第2話 初潜行
午前四時五十二分。
《リレントレス・ウルフ》本部。
まだ。
夜は明けていない。
だが。
一階の準備室には。
すでに。
十数人の姿があった。
装備を確認する者。
荷を量る者。
水を補充する者。
地図を広げる者。
その中に。
レオンもいた。
「……眠い。」
――眠れました?
「三時間くらい。」
――緊張で?
「いや。」
レオンが。
欠伸を噛み殺す。
「楽しみで。」
◇
今日。
新人達が。
初めて。
ダンジョンへ潜る。
目的地。
第三層。
予定。
一泊二日。
目的は。
攻略ではない。
討伐でもない。
採取。
設営。
隊列行動。
物資管理。
そして。
潜航時の基本規則を。
実地で覚えること。
潜航には。
いくつもの決まりがある。
その多くは。
過去に。
誰かが失敗した結果。
作られたものだ。
◇
午前五時十一分。
潜航前ミーティング。
壁には。
第三層までの地図。
その前に立つのは。
パウエル。
三十七歳。
今回の潜航責任者。
「もう一度確認する。」
新人達を見る。
「隊列を崩さない。」
「勝手に前へ出ない。」
「担当する荷から離れない。」
「異常を感じたら。」
「必ず報告する。」
「撤退指示が出たら。」
「理由を聞く前に従う。」
「物資を使用した場合。」
「破損。」
「紛失。」
「全て。」
「その場で記録する。」
パウエルが。
新人達を見渡した。
「研修で何度も聞いたな?」
「はい!」
「だったら今日は。」
「知っているかじゃない。」
「できるかを見る。」
新人達の顔から。
笑みが消えた。
◇
今回。
我々が密着する新人は。
レオンだけではない。
前衛職。
ノア。
二十歳。
剣術学校を卒業。
――実戦に不安は?
「ないです。」
即答だった。
「訓練より。」
「実戦の方が向いてると思います。」
採取部門。
ミア。
十八歳。
薬草学を学んできた。
――楽しみですか?
「採取は。」
――魔物は?
「……できれば。」
「見たくないです。」
設営・補給。
トビー。
二十一歳。
――自信は?
「体力なら。」
――設営は?
「研修では。」
「問題なかったですよ。」
そして。
運搬部門。
レオン。
「俺だけ。」
「昨日からずっと撮られてません?」
――密着対象なので。
「なるほど。」
レオンが。
カメラへ笑う。
「じゃあ。」
「活躍しないとですね。」
◇
午前五時三十四分。
「レオン。」
「はい。」
エドガーが。
一つの背負子を指す。
「今日のお前の荷だ。」
レオンが。
背負う。
「っ……。」
「何キロです?」
「五十八。」
「昨日より軽いのに。」
「重く感じるんですけど。」
「昨日は砂だ。」
エドガーが。
背負子を見る。
「今日は。」
「使う物が入ってる。」
「下ろせ。」
「はい。」
中には。
用途ごとに分けられた物資。
「治療薬。」
「十二。」
「止血布。」
「二十。」
「予備水。」
「四。」
「魔術触媒。」
「八。」
「ランタン。」
「二。」
「油。」
「三。」
「食料。」
「二日分。」
エドガーが。
一枚の紙を渡した。
「物資記録票。」
「使ったら書け。」
「はい。」
「壊れたら書け。」
「はい。」
「失くしたら。」
「書く。」
「先に言え。」
「……はい。」
「数が合わねえのが。」
「一番面倒だ。」
レオンは。
記録票を。
胸元の革袋へしまった。
◇
午前六時十二分。
ダンジョン入口。
朝日が。
街の建物の隙間から。
差し始めていた。
その先に。
巨大な入口がある。
盾を背負った前衛。
杖を持つ魔法使い。
荷車を引くポーター。
記録官。
別の潜航ギルド。
今日も。
多くの人間が。
地下へ消えていく。
レオンは。
その光景を。
じっと見ていた。
――どうです?
「……。」
昨日から。
何度もカメラへ答えてきた青年が。
この時だけ。
言葉を失った。
「でかいですね。」
――怖い?
「いや。」
レオンが。
笑う。
「やっとですよ。」
子供の頃から。
この番組で。
何度も見た場所。
午前六時十三分。
レオン。
十九歳。
初潜航。
「行くぞ。」
「はい!」
暗闇へ。
一歩。
足を踏み入れた。
◇
午前八時四十八分。
「……。」
歩く。
午前九時二十二分。
「……。」
歩く。
午前十時七分。
「……。」
まだ。
歩く。
――どうです?
