第16話 迷い
あれから数日後
風邪が治ったローレルはパールと共にハルマスの森の中にいた
柔らかな光が木々の隙間から降り注ぐ中、地面に膝をつき指を組むと、ローレルは神に祈りを捧げる
(神ルナリアよ。この森で木々や花、そして実が豊かに育つよう力をお貸しください――)
強く念じ終わると、ローレルはゆっくり立ち上がる
「ふぅ……さて、森の皆の様子を見て周りましょうか。数日行けなかったから心配だわ」
「ピッ!」
パールを肩に乗せ、歩みを進めようとしたその時だった
ローレル達の行く手を阻むように、ある集団が立ち塞がったのだ
「――――!」
その出で立ちを見たローレルは思わず身構える
あのセルニグル王国の軍服に身を包んだ者達だったからだ
すると集団の奥から低く落ち着いた声が聞こえた
「どうか怖がらないで下さい。私達は貴女を助けに来たのです」
集団をかき分け現れたのは、長髪の黒髪を1つにまとめた、赤い瞳が印象的な壮年の男性だった
その人物にローレルは思わず声を上げる
「貴方は………オルグレン宰相閣下!」
そこにいたのはセルニグル王国の宰相を務めるアラン・オルグレンだった
親しい間柄ではないが、ローレルがヴィノグラード城にて妃教育に励んでいた頃、度々彼とは顔を合わせていたのだ
するとオルグレンは深々とローレルに向け頭を下げる
「お久しぶりですローレル様。ご無事で何よりです」
「どうして貴方がここに…………」
「我々は国王陛下の命により貴方を保護しに来たのです」
アランの言葉を聞き、ローレルは目を見開く
どうやら周りにいる兵達はオルグレンの親衛隊のようだ
そして彼が更に一歩前に出た時だった
シュルシュルシュルシュル!
土の中から蔦が飛び出しローレルとの接触を拒むかの様に彼女を囲い始めた
『貴様ら、私の妻に何をする気だ?』
森全体からマディソンの低い声が響き渡る
得体のしれない声に、親衛隊達はどよめいた
「待って!やめてくださいマディソン様!」
ローレルが慌ててマディソンに叫ぶ
するとローレルの側から蔦が集まりマディソンが姿を現した
「私の妻に指一本触れてみろ。その瞬間、お前達は私の食糧となる」
ローレルを抱き寄せマディソンはオルグレンを睨みつける
セルニグルの宰相は身構えながらも、ハルマスの主に物申した
「貴殿が噂のハルマスの主か?」
「如何にも。それがどうした」
「ローレル様について、貴殿と交渉がしたい。どうか話を聞いてもらえないだろうか」
こうして森の主とセルニグルの側近との交渉が始まった
――――――――――――――――――
所変わりマディソンの屋敷にて
広間のソファにはローレルとマディソン、そして向かい合うようにオルグレンが座っている
「―――――私を大神殿に!?」
オルグレンの話を聞いたローレルは驚きをあらわにした
彼の話によると、国王陛下の特例により、ローレルが再び聖女としてセルニグル大神殿に戻ることが出来るというのだ
オルグレンは頷くと、静かに説明し始めた
「ええ、ローレル様の追放及び暗殺を企てたデューク殿下は今、処分を受け猛省しております。今後、ローレル様に危害を加えるような事はされないでしょう」
「ですが、聖女に戻ると言う事はデューク殿下と婚姻を再び結ばなければならないのでは…………?」
ローレルが少し顔を曇らせながらオルグレンに尋ねた
セルニグル王国では、かつて王族の血筋の勇者と神の愛し子の聖女が世界を救ったという古の伝承に則り、王太子の花嫁は原則聖女を娶る事が決められているのだ
―――――――流石に命まで狙うほど嫌われていた相手と婚約を結び直すのはしたくない
そう思っていると、アランは首を横に振った
「いいえ、その心配はありません。我々はデューク殿下の継承権を剥奪し、第二王子のコンラッド殿下に王位継承権を与える計画を、只今水面下で進めているのです」
「コンラッド殿下を!?」
ローレルはその名を聞き身を乗り出した
コンラッド殿下はアーノルド国王陛下と側妃の間に生まれた第二王子である
聡明でありながらも、まだ10歳と若く、王位継承権を与えるには幼すぎるのだ
「勿論、まだ子供のコンラッド殿下1人に政治を任せる事は不可能ですので、後継人として私が付きます。ローレル様もコンラッド殿下を共に支えていただければと―――――」
「待て」
ローレルとの間だけで話が進められていると、マディソンの低い声がそれを静止させた
「ローレルは既に私の妻だ。今更他の男になど渡さぬ」
睨みをきかせマディソンはオルグレンを見つめる
しかし、彼はそれに臆する事なく口を開いた
「恐れながら、厳密に言うと承認の得ていない婚姻です。即ちまだローレル様はこちら側の人間。それに―――――」
するとオルグレンはローレルに目線を向けた
「ハルマスの主を選ぶか、それともセルニグル王国を選ぶか、決定権はローレル様にあります。そうでしょう?」
オルグレンは赤い瞳を細め、同意を促した
ローレルは困惑の表情を見せる
確かに今までセルニグル王国の平穏と繁栄を願い続けてきた身としては、今でもセルニグルそのものを愛している
しかし―――――――
―――――――ハルマスの森も同等に愛している
そう思いながら、マディソンをチラリと見つめる
彼は心無しか悲しげな表情を浮かべているが、その本心をローレルに告げることはなかった
「………オルグレン宰相閣下」
ローレルはゆっくりとセルニグル王国の宰相の名を呼ぶと顔を上げた
「一晩、考える時間を下さい……明日の朝、また報告します」
「構いませんよ。では、我々は外で野営したいのですが……よろしいですか?」
オルグレンがマディソンに顔を向けると、マディソンはゆっくり頷いた
重大な決断を迫られたローレルは、自身にどうすべきか問い続けるのだった




