六人の子どもたち
キオネアに促されるまま木製の扉を開けると、中には四人の子どもたちがいた。
いっせいにこちらを向き、その視線が鋭く詩織に刺さる。
お前は誰だと、無言のままに値踏みされているかのよう。
でも視線の鋭さとは裏腹に、かまくらの中は暖かかった。
精神的にはまだまだ安心できないけれど、今すぐ凍死する心配がないぶん、肉体的には余裕ができた。
ほう、とため息をつく。
かまくらの中は外から見たよりも広く感じる作りになっていて、床や天井、壁こそ雪でできているけれど、木製のイスが六脚あり、一つの丸いテーブルを囲うように置かれていた。
壁際にはベッドが二つ、毛布と枕もあった。
今すぐ横になりたい誘惑にかられたけど、もちろんそれどころじゃない。
その他、壁にはちょっとしたくぼみが空いていて、中にアンティーク調のランプまで置いてある。
中の明かりは、電気じゃなくてロウソクの炎だ。
久しぶりの炎に癒され、オレンジ色の光に心を奪われる。
ここに来る前、新年のお参りで焚火を見たのが遠い過去のことのよう。
ストーブやエアコンなどの暖房機はないから、どうしてこんなに暖かいのかわからない。
他にも、壁にはいくつかの剣やナイフ、六角形の盾が飾られている。
そのどれもが、今キオネアが握っている剣と同じく氷でできているように見えた。
キオネアは右手の剣を手放さない。ずっと緊張の糸を張り巡らせている。
空いている左手は、首から提げているネックレスを握っていた。中央にアスタリスクの形をしている宝石がくっついている、キレイなネックレスだ。あれにすがっているのかな。
入り口近くにいた男の子がイスから立ち上がって、
「お! 新しい子だ! なあ、スマホ持っているか?」
詩織の近くまで走ってきた。
短髪に日焼けした肌、厚手のマウンテンパーカーと、スポーツが得意そうな雰囲気をしている。そんな彼が、人懐っこい笑顔を詩織に向けてきた。
「今は持っていない」
詩織が答えると、がっかりしたような顔をして、
「そうか。ま、そりゃそうだよな。ここにいる誰も、スマホを持ってきていないんだよ。もしかしたら最後の子は持っていて、誰かと連絡が取れるかと思ったけど、そんな簡単なわけないか」
それから気を取り直すように、「ああ、責めているわけじゃないからな」と詩織に言った。
最初から責められているとは思っていないけど、こうやってフォローしてくれる人柄に好感を抱いた。
「俺の名前は春原隼人! 小学六年生! で、あんたは誰?」
「私は鮎川詩織。小学六年。……えっと、ここはなに?」
「俺も知らない。でも六人そろったらキオネアが教えてくれるってさ」
そう言って、春原はキオネアを見た。
キオネアはその視線を受けた後、かまくらの中にいる子どもたちを順番に見回して、
「シオリはここに来たばかりだから、他の子たちも自己紹介をしてくれ」
「俺はもうしたぜ!」
春原が元気よく手を上げた。それからベッドに腰かけてうつむいている男の子のところに行き、
「こいつは黒野。下の名前は知らない。あまり喋りたがらないから、俺が代わりに紹介したけどいいよな?」
春原が男の子に聞くと、彼はこくりと静かにうなずいた。
春原が言った通りに無口な性格らしい。前髪が長く、目をほとんど隠していて表情が読み取れない。でも重たいのは前髪だけで、大人っぽいジャケットコートを着こなし、すらりとモデルのようにまとめている。
地味だけどかっこいい。
次に、少し離れたところに座っている女の子二人が立ち上がった。
「わたしは野崎優。小学五年生」
「……野崎サナ。三年生」
優は、黒髪ロングに青いマフラー、水色のポンチョにハーフパンツ、ブーツを組み合わせている。
サナの方は、もふもふのコートを着込んでいて、さらにフードまで被っている。ほっぺたも赤くて、とんでもなく可愛い。
「私たちは姉妹だよ。何があっても、サナだけは守るから」
優が言った。そんな優の後ろに隠れるようにして、サナは詩織のことをちらちらと見てきた。
詩織が手を振ると、控えめに振り返してきた。やっぱり可愛い。
「さあ、六人の自己紹介が終わったぞ!」
春原がキオネアに向かって元気よく言った。
詩織は改めて、かまくらの中にいるメンバーを見た。
雪の妖精であるキオネア。
活発な印象の春原隼人。
メカクレ系男子の黒野。
オシャレな姉の野崎優。
もふもふな妹の野崎サナ。
そして最後に迷い込んできた、あまり特徴のない私――鮎川詩織。
六人はそれぞれ顔を見合わせた。それからキオネアに視線を集中させる。
キオネアはみんなの視線を受け止めて、
「そうだな、どこから話そう。まずはあの怪物からか」
「はいはい! 俺は怪物の姿を見ていません!」
春原が手を上げた。
割って入るように野崎優が、
「わたしとサナは見た。追いかけられたけど、キオネアが助けてくれた」
