第1話 密着初日
ダンジョン。
そこから持ち帰られるものは。
魔物の素材だけではない。
鉱石。
薬草。
魔術触媒。
燃料。
建材。
我々の生活を支える数々の資源が。
今日も。
ダンジョンから地上へ運び出されている。
それを仕事とする者達がいる。
ダンジョンへ潜り。
魔物と戦い。
資源を探し。
地上へ持ち帰る。
――探究者。
そして。
彼らを雇い。
組織としてダンジョンへ潜る。
――潜航ギルド。
前を守る者。
魔法を放つ者。
傷を治す者。
道を記録する者。
食料や装備を運ぶ者。
地上で。
彼らの帰りを待つ者。
ダンジョンへの潜航は。
一人の英雄だけでは。
成り立たない。
これまで番組では。
数多くの探究者と。
潜航ギルドを追ってきた。
今年。
我々が一年をかけて密着するのは。
一つの新興潜航ギルド。
《リレントレス・ウルフ》。
創立三年目。
所属、六十名。
大手ではない。
誰もが知る英雄がいるわけでもない。
そんな彼らが。
創立以来。
追い続けている場所がある。
ダンジョン東部。
既存の攻略路から外れ。
未だ十分な調査が行われていない領域。
――東部空白域。
過去二年。
《リレントレス・ウルフ》は。
その奥への到達を目指した。
そして。
二度。
届かなかった。
三年目。
彼らは。
再び東を目指す。
その一年を。
我々は追う。
◇
密着初日。
午前七時四十八分。
《リレントレス・ウルフ》本部前。
入社式開始まで。
一時間以上ある。
そこへ。
一人の青年がやって来た。
「……もう撮ってるんですか?」
レオン。
十九歳。
この春。
《リレントレス・ウルフ》へ入社する新人だ。
新品の革鎧。
新品のブーツ。
腰には。
まだ傷一つない剣。
――随分、早いですね。
「家にいても落ち着かなくて。」
レオンが笑う。
――緊張していますか?
「いや。」
即答。
「そんなには。」
少し間が空く。
「……まあ。」
「ちょっとだけ。」
――探究者になろうと思ったきっかけは?
「この番組ですよ。」
――この番組?
「はい。」
「子供の頃から。」
「ずっと、この番組を観てたんですよ。」
「探究者の密着とか。」
「大手ギルドの深層攻略とか。」
「新しい階層を見つけた回なんて。」
「何回観たか分かんないです。」
――それで探究者に?
「そうです。」
「格好よかったんですよね。」
「俺もいつか。」
「そっち側に行きたいなって。」
――そっち側?
「撮られる側。」
スタッフから。
小さな笑い声が漏れた。
レオンも笑う。
「まさか。」
「本当に来るとは思ってなかったですけど。」
十二歳から。
剣を習い始めた。
七年間。
地元の剣術大会では。
入賞経験もある。
――希望職種は?
「前衛です。」
答えは。
速かった。
「剣には。」
「結構、自信あります。」
――大手ギルドも受けた?
「受けましたよ。」
「三つ。」
――結果は?
「……。」
レオンが。
少し笑った。
「全部落ちました。」
――全部?
「はい。」
「書類で。」
実技試験には。
一度も進めなかった。
「まあ。」
「大手なんて何百人も受けるらしいんで。」
――それで《リレントレス・ウルフ》へ?
「はい。」
「新興だからこそ。」
「チャンスあると思ってます。」
――チャンス?
「前衛です。」
「実力があれば。」
「大手より早く前に出られると思うんで。」
十九歳。
初めて。
探究者として働く春。
そして。
子供の頃から観てきた番組に。
初めて。
自分が映る朝。
――今、どんな気持ちですか?
