↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレッド・コロシアム ――”敗者のいない世界の罠” 今日、ぼくはAIと生まれ変わる  作者: Hamin
第1章 ノクターン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/15

4話 ぼくは関係ない

部屋に入ってきたのは、黒い服を着た、やせた男の人だった。

年は、父さんと同じくらいだろうか。

目の下に、濃《こ》いくまがある。

「はじめまして。私は、アルベルト・フォン・ノルデン。第15辺境伯《へんきょうはく》です」

辺境伯は、ぼくに向かって深く頭を下げた。

貴族が、中学生に。

ぼくはどうしていいかわからず、ベッドの横で固まった。

「突然、このような場所へお呼びしたこと、心からおわび申し上げます」

「あ、いえ……」

「レクサゴールドのリーダーは、私の息子でした」

辺境伯の声が、かすかにふるえた。

その黒い服が、喪服《もふく》なのだと、ぼくはようやく気がついた。


◇ ◇ ◇


辺境伯は、ゆっくりと話した。

コロシアムピックの予選は、30日後に始まる。

参加するのは、16の貴族の代表リンクス。

勝ち進んだリンクスの貴族は、次の12年、国の中で大きな力を持つ。

負けたリンクスの貴族は、名誉を失う。

「ノルデン家は、もともと豊かではありません。レクサゴールドの装備を支えてくれた『グラハム工房』も、今は倒産寸前です」

辺境伯は、ぼくの目をまっすぐに見た。

「それでも、私は息子の枠を空けたくない。あの子が最後まで目指した場所に、誰かに立ってほしいのです」

部屋が、しんと静まりかえった。

ぼくは、床板の木目を見つめた。

胸の奥が、ずしりと重い。

かわいそうだと思う。

助けたいとも、少しだけ思う。

でも。

≪おまえに何ができる≫

≪2年生にも負けたくせに≫

≪優勝候補の代わり? 笑わせるな≫

頭の奥の声が、ぼくの口を勝手に動かした。

「……ぼくは、関係ないです」

辺境伯の顔から、すっと表情が消えた。

「受験もあるし……それに、ぼく、負けてばっかりなんです。剣道だって、後輩に負けたし。戦うなんて、無理です」

言いながら、自分の声がどんどん小さくなっていく。

「ごめんなさい」

ぼくは、部屋を飛び出した。

「蓮くん!」

美咲《みさき》さんの声が、背中で聞こえた。

ぼくは振り返らなかった。


◇ ◇ ◇


石の廊下を走り、階段を駆け下り、気がつくと町の中にいた。

表通りはにぎやかだった。

エラストマーの屋根が波のようにうねり、色とりどりの旗がはためいている。

広場の大きな画面には、鎧《よろい》を着た戦士たちの映像が流れていた。

『12年に一度の祭典、コロシアムピック! 開幕まであと30日!』

人々が画面を見上げ、歓声を上げている。

ぼくは逃げるように、細い路地へ入った。

表通りの明るさが嘘のように、路地は暗かった。

湿ったほこりと、古い油のにおいが鼻につく。

壁のエラストマーはひびだらけで、ところどころ黒ずんでいる。

角に、小さな配給所があった。

窓口の前で、やせた女の人が、子どもの手を引いて立っていた。

女の人が差し出したカードには、赤い印が押されている。

窓口の係員は、カードを見ると、首を横に振った。

パンは、渡されなかった。

子どもが、母親の服のすそをぎゅっとつかむ。

母親は何も言わず、子どもの手を引いて、路地の奥へ消えていった。

(……なんで?)

さっき、美咲さんは言っていた。

この国では、誰も飢えない、と。

ぼくは、しばらくその場から動けなかった。


◇ ◇ ◇


路地をいくつも曲がるうちに、町のはずれに出た。

目の前に、山があった。

ただの山じゃない。

鉄くずと、壊れた機械と、エラストマーの破片が積み上がってできた、ガラクタの山だ。

廃棄場だった。

風が吹くたびに、どこかで金属がきしむ音がする。

鼻の奥がつんとする、さびた鉄のにおいがした。

(もう、帰りたい)

ガラクタの山のふもとに座りこみ、膝《ひざ》を抱えた。

そのときだった。

ギュルギュルギュル……ッ!

