第15話:明け方の話
ーん?
明け方、僕は窓からほのかに入る青白い光と、ほおを撫でるくすぐったい刺激に一瞬目を開けた。
「なんだチュビか・・・」
食事の後、テーブルの上で休んでいたチュビヒゲがいつのまにか今は頭の上に止まっていた。寝ぼけているのかヒゲがうねうねしている。
ーもう少し寝よう・・・ん?
アニマが僕の隣、人一人分のスペースを空けて腕を枕に横向きで寝ていた。毛皮の端っこで体の一部が木の床にはみ出してしまっている。アニマは自分の持っていた毛布を掛けていた。
ー結局ヴァルマさんの謎の気遣いとか最初から、意味なかった感じよね。しかしそんな端っこは幾ら何でも申し訳ない。もう少し真ん中にきてくださいよアニマさん。
僕はチュビヒゲを頭から下ろし、静かに起き上がってアニマの体をそっと持ち上げる。普通ならむりだがアニマの体重は6kgほどだ。スーパーで買う米袋よりちょっと重いみたいなもんなのだ。
ーえ、痛!筋肉痛だ!
気絶したアニマをずっと抱えていたからだろう。腕が筋肉痛になっていた。おまけに肩が痛い。これはタックルのせいだろうかか。気づかなかった。
僕が持ち上げるとメガネが揺れると同時に、アニマの閉じたままの目が軽く反応した様に見えた。よもやお姫様だっこもなれたものであるーーただしこの世界に限るーー。僕は毛皮の絨毯の中央に膝をついてアニマを下ろそうとした。その時、アニマの手が僕の服を弱く掴んだ。
「・・・estas・・・varma ・・・・」
ーおっと、不意に喋られると、なんて言ったのかわからない。”ヴァルマ”さんのことだろうか?
「いい人でしたよね。二人とも。最初は銃を向けられてめちゃくちゃ焦りましたが。」
僕はアニマがまた深い眠りについて、手の力が抜けるのを待った。すこしずつ手が開いている。
「じゃあおやすみなさい。」
ー小声で言ったつもりだったが、アニマの瞼がピクッと動いた。
「少し」
ーん?なんだ?
「もっと 少し 待つ」
よく見ると、アニマの目が開いている。
ー起きてるのか?じゃあなぜ、念話じゃなくてこっちの言葉?寝ぼけているのか?ん?ってか逆か?何でいつも口で喋らず、念話なんだ?もしかして自分の声も嫌いなのか?
「ん、起こしちゃいましたか?あんなに端っこで寝なくても。なんて言うか・・・そんなに自分を卑下しなくていいんですよ。本当に・・・。
ーん・・・こんどちゃんと訊いてみよう。自分のことがどうして嫌いなのか。誰に言われたのか。どうしてそう思うのか。
「とかく、今おろしますからね。」
アニマは何も言わずにじっと、手のひらをぼくの肩に当てている。
「あ、ぼくいびきうるさかったとかですか?それだったら、あっちへ行きますが。」
「・・・」
「えっとなんか言ってくれないと・・・。」
「・・・」
「下ろしますよ?」
ーう、見つめたままだ。なんだよう。すごいドキドキする・・・。
「アニマさん?」
(私が・・・美しい?)
ーあ、これはあれか、昨日の話の続きなのだろうか?まだ反論されるとしたらちょっとつらいなぁ・・・。
「えっと・・・はい。とても美しいです。うーん・・・譲りませんよ?」
(本当に?)
「本当に。」
(そう・・・。)
ーあ、涙だ。
スウと透明な液体が目尻からそのままこめかみを横切るように流れた。僕は呆然としてしまった。こういう時どうすればいいのかなんて全然わからない。涙を拭うべきなのか?だとしたらすぐに彼女を下ろさねばならないし、そもそもどう言う意味で泣いてるのかわからない。
ーどうしようどうしよう。
アニマは突然無理に笑顔を作った。そして地声で笑い声を出した。
「わっはっは・・・。」
控えめで落ち着いていて、そして頼りない声がカンデラの光と窓から入る青白い光の間で、小さく響いた。
「アニマさん?」
(嬉しい時は笑うのでしょう?)
一拍遅れて僕も笑う。
「・・・。そうですね。・・・わっはっは。」
笑い声が止んで部屋が静かになると、僕はアニマをゆっくり下ろした。そしてお互いに再び眠りにつくことにした。さっきまでよりも幾分か近く、お互いに背中合わせになるように横になると、アニマからはすぐに寝息が聞こえた。
僕はそれでも半ば興奮状態で、これまでのことを一人振り返った。
日本でとつぜん出会ったときのアニマの顔、
火災現場での張りつめた糸のようなアニマの顔、
ご飯を食べて喜ぶアニマの顔、アニメを見てはしゃぐアニマの顔、
気絶してピクリとも動かないアニマの顔、
タルパウルサに会って焦った彼女の顔、
夕日の下呆然とする彼女の顔、
そしてなによりさっきの涙を流す顔。
正直、ここ3日間はアニマのことしか見ていない。それなのに、僕はこれまで出会ったどの女性よりも仲良くなれた気がした。お互いに警戒心や先入観なく話せることが大きいのかもしれない。そして何より、僕はアニマの前では正しい選択ができるような気がした。
ーアライテルの元に返しちゃいけない・・・。
僕は振り返って、アニマの薄く光を反射する髪をこっそり手ですくった。
ーこんなこと、俺にもこんな機会があるなんてな。
カンデラの”青い灯り”が照らされた髪は手から落ちると影に溶け込んで消えてしまう。
ーああ、抱きしめたいな・・・。
とかく口惜しい気持ちのまま、僕は再び背中を向けて眠った。
う、突然の乙女・・・。これは・・・美化しすぎか?




