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リアルディープダンジョン―ある新興ギルドの一年―  作者: 大福


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11/21

第11話  発見

 七月七日。


 遠征四日目。


     ◇


 午前六時四十二分。


 朝食を終えたミアは、昨日足を止めた場所へ戻っていた。


 一本目。


 根元にしゃがみ、土を指で崩す。


 二本目。


 幹ではなく、その周囲に生える草を確認する。


 三本目。


 少し離れた場所から、木全体を見上げた。


 同行レポーターも、その後を追う。


 ――昨日、何が気になったんですか?


「木です」


 ――木?


「正確には、根の伸び方です」


 ミアが地面を指した。


「全部じゃないんですけど、この辺りの木、根が少し偏ってるんです」


 ――同じ方向に?


「はい。あと、苔と下草も」


 木の根元。


 地面。


 倒木。


 ミアは順番に確認していく。


「昨日は気のせいかと思ったんですけど……」


 森の奥を見る。


「やっぱり変です」


     ◇


 遠征四日目。


 この日の午後には、探索を続けるか、帰路へ入るか。


 その判断が予定されていた。


 三日間で地図は伸びた。


 複数のサンプルも採取した。


 だが。


 《リレントレス・ウルフ》が、この遠征に求めていた新規資源は、未だ見つかっていない。


 残された時間は、多くなかった。


     ◇


 午前七時十九分。


「パウエルさん」


 ミアが呼んだ。


「どうした?」


「少し調べたい場所があります」


「どこ?」


「あっちです」


 指したのは、予定していた進行方向から北へ外れた森だった。


「どれくらい?」


「分かりません」


「何がある?」


「それも分かりません」


「……理由は?」


「この辺りの植物が、あっちに引っ張られているように見えるんです」


 パウエルが地面を見る。


「引っ張られてる?」


「根の伸び方も、下草の密度も違います。何か理由があると思います」


 パウエルは地図を開いた。


 現在地。


 予定していたルート。


 ミアが示した方向。


 数秒考える。


「ヴェラ」


「はい」


「先行確認」


「了解」


「全員で行く。三十分だけだ」


「ありがとうございます」


     ◇


 未知の場所では。


 予定から外れることそのものが、危険になる。


 だが。


 予定通り歩くだけなら。


 探索とは呼ばない。


 午前七時二十六分。


 《リレントレス・ウルフ》は、予定していたルートを外れた。


     ◇


 進んだ距離。


 およそ三百メートル。


「こっちです」


 ミアの足が、少しずつ速くなっていく。


「ミア、離れすぎるな」


「はい」


 返事をして。


 また少し速くなる。


「速いって」


 レオンが追いかける。


 ミアは立ち止まり、地面を見る。


「やっぱり」


「何が?」


「増えてる」


「何が?」


「偏り」


 レオンも地面を見る。


「……俺には普通の根にしか見えない」


「私も昨日までは、そうでした」


 さらに進む。


 百メートル。


 二百メートル。


 木々は、変わらない。


 少なくとも。


 レオンにも。


 同行する我々にも。


 違いは分からなかった。


     ◇


 午前七時四十六分。


 ミアが止まった。


「……」


 目の前にあるのは、一本の木だった。


 太い幹。


 広がる枝。


 黒褐色の樹皮。


 地下森林では。


 決して珍しくない。


「どうした?」


 レオンが隣に立つ。


「これ……」


 ミアが幹へ近づいた。


「触るなよ」


 後ろからパウエルの声。


「はい」


 伸ばしかけた手を止める。


 樹皮の一部が、縦に割れていた。


 その奥。


「……光ってない?」


 レオンが言った。


     ◇


 カメラが捉えたのは。


 樹皮の裂け目から漏れる。


 ごく僅かな。


 青白い光だった。


     ◇


「セリアさん」


 ミアが呼ぶ。


 セリアが前へ出た。


「どいて」


 杖を幹へ近づける。


 目を閉じた。


「……ある」


「魔力?」


「かなり」


 セリアが目を開ける。


「木の中から出てる」


 パウエルの表情が変わった。


「記録官」


「はい」


「ここから全部記録してくれ」


「すでにしています」


     ◇


 午前七時四十九分。


 位置。


 時刻。


 周辺環境。


 最初に異変を確認した人物。


 国家から派遣された記録官が、一つずつ記録していく。


 まだ。


 誰も。


 それが何なのかを断定してはいない。


     ◇


「樹皮、少しだけ取ります」


 ミアが手袋を替えた。


「やれ」


 刃を入れる。


 表面の樹皮を、僅かに削る。


 その下から。


 青白い筋が現れた。


「……」


 誰も喋らない。


 木の内部を走るように。


 細かな結晶が形成されている。


 ミアの手が止まった。


「これ……」


 セリアが横から覗き込む。


「魔晶?」


「多分」


「木の中に?」


「……はい」


 ミアが息を呑んだ。


「魔晶樹……?」


     ◇


 魔晶樹。


 大気や土壌から長い年月をかけて魔力を取り込み、幹の内部に魔力結晶を形成する樹木である。


 魔道具。


 魔術触媒。


 研究材料。


 用途は広い。


 だが。


 生育条件は厳しく、天然の群生地は多くない。


 もし。


 これが既存の記録にない魔晶樹であるなら。


     ◇


「ミア」


 パウエルだった。


