第14話:晩餐会
「男 頑張れ !」
「頑張れ !」
「が、がんばります。」
ガッハッハとまたぎの女性ーベラローゾは笑う。さっきまでの剣呑な目つきとは打って変わって、今は優しい顔だ。それどころか膝には3歳くらいの女の子がいる。3人でここの家で暮らしているとのことだから当然と言えば当然なのだが、なんとなく大柄の彼女ーー猟銃が異様に似合うーーとこの少女の組み合わせには慣れないでいた。どうやらここは人里から数km離れたホーマでは最も外れの住居であるらしく、知らない人が来たのはここに移り住んでから始めてのことという話だった。
ーなるほど、山賊とでも思われたて、あの警戒様か。
テレパシーが通じている時には、喋った言葉も自然と相手に伝わるものの、異言語が飛び交う様はやはり異様に映る。そしてなにより、僕が喋るとその度にヴァルマが他の2人に説明しなくてはならず、僕はそうそうにヴァルマさんとの念話を脳内だけでやりとりしていた。
(しかし、本当に厚かましくもご飯まで一緒してすいません。)
(ん?そんなこと、気にすることじゃないよ。)
そして今は丸いテーブルを囲んで5人で食事をしている。よくわからない若干獣くさい肉と豆の煮込みにかなりハードなパンだ。もちろん、近くの井戸から組んだという水もある。塩は貴重品であるらしく、薄味であるが、どうしてか素朴な味のこれらがとてもおいしかった。ただし一つだけ不思議なことに、その喉越しがやたらと軽い。というか実際に物理的に軽く、気分は月の上で食事をするような感覚だった。無論月にいったことない。
ーくそうめえ!!!!空腹という調味料もさることながら、肉の旨味がめっちゃする。これ何の肉だろう?
「その 肉 ”タルパウルサ” ! 私 狩る」
「タルパウルサ ?」
アニマが反応した。さっきから、無言でスープを啜っている彼女は傍目には無愛想に見えるだろうが、ツノの振動から察するにかなり興奮している。警戒して頭に乗っていたチュビヒゲは何事もないように僕のテーブルに留まっており、スープの入ったボウルにヒゲを突っ込もうとしていた。僕は何と無く不衛生な気がして、スプーンに取り差し出すと、ヒゲが触れた瞬間スープの嵩が減った。
ーえ、そのヒゲ、口にもなるの?ちょっと怖い。もしかして俺の髪の毛とか食べられてたりするの?禿げるの?
(しかし変わったこともあるもんだ。ドラケトがこんなに懐いてるなんて。どこでもいるドラケトにしか見えないんだが。)
娘のススーリが物珍しそうに見ている。どうやらチュビヒゲの同族はそこら中にいるらしく、模様も大きさもまったくチュビヒゲと同じということだった。僕は髪の毛の量を確かめながら、ハッとして質問した。
(えと、タルパウルサ?ってもしかして表のやつですか?)
(そうそう、表の毛皮を見たかい? 僕のパートナーは”凄腕”の狩人なのさ。この辺りの村の掟では女性が獣を殺すのは禁じられているのだけどね。それが嫌でここに越してきたというわけだよ。)
ーあーやっぱりあれか・・・あんな獣でも、ホーマに比べれば意外と弱いのか。うん、怖いな人間、ってかホーマか・・・・。
僕もアニマもすでに二杯目を食べてる。完全に遠慮を忘れているが、なんとなく気にならない気がしていた。なんせタルパウルサの煮込みは馬鹿でかい寸胴ーーラーメン屋さんでみるようなーーで作られており、本人たちも気にせず食べていいと言ってくれていた。なんでも多めに作って村の知り合いにおすそ分けするのだそうだ。それでも余ると言っているから僕らは思いっきり甘えた。
「よく 食べる えらい!」
ベラローゾもそのパートナーであるヴァルマも人が良い。僕らが食べるのを嬉しそうに見てる。ベラローゾはよくわからないが、おそらく見たままの性格だろう。ヴァルマも言葉は少し説教くさいようにおもえるが、それも面倒見の良さと受け取れるところだった。おまけにー
「私 食べる !」
娘のススーリが場を和ませてくれる。初めての出会いがこれで本当に良かったと思った。
(タイラくん、本当に行くのかい?アライテル教のところに?アライテルと名乗るあの教祖はまるでホーマもディアブルも生き物としてみていないやつらさ。教団と言っているがその教えなんてあってないようなものだしね。)
(おしえ・・・ですか・・・。)
ーアニマの言ってた救済とかなんとかか・・・。
(曰く、殺される人は真の幸福になれるとかなんとかで、今の宮殿だってここ”カラコール”の皇族の住む離宮から強奪したものだ。つまり、好き勝手やっているというわけさ。)
ーあれ、まって?宮殿て本当の宮殿だったのか。
(カラコールというのは?)
