第11話:驕れるものも永からず
「残すところは従者と・・・あ、魔術師も起き上がっている、すでに回復をさせたようです。」
僕はかろうじて動ける様になった顔を動かして、そちらを見遣った。従者はそそくさと辺りを見回すと、魔術師になにかを囁いているようだ。白兵組がやられたことを察しているのだろう。
「ツゲさんちょい自分・・・戦闘は厳しい・・・です。解毒の薬がー」
「そのおじさんの腰掛バッグの中にそれっぽいのがありそうですが、薬効的にその青緑のやつかな?」
僕は言われるがままに、自分のなっているおじさんのバッグを漁った。
ーこれ、傷口にあてるの?飲むの?ええい、どっちもやっとけ。
「うぐ・・・かぁ!にっが!!!・・・ツゲさん薬師でもやってたの?」
「まあ昔ちょっとねえ。あ、それよりほら、魔術師が詠唱してる。早く起き上がって!」
ーそんなむちゃな。まだ効き目がでてないよ。。。
「ツゲさん肩くらい貸してくれても・・・」
起き上がれず首だけを持ち上げるのと、遠くで聞こえる詠唱が完成するのはほぼ同時だった。
「VEKIĜU TERO KAJ TEMI MIAJN MANOJN ー(地よ目覚め、我と手を握れ)ー」
「・・・」
「・・・」
「何も起きない?」
僕がおっかなびっくり硬直している間、詠唱に続くなんらかの攻撃は一切なかった。暗闇の中、敵方が動く様子もない。不気味な硬直状態が暫く続く。
ーお、なんか体が動かせる気がする。とりあえずは近づいてみるか。
{ボゴォ}
僕が油断して何の気なしに起き上がろうと、片足を立てた刹那、突然大地がせり上がり手を形作ると腕を掴んだ
「わわ、なに!なになに!ゾンビ!?」
「おおー。いや、キウリさんこれは土ですよ。土が操られている。中々高等な芸当ですね。んー良い仕事してますね。」
ーいや良い仕事してますねじゃなくて!
頑張っても抜けないことに焦った僕は、力も入りきらないまま手に持った片手剣でこれを削ぎ取る。
「うわ、この、この、このこのこの。」
「ちょっとキウリさんあぶない!心の余裕のなさが出てますよ!」
ーだまっxgyhujik!
息を切らして体勢をくずしたのが行けなかったのだろう、捕まっていない後ろ足を思わず後ずさりしてしまったその瞬間、こちらにも同様に土の手が掴んだ。
「ひやあ!こっちもかよ!」
たまらずよろけて手を地面につく。開いた両足を掴まれて、右手が後ろ向きに着くとさながらM字開脚の様なポーズになった。
「あ、まずい。」
案の定、右手も土の手に固定されてしまった。
「つ、ツゲさん、ちょっとマズイって。助けて!なんか無駄に恥ずかしいし、早く助けて。」
「ほほー相手方もなかなか良い仕事してますねえ。この状況では私だって動けません。辛抱してくださいな。」
「なんか楽しんでないですか?」
「まさかwww」
ーこいつっ!!草生やしやがった!!!
「あ、水で泥濘ませれば!」
僕は早速、水を周囲から魔法で集めると、腕の形をした土を湿らす。ドロドロになってもなお、手の形を保つのはなんとも言えない恐怖があった。
「よし、これなら抜ける!」
「ふぐぅっ・・・!!・・・・。」
手をゆっくり抜くと、ベテラン兵士の上にそっとお尻をついて、両足を抜き体育座りをした。冒険者のおじさんは先ほどよりも苦しそうに見える。
ーうん。ごめんおじさん。
「しかし、これはあれですね。不肖キウリ、ピンと来ましたよ。ツゲさん、僕が三か月にも及ぶ、逃亡・・・ごほん、自由気ままな野宿生活でもっとも大事にしたものは何かご存知ですか?」
「・・・大事・・・大事・・・お米は大事ですが?」
ーこいつ!?もしかしてこいつソウルライクプレイヤーか?てかお前ほんとは同郷だろ!
「違います。シャワーです。体の不快感は最大の敵、ここのところ夏っぽいというか、ジメジメしてきたでしょう?異世界で私がもっとも信頼する魔法それは水魔法!やあやあ呼んでいる、水魔法が私を呼んでいる。この道は水魔法に続く道!これなら少ない魔力でもいけますからね!」
「は、はあ。」
「つまり!こういうことです。」
突然に威勢のよくなった僕に見惚れているーー呆れているとも言うーーツゲを観客に、体育座りのまま空に向かって両手を広げ、目をつぶった。魔力が手の先から波の様に伝わって水の礫を探し出す。少し集めて、あとはキッカケを与えるだけだ。仕上げには、ヨモギタバコを取り出して火をつける。
「スゥ・・・フゥ〜・・・。よしと。」
「そこでタバコ吸う意味ありました?かっこつけですよね?貴方、リトライ中の魔王とか、なんかのヒール役とかじゃなかったですよね?キャラ設定間違えてませんか?」
「う・・・ええい、うるさい!よく日の照った暑い日の夜、地面からの熱気に冷えた空気、煙の細かな結晶核、そして我こそは波紋を呼ぶものなり!・・・来たれ!!ゲリラ豪雨!!!」
「それ、詠唱じゃなくてカッコつけですね?」
「ツッ!!」
{ポツリ}
「この一滴が”ゲリラ”豪雨ですか?」
ワンテンポ遅れて頭上は俄かに薄雲に覆われていく。月のないこの世界では、それは街の灯りにうっすらと照らされて、タバコの煙との見分けもつかない程度である。
{ポツリ・・・ポツリ・・・}
{・・・ザザァァァァ}
「ほほう?でも、タバコ消えちゃいー」
「よ、よし!これで相手の土魔法も無効化できたであろう!ツゲ氏よ刮目せよ!今こそ好機!喋ってる暇はありませんぞ!」
僕は嫌味モードに入っているツゲを置いて、敵方に向けて一直線に走り出した。大雨はすぐに止むため、かろうじてぬかるんでいる今がラストチャンスともいえる。歩くたびに這い出てくる手の形をした土は、ぬかるみによる恩恵と僕自身の体重も相まって、動きを止める程の力は無くなっていた。
眼前に迫るは、幌馬車と二体の敵影、魔術師はやり方を変えたのか地面から手を引き抜き、何やら別の詠唱を始めた。その距離はもう目と鼻の先だ。
「LA LULKORBO GRUNDA ー(地なる包)ー」
ー詠唱でわかる!そういう系統でくるとおもったよ!
