第11話 発見
七月七日。
遠征四日目。
◇
午前六時四十二分。
朝食を終えたミアは、昨日足を止めた場所へ戻っていた。
一本目。
根元にしゃがみ、土を指で崩す。
二本目。
幹ではなく、その周囲に生える草を確認する。
三本目。
少し離れた場所から、木全体を見上げた。
同行レポーターも、その後を追う。
――昨日、何が気になったんですか?
「木です」
――木?
「正確には、根の伸び方です」
ミアが地面を指した。
「全部じゃないんですけど、この辺りの木、根が少し偏ってるんです」
――同じ方向に?
「はい。あと、苔と下草も」
木の根元。
地面。
倒木。
ミアは順番に確認していく。
「昨日は気のせいかと思ったんですけど……」
森の奥を見る。
「やっぱり変です」
◇
遠征四日目。
この日の午後には、探索を続けるか、帰路へ入るか。
その判断が予定されていた。
三日間で地図は伸びた。
複数のサンプルも採取した。
だが。
《リレントレス・ウルフ》が、この遠征に求めていた新規資源は、未だ見つかっていない。
残された時間は、多くなかった。
◇
午前七時十九分。
「パウエルさん」
ミアが呼んだ。
「どうした?」
「少し調べたい場所があります」
「どこ?」
「あっちです」
指したのは、予定していた進行方向から北へ外れた森だった。
「どれくらい?」
「分かりません」
「何がある?」
「それも分かりません」
「……理由は?」
「この辺りの植物が、あっちに引っ張られているように見えるんです」
パウエルが地面を見る。
「引っ張られてる?」
「根の伸び方も、下草の密度も違います。何か理由があると思います」
パウエルは地図を開いた。
現在地。
予定していたルート。
ミアが示した方向。
数秒考える。
「ヴェラ」
「はい」
「先行確認」
「了解」
「全員で行く。三十分だけだ」
「ありがとうございます」
◇
未知の場所では。
予定から外れることそのものが、危険になる。
だが。
予定通り歩くだけなら。
探索とは呼ばない。
午前七時二十六分。
《リレントレス・ウルフ》は、予定していたルートを外れた。
◇
進んだ距離。
およそ三百メートル。
「こっちです」
ミアの足が、少しずつ速くなっていく。
「ミア、離れすぎるな」
「はい」
返事をして。
また少し速くなる。
「速いって」
レオンが追いかける。
ミアは立ち止まり、地面を見る。
「やっぱり」
「何が?」
「増えてる」
「何が?」
「偏り」
レオンも地面を見る。
「……俺には普通の根にしか見えない」
「私も昨日までは、そうでした」
さらに進む。
百メートル。
二百メートル。
木々は、変わらない。
少なくとも。
レオンにも。
同行する我々にも。
違いは分からなかった。
◇
午前七時四十六分。
ミアが止まった。
「……」
目の前にあるのは、一本の木だった。
太い幹。
広がる枝。
黒褐色の樹皮。
地下森林では。
決して珍しくない。
「どうした?」
レオンが隣に立つ。
「これ……」
ミアが幹へ近づいた。
「触るなよ」
後ろからパウエルの声。
「はい」
伸ばしかけた手を止める。
樹皮の一部が、縦に割れていた。
その奥。
「……光ってない?」
レオンが言った。
◇
カメラが捉えたのは。
樹皮の裂け目から漏れる。
ごく僅かな。
青白い光だった。
◇
「セリアさん」
ミアが呼ぶ。
セリアが前へ出た。
「どいて」
杖を幹へ近づける。
目を閉じた。
「……ある」
「魔力?」
「かなり」
セリアが目を開ける。
「木の中から出てる」
パウエルの表情が変わった。
「記録官」
「はい」
「ここから全部記録してくれ」
「すでにしています」
◇
午前七時四十九分。
位置。
時刻。
周辺環境。
最初に異変を確認した人物。
国家から派遣された記録官が、一つずつ記録していく。
まだ。
誰も。
それが何なのかを断定してはいない。
◇
「樹皮、少しだけ取ります」
ミアが手袋を替えた。
「やれ」
刃を入れる。
表面の樹皮を、僅かに削る。
その下から。
青白い筋が現れた。
「……」
誰も喋らない。
木の内部を走るように。
細かな結晶が形成されている。
ミアの手が止まった。
「これ……」
セリアが横から覗き込む。
「魔晶?」
「多分」
「木の中に?」
「……はい」
ミアが息を呑んだ。
「魔晶樹……?」
◇
魔晶樹。
大気や土壌から長い年月をかけて魔力を取り込み、幹の内部に魔力結晶を形成する樹木である。
魔道具。
魔術触媒。
研究材料。
用途は広い。
だが。