「まだ決めるな」


「はい」


「今確認できてるのは一本だ」


「……はい」


 ミアが頷いた。


 その時。


「……あれ」


 レオンが呟く。


「何?」


「あれもじゃない?」


 指を差す。


 少し離れた場所。


 別の木。


 樹皮の裂け目から。


 同じ青白い光が漏れていた。


「……」


 ミアが走る。


「ミア!」


「触りません!」


 二本目。


 同じだった。


「こっちもです!」


 さらに奥。


「待って」


 ミアが振り返る。


 全員が森を見る。


 一本。


 その奥に、もう一本。


 さらに。


 木々の隙間。


「……三本」


 レオンが数える。


「四本」


 ノアが別の方向を見る。


「向こうにもあるぞ」


 ヴェラが指差した。


     ◇


 一本ではなかった。


     ◇


 昨日まで。


 ただの地下森林にしか見えなかった場所。


 その中に。


 青白い光が、点々と続いていた。


「……あった」


 誰かが言った。


「……あった」


 もう一度。


 そして。


「あったぞ!!」


     ◇


「うおおおおおお!!」


 レオンが叫んだ。


「マジか!」


「やった!!」


「ミア!!」


「えっ、ちょっ――」


 ノアがミアの肩を叩く。


 ヴェラが笑う。


 セリアが杖を持ったまま、両手を上げた。


「見つけた!」


「本当に!?」


「まだ確定じゃ――」


「あるだろ!」


「あるけど!」


 外部ポーター達からも歓声が上がった。


「やったな!」


「これで手ぶらじゃねえぞ!」


「何本ある!?」


「分かるかよ!」


 昨日。


 物資の破損を巡って衝突した二人も。


 この時だけは。


 同じものを見ていた。


「……すげえな」


 エドガーが言う。


「ああ」


 リックが笑った。


     ◇


「おい! 三号!」


 馭獣担当の声。


 突然の歓声に驚いた洞ラバが身体を揺らしている。


「静かにしろ!」


「見つけたぞ!」


「分かった! ラバが驚くだろ!」


「やったぞ!」


「だから静かにしろって!」


     ◇


「静かにしろ!!」


 パウエルの声が森に響いた。


 全員が止まる。


「……」


「……」


「……」


「魔物を呼び寄せたいのか!」


「……すみません」


 レオンが小さくなる。


「警戒を戻せ! まだ地下だぞ!」


「はい!」


「ヴェラ、周囲確認!」


「了解!」


「ハンス!」


「見てる!」


 全員が持ち場へ戻っていく。


 パウエルも、もう一度魔晶樹を見る。


「……」


 口元が。


 僅かに緩んでいた。


「パウエルさん」


「何だ」


「笑ってますよ」


 セリアだった。


「笑ってない」


「笑ってます」


「警戒しろ」


「はい」


     ◇


 三日間。


 彼らは、求めていたものを何も見つけられなかった。


 五百十二金貨。


 十二人の外部ポーター。


 六頭の洞ラバ。


 それだけの人と金を動かし、未調査の地下森林を歩き続けた。


 そして。


 遠征四日目。


 ようやく。


 彼らは。


 足を止める理由を見つけた。


     ◇


 午前八時三十一分。


 周辺警戒を強化した上で、調査が始まった。


「こっちにも一本!」


「記録!」


「番号振ります!」


「十九!」


「十九確認!」


「二十!」


「待って、そっちはまだ!」


「了解!」


 ミアと採取担当が木々の間を動く。


 記録官が位置を書き込む。


 測量担当が距離を取る。


 確認される魔晶樹は。


 一本。


 また一本と増えていった。


     ◇


「……なんで、ここだけ?」


 ミアが呟いた。


 昨日。


 彼女が感じた違和感。


 木々の根。


 苔。


 下草。


 それらは、まるで何かを求めるように。


 この場所へ向かっていた。


「土かな……それとも……」


「ミア!」


 パウエルの声が飛ぶ。


「今は個体数の確認を優先!」


「はい!」


 ミアは立ち上がった。


 理由を調べる時間は。


 今はない。


     ◇


 もし。


 この時。


 彼らが、もう少しだけ深く地面を調べていたなら。


 見つけていたかもしれない。


     ◇


 魔晶樹の根は。


 地中へ伸びていた。


 一本だけではない。


 何本もの根が。


 土を抜け。


 岩の隙間を通り。


 さらに深く。


 一つの場所へ集まっている。


 その先。


 地下森林の地面より。


 遥か下。


 厚い岩盤に覆われた場所に。


 それはあった。


     ◇


 巨大な。


 魔晶石。


     ◇


 どれほどの年月。


 そこに存在しているのか。


 誰も知らない。


 そこから放たれる魔力を吸い上げ。


 木々は育った。


 根を伸ばし。


 幹の内部へ。


 魔力を結晶として蓄えながら。


     ◇


 この日。


 《リレントレス・ウルフ》が見つけたものは。


 魔晶樹だった。


 その下にあるものには。


 まだ。


 誰も気づいていない。


     ◇


 午前九時十二分。


 我々は、ミアに話を聞いた。


 ――見つけた瞬間、どう思いました?


「……覚えてないです」


 ――かなり叫んでいました。


「私が?」


 ――はい。


「嘘」


 ――映像に残っています。


「……」


 ミアがカメラを見る。


「消せます?」


 ――使うと思います。


「……最悪」


 そう言いながら。


 ミアは笑っていた。


     ◇


 レオンにも聞いた。


 ――どうでした?


「勝ったと思いました」


 ――何に?


