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リアルディープダンジョン―ある新興ギルドの一年―  作者: 大福


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12/21

第12話 査定



 地上まで、あと二百メートル。


「見えたぞ」


 先頭を歩くパウエルが言った。


 長い通路の先。岩壁に取り付けられた灯りとは違う、白い光が差し込んでいる。


 地上の光だった。


「……帰ってきた」


 誰かが呟いた。


 返事をする者はいない。


 だが、黙々と歩いていた隊列から、わずかに緊張が抜けた。


 レオンも背負子の位置を直し、前を見る。


 足が重い。肩が痛い。服は汗と土で汚れ、靴の中まで湿っている。


 それでも。


 あの光だけは、潜った時とはまるで違って見えた。



     ◇



 地上。


 ダンジョン入口には、二人の男が立っていた。


 《リレントレス・ウルフ》ギルドマスター、ダリル・ウルフ。


 そして、経理責任者のコウハ。


「来ました」


「ああ」


 ダリルは動かない。


 入口から一人、また一人と遠征隊が姿を現す。


 パウエル。


 ヴェラ。


 ハンス。


 セリア。


 続いて隊員達。


 外部ポーター。


 馭獣担当。


 そして、六頭の洞ラバ。


 ダリルの目が、その全員を追っていく。


「……全員いるな」


「おります」


 コウハが答えた。


 そこで初めて、ダリルが歩き出した。


「パウエル!」


「ただいま戻りました」


「怪我人は?」


「軽傷が三名。全員、自力で歩けます」


「そうか」


 ダリルが大きく息を吐いた。


「よく帰った」


「はい」


「それで」


 ダリルの視線が、洞ラバへ向く。


 食料や飼料を消費し、出発時より軽くなったはずの積荷。


 だが、その一部には、見覚えのない梱包がいくつも括り付けられている。


「……あったのか?」


 パウエルが、少しだけ笑った。


「ありました」


 腰に下げていた革袋を外す。


「まずは、これを」


 ダリルが受け取った。


 革紐を解く。


「……」


 中から出てきたのは、一本の枝だった。


 黒褐色の樹皮。


 切断面には、淡い光を帯びた筋が幾重にも走っている。


 ダリルの表情が変わった。


「……これ」


 枝を持ち上げる。


「魔力、かなり入ってるよな?」


「現地でセリアにも確認させました」


 パウエルが答える。


「正確な含有量は査定しないと分かりません。ただ、かなり高いと」


「どこだ」


「第十階層です」


「……十階?」


「はい」


「本当に?」


「国家派遣の記録官も確認しています」


 ダリルが枝を見る。


 パウエルを見る。


 もう一度、枝を見る。


「……十階」


 呟いた。


 次の瞬間。


 ダリルがパウエルを抱きしめた。


「うおっ!」


 突然のことに、パウエルの身体がよろける。


「やったぞ!」


「ダリル、ちょっ――」


「やった!」


 強く背中を叩く。


「よく見つけた!」


 帰還した隊員達が振り返った。


 レオンも。


 ミアも。


 トビーも。


 目を丸くしている。


 普段、現場からどんな報告を受けても、ダリルがここまで感情を表に出すことはない。


 だが、この時だけは違った。


「十階だぞ、パウエル!」


「分かってる」


「これが十階で採れるんだぞ!」