生育条件は厳しく、天然の群生地は多くない。
もし。
これが既存の記録にない魔晶樹であるなら。
◇
「ミア」
パウエルだった。
「まだ決めるな」
「はい」
「今確認できてるのは一本だ」
「……はい」
ミアが頷いた。
その時。
「……あれ」
レオンが呟く。
「何?」
「あれもじゃない?」
指を差す。
少し離れた場所。
別の木。
樹皮の裂け目から。
同じ青白い光が漏れていた。
「……」
ミアが走る。
「ミア!」
「触りません!」
二本目。
同じだった。
「こっちもです!」
さらに奥。
「待って」
ミアが振り返る。
全員が森を見る。
一本。
その奥に、もう一本。
さらに。
木々の隙間。
「……三本」
レオンが数える。
「四本」
ノアが別の方向を見る。
「向こうにもあるぞ」
ヴェラが指差した。
◇
一本ではなかった。
◇
昨日まで。
ただの地下森林にしか見えなかった場所。
その中に。
青白い光が、点々と続いていた。
「……あった」
誰かが言った。
「……あった」
もう一度。
そして。
「あったぞ!!」
◇
「うおおおおおお!!」
レオンが叫んだ。
「マジか!」
「やった!!」
「ミア!!」
「えっ、ちょっ――」
ノアがミアの肩を叩く。
ヴェラが笑う。
セリアが杖を持ったまま、両手を上げた。
「見つけた!」
「本当に!?」
「まだ確定じゃ――」
「あるだろ!」
「あるけど!」
外部ポーター達からも歓声が上がった。
「やったな!」
「これで手ぶらじゃねえぞ!」
「何本ある!?」
「分かるかよ!」
昨日。
物資の破損を巡って衝突した二人も。
この時だけは。
同じものを見ていた。
「……すげえな」
エドガーが言う。
「ああ」
リックが笑った。
◇
「おい! 三号!」
馭獣担当の声。
突然の歓声に驚いた洞ラバが身体を揺らしている。
「静かにしろ!」
「見つけたぞ!」
「分かった! ラバが驚くだろ!」
「やったぞ!」
「だから静かにしろって!」
◇
「静かにしろ!!」
パウエルの声が森に響いた。
全員が止まる。
「……」
「……」
「……」
「魔物を呼び寄せたいのか!」
「……すみません」
レオンが小さくなる。
「警戒を戻せ! まだ地下だぞ!」
「はい!」
「ヴェラ、周囲確認!」
「了解!」
「ハンス!」
「見てる!」
全員が持ち場へ戻っていく。
パウエルも、もう一度魔晶樹を見る。
「……」
口元が。
僅かに緩んでいた。
「パウエルさん」
「何だ」
「笑ってますよ」
セリアだった。
「笑ってない」
「笑ってます」
「警戒しろ」
「はい」
◇
三日間。
彼らは、求めていたものを何も見つけられなかった。
五百十二金貨。
十二人の外部ポーター。
六頭の洞ラバ。
それだけの人と金を動かし、未調査の地下森林を歩き続けた。
そして。
遠征四日目。
ようやく。
彼らは。
足を止める理由を見つけた。
◇
午前八時三十一分。
周辺警戒を強化した上で、調査が始まった。
「こっちにも一本!」
「記録!」
「番号振ります!」
「十九!」
「十九確認!」
「二十!」
「待って、そっちはまだ!」
「了解!」
ミアと採取担当が木々の間を動く。
記録官が位置を書き込む。
測量担当が距離を取る。
確認される魔晶樹は。
一本。
また一本と増えていった。
◇
「……なんで、ここだけ?」
ミアが呟いた。
昨日。
彼女が感じた違和感。
木々の根。
苔。
下草。
それらは、まるで何かを求めるように。
この場所へ向かっていた。
「土かな……それとも……」
「ミア!」
パウエルの声が飛ぶ。
「今は個体数の確認を優先!」
「はい!」
ミアは立ち上がった。
理由を調べる時間は。
今はない。
◇
もし。
この時。
彼らが、もう少しだけ深く地面を調べていたなら。
見つけていたかもしれない。
◇
魔晶樹の根は。
地中へ伸びていた。
一本だけではない。
何本もの根が。
土を抜け。
岩の隙間を通り。
さらに深く。
一つの場所へ集まっている。
その先。
地下森林の地面より。
遥か下。
厚い岩盤に覆われた場所に。
それはあった。
◇
巨大な。
魔晶石。
◇
どれほどの年月。
そこに存在しているのか。
誰も知らない。
そこから放たれる魔力を吸い上げ。
木々は育った。
根を伸ばし。
幹の内部へ。
魔力を結晶として蓄えながら。
◇
この日。
《リレントレス・ウルフ》が見つけたものは。
魔晶樹だった。
その下にあるものには。
まだ。
誰も気づいていない。
◇
午前九時十二分。
我々は、ミアに話を聞いた。
――見つけた瞬間、どう思いました?