「楽しみですよ。」
迷いは。
なかった。
◇
午前九時。
入社式。
基礎研修を終えた新人達が。
本部の広間に並んでいた。
今日。
正式に。
それぞれの部門へ配属される。
レオンの隣には。
エマ。
十九歳。
同期入社。
彼女は。
内勤を希望している。
「緊張してる?」
エマが。
小声で聞いた。
「してない。」
「さっきから剣ばっかり触ってるけど。」
「癖。」
「ふーん。」
やがて。
広間の話し声が止まった。
前へ出てきた男。
ダリル・ウルフ。
《リレントレス・ウルフ》創設者。
ギルドマスター。
かつて。
国内でも指折りの大手潜航ギルドで。
前衛の補助を務めていた。
現在。
自らダンジョンへ潜ることは。
ほとんどない。
「まずは。」
「入社、おめでとう。」
拍手。
「今日から君達は。」
「《リレントレス・ウルフ》の一員だ。」
ダリルは。
新人達を見渡した。
「研修でも聞いていると思う。」
「我々は、大手ではない。」
広間の後方には。
新人以外の社員達も集まっていた。
「人も。」
「金も。」
「設備も。」
「大手には敵わない。」
「だが。」
ダリルが。
一度。
言葉を切った。
「我々には。」
「夢がある。」
壁に掛けられた。
大きな地図へ向く。
「そして。」
「夢で終わらせないための。」
「計画がある。」
無数の線が走る。
ダンジョンの攻略図。
その東側。
ある地点から。
線が極端に少なくなっている。
「東部空白域。」
新人達が。
一斉に地図を見る。
「三年前。」
「私は。」
「ここへ到達するために。」
「《リレントレス・ウルフ》を作った。」
ダリルが。
地図の一点を指す。
「一年目。」
「ここまでだった。」
指が。
少し東へ動く。
「二年目。」
「ここまで来た。」
さらに。
その先へ。
「二年。」
「我々は届かなかった。」
「だが。」
「二年間。」
「ただ失敗していたわけじゃない。」
「道を調べた。」
「危険な場所を記録した。」
「必要な人員を見直した。」
「必要な物資を計算した。」
「今年。」
指が。
線のない場所へ進む。
「我々は。」
「この先へ行く。」
ダリルが。
新人達へ向き直る。
「東には。」
「必ず何かがある。」
「資源かもしれない。」
「新たな道かもしれない。」
「我々が。」
「まだ知らない何かかもしれない。」
「それは分からない。」
「だが。」
「あるかもしれない、ではない。」
一拍。
「ある。」
レオンは。
ダリルから目を離さなかった。
「今年。」
「我々《リレントレス・ウルフ》は。」
「必ず。」
「東部空白域へ到達する。」
「そして。」
「必ず。」
「それを見つける。」
拍手が起きた。
新人達は。
強く手を叩いていた。
レオンも。
その一人だった。
◇
入社式から。
十五分後。
我々は。
在籍三年目の社員に話を聞いた。
――去年も、同じ話を?
「してましたね。」
――一昨年も?
「してました。」
――今年は行けると思いますか?
「……。」
男は。
少し考えた。
「行けたらいいですね。」
――去年は?
「去年も。」
少し笑った。
「そう思ってました。」
◇
同じ質問を。
入社初日のレオンにも聞いた。
――ダリルさんの話、どうでした?
「めちゃくちゃいいじゃないですか。」
「東部空白域ですよ?」
「誰も知らない場所へ行くために。」
「ギルドを作ったんですよね?」
――行ってみたい?
「もちろん。」
即答だった。
「俺も行きたいです。」
――今年?
「行けるなら。」
レオンが笑う。
「俺。」
「ここ入って正解だったかもしれないです。」
入社から。
まだ。
一時間も経っていなかった。
◇
午前十時十二分。
配属発表。
「エマ。」
「はい。」
「経理・総務。」
「はい。」
エマが。
短く返事をする。
隣で。
レオンは。
腰の剣へ手を置いた。
「レオン。」
「はい!」
「補給・運搬部門。」
「……。」
数秒。
「……はい?」
「補給・運搬。」
「……。」
「返事。」
「……はい。」
◇
配属発表から。
十二分後。
――希望通りでした?
「……。」
レオンが。
腰の剣を指した。
「これ。」
「見たら分かりません?」
――前衛希望でしたね。
「そうですよ。」
――補給・運搬でした。
「そうですよ。」
――どうですか?
「不満ですよ。」
即答だった。
――前衛は諦める?
「なんでですか?」
今度は。
レオンが笑った。
「まだ初日ですよ?」
「俺を知ってもらうのは。」
「これからです。」
――前衛になれると?
「なりますよ。」
迷いはない。
「見ててもらえれば。」
「そんなに時間は。」
「かからないと思います。」
◇
午後一時二十分。
補給・運搬部門。
「背負え。」
大きな背負子が。
レオンの前へ置かれた。
エドガー。
三十八歳。
補給・運搬部門責任者。
創立時から。
《リレントレス・ウルフ》で働いている。
「……これを?」
「そうだ。」
「何入ってるんです?」
「砂。」
「砂?」
「訓練用。」
「何キロですか?」
「六十。」
「六十?」
「早くしろ。」
レオンが。
しゃがむ。
革紐へ腕を通す。
立ち上がる。
「っ……!」
膝が曲がった。
「……重っ。」
「立て。」
「立ってます。」
「膝。」
「……。」
レオンが。
姿勢を直す。
額に。
汗が浮かぶ。
「俺。」
「あ?」
「前衛希望なんですけど。」
「知ってる。」
「だったら――」
「知らん。」
「……え?」
「配属決めたのは俺じゃねえ。」
「……。」
「降ろしていいですか?」
「駄目。」
「……。」
「まだ二分。」
「二分……。」
「本番じゃ。」
エドガーが。
背負子を見る。
「それ背負って。」
「一日歩く。」
「……。」
「喋る余裕あるなら。」
「立ってろ。」
それだけ言って。
エドガーは。
別の荷物の確認へ戻った。
◇
――新人のレオンさん、どうですか?