「だから持って帰ってきたんだ」


「っしゃあ!」


 ダリルの声が、ダンジョン入口に響いた。


 ようやく解放されたパウエルが、乱れた服を直す。


「……暑苦しいな」


 そう言いながら、少しだけ笑っていた。



     ◇



 高い魔力を含む樹木。


 それ自体は、未知の存在ではない。


 深い階層では、これまでにも発見されている。


 魔導具。


 魔術触媒。


 杖。


 魔力を利用する様々な製品に使われ、魔力含有量が高いほど、その価値も上がる。


 だが、深層の資源には常に一つの問題がつきまとう。


 安定して運び出せない。


 深く潜れば、護衛が増える。


 食料が増える。


 治療薬が増える。


 触媒が増える。


 輸送に必要な人員も増える。


 そして、帰ってこられない可能性も高くなる。


 どれほど価値のある資源でも。


 安定して供給できなければ、産業資源としての価値は下がる。


 しかし。


 第十階層。


 そこなら、話が変わる。


 行ける。


 採れる。


 運べる。


 そして。


 また、採りに行ける。


 ダリルが抱きしめたのは、一本の枝を持ち帰った男ではない。


 創立から三年。


 成果を探し続けてきたギルドに。


 ようやく、未来を持ち帰った男だった。



     ◇



「どれくらいあった?」


 ダリルが聞いた。


「確認した範囲だけでも複数です。ただ、分布までは調べていません」


「十分だ。まず査定に――」


「その前に」


 コウハが口を挟んだ。


「記録証です」


 ダリルが振り返る。


「ああ」


「価値がいくら高くても、公的な発見記録が認定されなければ権益は確定しません」


「分かってる」


 コウハはパウエルを見る。


「記録官は?」


「採取地点、採取時刻、周辺状況。すべて記録済みです。帰還後、そのまま提出すると」


「では、査定も同時に進めましょう」


 ダリルが手にした枝を見る。


「コウハ」


「はい」


「これ、いくらになると思う?」


「知りません」


「夢がないな」


「査定前の数字を帳簿には書けませんので」



     ◇



 その頃。


 《リレントレス・ウルフ》本部、経理室。


 エマは、机いっぱいに広げた紙を見ていた。


 今回の遠征。


 当初見積もり、四百八十金貨。


 そこから外部ポーター、馭獣担当、洞ラバ、予備物資。


 安全を一つずつ積み上げた結果。


 最終予算、五百十二金貨。


「……」


 エマが数字を書き込む。


 遠征に出た以上、使った金は戻らない。


 問題は、その五百十二金貨が何に変わって帰ってくるかだった。


 何も見つからなかった場合。


 五百十二金貨は、東側未開拓領域の情報を得るために使った調査費になる。


 無駄ではない。


 地形。


 危険箇所。


 魔物。


 水場。


 次の潜航に使える情報は残る。


 だが。


 借金は、情報では返せない。


 《リレントレス・ウルフ》に残る借入金、およそ三千金貨。


 エマは別の紙を見る。


 今回、成果なし。


 次回、同規模の遠征。


 さらに、もう一度。


 数字を置いていく。


 ペンが止まった。


 失敗できる回数は、無限ではない。



     ◇



 ――何を計算していたんですか?


 後日。


 我々は、この時のことをエマに聞いた。


「今回の遠征で利益を出せなかった場合の損失です」


 ――遠征隊が帰ってくる前に?


「はい」


 ――成功すると考えなかった?


