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アイオーン対キオネア


 その雪の妖精は、銀髪をオールバックにしていて、瞳はキオネアと同じくガラス玉のように青い。着ているジャケットコートには見覚えがあった。

 あれは黒野が身につけていたものだ。


 いったい何が起こっているのか、詩織にはわからない。

 隣に立っているキオネアにも、わからないみたいだった。キオネアは一歩進んで、詩織を隠すように立った。


 あれは仲間じゃないの?


「なぜだ。なぜお前がここにいる。アイオーン……!」


 キオネアが声を荒げた。


 あれが、さっき教えてくれた才能ある弟――アイオーンなのか。

 あの妖精に追い抜かれたくなくて、キオネアは頑張っていたのか。


 アイオーンは、ふっと笑みを浮かべた。


「キオネア兄さまが、抜け駆けをするからですよ」

「……な、何を」

「できそこないの十二花を討伐すれば、お父さまの後を継げると、そうお考えになったのでしょう? 私がそのような事態を見逃すとお思いですか」


 全部バレていたみたい。


「実は私、最初からここに潜伏していたのですよ。人間のフリをしてね」


 人間のフリ?

 ちょっと、まさか……。


 するとアイオーンは、オールバックの髪の毛を下ろした。長い前髪が瞳を隠してしまう。魔法を使ったのか、銀色の髪が、瞬時に黒髪へと変わった。


 あの無口で地味な男の子――黒野がそこにいた。


「私がクロノです」


 それだけ言うと色を銀に戻して、もう一度、髪をかきあげた。

 地味な印象がさらに一転して、自信ある王子へと変わる。印象の反復横跳びだ。


 キオネアが刺されたときに叫んだ言葉で、何かがおかしいと思っていたけれど。まさか弟だったなんて。


「なかなか楽しい余興でした。あのままできそこないの十二花が、キオネア兄さまを殺してくれれば、正体を現す必要などなかったのですが」


 キオネアは何も言わない。

 アイオーンは肩をすくめて、


「なぜかあいつは、キオネア兄さまにトドメを刺さなかったのですよ。理由はわかりませんが、おそらく自我が崩壊する前は、キオネア兄さまに心酔していたのでしょうね。案外、近しい者だったかもしれませんよ?」

「僕に心酔? 誰だ?」

「さあ、今となっては知るすべがありません。なぜなら私が」


 ――斬ってしまったからです。


 アイオーンはあっさりとそう告げた。やっぱりこの妖精は、とんでもない実力者なんだ。キオネアが勝てなかったあの怪物を討伐したのだから。


 それも、死力を尽くして倒した、という感じじゃない。

 余裕を持って倒したのが、その立ち居振る舞いからわかる。


「さあ、どうしますか? キオネア兄さまの策はもう使えません。それどころか十二花討伐の功績も私のものです。私がお父さまの後を継ぐのに、誰も文句はないでしょう」


 後継者争いで劣勢だったキオネアが、ここから逆転する方法はあるの?