(この国のことさ。ホーマの領土には大きく分けて他にザ・ナドゥと、ウェンペ=モシリの2国があるが、そうだ、アライテルのところなんかやめて、ザ・ナドゥにいけばいいじゃないか?あそこはまだ、キメラにも寛容だろう。)
(いえ、アライテルのところに行きます。一度話してみたいですし。危ないと思いまー)
(危ないよ。とても危ない。本音を言うと、君を止めるために家に上げたくらいだ。)
ーヴァルマさん良い人すぎるだろうぅぅ。
(僕も魔法使いでね。それなりに腕に自信もある。だけどあの男は強いなんてもんじゃない・・・陳腐な言葉だけど、邪神だよ・・・。)
(えっと・・・見たんですか?)
ヴァルマはススーリとベラローゾを見つめて、そちらを見たまま念話を送ってきた。
(ああ、2年前に宮殿が奪われた後、何度もこの国の兵隊が向けられた。そのどれも帰って来ることができず、とうとう1年前、宮殿一帯の土地を封鎖して、大規模な徴兵が行われたことがあったのさ。この国では市民だろうが何だろうが能力持ちは皆駆り出される。僕はこんな辺鄙な村では多少の腕があったから、第9支援部隊として宮殿からやや遠いとこで、出番なんてこないだろうと呑気に戦況を眺めていたんだ。おかしな話に聞こえると思うけれど、前線の複数の部隊、それも交代要員や拠点で働く衛星部隊、兵站部隊、要するに離宮を囲んで、一帯は完全に包囲網がしかれてた。初めて見た人は、ただやけに殺気だった都市にしか見えなかっただろうね。その数は食料や宿を提供する市民も含めて一帯に100万人はいただろう。それだけのホーマを敵にして、アライテルが用意した軍勢は何体だったと思う?)
ーそもそも規模感が違いすぎる・・・。下手したら100万なんて一つの県に対応してるじゃないか。それがたかだか宮殿を囲んでたった一つの相手のために組織されてるなんて・・・。
(あ・・・10万とかですか?)
ヴァルマさんは突然、苛立った様な表情を浮かべて僕の目を見つめた。
(アライテルの他にキメラ11体さ。)
ー100万対11人?そんなバカな話聞いたことないぞ!?いくら実働部隊が、その数割と言ったって、1領土丸々を相手にするのに・・・そんなことが可能なのか?
(キメラはまだ良かった・・・最初に迎撃に出たのは10体のキメラだ。いくら強力な魔法や武法を使うといっても数の暴力で一瞬さ。すぐに圧し勝った。しかし、キメラが討伐されたその直後・・・どうなったと思う?前線に展開されていた数十万の兵士、民間人が消えた。骨すら残らず。)
(え?消えた?)
ーそんな話どこかで・・・あ、思い出した!アニマが持っていたあの黒い毛虫は確か・・・”数十万を材料に”作っていなかったか?うう・・・完全にサイコパスだ。アライテル、やばすぎる。よりによって、なんでこんな奴が力を持っているんだ・・・。それに最初のキメラ10体はなんだったんだ?様子見?時間稼ぎ?・・・いや違う・・・どうせ、遊びなんだろうな。
ヴァルマさんは3歳のススーリを見て、虚ろな目をした。
(悪いことは言わない。誇張でもない。今は、この国もアライテルの自治を認めている。相互不干渉という条件でね。僕は守れるものを守りたい。君もその子を連れて逃げるといい。それができないなら・・・。)
(できないなら?)
(戻れなくなる前に諦めることだ。)
ーなるほど、全くその通りだ。アライテルがそれほどヤバイ奴であるなら、僕は早く”諦めた”たほうがいい。
(考えておきます・・・。)
(それともう一つ、君の思い人であるそこのキメラー)
僕はいたたまれなくなって、初めて会話の途中で人をーーホーマをーー手で制した。
(アニマです。)
(・・・アニマさんは、僕らホーマにはタブーだ。下手をしたら、即刻刺されてしまうかもしれない。無論、ここカラコール国では、アライテルの”もの”に手を出さないように厳命がでているが、アライテル教のせいで家族を失った者は多い。その手先であるキメラは恰好の的だ。僕らのようなタイプは珍しいと思ったほうがいい。)
「何 ヴァルマ 話す 向けて タイラ ? 」
「ヴァルマ 話す タイラ のみ!」
ー確かに食事の席で、大の男二人が難しい顔で見つめ合っている状態はあまりいいもんじゃない。それにアニマもずっと無言のままで、少し申し訳ない。この辺にしておくか。
(アニマさん、どうしてもアライテルのところへ帰るのですか?)
(・・・無論です。)
アニマの顔は食事に満足したのかすっかり落ち着いている。さっきまでの緊張感はどこにもない。特に角がピンピンしている。
(そうですか・・・。)
ーうう、どうにか会うまでに、打開策を考えないと・・・。
「ススーリ 眠い 」
(タイラくん、僕らはもう寝るよ。毛布くらいは貸せるけど、寝るところはそこの絨毯で勘弁してくれな。)
(もちろんですよ。あ、食器を洗うのは僕がやります。)
(お、ありがとう!汚れが取れれば、適当にでいいからさ!あそこの入れ物つかって!)
