第3話 灯り
『設営。』
『完璧でしたよ。』
◇
前回の潜航。
帰還直後。
トビーは。
我々のカメラに。
そう答えた。
『何も起きなかったでしょ?』
笑顔だった。
◇
それから。
六日後。
午前四時五十八分。
《リレントレス・ウルフ》本部。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「眠っ……。」
「レオン。」
「記録票。」
「ありますよ。」
胸元から。
一枚の紙。
「ほら。」
――今回は忘れません?
「……。」
レオンが。
カメラを見る。
「それ。」
「いつまで言うんですか?」
◇
二度目の。
実地訓練。
今回。
新人達が目指すのは。
第五層。
第四層までとは。
地形が大きく異なる。
迷宮型階層。
複数の分岐。
狭い通路。
そして。
自然光のない。
完全な暗闇。
新人達にとって。
初めての。
本格的な地下潜航となる。
◇
午前五時十二分。
潜航前ミーティング。
地図の前に。
パウエルが立つ。
「第五層へ入る。」
「ただし。」
「目的は攻略じゃない。」
「迷宮内での。」
「隊列。」
「照明管理。」
「地図記録。」
「撤退行動。」
「これを覚えてもらう。」
新人達が。
頷く。
「前回と同じだ。」
「勝手に動くな。」
「異常は報告。」
「物資を使ったら記録。」
パウエルが。
レオンを見る。
「……。」
「なんで俺見るんですか。」
小さな笑い。
「以上。」
「準備しろ。」
「はい!」
「待ってくれ。」
声をかけたのは。
ダリルだった。
新人達が。
振り返る。
「一つだけ。」
ダリルが。
地図を見る。
「今回。」
「採取できる物資は。」
「なるべく。」
「持ち帰ってきてほしい。」
「……。」
パウエルが。
ダリルを見る。
「薬草でも。」
「鉱石でも。」
「魔物素材でもいい。」
「訓練とはいえ。」
「一度の潜航だ。」
「持ち帰れるものを。」
「置いてくる必要はない。」
一度。
言葉を切る。
「もちろん。」
「そのために。」
「危険を増やす必要はない。」
「訓練と安全が。」
「最優先だ。」
「ただ。」
「採れる範囲で。」
「なるべく頼む。」
「以上だ。」
◇
前回。
潜航終了後。
午後五時二十二分。
◇
『赤字ですね。』
『はい。』
◇
『削れるところは?』
『あります。』
『どこだ。』
『東部遠征です。』
◇
そして。
六日後。
『採取できる物資は。』
『なるべく。』
『持ち帰ってきてほしい。』
◇
午前五時四十分。
出発。
◇
午前八時二十六分。
第一層。
「あ。」
ミアが。
足を止める。
「止まっていいですか?」
「どうした。」
「あれ。」
岩壁の脇。
小さな葉。
先輩採取員が。
確認する。
「採っていい。」
「はい。」
ミアが。
しゃがむ。
根を残し。
必要な部分だけ。
切り取る。
袋へ。
入れる。
――何ですか?
「薬草です。」
――前回もありました?
「ありました。」
――今日は自分で見つけた?
「はい。」
少し。
嬉しそうに笑う。
「これ。」
「売れますよね?」
「売れるぞ。」
「じゃあ。」
「採ります。」
◇
前回。
ゴブリンの解体で。
吐いた。
ミア。
十八歳。
二度目の潜航で。
初めて。
自分で。
会社の売上を拾った。
◇
午前十時十一分。
「止血布。」
「はい。」
レオンが。
一枚。
取り出す。
「どうぞ。」
「助かる。」
受け取った隊員が。
歩き出す。
「ちょっと待ってください。」
記録票。
止血布。
一枚。
使用。
記入。
「はい。」
――忘れませんね。
「だから。」
レオンが。
記録票をしまう。
「いつまで言うんですか。」
後ろ。
エドガーが。
歩いている。
何も。
言わない。
◇
午後零時三十七分。
第三層。
「重くなってきた。」
レオンが。
背負子を直す。
出発した時より。
荷が増えている。
薬草。
鉱石。
小型魔物の素材。
まだ。
大きな成果ではない。
それでも。
潜るほど。
背負子は。
少しずつ。
重くなっていく。
――重そうですね。
「重いですよ。」
レオンが。
背負子を。
背負い直す。
「でも。」
「今日は。」