「……覚えてないです」
――かなり叫んでいました。
「私が?」
――はい。
「嘘」
――映像に残っています。
「……」
ミアがカメラを見る。
「消せます?」
――使うと思います。
「……最悪」
そう言いながら。
ミアは笑っていた。
◇
レオンにも聞いた。
――どうでした?
「勝ったと思いました」
――何に?
「……何でしょうね」
少し考える。
「分かんないです」
レオンが笑った。
「でも、勝ったと思いました」
◇
午前十時五分。
歓喜から二時間あまり。
最初に現実へ戻ったのは。
外部ポーター達だった。
◇
「これ、どれくらい持って帰るつもりです?」
リックが聞いた。
「可能な限り」
パウエルが答える。
「無理ですよ」
即答だった。
「何が?」
「可能な限り、がです」
リックが積載表を開く。
「帰りの食料、飼料、治療薬、触媒、野営用品。必要な物はまだ載ってます」
「食料と飼料は減ってる」
「減ってます。でも、帰る分は必要です」
「どれくらい空く?」
「今、出します」
◇
見つけることと。
持ち帰ることは。
別の仕事だった。
◇
ミアがサンプル採取の準備を始めた。
「枝を取ります」
「一本?」
「最初は」
サンプル採取では、樹そのものを傷つけることも認められている。
太めの枝へ刃を入れる。
数分後。
「レオン、お願いします」
「はい」
切り離された枝を受け取った瞬間。
「うわっ」
レオンの腕が下がった。
「重っ……!」
「そんなに?」
「ノア、ちょっと!」
「はいはい」
ノアが片側を持つ。
「……重いな」
「木じゃないだろ、これ」
「木です」
内部に形成された魔力結晶が。
通常の木材とは比較にならない重量を生んでいた。
◇
リックが枝を量る。
「二十七キロ」
「これだけで?」
レオンが聞く。
「これだけで」
リックは六頭の洞ラバへ目を向けた。
「嬉しいのは分かりますけど」
積載表へ数字を書き込む。
「全部持って帰ろうとしたら、俺達が帰れなくなりますよ」
◇
その一言で。
浮かれていた遠征隊は。
現実へ戻った。
◇
午前十一時二十六分。
外部ポーター達が、六頭の積載量を一から計算し直していた。
「一号、余裕十八」
「二号、二十一」
「三号は増やさない」
「昨日の件?」
「念のためだ」
「四号、十九」
「五号?」
「二十四」
「六号、二十二」
リックが数字を足していく。
「どうだ?」
パウエルが聞いた。
「百二十前後」
「それだけ?」
「安全に持って帰るなら、それだけです」
「もっと載せることは?」
「できますよ」
リックは即答した。
「ただ、何かあったら捨てます」
「何かって?」
「ラバが怪我する。帰路が延びる。誰かが歩けなくなる」
積載表を指で叩く。
「荷物を下ろして、人を載せなきゃならなくなるかもしれない」
パウエルが周囲を見る。
魔晶樹は。
まだ奥にも続いている。
「……百二十でいく」
◇
目の前には。
何本あるのか。
まだ把握できていないほどの資源がある。
しかし。
彼らが持ち帰れるのは。
その、ごく一部だった。
◇
「また来ればいいじゃないですか」
レオンだった。
「これだけあるなら、また来て運べば」
「そうだな」
パウエルが答える。
「ですよね?」
「ああ」
◇
その通りである。
また来ればいい。
ただし。
もう一度、人を集める。
物資を揃える。
洞ラバを用意する。
そして。
この地下十層東部まで。
再び全員で辿り着かなければならない。
発見した資源は。