「……何でしょうね」


 少し考える。


「分かんないです」


 レオンが笑った。


「でも、勝ったと思いました」


     ◇


 午前十時五分。


 歓喜から二時間あまり。


 最初に現実へ戻ったのは。


 外部ポーター達だった。


     ◇


「これ、どれくらい持って帰るつもりです?」


 リックが聞いた。


「可能な限り」


 パウエルが答える。


「無理ですよ」


 即答だった。


「何が?」


「可能な限り、がです」


 リックが積載表を開く。


「帰りの食料、飼料、治療薬、触媒、野営用品。必要な物はまだ載ってます」


「食料と飼料は減ってる」


「減ってます。でも、帰る分は必要です」


「どれくらい空く?」


「今、出します」


     ◇


 見つけることと。


 持ち帰ることは。


 別の仕事だった。


     ◇


 ミアがサンプル採取の準備を始めた。


「枝を取ります」


「一本?」


「最初は」


 サンプル採取では、樹そのものを傷つけることも認められている。


 太めの枝へ刃を入れる。


 数分後。


「レオン、お願いします」


「はい」


 切り離された枝を受け取った瞬間。


「うわっ」


 レオンの腕が下がった。


「重っ……!」


「そんなに?」


「ノア、ちょっと!」


「はいはい」


 ノアが片側を持つ。


「……重いな」


「木じゃないだろ、これ」


「木です」


 内部に形成された魔力結晶が。


 通常の木材とは比較にならない重量を生んでいた。


     ◇


 リックが枝を量る。


「二十七キロ」


「これだけで?」


 レオンが聞く。


「これだけで」


 リックは六頭の洞ラバへ目を向けた。


「嬉しいのは分かりますけど」


 積載表へ数字を書き込む。


「全部持って帰ろうとしたら、俺達が帰れなくなりますよ」


     ◇


 その一言で。


 浮かれていた遠征隊は。


 現実へ戻った。


     ◇


 午前十一時二十六分。


 外部ポーター達が、六頭の積載量を一から計算し直していた。


「一号、余裕十八」


「二号、二十一」


「三号は増やさない」


「昨日の件?」


「念のためだ」


「四号、十九」


「五号?」


「二十四」


「六号、二十二」


 リックが数字を足していく。


「どうだ?」


 パウエルが聞いた。


「百二十前後」


「それだけ?」


「安全に持って帰るなら、それだけです」


「もっと載せることは?」


「できますよ」


 リックは即答した。


「ただ、何かあったら捨てます」


「何かって?」


「ラバが怪我する。帰路が延びる。誰かが歩けなくなる」


 積載表を指で叩く。


「荷物を下ろして、人を載せなきゃならなくなるかもしれない」


 パウエルが周囲を見る。


 魔晶樹は。


 まだ奥にも続いている。


「……百二十でいく」


     ◇


 目の前には。


 何本あるのか。


 まだ把握できていないほどの資源がある。


 しかし。


 彼らが持ち帰れるのは。


 その、ごく一部だった。


     ◇


「また来ればいいじゃないですか」


 レオンだった。


「これだけあるなら、また来て運べば」


「そうだな」


 パウエルが答える。


「ですよね?」


「ああ」


     ◇


 その通りである。


 また来ればいい。


 ただし。


 もう一度、人を集める。


 物資を揃える。


 洞ラバを用意する。


 そして。


 この地下十層東部まで。


 再び全員で辿り着かなければならない。


 発見した資源は。


 自分から地上へは来ない。


     ◇


 午後一時四十八分。


 採取したサンプルが、一つずつ梱包されていく。


 緩衝材。


 固定具。


 左右の重量。


 リック達が、その全てを確認する。


 昨日。


 治療薬と魔術触媒を失った三号には。


 追加のサンプルを載せなかった。


