目を細めローレルを見つめると、マディソンは彼女の唇に口づけを落とした
「リビー。ローレルを森の外まで送り届けよ」
「かしこまりました」
するとリビーはローレルの腕を引っ張り、屋敷を後にしようとする
「リビー!待って!マディソン様が!!」
「奥様、旦那様の想いを汲み取って下さい!どうか、旦那様の善意を無駄にしないで!」
リビーの訴えに、マディソンの覚悟を悟り、ローレルは悲痛な叫びを上げた
「そんな……ダメよ………マディソン様!マディソン様!!」
必死に己を呼ぶ、ローレルの叫びがマディソンの心を静かに抉るのだった
――――――――――――――――――
その頃、森で野営をしていたオルグレン達は、異変に気付き消火作業を行おうとしていた
「水属性の魔術師は最前線に出よ!少しでもまとまり、水魔法の勢いを強めろ!」
オルグレンは狼狽える事なく事態を把握し、親衛隊達に適切な指示を出していた
すると後ろから、女性の声が届いた
「オルグレン宰相閣下!」
振り返るとそこにはローレルとリビーの姿があった
裾が薄汚れた衣服を気にする事もなく、2人はオルグレンのもとに駆け寄る
「ローレル様!良かった。ご無事だったのですね」
あまり感情を表に出さないオルグレンだが、ローレルの姿を見て思わず安堵の表情を浮かべた
するとローレルはオルグレンの服を掴みすがりついた
「お願いです!マディソン様をお助け下さい!このままではマディソン様が死んでしまう!」
「落ち着いてローレル様。ハルマスの主が死ぬ?どういう事です?」
眉をひそめるオルグレンに、ローレルは必死で言葉を続ける
「この森はマディソン様の身体の一部なのです!即ちこの状況は、マディソン様の身体が焼かれているのと同じなのです!このまま森全域を炎が覆えば、マディソンの命が――――!」
「落ち着いて下さいローレル様!」
取り乱すローレルを、リビーが抑えなだめる
その様子を、オルグレンは驚いたように目を見開いた
(ローレル様がここまで取り乱す事があるとは……)
初めて見る元聖女の姿に、瞬きもせず見つめていた、その時だった
ドシン…………ドシン…………
地響きのような大きな足音が聞こえてきたのだ
得体のしれないものの接近に、周囲はどよめいた
「な………何だ?何が来ているのだ?」
オルグレンは辺りを見渡す
するとローレルの目にあるものが写った
「あ…………!」
上を見上げたローレルが見たものは、蔦で出来た巨人がゆっくりゆっくりと歩みを進めていたのだ
天を突く勢いの大きな巨体を揺らしながら、蔦の化け物は火元に近付いていく
「マディソン様!」
思わず叫んだローレルの声に反応し、オルグレン達も上を見上げた
「これも………ハルマスの主の姿だというのか……」
オルグレンが唖然としながら呟くと、リビーが口を開いた
「旦那様は自由自在に形を変えられるのです。時に人間に、また時に獣に――――そしてそれに加え、他を圧倒する力を持っているからこそ、この森の頂点に君臨しているのです」
そう語るリビーの横顔は、主人への敬意が表れていた
すると蔦の巨人になったマディソンが炎を身体全体で覆うようにその場でうずくまり始めた
炎を隠すように覆い込むと、まるで自らを括り付けるかの様に、蔦で囲い込んだ
炎はそれに抵抗するかのように火の勢いを強め、蔦を焼き切ろうとしている
「酸素を遮断し鎮火させようとしているのか」
オルグレンが感心したように声を漏らした
そのうち抑え込まれたかのように、パチパチと燃える音が蔦の繭の中で小さくなり、勢いを失っていった
そして隙間から白い煙が天に昇り、あれほど赤く燃え盛っていた炎が消えた事がその場にいた人々に伝わった
「終わった……のか?」
オルグレンは呆然と、蔦の繭を見つめていた
消火が終わったと知った親衛隊達は、歓喜の声を上げた
しかし、ローレルだけは表情を曇らせたまま、俯いている
そんな彼女に、リビーが心配そうに寄り添った
「奥様……」
「リビー……マディソン様は……どうなったのかしら?」
動かなくなった巨大な繭の塊を見つめながら、微かな希望を込め、リビーに尋ねるが―――彼女は首を横に振る
「何とも……言えません…………こういった状況に遭遇するのは初めてで…………」
目を伏せ答えるリビーに、ローレルは頭を垂れた
――――マディソンは死んでしまったかもしれない
その可能性が頭を支配した瞬間、ローレルの心がぐしゃりと潰れる感覚に陥った
そして、その時気づいてしまった
―――――いつの間にかマディソンを愛していたという事実に
(ああ………!私はマディソン様を……………!)
ローレルの目から涙が零れ落ちた
「うっ…………っ………………!」
しゃっくりを上げ泣き崩れるローレルに、リビーが優しく背中をさする
少し離れた所でオルグレンがその様子を見つめていた時だった
ガサガサ……………
茂みが揺れ、何かが出てくるような気配を感じ、ローレルとリビーは視線をそこに向けた
そしてオルグレンが2人を守るように前出て身構えていると、音の正体が姿を現した
「………なんだこれは?植物生物の一種か?」
出てきたのは緑の蔦を無数に出した、1つ目の奇妙で小さなな生き物だった
オルグレンとリビーが不思議そうに見つめる中、ローレルだけが信じられない様子でその生き物を見つめる
「貴方は―――」
そうつぶやき、ローレルは緑の生き物に近付いた
緑の生き物は、ジッとローレルを見つめている
そして目の前に立つと、ローレルはぽつりと尋ねた
「―――――妖精さん……なの?」
その問いに、妖精と呼ばれた生き物はコクリと頷く
そして、こう尋ねるのだった
『"妖精"と呼んだ生き物の事を、覚えているのだな。ローレル』