自分から地上へは来ない。
◇
午後一時四十八分。
採取したサンプルが、一つずつ梱包されていく。
緩衝材。
固定具。
左右の重量。
リック達が、その全てを確認する。
昨日。
治療薬と魔術触媒を失った三号には。
追加のサンプルを載せなかった。
「こっち、あと三キロいけるぞ」
エドガーが言った。
「載せません」
リックが答える。
「三キロだぞ」
「三キロです」
エドガーは積荷を見る。
昨日なら。
もう一言あったかもしれない。
「……分かった」
それだけ言って。
別の荷物を確認しに行った。
◇
午後二時十七分。
採取終了。
持ち帰るサンプル。
百二十六キロ。
◇
そして。
同じ頃。
地上。
◇
《リレントレス・ウルフ》本部。
午後二時十七分。
経理室では。
エマとコウハが、来月以降の資金繰りを確認していた。
「コウハさん」
「何だ」
エマは帳簿を見たまま聞いた。
「もし……今回の遠征で、何も成果がなかった場合はどうなりますか?」
コウハの手が止まった。
「今年は、東を諦めることになる」
「二回目の遠征は?」
「組めない」
「予算ですか?」
「ああ。もう一度、五百金貨規模の遠征を出せば、その後が続かない」
エマが帳簿を見る。
「じゃあ……今年は?」
「経費のかからない範囲で、既知の資源を採る」
コウハが帳簿を指でなぞる。
「低層。既知区域。日帰りか、一泊で戻れる範囲。確実に売れるものを採って、持ち帰る」
「それを年内ずっと?」
「ああ」
「……それで、年を越せますか?」
コウハは。
すぐには答えなかった。
「越す」
「……」
「越すしかない」
帳簿を閉じる。
「今の《リレントレス・ウルフ》が存続するには、それしかない」
◇
その時。
地下十層東部では。
「百二十六!」
リックの声が上がった。
「これで限界です!」
「よし!」
パウエルが答える。
「持って帰るぞ!」
「はい!」
◇
地上では。
ギルドを存続させるための話が。
地下では。
その未来を変えるかもしれないものが。
同じ時刻に。
動いていた。
◇
午後三時四分。
地上。
ギルドマスター室。
ダリルは。
次月の依頼一覧を見ていた。
東部遠征について。
連絡は。
まだない。
◇
遠征前。
我々は、ダリルに聞いていた。
――今回、成果がなかったら?
「……厳しいでしょうね」
――東部は?
「今年は終わりです」
――諦める?
「今年は、です」
ダリルは少し笑った。
「来年までギルドがあれば、また行けますから」
◇
午後四時五十二分。
地下。
帰路へ向けた準備が始まっていた。
「固定確認!」
「一号、完了!」
「二号、完了!」
「三号、完了!」
「四号!」
「もう少し待って!」
ミアは。
少し離れた場所に立っていた。
魔晶樹を見る。
一本。
二本。
その奥にも。
青白い光が見える。
レオンが隣に来た。
「帰りたくない?」
「帰りたいです」
「即答だね」
「お風呂入りたいので」
「そっち?」
「それもあります」
ミアが笑う。
そして。
もう一度。
森を見た。
「でも」
「うん」
「また来たいです」
◇
七月七日。
遠征四日目。
《リレントレス・ウルフ》。
第一回東部遠征。
新規資源候補。
発見。
持ち帰るサンプル。
百二十六キロ。
◇
地上では。
まだ。
誰も知らない。
三年間。
彼らが探し続けたものを。
見つけたことも。
◇
そして。
地下でも。
まだ。
誰も知らない。
自分達が見つけたものの。
さらに下に。
何が眠っているのかを。