「重くなる方がいいんですよね?」
「帰ってから言え。」
エドガー。
「まだ。」
「会社の金じゃねえ。」
「え?」
「地上まで持って帰って。」
「初めて金になる。」
「……。」
レオンが。
背負子を見る。
「じゃあ。」
「絶対持って帰ります。」
「当たり前だ。」
◇
午後四時四十七分。
第四層。
「今日はここだ。」
パウエルの指示で。
隊が止まる。
野営地点。
「トビー。」
「はい!」
「設営。」
「今日は。」
「お前が主でやれ。」
「……俺が?」
「研修やったんだろ。」
「はい。」
「前回もやった。」
「はい。」
「ならやれ。」
「はい!」
トビーが。
荷を下ろす。
少し。
嬉しそうだった。
◇
午後四時五十二分。
設営開始。
天幕。
杭。
ロープ。
寝床。
物資置き場。
そして。
排水。
「そこ。」
「もう少し張れ。」
「はい。」
「杭、深く。」
「これくらいですか?」
「もうちょい。」
「はい。」
先輩設営員が。
トビーの作業を見る。
「水来たら。」
「こっちへ流せ。」
「はい。」
地面へ。
溝を掘る。
「こんな感じですか?」
「……。」
先輩が。
確認する。
「まあ。」
「いいだろ。」
「よし。」
◇
我々は。
その様子を。
少し離れた場所から。
撮影していた。
◇
この番組が。
ダンジョンへ入り始めて。
十八年。
これまで。
大小。
三十を超える潜航ギルドに。
同行してきた。
様々な階層で。
様々な野営を。
見てきた。
◇
カメラが。
地面を映す。
浅い。
排水溝。
その先。
物資。
さらに。
地面に近い場所へ置かれた。
ランタン油。
◇
我々は。
設営について。
何も言わない。
判断するのは。
潜航する。
彼ら自身だからだ。
◇
午後五時二十一分。
「できました!」
トビーが。
完成した野営地を見る。
――今回は?
「今回も。」
胸を張る。
「完璧です。」
◇
午後七時十四分。
夕食。
「うまっ。」
「レオン、それ俺の。」
「え?」
「肉。」
「名前書いてました?」
「返せ。」
「もう食いました。」
「お前な……。」
笑い声。
初めての潜航では。
ほとんど見られなかった。
新人達の笑顔。
二度目。
少しずつ。
地下で過ごすことにも。
慣れ始めていた。
◇
午後九時三十六分。
消灯。
◇
午後十一時四十八分。
ぽつ。
◇
ぽつ。
◇
水滴が。
天幕を叩く。
◇
午前零時十九分。
雨。
◇
午前零時四十七分。
雨脚が。
強くなった。
◇
午前一時十二分。
「……おい。」
「起きろ。」
「水だ。」
「……え?」
レオンが。
身体を起こす。
足元。
冷たい。
「うわっ!」
「荷上げろ!」
「起きろ!」
「全員起きろ!」
一瞬で。
野営地が。
動き始めた。
「排水!」
「詰まってます!」
「掘り直せ!」
「こっち流せ!」
「トビー!」
「はい!」
「外!」
「はい!」
雨。
暗闇。
ランタンの光。
トビーが。
泥の中へ。
膝をつく。
排水溝へ。
手を入れる。
「流れない!」
「深くしろ!」
「はい!」
水が。
天幕の中へ。
入り始める。
「物資上げろ!」
レオンが。
立ち上がった。
治療薬。
触媒。
予備装備。
順番に。
高い場所へ。
「そっち先!」
「分かってます!」
背負子を。
持ち上げる。
エドガーが。
その横を通る。
レオンを見る。
何も。
言わない。
「油!」
声。
トビーが。
振り返る。
「やばっ。」
水が。
物資置き場へ。
回っていた。
「上げろ!」
「はい!」
一つ。
持ち上げる。
二つ。
持ち上げる。
三つ目。
「っ……!」
足が。
泥へ滑る。
油の容器が。
倒れる。
「トビー!」
「大丈夫です!」
起こす。
だが。
蓋の周囲。
水。
「……。」
「後だ!」
「今は上げろ!」
「はい!」
◇
午前二時三十四分。
雨脚が。
弱まり始めた。
◇
午前三時十二分。
雨。
止む。
◇
午前五時五十七分。
被害確認。
「食料。」
「問題なし。」
「治療薬。」
「問題ありません。」
「触媒。」
「大丈夫です。」
「寝具。」
「一部濡れてます。」
「予備装備。」
「問題なし。」
「ランタン油。」
「……。」
トビーが。
