第17話 交渉
七月十八日。
午後三時七分。
《リレントレス・ウルフ》本部。
この日。
我々は、普段とは少し違う場所にカメラを置いていた。
応接室。
テーブルを挟んで座るのは。
ギルドマスター、ダリル・ウルフ。
副官、コウハ。
経理担当、エマ。
現場責任者、パウエル。
その向かいに。
一人の男が座っていた。
街でも五本の指に入る大手潜航ギルド。
その渉外担当者である。
◇
前日。
第十階層東部で確認されたゴブリンの大規模生息域。
推定個体数。
百五十から二百。
《リレントレス・ウルフ》は単独討伐を避け。
潜航ギルド協会を通じて、共同討伐への参加を呼びかけた。
複数のギルドが参加を表明。
その中に。
大手ギルドの名前があった。
ただし。
参加には。
条件があった。
◇
「まず、確認させてください」
大手の担当者が地図を見る。
「百五十から二百という数字は、あくまで推定ですね?」
「はい」
パウエルが答える。
「目視できたのは約三十。過去の遭遇記録と活動痕を合わせた推定です」
「巣の位置は?」
「未確認です」
「規模も?」
「正確には」
「では、二百を超える可能性は?」
「否定はできません」
担当者が頷いた。
「分かりました」
次に。
魔晶樹の生育地を指す。
「こちらが現在の輸送目的地?」
「そうです」
ダリルが答える。
「ゴブリンの生息域を避けると?」
「迂回できます。ただ、採算が悪くなる」
「だから討伐したい」
「正確には」
ダリルが言った。
「安全な輸送路が欲しい」
担当者が少し笑った。
「なるほど」
◇
討伐することが目的ではない。
《リレントレス・ウルフ》が必要としているのは。
第十階層東部にある魔晶樹を。
継続して地上へ運ぶための道だった。
そして。
大手ギルドが求めていたのは。
その先にある。
利益だった。
◇
「では、本題に入りましょう」
担当者が書類を一枚。
テーブルへ置いた。
「今回の共同討伐に参加する条件として」
ダリルを見る。
「魔晶樹から《リレントレス・ウルフ》に発生する利益。その五パーセントを希望します」
エマが。
手元の紙に数字を書いた。
ダリルは書類を見たまま聞く。
「こちらには、何を出してもらえますか?」
「英雄を一名」
ダリルが顔を上げた。
パウエルも。
担当者を見る。
「英雄?」
「はい」
「一人?」
「一名です」
担当者の表情は変わらない。
「今回の規模であれば、一人で戦況を変えられる人間を出します」
「……」
ダリルが椅子へ背を預けた。
「それで五パーセントを?」
「はい」
「一年ですか?」
担当者が笑った。
「五年でどうでしょう」
ダリルも笑った。
「長いですね」
「魔晶樹が継続して採取できるなら」
「できなかったら?」
「我々の取り分もなくなります」
ダリルが。
コウハを見る。
コウハは何も言わない。
次に。
エマ。
エマは計算している。
「……」
ダリルが。
再び担当者を見る。
「それなら」
少し考える。
「精鋭ユニットを一つ付けてください」
「精鋭を?」
「はい」
「英雄一名に加えて?」
「はい」
担当者が。
初めてペンを持った。
「条件は?」
「四年」
ダリルが言う。
「三パーセント」
担当者のペンが止まった。
「五から三?」
「はい」
「期間も五年から四年?」
「はい」
「こちらは精鋭ユニットを追加?」
「はい」
担当者が笑った。
「随分、減らしましたね」
「そちらは増えましたよ」
数秒。
二人とも話さなかった。
先に口を開いたのは。
担当者だった。
「三パーセントは構いません」
ダリルの眉がわずかに動く。
「ただし」
担当者が言った。
「五年ですね」
「……五年ですか」
「五年です」
「四年は?」
「五年です」
ダリルが。
コウハを見る。
コウハは。
今度も何も言わない。
「そうですか……」
ダリルは。
テーブルの上の地図へ目を落とした。
◇
五パーセント。
五年。
それが。
三パーセント。
五年へ。
大手ギルドが追加するのは。
精鋭戦闘ユニット、一つ。
ここまでなら。
双方が条件を譲った交渉だった。
しかし。
ダリルには。
もう一枚。
まだ出していないカードがあった。
◇
「もう一つ」
ダリルが言った。
「いいですか?」
「どうぞ」
「今回の討伐とは別の話です」
担当者がペンを置いた。
「聞きましょう」
ダリルが。
パウエルを見る。
パウエルは何も言わない。
ただ。
わずかに眉を寄せた。
「実は」
ダリルが。
第十階層東部の地図を引き寄せた。
「魔晶樹の生育地より、さらに奥で」
指を動かす。
「強い魔力光を確認しています」
担当者の視線が。
指先へ移った。
「魔力光?」
「はい」
「魔晶樹ですか?」
「分かりません」
「魔力石?」
「それも分かりません」
「確認には?」
「行っていません」
担当者が。
少しだけ前へ身体を傾けた。
「なぜ?」
パウエルが答えた。
「手持ちの装備では無理だと判断しました」
「距離は?」
「正確には測れていません」
「光量は?」
「携行していたランタンが消えた状態でも確認できたそうです」
