本物の十二花
怪物は雪林の中をあてどなく、さまよい歩いていた。
いったいここはどこなのか。
自分はなぜ、こんなことをしているのか。
怪物は思い出せなかった。
ついさっき雪の妖精と戦い、苦戦することなく勝った。でもなぜかトドメを刺す気になれず、その場を離れるしかなかった。
その後見つけた人間の女の子二人に襲いかかったものの、何者かに邪魔をされた。そいつの持っていた氷の剣を見た瞬間、頭が痛くなって、気がついたら逃げ出していた。
でも、どうして自分は、人間の子どもを襲わなければならないのだろう。
考えようとしたけれど、頭が痛かったから止めた。
斬られた片腕はすでに回復していた。
頭の中のもやもやは、一向に晴れることがない。
目的なく歩く。ただ歩く。
どこかで自分以外の足跡を見つけたら、それを辿ればいい。
そうすれば、敵を排除できる。
敵?
敵って誰だ。
おれは、誰だ。
――お前は、できそこないの十二花だ。
過去に、そう呼ばれたことを覚えている。
だから周りの妖精たちは、自分のことを『十二花』と呼ぶ。
あるいは、長ったらしく『できそこないの十二花』と。
それが本名でないとわかっているけれど、じゃあ肝心の本名がなんだったのかは、忘れてしまった。
大事なことを何一つ覚えていない怪物――十二花の心に、いつも浮かんでくる言葉があった。
「おれがささえなきゃ……」
いったい誰を?
そこが思い出せないから、意味がない。
ふと、目の前に誰かが立っていた。やたらと前髪の長い人間だ。目が隠れてしまっている。あれじゃあ視界が狭まってうまく動けないだろうに、どうしてあんな髪型をしているのか。
まあ、知ったことではない。
自分の前に立つものは、誰であろうと容赦しない。
すると、その人間が前髪をかき上げた。自分と同じ、青いガラス玉のような瞳が現れる。
そいつの黒髪が根元から光っていき、毛先に至るまで、そのすべてが銀色へと変貌していった。月光を反射するようにキラキラと輝いている。
オールバックのような髪型になったその男は、こちらを見てふっと笑った。余裕の笑みだ。
「ふふふ。人間のフリは疲れるな。クロノなどと……まったく馬鹿らしい」
あいつも雪の妖精だったのか。
だが、それがどうしたというのだ。
人間だろうと、妖精だろうと関係ない。
十二花は戦闘態勢に入った。
すると、目の前の妖精がこちらに向かって指をさし、
「貴様はどうして、キオネア兄さまを殺さなかったんだ?」
と質問をしてきた。
怪物は答えるための言葉を持たない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
返事の代わりに吼えた。
「所詮は獣か。まあいい」
雪の妖精は、空気中の水分を凍らせて、剣を二つ作り出した。二刀流だ。それを見ても、怪物の心には何も引っかかるところがない。
こいつはちがう。
こいつはあの人じゃない。
……あの人って誰だ?
さっき邪魔してきた人間が持っていた氷の剣は、どこか懐かしい思いがしたのに。
あともう少しで、何かを思い出せそうなのに。
「キオネア兄さまが貴様を討伐すると聞いたときは、チャンスだと思ったよ。貴様がキオネア兄さまを殺してくれればそれでいいし、無理なら無理で、私が事故に見せかけて殺してしまえばいい。この場所は、お父さまの目が届かない」
なぜこいつの言葉を聞いていると、腹が立つのだろう。
「キオネア兄さまは優秀だ。私と違って、性格も申し分ない。だが、それだけでは足りない。今は未曽有の危機なのだ。グレイシアは、このままでは消えてなくなってしまう。それをなんとかできるのは、この私――アイオーンだけだ」
傲慢に聞こえる言葉だったが、十二花が見たところ、こいつはかなり強い。
今まで見てきたどの妖精よりも強いだろう。
吐いている言葉が大言壮語とならないだけの実力を持っている。
「貴様が、キオネア兄さまを殺さないというのなら、存在している意味がない。ここで私に斬られてもらうぞ」
「……」
最強の魔法兵器たる自分に、一人で勝つと言っているのか? 本気で?
