第19話 英雄
七月二十日。
午前十一時四十三分。
《女神の加護》本部。
「帰還します!」
声が響いた。
開かれた搬入口へ。
職員達が集まっていく。
「二十三階遠征隊、帰還!」
「医療、準備!」
「洞ラバから先に!」
「回収品は四番へ!」
我々も。
カメラを持って。
その後を追った。
◇
最初に姿を見せたのは。
人ではなかった。
洞ラバ。
身体の両側に。
大きな荷袋を下げている。
その後ろから。
ポーター達。
泥に汚れた服。
擦れた靴。
一人が。
足を引きずっている。
「こっち!」
「歩ける?」
「大丈夫」
「大丈夫じゃない。座って」
医療担当者が。
負傷者を連れていく。
次に。
採取物。
木箱。
袋。
布で巻かれた何か。
一つずつ。
番号を確認されていく。
そして。
最後の方に。
一人の男が歩いてきた。
◇
大きい。
最初に抱いた印象は。
それだった。
背には。
男の上半身をほとんど隠せるほどの大盾。
鎧には。
いくつもの傷。
右肩には。
乾いた血が残っている。
男が。
地上へ出る。
「お疲れさまです」
職員が声をかけた。
「お疲れ」
「報告、二番です」
「了解」
「その前に医療へ」
「これくらいなら――」
「医療へ」
「……はい」
男は。
そのまま医療区画へ向かった。
◇
英雄。
《女神の盾》。
《女神の加護》に所属する。
英雄級潜航者の一人。
二十階層以深での潜航経験を重ね。
特に。
部隊の防衛と撤退戦で。
高い評価を受けている。
我々が想像していた英雄との初対面は。
歓声でも。
喝采でもなかった。
地上へ戻り。
怪我を確認され。
報告書を書く。
一人の。
仕事帰りの潜航者だった。
◇
――英雄でも、帰還後の手順は同じなんですか?
「同じですよ」
医療担当者が。
《女神の盾》の肩を確認している。
「腕、上げてください」
「痛いんだけど」
「でしょうね」
「明後日、十階なんだけど」
「知ってます」
「行ける?」
「今から調べます」
――本人が大丈夫と言っても?
「関係ありません」
医療担当者は。
こちらを見もしなかった。
「行けるかどうかを決めるのは、今は私です」
《女神の盾》が笑った。
「強いんですよ、この人」
「喋らない」
「はい」
◇
英雄であっても。
組織の外にはいない。
装備を返す。
傷を診せる。
回収品を報告する。
潜航記録を提出する。
次の仕事へ向かえるか。
医療担当者の判断を受ける。
《女神の加護》では。
英雄もまた。
四百八十六人のうちの。
一人だった。
◇
――《女神の盾》という名前は、ご自身で?
「まさか」
本人が笑った。
「恥ずかしいでしょう、自分でそんなの名乗ったら」
――では、誰が?
「知りません」
――知らない?
「いつの間にかです」
――どうして盾なんでしょう。
男が。
少し考える。
「盾持ってるからじゃないですか?」
――それだけ?
「多分」
◇
後で。
我々は。
同じ遠征に参加していた潜航者にも聞いた。
――なぜ《女神の盾》と?
「さあ」
――本人は、盾を持っているからではないかと。
「まあ、持ってますけど」
潜航者が笑う。
「でも」
少し考えて。
言った。
「あの人の後ろにいれば、帰れるんですよ」
◇
七月二十一日。
午前九時十一分。
《リレントレス・ウルフ》本部。
共同討伐を翌日に控え。
朝から。
人と荷物が集まり始めていた。
「そこ、塞がないで!」
「油は倉庫!」
「医療箱、こっち!」
「洞ラバは裏へ回して!」
《女神の加護》から派遣された。
ポーター。
環境整備員。
精鋭戦闘員。
次々と。
敷地へ入ってくる。
「……」
レオンが。
その様子を見ていた。
「レオン」
「はい」
「見てないで運べ」
「あ、はい」
エドガーから渡された箱を持つ。
「これ、どこですか?」
「二番倉庫」
「はい」
走っていく。
戻ってくる。
また。
人を見る。
「……多くないですか?」
「お前が頼んだんじゃないだろ」
「そうですけど」
「手ぇ動かせ」
「はい」
◇
十九歳。
レオン。
入団時の希望職種。
前衛。
現在。
物流。
数日前。
撤退命令に背き。
仲間を助けるため。
一人で進行方向を逆走した。
そのレオンが。
この日。
初めて。
本物の英雄と会う。
◇
「来たぞ」
誰かが言った。
何人かが。
入口を見る。
レオンも。
つられて顔を向けた。
一人の男が入ってきた。
昨日とは違う。
整えられた装備。
背中には。
大盾。
「……」
レオンの手が止まった。
「レオン」
「……」
「レオン」
「はい?」
「箱」
「あ」
抱えていた箱が。
少し傾いている。
慌てて持ち直す。
「すみません」
もう一度。
男を見る。
「あの人……」
小さな声。
「《女神の盾》ですよね?」
「そうだな」
エドガーが答えた。
「……本物?」
「偽物連れてきてどうする」
「いや……」
レオンは。
男を見る。
「本当にいるんだ……」
その時。
《女神の盾》が。
こちらを向いた。
「……」
レオンの背筋が伸びた。
男が。
歩いてくる。
「……え」
レオンが。
箱を持ち直した。
近づいてくる。
「……」
止まらない。
「……」
レオンの前まで来た。
そして。
その横を通り過ぎた。
「エドガー?」
「……」
レオンが振り返った。
エドガーが。
男を見ている。
「久しぶりだな」
《女神の盾》が笑った。
「久しぶり」
二人が近づく。
肩へ手を回し。
軽く。
抱き合った。
互いの背中を。
一度叩く。
「元気だったか?」
「まあな」
「何年ぶりだ?」
「知らん」
「変わんねえな」
「お前はでかくなったな」
「もう育たねえよ」
二人が笑った。
「……」
レオンが。
口を開けたまま。
二人を見ていた。
◇
――レオンさん。
「はい」
――この時。
「はい」
――かなり驚いていましたね。
「……まあ」
――口、開いていました。
「そこ使うんですか?」
――使うと思います。
「やめてくださいよ」
――《女神の盾》とエドガーさんが知り合いだとは?