黙った。
「どうした。」
先輩設営員。
「これ。」
容器を。
見せる。
油。
その下。
透明な層。
「水。」
「……はい。」
「他は。」
一つ。
二つ。
三つ。
「……こっちもです。」
「使えるのと。」
「分けろ。」
「はい。」
「すみません。」
「謝るのは後。」
「今は数だ。」
「……はい。」
◇
午前六時二十一分。
使用可能な。
ランタン油。
予定量の。
六割。
◇
「……。」
パウエルが。
残量を見る。
「松明は。」
「十二です。」
「帰還用込みか。」
「はい。」
「……。」
レオンが。
手を上げる。
「松明じゃ。」
「駄目なんですか?」
「点けてみろ。」
「はい。」
火。
松明へ。
炎が。
立ち上がる。
「明るいじゃないですか。」
「ランタン。」
隣で。
ランタンを点ける。
「……。」
レオンが。
見比べる。
松明。
揺れる炎。
煙。
狭い。
照らせる範囲。
片手も。
塞がる。
対して。
ランタン。
安定した光。
広い視界。
「……違いますね。」
「これでも。」
「松明としては明るい方だ。」
「第五層で使えます?」
「使える。」
「じゃあ――」
「使えるのと。」
「向いてるのは別だ。」
「……。」
「迷宮で。」
「灯り失ったら終わりだ。」
◇
午前七時十三分。
第五層入口。
階段が。
下へ。
続いている。
その先。
暗闇。
ランタンを。
掲げる。
石壁。
分岐。
その先は。
見えない。
◇
第五層。
迷宮型階層。
ここから。
潜航の形は。
変わる。
一本道ではない。
遠くまで。
見渡すこともできない。
右。
左。
さらに。
その先。
いくつもの分岐。
道を失えば。
帰れない。
そして。
灯りを失えば。
道を探すことすら。
できない。
◇
――帰還しますか?
パウエルは。
答えなかった。
階段の下。
暗闇を見る。
残った油。
松明。
時計。
地図。
一つずつ。
確認する。
◇
――潜るんですか?
「……。」
パウエルが。
少し考える。
「もう少し。」
「持ち帰る成果が。」
「欲しいですね……。」
――会社のために?
「まあ。」
小さく。
笑う。
「うちも。」
「余裕がある会社じゃないんで。」
そして。
第五層を見る。
「もちろん。」
「安全第一ですけど。」
◇
「第五層へ入る。」
新人達が。
顔を上げる。
「ただし。」
「予定を変える。」
「帰還用の油は。」
「ここで分ける。」
「絶対に使うな。」
「はい。」
「進入時間。」
「予定の半分。」
「進入距離も。」
「半分。」
「松明は。」
「非常時以外使わない。」
「油が規定量を切ったら。」
「その時点で撤退。」
「予定外が。」
「もう一つ起きても撤退。」
「いいな。」
「はい!」
「行けるところまで行って。」
「帰る。」
「それも。」
「潜航だ。」
◇
午前七時二十八分。
第五層。
進入。
◇
階段を。
下りる。
一段。
また。
一段。
第四層の光が。
遠ざかる。
最後の一人が。
第五層へ。
降りた。
◇
暗い。
◇
ランタンの光。
それだけ。
◇
「右。」
「分岐。」
「記録。」
「はい。」
「標識。」
「設置しました。」
「確認。」
「確認。」
◇
誰も。
余計な話をしなくなった。
聞こえるのは。
靴音。
装備が。
擦れる音。
呼吸。
そして。
ランタンの。
小さな燃焼音。
◇
午前七時五十一分。
「止まれ。」
パウエル。
全員が。
止まる。
「ここまで。」
「引き返す。」
「はい。」
地図担当が。
現在位置を。
記録する。
パウエルが。
時計を見る。
「予定通りだ。」
「戻るぞ。」
◇
その時だった。
◇
ガサ。
◇
「……。」
◇
ガサガサ。
◇
全員が。
止まった。
暗闇。
ランタンの光が。
届かない。
その先。
◇
ガサ。
◇
ガサガサ。
◇
「……何ですか?」
レオンが。
小さな声で聞く。
「喋るな。」
パウエルが。
手を上げる。
前衛達が。
武器へ。
手をかける。
◇
ガサガサ。
◇
近い。
◇
パウエルが。
暗闇を。
見つめる。
「動くな。」
ランタンが。
ゆっくり。
暗闇へ。
向けられた。
◇
光の。
すぐ外。
何かが。
動いた。