「歩きますね。」
――それだけ?
「もっと。」
「すぐ魔物とか出るのかと。」
――残念?
「ちょっと。」
前を歩く。
エドガーが。
振り返る。
「何も起きねえのが。」
「一番いいんだよ。」
「分かってますよ。」
「なら黙って歩け。」
「はい。」
◇
午前九時。
その頃。
地上。
《リレントレス・ウルフ》本部。
「おはようございます。」
エマが。
出勤してきた。
新人探究者達が。
起床してから。
およそ四時間。
レオン達が。
すでに第一層を歩いている頃。
エマの一日は。
始まった。
髪を整え。
淡い色のブラウス。
新しい革靴。
手には。
小さな鞄。
――今日は。
「ちょっとおしゃれしてきました。」
――なぜ?
「初めて。」
「ちゃんとした仕事を任せてもらえるって聞いたので。」
エマが。
自分の服を見る。
「形から入るタイプなんです。」
◇
同じ会社。
同じ新人。
しかし。
働く場所が違えば。
一日の始まりも。
服装も。
背負うものも。
まるで違う。
◇
午前十時十九分。
第一層。
「っはぁ……。」
レオンが。
背負子を下ろす。
ドン。
「おい。」
「はい?」
「今。」
「何した。」
「置きました。」
「見りゃ分かる。」
エドガーが。
背負子を見る。
「中身確認しろ。」
「え?」
「確認。」
「割れてないと思いますけど。」
「思います?」
「……。」
「確認しろ。」
「はい。」
レオンが。
荷を開く。
治療薬。
触媒。
ランタン。
油。
一つずつ。
確認する。
「……大丈夫です。」
「今回はな。」
◇
午前十時三十七分。
経理室。
「……。」
エマが。
一枚の帳票を見つめている。
「コウハさん。」
「はい。」
「これ。」
帳票を。
持ち上げる。
「今回の潜航で。」
「これだけかかってるんですか?」
「そうですよ。」
「……訓練ですよね?」
「訓練です。」
「第三層までですよね?」
「そうです。」
「一泊二日ですよね?」
「予定では。」
「……。」
食料。
治療薬。
魔術触媒。
照明。
野営用品。
装備消耗費。
人件費。
「ダンジョンって。」
「入るだけで。」
「こんなにお金かかるんですか?」
「いいえ。」
コウハが。
帳票を受け取る。
「入るだけなら。」
「ほとんどかかりません。」
「……え?」
「帰ってくるために。」
「金がかかるんです。」
「……。」
エマが。
少し考える。
「じゃあ。」
「今回。」
「いくら入ってくるんですか?」
「まだ分かりません。」
「分からない?」
「潜航は。」
「行けば売上が立つ仕事ではありません。」
コウハが。
別の帳票を開く。
「採取した薬草。」
「鉱石。」
「魔物素材。」
「討伐報奨。」
「地上へ持ち帰って。」
「査定されて。」
「そこで初めて。」
「売上になります。」
「……じゃあ。」
エマが。
経費を見る。
「赤字になることも?」
「あります。」
「今回も?」
「今回は新人教育です。」
「利益を出すことが。」
「第一の目的ではありません。」
「新人を育てるのって。」
「高いんですね。」
「安くできますよ。」
「え?」
「指導員を減らす。」
「装備の質を落とす。」
「持っていく治療薬を減らす。」
「……。」
エマが。
顔を上げる。
「危ないですね。」
「はい。」
コウハが。
淡々と答える。
「教育に使える金の差は。」
「時として。」
「新人の生存率の差になります。」
◇
午後零時十四分。
第二層。
「止まれ。」
パウエルの声。
空気が。
変わった。
前方。
岩陰から。
三つの影が現れる。
ゴブリン。
薄汚れた緑の皮膚。
黄色く濁った眼。
欠けた牙。
手には。
錆びた短剣。
「ギィ……。」
一体が。
こちらを見た。
次の瞬間。
「ギャアァァッ!!」
地面を蹴る。
「前衛!」
盾役が前へ出た。
激突。
ガンッ!
