4話 ぼくは関係ない
部屋に入ってきたのは、黒い服を着た、やせた男の人だった。
年は、父さんと同じくらいだろうか。
目の下に、濃いくまがある。
「はじめまして。私は、アルベルト・フォン・ノルデン。第15辺境伯です」
辺境伯は、ぼくに向かって深く頭を下げた。
貴族が、中学生に。
ぼくはどうしていいかわからず、ベッドの横で固まった。
「突然、このような場所へお呼びしたこと、心からおわび申し上げます」
「あ、いえ……」
「レクサゴールドのリーダーは、私の息子でした」
辺境伯の声が、かすかにふるえた。
その黒い服が、喪服なのだと、ぼくはようやく気がついた。
◇ ◇ ◇
辺境伯は、ゆっくりと話した。
コロシアムピックの予選は、30日後に始まる。
参加するのは、16の貴族の代表リンクス。
勝ち進んだリンクスの貴族は、次の12年、国の中で大きな力を持つ。
負けたリンクスの貴族は、名誉を失う。
「ノルデン家は、もともと豊かではありません。レクサゴールドの装備を支えてくれた『グラハム工房』も、今は倒産寸前です」
辺境伯は、ぼくの目をまっすぐに見た。
「それでも、私は息子の枠を空けたくない。あの子が最後まで目指した場所に、誰かに立ってほしいのです」
部屋が、しんと静まりかえった。
ぼくは、床板の木目を見つめた。
胸の奥が、ずしりと重い。
かわいそうだと思う。
助けたいとも、少しだけ思う。
でも。
≪おまえに何ができる≫
≪2年生にも負けたくせに≫
≪優勝候補の代わり? 笑わせるな≫
頭の奥の声が、ぼくの口を勝手に動かした。
「……ぼくは、関係ないです」
辺境伯の顔から、すっと表情が消えた。
「受験もあるし……それに、ぼく、負けてばっかりなんです。剣道だって、後輩に負けたし。戦うなんて、無理です」
言いながら、自分の声がどんどん小さくなっていく。
「ごめんなさい」
ぼくは、部屋を飛び出した。
「蓮くん!」
美咲さんの声が、背中で聞こえた。
ぼくは振り返らなかった。
◇ ◇ ◇
石の廊下を走り、階段を駆け下り、気がつくと町の中にいた。
表通りはにぎやかだった。
エラストマーの屋根が波のようにうねり、色とりどりの旗がはためいている。
広場の大きな画面には、鎧を着た戦士たちの映像が流れていた。
『12年に一度の祭典、コロシアムピック! 開幕まであと30日!』
人々が画面を見上げ、歓声を上げている。
ぼくは逃げるように、細い路地へ入った。
表通りの明るさが嘘のように、路地は暗かった。
湿ったほこりと、古い油のにおいが鼻につく。
壁のエラストマーはひびだらけで、ところどころ黒ずんでいる。
角に、小さな配給所があった。
窓口の前で、やせた女の人が、子どもの手を引いて立っていた。
女の人が差し出したカードには、赤い印が押されている。
窓口の係員は、カードを見ると、首を横に振った。
パンは、渡されなかった。
子どもが、母親の服のすそをぎゅっとつかむ。
母親は何も言わず、子どもの手を引いて、路地の奥へ消えていった。
(……なんで?)
さっき、美咲さんは言っていた。
この国では、誰も飢えない、と。
ぼくは、しばらくその場から動けなかった。
◇ ◇ ◇
路地をいくつも曲がるうちに、町のはずれに出た。
目の前に、山があった。
ただの山じゃない。
鉄くずと、壊れた機械と、エラストマーの破片が積み上がってできた、ガラクタの山だ。
廃棄場だった。
風が吹くたびに、どこかで金属がきしむ音がする。
鼻の奥がつんとする、さびた鉄のにおいがした。
(もう、帰りたい)
ガラクタの山のふもとに座りこみ、膝を抱えた。
そのときだった。
ギュルギュルギュル……ッ!