「こっち、あと三キロいけるぞ」


 エドガーが言った。


「載せません」


 リックが答える。


「三キロだぞ」


「三キロです」


 エドガーは積荷を見る。


 昨日なら。


 もう一言あったかもしれない。


「……分かった」


 それだけ言って。


 別の荷物を確認しに行った。


     ◇


 午後二時十七分。


 採取終了。


 持ち帰るサンプル。


 百二十六キロ。


     ◇


 そして。


 同じ頃。


 地上。


     ◇


 《リレントレス・ウルフ》本部。


 午後二時十七分。


 経理室では。


 エマとコウハが、来月以降の資金繰りを確認していた。


「コウハさん」


「何だ」


 エマは帳簿を見たまま聞いた。


「もし……今回の遠征で、何も成果がなかった場合はどうなりますか?」


 コウハの手が止まった。


「今年は、東を諦めることになる」


「二回目の遠征は?」


「組めない」


「予算ですか?」


「ああ。もう一度、五百金貨規模の遠征を出せば、その後が続かない」


 エマが帳簿を見る。


「じゃあ……今年は?」


「経費のかからない範囲で、既知の資源を採る」


 コウハが帳簿を指でなぞる。


「低層。既知区域。日帰りか、一泊で戻れる範囲。確実に売れるものを採って、持ち帰る」


「それを年内ずっと?」


「ああ」


「……それで、年を越せますか?」


 コウハは。


 すぐには答えなかった。


「越す」


「……」


「越すしかない」


 帳簿を閉じる。


「今の《リレントレス・ウルフ》が存続するには、それしかない」


     ◇


 その時。


 地下十層東部では。


「百二十六!」


 リックの声が上がった。


「これで限界です!」


「よし!」


 パウエルが答える。


「持って帰るぞ!」


「はい!」


     ◇


 地上では。


 ギルドを存続させるための話が。


 地下では。


 その未来を変えるかもしれないものが。


 同じ時刻に。


 動いていた。


     ◇


 午後三時四分。


 地上。


 ギルドマスター室。


 ダリルは。


 次月の依頼一覧を見ていた。


 東部遠征について。


 連絡は。


 まだない。


     ◇


 遠征前。


 我々は、ダリルに聞いていた。


 ――今回、成果がなかったら?


「……厳しいでしょうね」


 ――東部は?


「今年は終わりです」


 ――諦める?


「今年は、です」


 ダリルは少し笑った。


「来年までギルドがあれば、また行けますから」


     ◇


 午後四時五十二分。


 地下。


 帰路へ向けた準備が始まっていた。


「固定確認!」


「一号、完了!」


「二号、完了!」


「三号、完了!」


「四号!」


「もう少し待って!」


 ミアは。


 少し離れた場所に立っていた。


 魔晶樹を見る。


 一本。


 二本。


 その奥にも。


 青白い光が見える。


 レオンが隣に来た。


「帰りたくない?」


「帰りたいです」


「即答だね」


「お風呂入りたいので」


「そっち?」


「それもあります」


 ミアが笑う。


 そして。


 もう一度。


 森を見た。


「でも」


「うん」


「また来たいです」


     ◇


 七月七日。


 遠征四日目。


 《リレントレス・ウルフ》。


 第一回東部遠征。


 新規資源候補。


 発見。


 持ち帰るサンプル。


 百二十六キロ。


     ◇


 地上では。


 まだ。


 誰も知らない。


 三年間。


 彼らが探し続けたものを。


 見つけたことも。


     ◇


 そして。


 地下でも。


 まだ。


 誰も知らない。


 自分達が見つけたものの。


 さらに下に。


 何が眠っているのかを。

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