ーアニマさんにも手伝ってもらおう。
(あ、おやすみってなんていうんです?)
ヴァルマさんはススーリの肩を叩いて、何かを催促した。ススーリは眠そうな顔で、ヴァルマの顔を見つめて、それから思いついたようにこちらを向き直った。
「Bonan Nokton !」
「あ、Bonan Nokton ?」
3人は削り出した鉛筆ほどの太さの木の棒で歯をこすってから二階に上がった。
ーこの、木の棒で歯を磨いてるのか?何十本もあるし、あとで一本ほど拝借しよう。
ヴァルマさんはその後、毛布を置きに戻ってくると、
「すまん一個しかなかったから、一緒に使ってくれ(ニヤ)」
とわざわざ口に出して去っていた。
ーぐ、ぐぬぬぬ。。。
「さ、さて。アニマさん、食器洗いませんか?」
(え、ええ。食器なんて、洗ったことなかったので、なんか楽しそうですね。)
ー多分だけどアニマの言う”食器なんて、洗ったことない”というのは決して優雅な暮らしを意味してるのでなく、”食器を使わせてもらえなかった”か”洗わないで使い回していた”の意味なんだろうな。
部屋には洗い場のかわりに鉄製っぽい入れ物があった。僕らはそこで水をいれてすすぐことにした。
そうして二人で食器を洗うのはとても新鮮な感じがした。お家デート的な雰囲気といってもいいかもしれない。
「たぶんこの粉で落としてるんだな。なんの粉だろう。あ、砂かな。まあ、こんな感じだろう。アニマさんはどう?お、いいですね。」
(タイラさん、そっちの汚れちゃんと落ちてないですよ。)
ーぐ、ぐぬぬ。。。
性格の差だろうか。初めてとは思えないほど丁寧だ。僕が逆にダメ出しされてる。
「ふう、最後にもう一度水で流して・・・と。」
ーやっと文化的にねれる!!
「じゃあ寝ますか。」
ひとつ残念なこととして、こっちには風呂という習慣がないらしい。代わりに川で水浴びをするというので、明日の朝に一緒に連れて行ってもらう約束をした。
「いやーなんだかすごいやりきった1日だったなあ。いへかぃ、じゅーじつひすぎてるよ。」
僕は独り言を言いながら、口に木の棒をつっこんで歯をこすった。疲労と眠さで意識も飛びかけだ。
(タイラさん、それは?)
「はみがひ・・・歯磨きです。これをすると歯が長持ちするんで。アニマさんもどうぞ。」
(こうですか?)
「えっと、アーンしてください。」
アニマが口を開ける。
ー綺麗な歯並びだな、あ、ただ、犬歯が鋭い。あんまりずっとみてるとドギマギしちゃう・・・。
「ま、ま、こん感じで、汚れを落としておけば・・・大丈夫でしょう。」
そうして最後に口をすすいで、外に出て吐き出した。そして僕はついでに小用を足した。
ーさてやっと寝れる!!
(あ、あの?)
「えっと、まだ何か?」
ー思わず、”まだ”をつけてしまった。反省だ。
(私は、もう少し外で・・・)
「はーい。」
ーなんだろう・・・まあ・・・どうでもいいか。僕は眠い。そして眠る。それだけだ。
部屋の天井にかかっているカンデラの火はつけたままで、僕は床の毛皮が敷かれたところに横になる。あのカンデラの仕組みはどうやら魔法のようだ。油をさしていないし。なんだか結晶がはめ込んである。火は、不思議なことに結晶の端から出ている。
ー不思議なあかりだ・・・あの結晶はなんだろう・・・まりょ・・・くを・・・・
・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
{ガチャ}
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
{パシャ}
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
{パシャ}
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
{パシャ}
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
{パシャ}
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
{パシャ}
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(あの・・・タイラさん?)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(タイラさん・・・)
「ん?一体・・・なんだ・・・・」
僕は寝ぼけ眼で、一瞬何がおきているのかわからなかった。
ー目の前には目を潤ませて異常に怯えたアニマがいた。
(変なことを聞いているのは百も承知なのですが・・・。もちろん、その、手も良く洗いましたよ?その・・・あの・・・モシ・・・・モシ・・・・。)
「・・・ううん・・・・なん・・・ですか?」
(モシ?地球で暮らす人はよくトイレに行くと言っていましたよね?ね?)
「・・・は、はあ・・・・そりゃ・・・自然の摂理・・・ですから・・・」
ーうー眠い。。。。
(いったいどれくらい?)
ーはい?
「うーん、何の話・・・。」
(つ、つまり・・・どれくらいの頻度ででますか?)
「・・・・?おしっこなら・・・日に数回。うんちなら・・・2日に1回くらい・・・じゃないですか?人によるでしょうけど・・・。」
(そ、そうですか・・・・。あ、ありがとうございます。)
ー・・・?解決か?よし、じゃあおやす・・・
翌朝、タイラはその晩のことは何も覚えていなかった。