「ここでなら、お父さまの目は届きません。私を殺しますか?」


 アイオーンが挑発するように言う。

 キオネアはうつむいてしまった。


「……殺さないよ。僕じゃあ君に敵わない」

「おや? 殊勝しゅしょうなことを言いますね」

「できそこないの十二花に殺されかけてわかったんだ。僕は王の器じゃない。君が後を継げばいい」

「本気で、そう思っているのですか」

「ああ、本気だよ」


 空気が止まった。


 詩織はなぜか、そう感じた。

 たぶん、今まで髪をかき上げたり、ふっと笑ったり、肩をすくめたりしていたアイオーンが、その動きをぴたりと止めたからだ。


 キオネアが、いぶかし気にアイオーンを見た。


「どうした?」

「最後まであがいてくださいよ。これじゃあ、後味が悪くなる」

「後味?」


 アイオーンの両手にそれぞれ、氷の剣が作り出される。二刀流だ。

 戦闘態勢に入ったのが、詩織にもわかった。


「ところでキオネア兄さま。ネックレスはどうなさいました?」

「……ネックレス?」

「あれは、外で待機している仲間を呼ぶための道具ですよね」

「……だから?」

「なくしてくれたのなら、好都合というものです」


 ただでさえ冷たい空気が、さらに冷える。


「まあ、なくしたとわかっているから、私はこうして姿を現したのですが」

「どういう意味だ」

「助けを呼ばれたら、困るのですよ」


 アイオーンが氷の剣を構えた。


「何をしている? もう僕たちが戦う理由はないだろ。僕は王位継承を辞退する。他の兄弟たちも、君には敵わない。胸を張って王位を継げばいい」

「伝統とは――」


 アイオーンは、キオネアの言葉を無視して続ける。


「そう簡単に崩れるものじゃない。どれだけ私に才があろうと、キオネア兄さまから奪ってしまえば禍根は残る。特にあなたは、他の兄弟よりも人気があります。私と二分するほどの人気です。他の兄弟の誰を蹴落とせても、あなただけは、そういうわけにはいかないのです。今のグレイシアで、派閥争いなんてしている場合じゃない」

「僕がサポートに回るよ。君を支える」

「キオネア兄さまは、できそこないの十二花によって殺された。それが、一番良い筋書きなのです」


 二人の会話は、どこまでも噛み合わない。


「話を聞いてくれ!」

「すべてを丸く収めるには、それしかないのです。そして――」


 と、ここでアイオーンは、なぜか詩織に視線を向けた。


「目撃者は全員消さなければなりません」

「……け、消す?」


 詩織が聞き返すと、アイオーンは冷たい瞳で見返してきた。


「今年、生贄として選ばれた四人の子どもたちは、皆殺しです」


 詩織は理解した。

 この妖精は、こういうやつなんだ。

 丸く収まると言っているのは、自分にとって、という意味でしかないんだ。

 才能は、確かにあるのかもしれない。彼が王になれば、問題を解決することができるのかもしれない。でもそれはきっと、多大な犠牲を払ったのちに達成される。


 アイオーン以外のすべてをムチャクチャにして。


 ずっとうつむきがちだったキオネアが、アイオーンの懐に飛び込んだ。いつ作り出したのか、右手に氷の剣を握っている。

 青い閃光が煌めく。

 アイオーンはその斬撃を、一歩も動かずに弾いた。


「キオネア兄さまの力では、私に敵いませんよ」

「関係ない。お前がシオリを、子どもたちを殺すというのなら、僕はお前を倒す」

「あなたにできますか?」

「できないと思っていたよ。お前に王位を譲るべきだと、そう思っていたよ」


 その言葉にアイオーンは首をかしげた。

 キオネアが、剣を持つ手に力を込めた。


「だがもう、そういうわけにはいかなくなった。お前を倒して、僕がグレイシアの王になる」

「いいですね。これで罪悪感を覚えなくてすむ」

「ここまでしておいて、罪悪感なんて関係あるのか?」

「ありますよ。瀕死の状態だったキオネア兄さまを殺すのが、私にとっては一番簡単でした。でも、それはできなかった」


 確かに、キオネアは少し前まで歩くことすらできなかった。そのときに襲っていれば、あっというまに終わっていただろう。


「私が直接手を下すのであれば、やはり本気のキオネア兄さまを殺したい。それができなければ王の器ではない。そうしなければ王にはなれない」


 本当にそうなのかな?

 詩織には、アイオーンが本心を隠しているように思える。


 あのとき怪物は、瀕死のキオネアを置いてどこかに行ってしまった。

 アイオーンがキオネアを殺すために姿を表せば、その背後から怪物に急襲される恐れがある。だから先に、どう動くかわからない怪物を始末しようとした。それをごまかすために、あれこれと言い訳を並べている――。


 詩織にはこの考え方の方がしっくりくる。

 自分が小心者だから、かもしれないけど。


「最初から僕を殺すつもりだったなら、そういったこだわりは捨てるべきだね」

「逆ですよ、キオネア兄さま。プライドがあるから強くなれる。こだわりがあるから臣下はついてくる。自らに試練を課すことで、それを乗り越えたときに罪悪感を覚えなくてすむ。私にとって、最大の敵は自分の弱さに他ならない」

御託ごたくはもういい。僕の敵は、目の前のお前だ」

「それは光栄です」


 二人の会話は、やっぱりどこまでも噛み合わなかった。


 そしてキオネアとアイオーンの戦いが始まった。


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