できそこないの十二花
2026/08/02 20:08 誤字脱字を修正
氷像彫刻師の息子――ネモフィラは、父の後を継ぎたくなかった。
一緒に育った王子、キオネアを守る戦士になりたかったのだ。
「勘違いしてはならない」
とネモフィラの父はよく言っていた。
「王は、キオネア王子に視野を広く持ってもらうために、我々のような妖精たちとも交流をもたせているだけだ。そうでなければ、王の子どもと彫刻師の子どもが触れ合うことなどできない。お前は彫刻師なのだ。分をわきまえろ」
「嫌だ!」
ネモフィラは父の言っていることがわからなかった。
成長したら、キオネアの隣に並び立ち、彼を守るために剣を振るうのだと信じていた。
本来ならば、その勘違いも早々に正されただろう。
だが、グレイシアを未曽有の事態が襲う。
世界樹が溶けだし、国土を維持できなくなり、各地で領土の奪い合いが起こったのだ。
氷像彫刻師になるはずだったネモフィラも、剣を持つことが許された。ネモフィラだけじゃない、キオネアの幼馴染はみな、彼を守るために剣を取った。
争いは激化し、それに合わせるように剣と魔法の技術も飛躍的な発展を遂げていった。各派閥が競うように新たな技術を生み出し、その成果を戦場で試したからだ。
やがて王家は、自律する魔法兵器の研究を進めるため、『魔兵研究院』を設立した。
魔兵研究院は次第に巨大な権力を持つようになり、技術こそが国を救うのだ、という思想を掲げて、政争にも深く関わるようになっていく。
しばらくして、研究院に一人の天才が参加することになる。そいつの存在が魔法兵器の技術を飛躍的に押し上げた。
研究院が掲げる思想は、伝統を壊し、新しい国を築こうとする六男アイオーンの考えともよく噛み合っていた。そのため両者は一時的に手を結ぶことになる。
しかし、それも長くは続かなかった。
研究院にいる天才とアイオーンは、お互いに譲ることを知らない天才同士だったのだ。やがて二人は決定的に対立し、袂を分かつことになる。
人工的に十二花結晶のコアを生み出そうという計画が始まったのは、その後のことだ。アイオーンに技術で勝ることを証明し、魔兵研究院こそがこの国の未来を切り開くのだと示すためだった。
ネモフィラの話に戻ろう。彼はいくども戦地におもむき、剣を振るった。
そのうち、自分の能力に限界を抱き始めた。
そもそも彫刻師の息子なんだ。戦士の家系とは、生まれ持った魔力量が違う。
さらにここ最近の技術の向上も合わせて、ネモフィラは戦いについていけなくなっていた。
それでもネモフィラは、戦場の最前線に立ち続けた。
この程度の実力じゃダメだ。もっと強くならなくちゃ。
俺がキオネア王子を支えるんだ――その一心で、ひたすら剣と魔法の腕を磨いた。磨くしかなかった。
ある日、ネモフィラは自身のコアに傷を負った。このままでは二度と戦場に復帰できなくなってしまう。
そんなときに、魔兵研究院から声をかけられた。
――強くなりたいか?
その一言はあまりにも魅力的だった。
魔兵研究院が提案してきたのは、傷ついたコアにもう一つ雪の結晶を重ねて、修復する技術を試してみないか、という話だった。修復に成功すれば、もともとのコアより強度が上がり、魔力量も格段に上昇するだろう、とも言われた。
人工的に十二花結晶のコアを作り出すための実験である、という話は聞かなかったが、もし聞いていたとしてもネモフィラの答えは変わらなかっただろう。
実験を承諾した。
結果は失敗だった。
体中から雪の結晶がいくつも生え、ネモフィラは記憶を失い、自分が誰かもわからなくなった。
敵味方の区別なく、雪の妖精を攻撃するただの兵器になってしまった。
「こいつは失敗作だ。できそこないの十二花だ」
魔兵研究院にいる天才は、ネモフィラのことをそう評した。
その言葉は、すでに自我のなくなっていたネモフィラの、心の奥深くに突き刺さることとなる。
どうやら重ねた雪の結晶がうまく融合せず、六つの花弁にヒビが入ってしまったらしい。
とはいえ、それでも十二花に変わりはない。
圧倒的な魔力を持ち、雪の妖精たちが束になっても敵わなかった。
皮肉にも領土争いは一時中断され、雪の妖精たちはネモフィラを封印するために団結する。
ちなみにアイオーンは、このときまだ戦場に出てはいなかった。もっとも、戦場に出ていたとしても、ネモフィラをすぐに討伐するようなことはせず、利用価値がなくなるまでその存在を使い倒しただろうけど。
雪の妖精たちはグレイシアの土地の一部を切り取って、そこにネモフィラを封印することに成功した。
だがその封印も、いつまで保つかわからない。
どうすればネモフィラを、あの醜い怪物を、できそこないの十二花を――外に出さずにすむか、雪の妖精たちは必死に頭を悩ませることとなった。
雪の妖精たちは封印された土地に何度もおもむいて、ネモフィラのことを観察した。どうやらネモフィラは、壊れた六つの花弁を安定させたくて暴れているらしいとわかった。
さらに妖精一人の命で、花弁を一枚、修復させることができるとも判明した。
つまり壊れた花弁をすべて安定させるには、六人の生贄が必要だった。だがそれだけの命を浪費しても、花弁は一年もすれば壊れてきてしまうのだった。
とはいえ、封印を破られよりはマシだ。
だから毎年毎年、六人の生贄が、封印された土地に送り込まれることになる。