「成功した場合も計算します」


 エマは答えた。


「でも」


 少し考える。


「失敗した時に、次があるのか」


「それを先に知っておかないといけないので」



     ◇



 その日の午後。


 持ち帰った百二十六キロのサンプルから一部が取り出され、査定が始まった。


 乾燥状態。


 重量。


 樹皮。


 木質部。


 部位ごとに分けられ、魔力含有量が測定される。


 ダリル。


 コウハ。


 パウエル。


 三人が、査定担当者の前に座っていた。


 担当者が測定結果を見る。


「……高いですね」


 ダリルが身を乗り出した。


「どのくらいだ?」


「現在流通している魔力木材と比較しても、かなり高い部類です」


 ダリルがコウハを見る。


 コウハはまだ動かない。


「用途は?」


「このサンプルだけで断定はできませんが、触媒原料、魔導具、杖材。加工適性次第では他にも考えられます」


「売れる?」


「売れます」


 即答だった。


 ダリルの口元が上がる。


「ただし」


 査定担当者が続けた。


「今、私が言ったのは、このサンプルには商品価値があるという意味です」


「資源としては?」


 コウハが聞く。


「まだ出せません」


「理由は?」


「量です」


 査定担当者は資料を置いた。


「十本なのか、百本なのか、千本なのか。継続して伐採できるのか。伐採後に再生するのか。成長に何年かかるのか」


 そして、目の前のサンプルを指した。


「それが分からなければ」


 一拍。


「これは高価な枝です」


「森ではありません」



     ◇



 翌日。


 ギルド本部に、一通の書類が届いた。


 公的機関の印。


 第十階層、東側未開拓領域。


 国家派遣の記録官が提出した、新規資源発見記録。


 採取地点。


 発見日時。


 発見者。


 同行者。


 現地記録。


 審査の結果。


 《リレントレス・ウルフ》による新規資源発見として、正式に認定された。


 それによって確定したものがある。


 新規資源に対する権益。


 三十パーセント。



     ◇



「エマ」


 経理室の扉が開いた。


「はい」


 エマが顔を上げる。


「条件が変わった」


 職員が一枚の書類を持っていた。


「査定結果ですか?」


「それだけじゃない」


 書類を差し出す。


「記録証が通った」


 エマが受け取る。


 視線が下へ動いていく。


「……権益は?」


「三十パーセント」


 一拍。


「確定だ」


 エマが机の上を見る。


 そこには昨日まで計算していた、五百十二金貨を利益化できなかった場合の数字が並んでいる。


「……」


 その紙を横へずらした。


 新しい紙を出す。


 査定価格。


 想定採取量。


 運搬費。


 人件費。


 護衛費。


 伐採費。


 そして。


 三十パーセント。


 エマが計算を始める。


 数字を書く。


 消す。


 条件を変える。


 もう一度、計算する。


 しばらくして。


 手が止まった。



     ◇



 ――今回の遠征は、成功だったということでしょうか。


 後日。


 我々はエマに聞いた。


「……まだ、分かりません」


 ――新規資源として認定されたんですよね?


「はい」


 ――権益も?


「三十パーセント。正式に確定しました」


 ――それでも?


「はい」


 エマが、計算途中の紙をこちらへ向ける。


「三十パーセントの」


 指が、空白の欄で止まった。


「元になる数字がないんです」


 ――元になる数字?


「採れる量です」


 エマは答えた。


「十本なら、この数字」


 別の場所を指す。


「百本なら、これ」


 さらに指を動かす。


「千本なら」


 指が止まった。


 ――なら?


「……全然、違います」



     ◇



 その夜。


 会議室。


 ダリル、パウエル、コウハの三人が、第十階層東部の地図を囲んでいた。


 パウエルが、今回の採取地点を指す。


「確認できたのは、この範囲です」


「その先は?」


「未確認です」


「樹は続いていた?」


「少なくとも、視認できる範囲には」


 ダリルが地図を見る。


 公的な認定は下りた。


 権益、三十パーセント。


 魔力含有量も申し分ない。


 売れることも分かった。


 だが。


 まだ一つ。


 最も大きな数字だけが空白だった。


「調べよう」


 コウハが顔を上げる。


「分布を?」


「ああ」


 ダリルが採取地点を指す。


 そして、その指を。


 まだ何も記されていない東側へ滑らせた。


「俺達が手に入れた三十パーセントが」


 指が止まる。


「いくらなのか」


「確かめに行く」



     ◇



 五百十二金貨。


 それが、高い魔力を含む百二十六キロのサンプルになった。


 そして。


 公的に認められた、三十パーセントの権利になった。


 だが。


 その三十パーセントが。


 十本の三十パーセントなのか。


 百本なのか。


 千本なのか。


 この時。


 まだ、誰も知らなかった。



     ◇



 《リレントレス・ウルフ》。


 第二回東部潜航。


 目的。


 魔晶樹群生地。


 分布調査。


 採取。



 そして。


 彼らはまだ知らない。



 前回。


 誰もいなかった帰り道に。



 次も。



 誰もいないとは限らない。

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