みんなの罪
――おそらく君の判断は正しい。俺を殺してくれ。
目を覚ました雪の妖精は、開口一番にそう言った。
隼人と優がぎょっとしたようにこっちを見た。詩織に至っては、サナの足元に雪の妖精が倒れていることを知らなかったから、相当驚いたみたい。悲鳴を上げそうになり、慌てて口元を抑えていた。
サナはそんな他の子たちを見てから、もう一度、足元に視線を戻した。
「俺は、俺のすべてを使ってアイオーンを止める。キオネアさまのために止める。だからその刃で、残りのコアを砕いてくれ。俺はもう、自分の体をほとんど動かせない」
妖精の方から頼まれてしまった。
さっきまで気絶していたはずなのに、状況を正しく理解しているらしい。いや、していないかもしれない。
サナと同じように、今見えているだけの断片的な情報を繋ぎ合わせて、現状を把握したのかもしれない。
「俺のコアはもうほとんど砕けている。修復は不可能だ。どっちみち死ぬ。キオネアさまが死んだ後で、俺が死んでも意味がないんだ。アイオーンの野望は知っている。俺は、今まで俺が何をしていたのか朧気ながら覚えている」
サナの推測は、当たっていた。
一番欲しかった確証を手に入れた。
「早くしろ。俺を殺せ」
それでも、剣を下ろすことができるかどうかは、別の問題だった。
ハードルが少し下がっただけだ。
「頼む。もう終わらせてくれ」
なんて悲痛な声音だろう。聞いているだけで、この身がねじ切れそうになる。
サナは、なぜこの妖精が怪物になったのか、事情を知らない。
でももう、疲れたのだと思う。
「わかった」
答えたサナの両手の上に、優の手が重ねられた。詩織も両手を重ねてくる。隼人はアイオーンから受けた剣の衝撃が右手に残っているのか、左手だけを重ねた。
四人で氷の剣を持つ。
そして、そのまま四人で、怪物に氷の剣を突き立てた。
柔らかい感触はしなかった。ガラスを割ったようだと、サナは思った。
たぶん、罪は四等分されない。
四人がそれぞれ、一つの罪を持つのだろう。
それがどのような罪で、どのように償うべきなのか、サナは答えを持たない。
生き延びることができたら、一生をかけて考えようと思った。
ここでアイオーンがようやく事態を把握したようだ。
「お、お前は誰だ!? できそこないの十二花か? どうしてここに!」
「ネモフィラ? ネモフィラなのか!?」
キオネアも気がついた。
やっぱり怪物の正体は知り合いだったみたい。隼人が持っていた氷の剣に反応したときから、そうだと思っていた。
ネモフィラと呼ばれた雪の妖精は、満足そうに笑顔を見せた後、全身が砕けて、夜空に上るように消えていった。それは、ダイヤモンドダストが星になるかのような光景で、こんなときなのにサナは見惚れてしまった。
遺体は残らなかった。
「ああ、そんな……まさか」
キオネアが悲痛な声を上げる。
二人が言葉を交わす時間をあげられなかったな、とサナは思った。
あの状況では仕方のないことだけれど。
でもネモフィラは、満足そうに死んでいったように見えた。それだけが救いだった。
ぴしりぴしりと、音が聞こえてきた。アイオーンが斬撃を止めて、辺りを見回す。キオネアも警戒しなおした。子どもたちは四人で集まり、身を寄せ合う。音はずっと聞こえている。何かが割れ続けている。
ぴしりぴしり。
サナの目の前を、黒い線が横切った。その線は宙に浮いているように見えた。ぴしり、ぱきり。さらに何かが割れた。一本の黒い線が、蜘蛛の巣のように、放射状に広がった。まるでガラスにヒビが入ったかのようだ。
サナが、その黒い線に、そっと触れてみた。
線は一気に広がって、空間そのものが砕けた。
三百六十度、すべての空間が砕けたのだ。
今までガラスのドームに閉じ込められていたかのよう。
風が吹き、サナは目をつむった。しばらくしてから開いたときには、さっきまでと全然違う光景が、目の前に広がっていた。