そんなある日、魔兵研究院が、生贄を人間に肩代わりさせることに成功した。
人間は魔力を持っていないけど、その命には奇妙なエネルギーがあった。特に子どもの命にたくさんのエネルギーが含まれていた。それを吸収することで、ネモフィラは花弁を安定させることができた。
雪の妖精たちの間で、
「グレイシアがおかしくなったのは、人間界の毒素が流れこんだせいだ。人間を生贄にするのは当然だ」
といった意見が流行るようになった。
罪悪感を覚えないために、魔兵研究院が意図的に流した噂だった。
その結果、ネモフィラは大事なことを忘れた状態で、毎年毎年、六人の人間の子どもたちを襲うことになる。
いつか自分が、王となったキオネアを支えるのだと信じて。
◇
崩れ落ちたできそこないの十二花に、アイオーンはまだトドメを刺さない。
こいつが死んでしまえば、この土地の封印が溶けてしまうからだ。
その前に、やることがある。
だから、時間差でコアが砕けるくらいの傷を負わせた状態で、放置しておくことにした。
危険と言えば危険だ。
こいつは曲がりなりにも十二花結晶のコアを持つ。その力のすさまじさは、アイオーン自身が一番よくわかっている。
これでは手負いの獣どころか、手負いの怪物だ。
去って行くアイオーンの背中に、殺気が突き刺さる。
あまりの禍々しさに、背中が溶けるかと思う。絶対にお前を逃がさないという、怪物の意思を感じる。
いいだろう。追ってくるというのなら、何度でも返り討ちにしてやる。
まだ、キオネアを外に出すわけにはいかない。
今しかチャンスがないのだ。
「先にキオネア兄さまを殺して、その後に十二花を討伐すればよかったな」
順番を間違えてしまった。いや、これは言い訳だろう。
やはりできることなら、自分の兄を手にかけたくなかったのだ。
まったく、ここまで来てなんと優柔不断なことか。
だがもう、覚悟を決めた。
アイオーンは余裕の笑みを張りつけて、その場を後にする。
一度、クロノの姿に戻ろうか迷った。
雪の妖精の姿では、人間と鉢合わせしたときに余計な説明をしなくてはならない。どうせ殺してしまうのだから、言葉は少ない方がいい。
「ふふふ。それにしても『ここは任せて、走れ! 振り向かずに逃げるんだ!』か。まったく、傑作だね」
キオネアが刺されたとき、人間のフリをしていた自分はそう言った。
そして人間の子どもたちを逃がした。
あのときはまだ、キオネアが死んではいなかったからだ。
十二花がこれからトドメを刺すかどうか、という状況で、人間の子どもたちにはそこにいてほしくなかった。
なぜなら十二花がキオネアを始末した後に、アイオーンがその十二花を討伐すれば――そして、その状況を誰にも見られなければ、人間の子どもたちを始末する理由がなくなるからだ。
できそこないの十二花と、キオネアが相打ちになりました。
兄を守るために潜入していたアイオーンがそれを目撃しました。
アイオーンの力では兄を助けること適いませんでした。
しかし兄は立派でした。
おかげで土地の封印を解くことができました。
もう人間の子どもを生贄に捧げる必要はありません。
君たちは、元の世界に帰れます。
そういうストーリーもあり得た。
だから、アイオーンが十二花を始末する瞬間を見せないために、子どもたちを逃がしたのだ。
だがそれも無駄だった。
十二花は、なぜかキオネアを始末しなかった。
こうなったらもう、アイオーンが直接手を下すしかない。
――キオネア兄さまを、殺すしかない。
その覚悟は、これまでの前提とこれからの状況を大きく変える。
アイオーンがキオネアを直接手にかけた場合、それを見られていようがいなかろうが、この場にいる子どもたちは全員殺す必要がある。
王族殺しは大罪だ。そのうえ兄弟殺しまで加算される。
自身も王族とはいえ、隙は見せられない。
腕の立つ誰かを雇ってキオネアを暗殺する、という案も考えた。
でもキオネアは強い。勝てるのは自分しかいないだろう。
それに、他人を関与させればさせるほど、情報が漏れる可能性も高くなる。信頼している部下であっても、こればかりは頼めない。
だからアイオーンは、一人でこの封印された土地に来ていた。帰るための手段は持ってきていない。ここで完全に決着をつけるつもりだったからだ。
絶対に、この場所に証拠を残してはおけない。
妖精は人間界へ、自由自在に行き来することができる。ここで人間の子どもたちを見逃したとして、そのうちの誰かがアイオーンの行動を見ていた場合、どのような禍根が残るかわからない。
この事件を調べようとする雪の妖精は必ず出てくるからだ。
だが先ほども言った通り、子どもたちが生き残るパターンもちゃんと用意してあった。
十二花がキオネアを殺し、その十二花をアイオーンが殺した場合は、後で調べられて目撃証言が出てきたとしても、いくらでも言い訳が立つ。その程度の面倒さは引き受けるつもりだった。
実際にキオネアを手にかけたかどうか。
それがとてつもなく重要なことだ。
できることなら、人間の子どもを殺したくはない。
やるときは徹底的にやるが、最後の一線を越えるまでは慈悲深くあるべきだ。
そういった寛大さこそが王の器だとアイオーンは考えていた。
今回はその、最後の一線を越えてしまった。
「はあ、まったく。残念だよ」
できそこないの十二花が、キオネアにトドメを刺さなかったばっかりに。
人間の子どもたちの、皆殺しが確定した。