ゴブリンの短剣が盾の縁を滑り。
火花が散る。
「ノア!」
「はい!」
ノアが剣を抜いた。
レオンが。
息を呑む。
「行け!」
ノアが踏み込む。
「はっ!」
剣を振る。
ゴブリンが身体を捻った。
浅い。
刃が肩を裂く。
「っ!」
「ギィッ!」
短剣が返ってくる。
速い。
ノアが咄嗟に仰け反る。
錆びた刃が。
頬を掠めた。
血が飛ぶ。
「下がるな!」
先輩前衛が。
盾をゴブリンへ叩き込んだ。
鈍い音。
小さな身体が浮く。
「今だ!」
「――っ!」
ノアが。
剣を振り抜く。
刃が肉を断った。
鮮血。
ゴブリンが。
地面へ転がる。
残り。
二体。
一体が。
盾の横を抜けた。
「右!」
パウエルの声。
杖が上がる。
魔力が。
空気を震わせた。
炎。
暗い通路が。
一瞬。
昼のように照らされる。
「ギャアァァッ!!」
一体が。
炎に巻かれる。
最後の一体が。
逃げる。
「行かせるな!」
盾役が追う。
壁際へ。
追い込む。
剣が。
走った。
胴を。
深く斬り裂く。
「ギ……。」
崩れる。
静寂。
血の臭い。
焦げた臭い。
荒い呼吸。
ノアの剣先から。
血が。
一滴。
落ちた。
「……やった。」
その光景を。
レオンは。
見ていた。
手は。
腰の剣。
一歩。
前へ。
「触るな。」
肩を。
掴まれた。
エドガー。
「でも――」
「戻れ。」
「俺も戦えます。」
「戻れ。」
「三体くらい――」
「レオン。」
低い声。
「隊列。」
「……。」
レオンが。
一歩。
戻る。
剣は。
最後まで。
鞘から抜かれなかった。
◇
戦闘時間。
四十三秒。
討伐。
三体。
負傷者。
一名。
軽傷。
新人前衛。
ノア。
二十歳。
初討伐。
――どうでした?
「……。」
ノアが。
治療を受けながら。
右手を。
カメラへ見せた。
震えている。
「止まらないです。」
――怖かった?
「……はい。」
◇
『実戦に不安は?』
『ないです。』
『訓練より、実戦の方が向いてると思います。』
◇
そう答えたのは。
七時間前。
四十三秒の戦闘で。
ノアは。
初めて。
実戦を知った。
◇
――レオンさんは?
「俺も行けましたよ。」
――剣、抜いてませんでした。
「止められたんで。」
――不満?
「……ありますよ。」
◇
同じ質問を。
エドガーにもした。
――行かせてもよかったのでは?
「何でだ。」
――剣には自信があるそうです。
「知らん。」
――戦力には?
「今のあいつの仕事は。」
「戦うことじゃねえ。」
エドガーが。
レオンの背負子を見る。
「自分の仕事してりゃ。」
「それが。」
「隊の役に立つ。」
◇
「レオン。」
「はい。」
「治療薬。」
「一本。」
ノアの治療。
「はい。」
レオンが。
背負子を開く。
一本。
渡す。
「ありがとう。」
「はい。」
記録票へ。
手を伸ばす。
「移動するぞ!」
前方から。
声。
「……。」
レオンが。
記録票を見る。
「後でいいか。」
手を。
離した。
◇
潜航中。
予定通りに。
時間が流れるとは限らない。
止まれる時に。
止まれるとも限らない。
だから。
その場でやる。
そのための。
決まりだった。
だが。
レオンは。
まだ。
それを。
決まりとしてしか。
理解していなかった。
◇
午後一時四十六分。
地上。
「……高っ。」
――何が?