「そっちがその気なら!」
迫り上がりつつある周囲の土を前に、僕は円を描くように両足を激しくジタバタし、土を踏み締めた。
{・・・}
「雨降って地固まる?」
「ツゲぇ、それ僕が言おうとしたのに!」
水でぬかるんだ粘土質の土は荷重をかけると空気がぬけ硬くなる。例えば牛の放牧に伴って耕作に向かない土地になることが問題となることがままあるらしい。この世界換算で牛よりも重いであろう(?)僕に固められた土は、普段よりも固く膝丈までボコッと隆起しただけに止まった。
僕は硬直してこちらを見つめる魔術師と御者に目があった
ーそんじゃ恨みはないけど、一発殴らせてもらって・・・。
「待て。お前、元から我らを殺す気などないのだろう?雰囲気でわかる。もう俺に戦う気はない。これはあくまでも依頼だ。失敗は恥だが、命があればどうということもない。幌の中の”モノ”は好きにしろ。」
ーああ、冒険者ってのはさっぱりしてていいなあ。
「信じるんですかい、キウリっちは。」
僕は片手剣を地面に捨て近づくと、指先で御者を指し、気絶している馬に寄るように合図した。
{スタスタスタ}
「うーん、まあいいんじゃない?邪魔にならないよう、気絶してもらえばね。」
「お前・・・なんて言ってー?」
ー失神せよ。
ここ数ヶ月の集大成、ノーモーション無詠唱である。と言っても簡単な精神魔法、それも1m以内でなければならないが。
御者はそれを見ても驚くことなく、静かにこちらを見つめている。魔力の流れでこれが精神魔法とわかっているようであった、であるとしたら、やはり一番の食わせ者はこの御者なのかもしれない。
「そいじゃまお宝拝見と行きますか。」
御者の近くにいてもらうようにツゲに目配せをすると、幌馬車の後ろへと向かった。実際、御者の男は深いローブで顔は見えないものの、何故かじっとこちらを見つめている。
幌は木で出来た荷車部分の四隅の支柱と天板代わりの梁に雑にロープで縛られており、一本の縄でぐるりと固定されていた。
縄を解くと幌は全体がふわりと弛み、力任せに取り去った。その風に運ばれるように、獣臭さが鼻を突いた。
ーどうなることかと思ったけど意外とすんなり進んだな。
{バサァ}
幌馬車の中、正確には今はただの大きな木の枠だが、そこにはいくつかの箱が置かれていた。月が雲で隠れると、うまく中が見えず、強烈な匂いばかりが鼻を突く。否応無しに火の魔法を使うことにした。右手を上向きにかざし、ほぼ尽きかけの魔力を指先に向ける。
「火よ我が手に。」
そしてそこに座する巨大な影の主を見た時、その僕の顔をだれかに描いて教えて欲しいと思った。その表情は後世に残す価値のあるものだっただろう。ガックリという言葉がこれほど顔に現れた男はおるまい。
「ヨオッ。その顔・・・おめえ、朝以来だな?覚えてるぜ。このトランプの目に狂いはなかったってことだ。」
そうだ、この酸っぱいようなむせ返る獣臭さ・・・それがトランプの体臭であることに僕は心底ガックリしたのだ。
加えて目の前にベヘモトの姿はない。つまり最悪の囮ということだ。
「はああああああ・・・・お前かよ・・・よりにもよって・・・ああ・・・・萎えるよ。・・・よわいものいじめが好きそうなやつよね。あああ・・・・萎えるよ。しかも囮役なのかよ。。。。」
「キウリさん、弱い者は” la malforta” です。かましたれ!」
ーいやいや、いじめの語もわからんわ・・・。
「Vi, prefers la malforta《弱いもの》 。」
「なんだ”墓戻り”喋れんじゃねえか。まるで死に際の羽虫ように片言だけどよぉ。しかしなんだぁ?”弱い者好き?”・・・ああ、時々新人が勘違いして突っかかってくるんだ。俺はいつも、魔物の捕獲ばかりやってるからなあ・・・でもな小僧。」
「でも?」
「強いやつと戦うのはもっと好きだぞ。」
目の前でトランプと呼ばれる男は背中の大剣のつかに手を伸ばし心底楽しそうに笑った。その時にいたっては
獣臭さまでもが彼を引き立たせて見えた。
ーあれ?神様もしかしてこの人、強キャラでしたか?