「知らん。」
エドガーは。
こちらを見なかった。
――今日から部下ですよね?
「今日からな。」
――前衛志望だそうです。
「多い。」
――期待は?
「まだ何もしてねえ。」
荷紐を締める。
――随分、冷たいですね。
「……。」
手が。
一瞬だけ止まった。
「最初は。」
「みんな目ぇ輝かせて来る。」
再び。
荷紐を締める。
「深層へ行く。」
「英雄になる。」
「誰も見つけてねえもんを見つける。」
「色々言う。」
――悪いことではないですよね?
「別に。」
「で。」
「潜る。」
「怖い目に遭う。」
「怪我する。」
「思ってたのと違うって言う。」
「辞める。」
――何人くらい見てきました?
「覚えてねえ。」
エドガーが。
荷物を持ち上げる。
「仕事覚えて。」
「半年残ったら。」
「そん時また聞け。」
◇
午後四時十三分。
再び。
レオン。
――エドガーさんについては?
「……俺。」
「嫌われてます?」
スタッフから。
小さな笑い声が漏れた。
「いや、本当に。」
「全然喋らないし。」
――期待しているか聞きました。
「何て?」
――半年残ったら、また聞けと。
「……半年?」
レオンが。
笑った。
「いますよ。」
「普通に。」
◇
午後五時二十六分。
初日の仕事が。
終わろうとしていた。
エドガーが。
一枚の紙を。
レオンの前へ置いた。
「明日。」
「はい?」
「夜明け前。」
「来い。」
レオンが。
紙を見る。
潜航計画。
第一層。
第二層。
第三層。
採取。
設営。
運搬。
実地訓練。
「……これ。」
顔が上がる。
「潜るんですか?」
「ああ。」
「俺も?」
エドガーが。
レオンを見る。
「お前。」
「何しにここ来た。」
「行きます!」
「声でけえ。」
「すみません。」
「低層だ。」
「はい。」
「訓練だ。」
「はい。」
「遊びじゃねえ。」
「分かってます。」
エドガーが。
レオンを見る。
「……。」
「何です?」
「別に。」
潜航計画を指す。
「読んどけ。」
それだけ言って。
去っていった。
◇
――明日、初めて潜ります。
「はい。」
――怖くない?
「全然。」
――本当に?
「……。」
レオンが。
少し考えた。
「ちょっとは。」
朝と。
同じ答えだった。
「でも。」
笑う。
「楽しみの方が大きいです。」
十二歳の頃から。
この番組で。
何度も見てきた。
ダンジョン。
明日。
レオンは。
初めて。
その中へ入る。
◇
午後八時四十一分。
新人達が帰った後。
《リレントレス・ウルフ》本部。
二階。
経理室。
まだ。
灯りが点いていた。
コウハ。
五十八歳。
《リレントレス・ウルフ》の金を預かる男。
机の上には。
帳簿。
請求書。
給与予定表。
そして。
一枚の返済予定表。
向かいには。
ダリル・ウルフ。
「新人達は?」
コウハが。
帳簿を見ながら聞いた。
「いい顔してたよ。」
「そうですか。」
「ああ。」
「今年は。」
「いい連中が入った。」
コウハは。
何も言わなかった。
一枚の紙を。
ダリルの前へ滑らせる。
「こちらを。」
ダリルが。
紙を見る。
しばらく。
沈黙。
「……夏からか。」
「はい。」
「返済が始まります。」
◇
この日の朝。
『我々には。』
『夢がある。』
新人達の前で。
ダリルは。
そう語った。
『そして。』
『夢で終わらせないための。』
『計画がある。』
◇
午後八時四十四分。
経理室。
ダリルは。
返済予定表から。
壁の地図へ目を移した。
東部空白域。
「今年は。」
「必ず、東へ行く。」
コウハは。
答えなかった。
◇
この時。
我々はまだ。
その沈黙の理由を。
知らなかった。
◇
密着初日。
終了。