「治療薬です。」
エマが。
購入記録を指す。
「一本で。」
「これですか?」
「深層用は。」
「もっとします。」
コウハ。
「……これより?」
「はい。」
「それを。」
「何十本も持っていくんですよね?」
「必要なら。」
「……。」
およそ。
一時間半前。
地下で。
レオンが。
何気なく渡した。
一本。
それも。
会社が金を出して買った。
潜航物資である。
◇
午後二時三十八分。
第二層。
「ミア。」
「はい。」
「こっち。」
先輩採取員が。
先ほど倒した。
ゴブリンの死体を指す。
「……え?」
「解体。」
「私が?」
「採取班だろ。」
「薬草の採取ですよね?」
「魔物素材も採取だ。」
「……。」
ミアが。
ゴブリンを見る。
「これを?」
「ああ。」
「……どこから?」
「腹。」
「お腹?」
「刃入れろ。」
「……。」
短刀を。
握る。
しゃがむ。
ゴブリンの腹へ。
刃を当てる。
「切れ。」
「はい。」
刃が。
皮膚へ入る。
ずる。
「……っ。」
臭い。
ミアの顔が。
一瞬で変わった。
「うっ。」
「止めるな。」
「ちょっと――」
「素材傷つけるぞ。」
「う……。」
腹を。
開く。
「……っ!!」
ミアが。
立ち上がった。
走る。
「うぇぇぇぇっ……!」
――大丈夫ですか?
「撮らないでください!」
先輩採取員が。
笑っている。
「俺も最初吐いた。」
――慣れます?
「慣れる。」
「そのうち腹減る。」
「嘘ですよね!?」
◇
午後三時十八分。
今度は。
薬草。
「あ。」
ミアが。
しゃがむ。
「これ。」
「正解。」
先輩が。
頷く。
ミアが。
根元へ手を伸ばす。
「根は残せ。」
「……あ。」
「必要な分だけ。」
「来年も。」
「ここへ来るかもしれねえからな。」
「はい。」
今度は。
丁寧に。
葉と茎を。
採る。
先ほどまで。
ゴブリンの横で吐いていた新人が。
少しだけ。
採取員らしくなった。
◇
午後四時五十二分。
第三層。
野営準備。
「トビー。」
「はい!」
「天幕。」
「任せてください。」
新人。
トビー。
二十一歳。
設営・補給担当。
「そこ引っ張れ!」
「はい!」
「杭!」
「ここです!」
地面へ。
杭を打つ。
ロープを張る。
「もっと張れ。」
「これくらい?」
「もう少し。」
「はい。」
先輩が。
天幕を確認する。
「……まあ。」
「いいだろ。」
「よし。」
トビーが。
満足そうに。
出来上がった天幕を見る。
――どうです?
「完璧。」
――研修通り?
「研修より。」
「上手くできました。」
この日。
雨は。
降らなかった。
◇
午後七時三十八分。
野営地。
食事を終え。
翌日に備え。
物資確認が始まった。
「治療薬。」
エドガー。
「十一です。」
レオン。
「記録。」
「……。」
記録票を見る。
「十二です。」
エドガーの手が。
止まった。
「もう一回。」
「はい。」
一。
二。
三。
十一。
「十一です。」
「記録。」
「十二。」
「一本どこやった。」
「……。」
「落としたか。」
「いえ。」
「割ったか。」
「違います。」
「誰かに渡したか。」
「……。」
「あ。」
レオンの顔が。
止まる。
「昼。」
「治療班に。」
「一本渡しました。」
「記録は。」
「……忘れました。」
「すみません。」
エドガーは。
怒鳴らなかった。
ただ。
レオンを見る。
「一本だから。」
「大丈夫だと思ってるか。」
「いえ。」
「思ってる顔だ。」
「……。」
エドガーが。
治療薬を一本。
持ち上げる。
「今。」
「これが使われたのか。」
「落としたのか。」
「割れたのか。」
「盗られたのか。」
「俺達には。」
「分からなかった。」
「……はい。」
「分からねえ物資は。」
「無いのと同じだ。」
治療薬を。
戻す。
「明日。」
「誰かが腹裂かれて。」
「あと三本あると思って。」
「荷を開けたら。」
「一本しかなかった。」
「どうする。」
「……。」
「数え間違えましたって。」
「そいつに待ってもらうのか。」
「……できません。」
「できねえ。」
エドガーが。
レオンの背負子を指す。
「お前。」
「まだ分かってねえ。」
「俺達が背負ってるのは。」
「荷物じゃねえ。」
レオンが。
顔を上げる。
「隊の命だ。」
「……。」
「それと。」
「会社の財産だ。」
「食料。」
「水。」
「治療薬。」
「触媒。」
「予備装備。」
「地上じゃ。」