いくら強いといっても、自分に敵うほどじゃない。
「後にキオネア兄さまも斬った後で、その名誉を貴様にくれてやる」
その言葉を最後まで聞かず、十二花は動いた。
この妖精だけは、絶対に生かしておけない。
あの人に仇なす存在だからだ。
十二花が両腕を振るった。そこに生えているいくつものトゲが光り輝き、そのすべてが斬撃と化した。今まで、十二花は本気を出したことがなかった。そうする必要がなかったからだ。
でも、目の前のこいつは違う。
全力で叩き潰してやる。
塵一つ残さず、消し飛ばしてやる。
隙間のない斬撃が、雪の妖精に襲いかかった。でもやつは笑った。笑って、そのすべてをさばききった。
十二花は即座に追撃した。辺りいったいの雪が、斬撃で斬り刻まれた。降り落ちる雪が一つ残らず蒸発した。それだけの攻撃を放った。
やつは、笑ったままだった。
「私のコアは特別製でね。グレイシアに滅多に降ることのない、十二花結晶なのだよ。二つの雪の結晶が、三十度ずれた状態で重なり、くっついた奇跡の結晶さ」
こいつは今、なんと言った?
十二花結晶?
「十二花結晶をコアに持つと、莫大な魔力を生み出すことができる。その反面、うまく制御できなければ、簡単にコアは砕けてしまう。私は王家の六男だからね。お父さまも、最後の子どもにはいろいろと試したかったのだろうさ。まあ、気持ちはわかるよ。私がダメでも上に五人いるからね。王位継承には何も問題はない」
「……」
「だが、私は自分のコアを制御することに成功した」
いったいこれは何の話だ。
「ああ、そうそう。君のコアも、十二花結晶だったね」
「……」
「できそこないの、十二花結晶だ」
それは過去に言われた言葉だ。
いつ? どこで?
怪物の――十二花の記憶に、ヒビが入る。
「真実を教えてあげよう。最強の魔法兵器とは何か。魔兵研究院の妖精たちは、どうやってそれを作ろうと考えたのか。答えは簡単。彼らは、人工的に十二花結晶のコアを作り出そうとしたんだ」
人工的?
「普通の、雪の妖精を実験体に選び、そのコアにもう一つ雪の結晶を合成させる。人工的に十二花結晶の妖精を作り出し、そこに魔力をありったけこめることで、最強の魔法兵器のできあがりってわけだ。私が十二花結晶を制御しているのを見て、できると思ったのだろうね」
魔兵研究院にも、私ほどではないが、天才がいるからね――と言う。さらに続けて、
「覚えていないのか? 君は、その実験に名乗り出たはずだ。いや、騙されただけかもな。まあ、そこはどうでもいい。とにかく君は、君自身のコアを十二花結晶にするという実験を受けた」
実験。
自分のコアを、十二花結晶にする実験。
「そして失敗した」
ああ、そんな……!
記憶があふれ出てくる。
「それはそうだろう。人工的な結晶など、まがい物だ。後天的に十二花結晶のコアを与えられたところで、制御できるわけがない。だから君は暴走した。敵味方の区別なく、雪の妖精を殺しまわった。だが――」
ずっと攻撃をさばいていた目の前の妖精が、一転して攻撃に回った。
残光すらない剣が空間をなめる。
「私が来たからには、もう終わりだ。できそこないの十二花よ。ゆっくりお休み」
斬られた感触はなかった。
一歩、踏み出そうとして、足がないことに気がついた。腕もなかった。体中から生えているトゲが、ひとつ残らず斬り落とされていた。
コアにまで、斬撃が届いている――。
十二花は雪の上に倒れ伏した。
もう動くことはできなかった。体を修復する能力も失われていた。
これが本物の、十二花の実力か。
「最強の魔法兵器……ね」
やつはこちらに背を向けた。
もう興味が失せたのか、振り返ることなく去って行く。
待て。行くな!
お前だけはここで倒さなければならない!
あの人のところに、向かわせるわけにはいかない!
そう叫びたかったけれど、言葉が出てこない。
「みな、こんなものに大騒ぎしていたのか。こんなものを封印するために、貴重なグレイシアの土地を使っていたのか。まったく、呆れるね。今まで討伐しないで放っておいてやったが、それも今日という日のためだ。それなのに日和りやがって。ここまで利用価値がないとは思わなかったぞ」
コアが半分砕けてしまった。命が溶けていくのがわかった。
あと少しで、残りの半分も砕けてしまうだろう。
「やはり私がお父さまの後を継いで、王になるしかないな」
最期に、自分の名前を思い出した。
なぜ魔法兵器になったのかを思い出した。
強くなりたかった。
誰よりも強くなって、あの人を支えなければならなかった。
それなのに、自分は一番大事なことを忘れて、あの人を傷つけてしまった。
もう少しで殺してしまうところだった。
申し訳ございません、キオネアさま……。
できそこないの十二花――ネモフィラは、怪物になってから初めて涙を流した。
クロノのルビが黒野なのは、誤字ではありません。