「知らないですよ」
――全く?
「全く」
――どう思いました?
「どうって……」
レオンが。
少し困った顔をする。
「だって」
声を落とした。
「英雄ですよ?」
◇
――エドガーさん。
「はい」
――《女神の盾》と、お知り合いだったんですね。
「昔から」
――どのくらい昔ですか?
「結構、昔です」
――一緒に潜っていた?
「……」
エドガーが。
荷物の紐を締める。
「昔の話ですよ」
――以前、前衛を目指していたと聞きました。
手が。
一瞬だけ止まった。
「誰から聞いたんです?」
――昔からいる隊員です。
「余計なこと言うなあ……」
――《女神の盾》とは、その頃に?
「……」
エドガーが。
再び紐を締め始める。
「次、これ三番に持ってって」
近くの隊員へ荷物を渡した。
――エドガーさん。
「仕事中なんで」
それ以上は。
答えなかった。
◇
同じ質問を。
《女神の盾》にもした。
――エドガーさんとは?
「昔、一緒に潜ってましたよ」
――前衛として?
「……」
男が。
少し考えた。
「それ」
笑う。
「俺から話していいのかな」
――駄目ですか?
「本人に聞いてください」
――答えてくれませんでした。
「じゃあ、駄目なんじゃないですか?」
◇
英雄。
《女神の盾》。
物流。
エドガー。
二人が。
かつて。
どこで。
何を目指し。
なぜ。
今。
別の場所にいるのか。
この時。
我々も。
まだ知らない。
◇
「これ、お願いします」
午後。
レオンが。
一つの荷物を受け取った。
「はい」
持ち上げる。
「……重っ」
「盾の予備部品入ってるんで」
「これ誰のですか?」
「俺の」
「え?」
顔を上げる。
《女神の盾》が立っていた。
「あ……」
「重い?」
「いや!」
「重いでしょ」
「大丈夫です」
「無理しなくていいよ」
「大丈夫です!」
レオンが。
荷物を抱え直す。
《女神の盾》が。
その姿を見る。
「君、明日入る?」
「はい」
「前衛?」
「……」
レオンが。
一瞬だけ止まった。
「ポーターです」
「そう」
《女神の盾》が頷く。
「よろしく」
「……はい」
男が離れていく。
レオンは。
その背中を見た。
「レオン」
「はい!」
エドガー。
「仕事」
「はい」
◇
――英雄に前衛かと聞かれていました。
「はい」
――嫌でした?
「嫌っていうか……」
レオンが考える。
「ちょっと」
――ちょっと?
「前衛だったらなって」
――まだ、なりたい?
「なりたいです」
今度は。
すぐに答えた。
◇
午後六時。
共同討伐。
最終打ち合わせ。
大きな机の上に。
第十階層東部の地図が広げられた。
《リレントレス・ウルフ》。
《女神の加護》。
そして。
共同討伐へ参加する。
他ギルドの責任者達。
パウエルが。
地図を指す。
「ここが前回の遭遇地点です」
駒を置く。
「確認できた活動痕は、この範囲」
さらに。
印を付ける。
「推定百五十から二百」
《女神の盾》が聞いた。
「上振れは?」
「あります」
「三百?」
「否定できません」
部屋が。
少し静かになる。
「目的を確認します」
パウエルが言った。
「殲滅ではありません」
全員を見る。
「巣の位置を確認し、可能なら排除」
地図の上を。
指が進む。
「最優先は」
魔晶樹生育地。
そこまでの道。
「輸送路の確保です」
《女神の盾》が頷く。
「撤退条件は?」
「想定以上の個体数」
「上位個体の確認」
「別種の大型魔物」
「戦列維持が困難になった場合」
「了解」
《女神の盾》は。
それだけ言った。
◇
英雄が。
何体倒せるか。
その質問は。
最後まで出なかった。
確認されたのは。
何を目的とするのか。
どこまで進むのか。
そして。
どこで。
帰るのか。
◇
会議後。
レオンは。
一人で地図を見ていた。
――明日、怖いですか?
「……はい」
少し間を置いた。
「怖いです」
――英雄がいます。
「いますね」
――安心しました?
「しました」
――では、大丈夫?
「……」
レオンが。
首を横に振った。
「それは違うと思います」
――違う?
「英雄がいても」
地図を見る。
「俺が荷物落としたら、荷物なくなるし」
――はい。
「俺が遅れたら、後ろも遅れるし」
少し。
照れたように笑った。
「俺の仕事は、俺がやらないと駄目なんで」
――明日も行く?
「行きます」
――英雄がいるから?
「それもありますけど」
レオンは。
地図から顔を上げた。
「俺、仕事なんで」
◇
前衛になりたい。
十九歳。
レオン。
数日前。
命令を破り。
一人。
仲間の元へ走った。
明日。
その隣には。
英雄がいる。
そして。
レオンの上司。
エドガーもいる。
かつて。
同じ場所を目指していた。
二人の男。
その背中を。
レオンは。
まだ。
何も知らない。
七月二十二日。
第十階層東部。
ゴブリン大規模生息域。
共同討伐。
開始。