すぐ近くで、何かが空回りする音がした。

『……誰カ……』

声だった。

機械の、ひび割れた声。

『誰カ、オラヌカ……』

ぼくは立ち上がり、音のするほうへ回りこんだ。


◇ ◇ ◇


ガラクタのすきまに、何かがはさまっていた。

大きさは、人の上半身くらい。

丸みのある胴体は、古い鎧のような装甲に包まれている。

正面に、大きな丸いレンズがひとつ。

下半身は、ふたつの車輪だった。

その車輪が、崩れた鉄板の間にはまりこみ、むなしく空回りをくり返している。

『足場、崩落セリ。脱出、不能……』

ロボットだ。

ぼくはしばらく、それを見ていた。

≪関わるな。面倒なことになる≫

あの声がした。

でも、レンズがぼくのほうを向いた。

オレンジ色の光が、弱々しくまたたく。

『……汝、我ガ声ヲ、聞キシカ』

その光が、さっきの子どもの目に、少しだけ似ている気がした。

「……ちょっと待ってて」

ぼくはガラクタの山に足をかけた。

鉄板は思ったより重い。

指に、ささくれた金属が食いこむ。

「せーのっ……!」

鉄板の端を持ち上げ、ロボットの車輪をまわりこむように押す。

一度目は、だめだった。

二度目も、だめだった。

三度目。

足の位置を変えて、体ごと押しこんだ。

がこん、と音がして、ロボットが勢いよく転がり出た。

ぼくは、しりもちをついた。


◇ ◇ ◇


ロボットは、くるりとその場で一回転すると、ぼくの前でぴたりと止まった。

レンズのオレンジ色が、さっきより明るい。

『姿勢制御、回復。……助ケラレシコト、感謝ス』

「しゃべり方、古くない?」

『我ガ名ハ、〈ネオ〉』

ロボットは、胴体を少しかたむけた。

おじぎ、なのかもしれない。

『恩ハ忘レヌ。……いと、かたじけなし』

「いと?」

いと、って、糸?

ぼくが首をかしげていると、ネオの肩の装甲に、削られかけた紋章《もんしょう》があるのに気がついた。

金色の、Lの字のような形。

広場の画面で見た。

レクサゴールドの、紋章だ。

「おまえ……レクサゴールドの?」

ネオのレンズが、一瞬《いっしゅん》だけ暗くなった。

『……記憶ニ、欠損アリ』

しばらくして、ネオは、切れ切れに言った。

『……爆破ノ夜、我ハ宿舎ニ在ラズ。工房ノ倉庫ニテ、整備ヲ待チテイタリ』

『持チ主ヲ失イシ機械ハ、持チ主ノ秘密ヲ守ルタメ、壊サレル決マリナリ。……ユエニ、翌朝、ココヘ運バレタ。壊サレル順番ヲ、待ツタメニ』

『我ガ残リシコトハ、持チ主ノ家ノ者タチニモ、知ラサレテオラヌ』

「生き残ったのに……こっそり、壊されるところだったのか」

ネオは、答えなかった。

ガラクタの山を、冷たい風が、ひゅうと吹きぬけていった。


◇ ◇ ◇


頭の上で、ブーンという羽音がした。

見上げると、小さな機械が浮《う》かんでいた。

丸いカメラがついている。

『中継ドローン。コロシアムピック出場予定者ヲ、常時撮影スル機械ナリ』

ネオが言った。

「出場予定者? ぼく、出ないって言ったんだけど」

ドローンは、ぼくの顔をじっと映すと、すいっと飛び去っていった。


◇ ◇ ◇


その日の夕方。

町の広場の大きな画面に、ぼくの顔が映った。

ガラクタの山のふもとで、膝を抱えている姿。

画面の下に、大きな文字が流れる。

『ノルデン家の代役、逃げ出す!?』

画面のすみに、見ている人たちのコメントが次々と流れていく。

『だっさ』

『代役これ?』

『レクサゴールドがかわいそう』

『はい最下位決定』

広場の人たちが、画面を見て笑っていた。

ぼくは、フードを深くかぶった。

ネオが、隣で静かに言った。

『汝ハ、逃ゲタノカ』

答えられなかった。

逃げた。

たしかに、逃げた。

でも、それを認めたら、もう二度と前に進めない気がした。

しばらくして、ネオが言った。

『我ガ記憶ノ底ニ、ヒトツダケ、場所アリ』

レンズが、遠くの山をさした。

夕日に染まった、深い山。

『山ノ、隠レ里。……行クベシ、ト、我ガ内ナル声ガ言フ』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。