すぐ近くで、何かが空回りする音がした。
『……誰カ……』
声だった。
機械の、ひび割れた声。
『誰カ、オラヌカ……』
ぼくは立ち上がり、音のするほうへ回りこんだ。
◇ ◇ ◇
ガラクタのすきまに、何かがはさまっていた。
大きさは、人の上半身くらい。
丸みのある胴体は、古い鎧のような装甲に包まれている。
正面に、大きな丸いレンズがひとつ。
下半身は、ふたつの車輪だった。
その車輪が、崩れた鉄板の間にはまりこみ、むなしく空回りをくり返している。
『足場、崩落セリ。脱出、不能……』
ロボットだ。
ぼくはしばらく、それを見ていた。
≪関わるな。面倒なことになる≫
あの声がした。
でも、レンズがぼくのほうを向いた。
オレンジ色の光が、弱々しくまたたく。
『……汝、我ガ声ヲ、聞キシカ』
その光が、さっきの子どもの目に、少しだけ似ている気がした。
「……ちょっと待ってて」
ぼくはガラクタの山に足をかけた。
鉄板は思ったより重い。
指に、ささくれた金属が食いこむ。
「せーのっ……!」
鉄板の端を持ち上げ、ロボットの車輪をまわりこむように押す。
一度目は、だめだった。
二度目も、だめだった。
三度目。
足の位置を変えて、体ごと押しこんだ。
がこん、と音がして、ロボットが勢いよく転がり出た。
ぼくは、しりもちをついた。
◇ ◇ ◇
ロボットは、くるりとその場で一回転すると、ぼくの前でぴたりと止まった。
レンズのオレンジ色が、さっきより明るい。
『姿勢制御、回復。……助ケラレシコト、感謝ス』
「しゃべり方、古くない?」
『我ガ名ハ、〈ネオ〉』
ロボットは、胴体を少しかたむけた。
おじぎ、なのかもしれない。
『恩ハ忘レヌ。……いと、かたじけなし』
「いと?」
いと、って、糸?
ぼくが首をかしげていると、ネオの肩の装甲に、削られかけた紋章があるのに気がついた。
金色の、Lの字のような形。
広場の画面で見た。
レクサゴールドの、紋章だ。
「おまえ……レクサゴールドの?」
ネオのレンズが、一瞬だけ暗くなった。
『……記憶ニ、欠損アリ』
しばらくして、ネオは、切れ切れに言った。
『……爆破ノ夜、我ハ宿舎ニ在ラズ。工房ノ倉庫ニテ、整備ヲ待チテイタリ』
『持チ主ヲ失イシ機械ハ、持チ主ノ秘密ヲ守ルタメ、壊サレル決マリナリ。……ユエニ、翌朝、ココヘ運バレタ。壊サレル順番ヲ、待ツタメニ』
『我ガ残リシコトハ、持チ主ノ家ノ者タチニモ、知ラサレテオラヌ』
「生き残ったのに……こっそり、壊されるところだったのか」
ネオは、答えなかった。
ガラクタの山を、冷たい風が、ひゅうと吹きぬけていった。
◇ ◇ ◇
頭の上で、ブーンという羽音がした。
見上げると、小さな機械が浮かんでいた。
丸いカメラがついている。
『中継ドローン。コロシアムピック出場予定者ヲ、常時撮影スル機械ナリ』
ネオが言った。
「出場予定者? ぼく、出ないって言ったんだけど」
ドローンは、ぼくの顔をじっと映すと、すいっと飛び去っていった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
町の広場の大きな画面に、ぼくの顔が映った。
ガラクタの山のふもとで、膝を抱えている姿。
画面の下に、大きな文字が流れる。
『ノルデン家の代役、逃げ出す!?』
画面のすみに、見ている人たちのコメントが次々と流れていく。
『だっさ』
『代役これ?』
『レクサゴールドがかわいそう』
『はい最下位決定』
広場の人たちが、画面を見て笑っていた。
ぼくは、フードを深くかぶった。
ネオが、隣で静かに言った。
『汝ハ、逃ゲタノカ』
答えられなかった。
逃げた。
たしかに、逃げた。
でも、それを認めたら、もう二度と前に進めない気がした。
しばらくして、ネオが言った。
『我ガ記憶ノ底ニ、ヒトツダケ、場所アリ』
レンズが、遠くの山をさした。
夕日に染まった、深い山。
『山ノ、隠レ里。……行クベシ、ト、我ガ内ナル声ガ言フ』