「え、マジか。黒野はどうだ?」
春原が水を向けると、黒野は首を横に振った。見ていないという意味か、それとも話したくないという意味かわからない。春原は前者に受け取ったらしい、
「そうか。黒野も俺と一緒で、まだ怪物を見ていないのか。鮎川はどうだ?」
「私は見たよ。体中からトゲが突き出ているハリネズミみたいな怪物だった」
「へえ、俺も一度は見てみたいな」
春原が言うと、サナが、
「……殺されたいなら見に行けば?」
小声でつぶやいた。その素朴な言い回しに春原が絶句していた。
確かに春原の言い方はあまりにもお気楽で、詩織も少し腹が立ったけど。
一番年下のサナが辛辣な皮肉を言ったことで、軽口を叩くような状況ではないのだと春原にもわかったらしい、
「ごめん」
と素直に謝った。
雰囲気が重くなりそうな一歩手前で、ずっとうつむいていた黒野が、おもむろに春原の肩をぽんぽんと叩いてなぐさめた。彼の仕草だけで空気が少しゆるんだ。
その隙を逃さず、キオネアが口を開く。
「さて、怪物を見た人も、見ていない人もいるが……あの怪物がなんなのかを説明しよう。あれは、僕たち雪の妖精が作り上げてしまった魔法兵器なんだ」
「魔法兵器?」
詩織が聞くと、キオネアはこちらを見てうなずいた。
「ああ、それも失敗作だ」
魔法兵器の失敗作。
字面だけで胸やけがしそう。
「雪の妖精にも派閥があってね。そこかしこで戦争を行っているんだ。人間にもわかるように例えると、領土争いに近いかもしれないな」
「……妖精さんなのに」
サナがぽつりと言い、キオネアは苦笑した。
「僕たち雪の妖精は、人間のことを、なんて愚かな生物なんだと馬鹿にしていた。くだらない戦争ばっかりして、いつもいつも殺し合って、正直に言って関わり合いになりたくなかった」
でも、とキオネアは続ける。
「少し前から、雪の妖精の国を維持するための魔力が尽き始めてね。生活できる空間がどんどん狭まっていったんだ。そうしたら、人間と同じことが起こった」
「同じこと?」
サナが首をかしげた。
「限られた空間の、奪い合いだよ」
キオネアは「ふふっ」と自嘲するように笑って、
「まったくさ、皮肉なもんだよな。結局、僕たち雪の妖精は、満たされていたから争う必要がなかっただけなんだ。追い詰められたら、人間と同じように殺し合いをしはじめた。野蛮だと思っていた人間と、本質的な違いなんてなかったんだ」
「どうして魔力が尽き始めたの?」
今度は詩織が聞くと、キオネアは首を横に振った。
「原因は不明だ。雪の妖精が想像力を失ったからとか、そもそも世界の寿命だとか、隣の世界である人間界の毒素が流れ込んでいるからとか、いろいろな説がはびこっている。答えは出ていない」
「人間界の毒素って……?」と詩織。
「それについては後で触れるよ。とにかく雪の妖精たちは、魔法を使って互いに争っていたんだけど、たった一人の天才が魔法兵器を生み出したことで状況は変わる」
この流れで魔法兵器の登場か。
詩織を含めて、子どもたちの姿勢が前のめりになる。
「魔法兵器は、妖精たちの魔力を束ねて生み出された。百の力を持つ妖精が百人いるよりも、一万の力を持つ兵器が一つあったほうがいいと、そういう発想だ。だが生み出された魔法兵器は制御できなかった。敵や味方、派閥など関係なく妖精たちを消し始めた」
「よくあるパターン~」
春原が茶化すように言った。でも確かに、詩織もそう思った。
浅はかな発想で作り出された兵器は、生みの親の手に負えるような代物ではなかったらしい。
手痛いしっぺ返しを受けたときには、なにもかもが遅い。
「そうか。よくあるパターンなのか……。僕たちは、人間から何も学ばなかったということだね」
とキオネアは肩を落とした。
そんな反応が返って来ると思っていなかったのか、春原が慌てて、
「ま、まあ落ち込むなよ」
とフォローを入れた。
キオネアはうなずいてから、
「話を戻すよ。雪の妖精たちはいったん協力して、魔法兵器を破壊しようとした。でも無理だったんだ。そこで仕方なく、国の一部を切り取って、魔法兵器を封印することにした。それがこの世界だ」
話を聞いていた子どもたちは、黙ったまま顔を見合わせた。
ここは人間界でも妖精界でもない、雪の牢獄だ――と、初めて会ったときにキオネアは言った。
その理由がわかった。
ここは、魔法兵器を封印するための牢獄なんだ。
「本末転倒じゃないの?」
詩織が言うと、キオネアは視線をそらして、
「……否定はしない」
痛いところをついてしまったらしい。
土地が足りないから争い始めた。
そこで、とある派閥が他を圧倒するための魔法兵器を生み出したけど、制御できなかった。
最終的に土地の一部を切り取って、そこに魔法兵器を封印するしかなかった。
つまり、余計に土地が減ったことになる。
ダメな妖精が出てくる童話のようだと、詩織は思った。