合掌造りの木造建築が、大きなかまくらが、普通の樹木に混じって、すべてが氷でできている樹が、そこかしこに存在している。
遠くには大きな氷の建築物がそびえ立ち、さらにその奥に、見たこともないほど巨大な氷の大樹が、この世界すべてを守るように、枝を四方八方に伸ばしていた。枝から生えている葉っぱも氷のように見える。でも風に合わせて葉っぱが揺れているような気がする。
二十人以上の雪の妖精が、どこからともなく現れた。
アイオーンを取り囲み、いくつもの剣先を体に当てることで、その動きを封じる。
「おいおい、事情を聞く前に私を拘束する気かな?」
「どうしてアイオーン様がここにいるのでしょうか」
問うたのは、青い髪の毛を一つにまとめた、ポニーテールのような髪型をしている女性の妖精だった。目つきが鋭く、かなり強そうに見える。
「愛しいキオネア兄さまが、怪物を討伐しに向かうと聞いてね。心配だったんだ。陰ながら見守ろうと考えて、ここに――」
「彼は僕の暗殺を企てた」
キオネアが鋭く言うと、アイオーンは肩をすくめた。周りにいる雪の妖精たちに緊張が走ったのが、離れているサナにもわかった。
雪の妖精たちは、アイオーンに向けている剣先を下げない。
「抵抗はしないよ。戦いが、次のステージに移るだけだ」
アイオーンは不穏なことを言った。
そして、持っていた氷の剣を落とした。その剣は砕けることなく、雪の上にぼすんと落ちた。
「連れていけ」
女性の妖精が指示を出した。
アイオーンは雪の妖精たちに連れられて、おとなしくこの場を離れていった。でも最後の瞬間に、なぜかサナの方を見てきた。彼の口が動く。
――真に警戒すべきは、君だったか。
そう言った、と思う。
合っているかはわからない。
わからないけど、もしそう言っていたとしたら、アイオーンは大きな勘違いをしていることになる。
ここにいるみんなを警戒するべきだった。誰か一人でも欠けていたら、この結末はなかった。アイオーンは強い。才能もあるだろう。だから個の力を信じているのかもしれない。
でもそれと同じくらい、集団の力も強い。
一人一人の小さな行動が積み重なることで、事態を好転させることだってあり得る。
みんなの力で打ち勝った――キレイごとでもなんでもなく、そういうことがあり得るのだ。
優が、サナの手をぎゅっと握ってくれた。
サナはアイオーンをにらんだ。
でもアイオーンは何も言わずに、ふっと視線をそらした。彼が連れられて行くのをじっと見つめていた女性の妖精は、その姿が見えなくなってから、やっと息を吐いていた。そしてキオネアの隣に、寄り添うように立った。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。ありがとう、ララ」
どうやらララという名前らしい。
「僕のことよりも、子どもたちのことを頼む」
「承知いたしました」
と、ここでララがこちらを向いた。彼女の部下だろう雪の妖精たちが、子どもたちを囲むように立った。どこか威圧的で、サナは怖かった。
向こうにしてみれば、人間の子どもたちに丁寧に接する理由がない。子どもたちを助けに来たわけじゃないんだ。
キオネアからの合図を待って、突入するよう準備していただけ。
「キ、キオネア~」
詩織が情けない声を出した。
それでこちらの状況に気がついたのか、キオネアが鋭く、
「丁重にもてなせ。人間の子どもたちは、僕の命の恩人だ」
と言った。その一言で、ようやく空気が変わった。
ララが慌てた様子で「申し訳ございません」と頭を下げたけど、子どもたちに言ったのか、キオネアに言ったのかはわからない。
その後サナたちは、重々しく取り囲まれるのではなく、優しく警護される形で、巨大な氷の建築物の方に連れられていった。




