まぎれこんだ王子さま
「話はまだ終わらない」
「まだ~? これ以上ヤバい話があんのかよ」
春原が嫌そうに言った。
そりゃ、あるでしょ。子どもたちがここにいる理由をまだ聞いていない。
「魔法兵器は封印を破ろうとして暴れた。その力はすさまじくて、封印が破られるのは時間の問題だった」
「ええ? マジかよ」
春原が困惑したような声を出す。彼が大げさにリアクションしてくれるから、逆に話がスムーズに進んでいる気がする。春原は、意外と聞き上手なのかもしれない。
「マジだよ。そこで妖精たちは、人間を生贄に捧げるという方法を取った」
「は?」「ああ?」「え?」
と同時に言い返したのは、詩織、春原、野崎優の三人だった。黒野はちらりとキオネアを見ただけだったし、サナは怯えて優の背中をがっしりとつかんだ。
「どういうことだよ! 人間を生贄にするって!」
春原がキオネアにつかみかかろうとしたけど、キオネアは剣先を上げて動きを制した。
かまくらの中でも剣を手放さなかった理由はこれ?
怪物を警戒しているだけじゃなくて、事情を話せばこうなることがわかっていたから?
不穏な空気が流れる。
目に見えない可燃性の粉塵が、空気中に漂っているかのよう。
キオネアはゆっくりと剣先を下げたけど、春原は握りしめた拳をゆるめない。
「人間界から流れる毒素のせいで、妖精界の魔力が減り始めた。そのように考える層は一定数いる。彼らはこうなったことの責任を、人間に取ってもらおうと考えた」
「ちょっと待ってよ! それって証拠があるの? 本当に人間のせいなの?」
優が叫ぶと、キオネアは、
「証拠はない。そう思いたがっている、というだけだ。やり場のない怒りをぶつける相手が欲しかったんだ。それも同族じゃなければ、なおのこといい」
力なくそう答えた。
「そんなことって……」
優が絶句していた。
証拠もないのに、人間のせいにするなんて。
雪の妖精は、このキレイな見た目とは裏腹に、とっても傲慢な性格をしている。
人間のことを野蛮だ野蛮だってキオネアは言っていたけど、どっちが野蛮だよ。
でも、そんな人間と妖精たちは、本質的に何も変わらないと落ち込んでもいたか。
キオネアは軽く咳ばらいしてから、
「毎年、人間界から六人の子どもを連れ去って、この空間に閉じ込める。すると魔法兵器は、逃げ場のない子どもたちを襲うんだ。それで満足するのか、一年間は暴れない。そういったことを何年も繰り返していたんだよ」
「つまり俺たちがその……」
春原が途中で言葉を止めたけど、
「……魔法兵器をしずめるための生贄なの?」
サナが引き取って、最後まで言った。
優が、サナのことをぎゅっと抱きしめた。
あまりにもあんまりな事情だ。でもまだわかっていないことがある。
詩織は一歩前に出て、キオネアの瞳を真正面から見つめ、
「ねえ。キオネアはどう思っているの? 君はどういう立場なの?」
ずっと気になっていたことを聞いた。
さっきからキオネアの言っていることはただの情報でしかないし、そこに彼の立ち位置が感じられない。彼がここにいる理由を知りたい。
「言っただろ、生贄の子どもは六人だって。本当だったら僕の代わりに六番目の人間がここにいるはずだった。そして君たちはこんな風に事情を知らされることなく、怪物に殺される運命だったんだ」
「どういうこと?」
またしても詩織が聞く。
「僕は同族である雪の妖精たちを騙して、六番目の人間としてここに入りこんだ。その理由は、怪物を倒すためだ」
「倒せるの?」
と、素朴な疑問を投げかけたのはサナだ。
キオネアは力強くうなずいた。
「倒せる。僕は王子なんだよ。魔力も、剣術も、そこらの妖精とは比較にならないほど強いんだ」
王子様だったのか、という驚きはあまりなかった。
そもそも雪の妖精を知らないから、そこの王子だと言われてもピンと来ないのだ。
ただ、魔法兵器は圧倒的に強いと語っていたのに、キオネアがそれと互角にやりあっていたのはおかしいと思っていた。
でもその矛盾も氷解した。
王子さまだから強いんだ。
剣術とか魔法とか、良い教育を受けているのかな?