「……」
担当者が。
地図を見る。
「誰が見たんです?」
「調査隊です」
「複数人?」
「はい」
「記録は?」
「あります」
パウエルが。
一枚の報告書を出した。
担当者が受け取る。
読む。
その間。
部屋から会話が消えた。
◇
その光が。
何なのか。
この時点では。
誰にも分からない。
魔晶樹なのか。
鉱物なのか。
あるいは。
まったく別のものなのか。
新たな資源である保証すらない。
分かっているのは。
第十階層東部。
未調査領域の先に。
携行灯なしでも確認できるほどの魔力光が存在する。
それだけだった。
◇
「面白いですね」
担当者が報告書を置いた。
「でしょう?」
ダリルが言う。
「でも、何かは分からない」
「はい」
「行ってみたら、何もなかったという可能性もある」
「あります」
「資源ですらないかもしれない」
「あります」
担当者が笑った。
「随分、正直ですね」
「嘘ついて契約したら、後で困るでしょう」
「それで?」
担当者が聞いた。
「この光と、先ほどの話に何の関係が?」
ダリルが答えた。
「これから二年間」
エマが。
計算する手を止めた。
「第十階層東部で、俺達が新たな資源を発見した場合」
担当者が黙って聞いている。
「正式に新規資源として認定され、利益が発生したものについて」
ダリルが。
二本の指を立てた。
「その利益の二パーセントを乗せます」
担当者の表情が変わった。
「魔晶樹の三パーセントとは別に?」
「別です」
「期間は?」
「二年」
「対象は?」
「第十階層東部で、これから新たに発見した資源」
「この魔力光だけではなく?」
「はい」
担当者が。
椅子へ背を預けた。
「その代わり?」
「ポーター三ユニット」
ダリルが言った。
「それと」
少し間を置く。
「環境整備部隊を五ユニット」
担当者が笑った。
「五?」
「はい」
「随分、欲しがりますね」
「必要なんです」
「ゴブリンを倒すだけなら、五ユニットもいらないでしょう」
「倒すだけなら」
ダリルが答える。
「俺達が欲しいのは、討伐記録じゃない」
地図の。
魔晶樹生育地までの道を指でなぞる。
「ここを使えるようにしたい」
「輸送路」
「はい」
ダリルが続ける。
「巣があるなら処理する。死骸も片付ける。危険箇所も確認する。必要なら道も整える」
担当者が。
ダリルを見る。
「そのための五ユニット?」
「そうです」
「ポーター三ユニットは?」
「その間も物資は動きます」
「なるほど」
担当者が。
もう一度。
書類を見る。
◇
魔晶樹。
三パーセント。
五年間。
大手が出す。
英雄、一名。
精鋭戦闘ユニット、一つ。
そして。
まだ存在すら確認されていない。
新たな資源。
今後二年間。
利益の二パーセント。
その対価として。
ポーター、三ユニット。
環境整備部隊、五ユニット。
◇
「悪くないですね」
担当者が。
小さく笑った。
ダリルは。
笑わなかった。
「では?」
「ただ」
担当者が。
書類をまとめ始める。
「私の権限では決められません」
「……ですよね」
「持ち帰らせてください」
「分かりました」
担当者が立つ。
ダリルも立った。
「いつ頃?」
「早ければ明日」
「お願いします」
二人が握手する。
交渉は。
成立しなかった。
だが。
決裂もしなかった。
◇
午後四時四十一分。
大手ギルドの担当者が。
本部を出ていった。
扉が閉まる。
「……」
ダリルが。
そのまま立っている。
十秒ほど。
誰も話さなかった。
「どう?」
ダリルが聞いた。
「何が?」
コウハ。
「いけそう?」
「知らん」
「何となくあるだろ」
「ない」
「エマ」
「私に聞かないでください」
「パウエル」
「俺は交渉屋じゃない」
「誰も教えてくれないじゃん」
ダリルが。
椅子へ座った。
「……疲れた」
コウハが。
ようやく笑った。
◇
――五パーセントを渡した方が、簡単だったのでは?
我々は。
ダリルに聞いた。
「簡単だったと思います」
――なぜ、そうしなかった?
「五年でしょう?」
――はい。
「魔晶樹は、もうあるんですよ」
ダリルが。
地図を見る。
「量もある程度確認できた。採れる。売れる。権益もある」
――だから三パーセントまで?
「できれば、三も渡したくないですよ」
ダリルが笑った。
「でも、俺達だけじゃ道を維持できない」
――では、新資源の二パーセントは?
笑みが。
少し消えた。
「そっちは」
魔力光が記録された場所を指す。
「まだ、何もないですから」
――何もない?
「光があるだけです」
――新資源だったら?
「その時は払います」
――惜しくない?
「惜しいですよ」
即答だった。
「でも」
ダリルが。
地図の上で。
魔晶樹の生育地から。
魔力光が確認された方向へ。
指を動かした。
「俺達だけじゃ」
指が止まる。
「まだ、ここまで行けないんです」
◇
あるかもしれない。
新しい資源の二パーセント。
それを差し出し。
今。
必要な人と。
道を得る。
その条件を。
大手ギルドが受け入れるのか。
答えは。
まだ。
出ていない。