「金出せば買える。」
「ここじゃ。」
「金持ってても買えねえ。」
「必要な時に無かったら。」
「人が死ぬ。」
「持って帰る物だって同じだ。」
「薬草。」
「鉱石。」
「魔物の素材。」
「全部。」
「会社の金になる。」
「一個使ったら書け。」
「はい。」
「壊したら報告しろ。」
「はい。」
「失くしたら隠すな。」
「はい。」
「数が合わねえなら。」
「合うまで確認する。」
「はい。」
「分からねえまま。」
「次の日に持ち越すな。」
「……はい。」
エドガーが。
記録票を。
レオンへ返した。
「重いもん背負って。」
「歩くだけなら。」
「誰でもできる。」
「預かった物を。」
「必要な場所まで届ける。」
「持ち帰る物を。」
「地上まで持って帰る。」
「それが。」
「俺達の仕事だ。」
レオンは。
記録票を受け取った。
「……すみませんでした。」
「俺に謝んな。」
「え?」
「次からやれ。」
「……はい。」
◇
翌朝。
午前六時十一分。
「レオン。」
「止血布。」
「一枚。」
「はい。」
レオンが。
荷から取り出す。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
相手が。
歩き出す。
「あ。」
「待ってください。」
「ん?」
胸元から。
物資記録票。
止血布。
一枚。
使用。
記入。
「はい。」
「どうぞ。」
少し離れた場所で。
エドガーが。
見ていた。
何も。
言わなかった。
◇
午後三時五十六分。
地上。
「おかえりなさい!」
エマが。
新人達を迎えた。
「余裕だった。」
レオン。
「どこがだ。」
後ろから。
エドガー。
「全員帰ってきたじゃないですか。」
「当たり前だ。」
その横。
ミアは。
疲れ切った顔で。
歩いていた。
――どうでした?
「ゴブリン。」
「もう一生見たくないです。」
――採取員ですよね。
「辞めようかな……。」
「明日には慣れる。」
先輩。
「絶対嘘。」
少し離れた場所。
ノアが。
頬の小さな傷を。
同期へ見せていた。
「初討伐の傷。」
――嬉しい?
「……ちょっと。」
そして。
トビー。
――設営は?
「完璧でしたよ。」
――本当に?
「何も起きなかったでしょ?」
新人十二名。
潜航日数。
二日。
到達。
第三層。
軽傷。
一名。
死亡者。
ゼロ。
全員。
帰還。
◇
午後五時二十二分。
経理室。
新人達が。
持ち帰ったもの。
薬草。
鉱石。
魔物素材。
討伐報奨。
査定。
終了。
「……これだけ?」
エマが。
数字を見る。
「全部です。」
コウハ。
「……。」
支出。
収入。
二枚の帳票。
「赤字ですね。」
「はい。」
「結構。」
「訓練ですから。」
「でも。」
エマが。
収入を見る。
「普通の潜航なら。」
「これで利益を出さないといけないんですよね?」
「そうです。」
「……大変ですね。」
「そうですね。」
扉が。
開いた。
ダリルが。
入ってくる。
「戻った。」
「お疲れ様です。」
「全員帰ったか?」
「はい。」
「そうか。」
ダリルの。
表情が緩む。
「なら。」
「よかった。」
コウハが。
今回の帳票を。
ダリルへ渡す。
「今回。」
「これだけかかりました。」
「……。」
ダリルが。
目を通す。
「予定内だな。」
「はい。」
「収入は?」
「こちらです。」
「……まあ。」
「訓練だからな。」
帳票を返す。
「それと。」
コウハが。
もう一枚。
机へ置いた。
「こちらが。」
「夏までの支出予定です。」
「……。」
ダリルの目が。
止まった。
「このままか?」
「現状では。」
「削れるところは?」
「あります。」
「どこだ。」
「東部遠征です。」
「……。」
部屋が。
静かになった。
◇
昨日。
入社式。
『今年。』
『我々は必ず。』
『東部空白域へ到達する。』
ダリルは。
そう宣言した。
◇
「……他は?」
「あります。」
「どこだ。」
「新人教育費。」
「それは駄目だ。」
即答だった。
「……。」
「……。」
机の上。
三枚の紙。
今回の潜航費。
夏までの支出予定。
東部遠征の予算。
カメラは。
しばらく。
その三枚を映していた。
◇
――ダリルさん。
「……なんだ。」
――それでも。
――今年。
――東へ行きますか?
「……。」
昨日なら。
即答していた。
今日は。
少しだけ。
時間がかかった。
「行く。」
◇
密着。
二日目。
終了。