「すげえ自信だな」
からかうように春原が言った。それに対して、
「本当のことだからね」
余裕の態度で受け流すキオネアだった。
春原が「けっ」と吐き捨てるようなマネをした。
「僕一人で怪物を倒すから、君たちはここにいればいい。ゆっくりお話でもして、ベッドやイスでくつろいでいれば、すべてが終わるよ」
「そういって油断させておいて、怪物に襲わせる気じゃないのか?」
春原が詰めよるも、キオネアは、
「そんなことをする必要がどこにある? 僕がいなければ、君たちはあっという間に殺されていたというのに」
「……それは、確かに」
詩織がそう答えて、優とサナもうなずいていた。
子どもたちを油断させる必要なんてない。
油断していようが、していなかろうが、怪物に目をつけられれば終わりなんだから。
「君たちは運がいい。怪物は、僕が倒す。生贄は今年で終わりだ」
閉じ込めた側が言うのはマッチポンプのような気がする。
でもやっぱり、詩織たちは運がいいのかもしれない。
去年までの子どもたちは、この世界に閉じ込められ、その理由も知らされずに殺されていったのだから。
「ゆっくりしていろ。この拠点は安全だ――」
キオネアがそう言った次の瞬間、入り口近くの壁が吹っ飛んだ。
轟音と衝撃、それに舞い上がる雪で、何が起こったのかとっさにわからなかった。
無数のトゲと巨大な影が、漂う雪煙の向こう側にぼんやりとシルエットを形作る。
壊れた壁の外に、あの怪物がいた。
さっきキオネアが斬ったからだろう、右腕はなかった。
このかまくらは、魔法で隠してあるから大丈夫じゃなかったの?
もしかして尾けられていた?
「お、おいおい。これが怪物かよ……」
春原が、一歩後ずさった。
黒野は静かに立ち上がり、優はサナを守るように抱きかかえている。
キオネアが剣を握りしめて、怪物に突っ込んだ。
入り口に陣取られている以上、怪物を押しのけない限り、かまくらから出られないからだ。
怪物の体から突き出てきた無数のトゲを、キオネアは紙一重でかわした。
そして剣を振る。
当たらなかったけど、怪物の体勢は崩れた。
キオネアは間髪入れず蹴りを入れて、さらに追撃の剣を振るった。
怪物は、さすがに後退した。
ようやく、人が脱出できるだけの隙間ができた。
キオネアはこっちを見ている余裕がないのか、振り返ることなく、
「今だ! 逃げろ!」
と叫んだ。
次の瞬間、キオネアの背中からいくつものトゲが突き出た。
「え?」
キオネアは何が起こったのかわからない、というような声を発した。
それから自分の体をしっかりと見る。怪物のトゲが、体を貫いている。
今度はかわせなかったらしい。
怪物を倒すのだと豪語していた王子様は、一瞬のうちに串刺しになった。
キオネアの右手から力が抜け、雪の結晶のような青い剣が、ぽす、と柔らかな音を立てて雪の上に落ちた。
あっけない幕切れだ。
「う、うそでしょ……?」
呆然とつぶやいたのは優だ。
詩織も、サナも、春原も、ただただ目を丸くしている。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
怪物が叫んだ。
凄まじい声量で、詩織の全身にビリビリと衝撃がぶつかってくる。
あまりの恐怖に動けなかったし、周りの子たちもそうだった。
ああ、これで終わりなのか。
詩織はぼんやりとした頭で怪物を見る。
もう守ってくれる妖精はいない。
子どもたちだけで、あんな怪物を倒すことはできない。
ここが雪の牢獄なら、脱出することだってできないはずだ。
どうしようもない。死ぬしかない――
誰かが、両手をパンッ! と打ち鳴らした。そのおかげで詩織の意識が戻ってきた。
音のした方を見ると、両手を叩いたのは黒野だった。彼は、みんなの視線が自分に集まったのを確認すると、
「キオネアはまだ大丈夫だ。雪の妖精は、胸の奥にあるコアを壊されない限り死なない。だからここは任せて、走れ! 振り向かずに逃げるんだ!」
と怒鳴った。
その言葉を皮切りにして、子どもたちがいっせいに動いた。
キオネアが串刺しにされているその隙に、入り口近くの崩れた壁から脱出した。
圧倒的な現実を前にして、キオネアを助けたいとか、逃げずに戦おうとか、そういうキレイごとを言ってくる子はいなかった。
とにかく必死だった。
死に物狂いで逃げた。
頭の中が真っ白だったから、みんなで固まって逃げるという発想も思い浮かばなかった。
足の遅い誰かが時間稼ぎになってくれればいいと、無意識のうちにでも考えた気がする。
詩織は自分の醜さに反吐が出そうだった。こんなんだから友達ができないんだと自分を責めた。そして、そういった自己嫌悪に浸っている場合でもなかった。
いろいろな感情や思考がぐちゃぐちゃのまま空転するに任せた。それでも足だけは動かし続けた。気がついたときには、一人で雪林の中を走っていた。
一度立ち止まって、呼吸を整える。
無我夢中で走ってきたから、胸が苦しい。
体力を回復させながら、周囲をキョロキョロと見回した。
何度も前後左右を確認した。
目の前には、何もない雪林が延々と連なっているだけだ。大声で助けを呼ぶわけにもいかない。木と木の間に広がる闇から、いつ怪物が飛び出してくるかわからない。
詩織は一人うずくまって、声も出さずに泣いた。
もう、冬が好きとは言えなかった。
――あのね、詩織。迷ったときは、せいいっぱい迷えばいいよ。全力で迷っていれば、答えはきっと見つかるからね。
詩織が迷ったとき、お母さんはいつもそう声をかけてくれた。
詩織が落ち着くまで、優しく背中を撫でてくれた。
でも、こんな場所で、せいいっぱい迷って、答えが見つかるの?
ねえ、教えてよ。
お母さん。




