13話 号砲と二つの道
第二首都の広場は、人でうめつくされていた。
谷を出たぼくたちは、ゆうべのうちに、運営の大きな輸送車にアーマーごと積みこまれて、ここへ運ばれてきた。ほかの15リンクスも、それぞれの練習場から、同じように集められている。
屋台から、肉を焼く煙と、甘い揚げ菓子のにおいが流れてくる。
太鼓の音。歓声。
巨大な画面に、出場16リンクスが次々と映し出されていく。
『1番人気、黄金の竜! 最新装備をまとった、豪商の誇り!』
金色の鎧が、朝の光をはね返す。
『2番人気、紅蓮の六文銭! 異世界から来た、謎の忍びの一団!』
赤い外套をなびかせた少年が、画面の中で静かに目を閉じていた。
年は、ぼくとあまり変わらないように見える。
なのに、立っているだけで、まわりの空気がぴんと張りつめている。
(あいつ……だれ?)
『……そして、16番人気。イグニシアの芽!』
画面に、泥だらけで転ぶぼくの姿が映った。
広場が、どっと笑いに包まれた。
鎧の中で、顔が熱くなる。
でも、その笑い声の中に、ほんの少しだけ、ちがう声がまじっていた。
「がんばれー!」
小さな男の子の声だった。
◇ ◇ ◇
「ルールを、もう一度」
スタートラインに並びながら、美咲さんが言った。
第二首都から、首都のコロシアムまで、100キロ。
制限時間は、3日。
アーマーの予備の電池は、持ちこめない。ただし、リンクスについて走る整備用のロボットだけは、追加の電池を積んでいい。ぼくたちの場合は、ネオだ。
途中での戦闘は自由。ただし、アーマーが「死亡認定」を受けると、そのアーマーのパワー流体電池は、その場で完全に放電される。もう、一歩も動けない。
各リンクスは、アーマー2体で出場する。リンクスの順位は、2体のうち、先にゴールした1体で決まる。
ゴールした順に、上位12リンクスが次へ進む。
「下の4リンクスは?」
「脱落。選別対象になる」
「選別対象って?」
美咲さんは、少しだけ間をあけてから、短く答えた。
「……負けなければ、知らなくていいこと」
美咲さんの声は、乾いていた。
スタートラインには、16リンクスのアーマーがずらりと並んでいた。
中央には、黄金の竜。
アーマーの装甲から、みがきたての油のにおいがする。
ぼくたちは、いちばん端。となりのリンクスのひとりが、ぼくの中古のアーマーを見下ろして、鼻で笑った。
「レクサゴールドのお古か。墓場から掘り出してきたのか?」
ぼくは、何も言い返さなかった。
言い返す言葉が、見つからなかった。
左のほうには、黒い鉄色の鎧のリンクスが並んでいた。
二体のうち、一体だけが、ほかより頭ふたつぶん大きな影だった。
扉のように大きな盾を、地面について立っていた。背中には、ぼくの背丈ほどもある大剣の柄が、肩の上にのぞいている。
その影は、まわりのリンクスを見ていなかった。
ずっと、観客席のほうを見ていた。
誰かを、さがしているみたいに。
……いや、ちがう。
見ていたのは、観客席の上に浮かんでいる、中継ドローンのカメラだった。
大きな影は、盾を持っていないほうの手を、カメラに向かって、ほんの少しだけ上げた。
(画面の向こうの、誰かに……?)
ドン!
号砲が鳴った。
火薬のにおいが、鼻をつんと刺した。
16リンクスの鎧が、いっせいに地面を蹴る。
大地が、ゆれた。
◇ ◇ ◇
最初の分かれ道は、20キロ地点にあった。
右は、谷ぞいの街道。ゆるやかだけど、遠回り。
左は、尾根づたいの近道。けわしいけれど、15キロも短い。
「左だ!」
ぼくは叫んだ。
「近道なら、一気に追いつける!」
「右」
美咲さんは、迷わずに言った。
「なんでですか! ぼくら最下位ですよ、勝負しないと――」
「リーダーは、わたし」
ぴしゃりと言われて、ぼくは口をつぐんだ。
くやしかった。
左の尾根道へ、黄金の竜と、獅子の牙が駆けのぼっていくのが見えた。
右の街道は、のどかだった。
畑のあいだを、ゆるやかな道がくねくねと続いている。
牛のような動物が、柵の向こうで、のんびり草をかんでいた。
(こんなところで、のんびりしてる場合じゃないのに)
ぼくは、わざと大きな足音を立てて歩いた。
ネオが、ぼそりと言った。
『レン。足音ニ、不満ノ成分、多シ』
「うるさい」
『……いと、子ドモッポシ』
「うるさいって」
美咲さんは、前を向いたまま、何も言わなかった。
◇ ◇ ◇
昼すぎ、谷川のほとりで休憩をとった。
水の音が、さらさらと耳に涼しい。
でも、ぼくの気分は、ちっとも涼しくなかった。
美咲さんは、川原の平たい石の上に、小石で何かを書きはじめた。
「レン。わたしたちのアーマーの、パワー流体電池の残りは?」
ぼくは、鎧の腕の表示を見た。
「120、って出てます」
「平地を1キロ歩くと、いくつ減る?」
「えっと……1です」
「山道は?」
「2。のぼりがきついから」
美咲さんは、うなずいた。
「ゴールまで、残りは80キロ。……じゃあ、問題」
え、今?
「電池をちょうど使い切ってゴールするとしたら、平地と山道を、それぞれ何キロずつ歩ける?」
ぼくは、反射的にネオを見た。
ネオのレンズが光りかける。
でも、美咲さんが手で止めた。
「ネオに聞く前に、式をつくって」
式を、つくる。
谷のたき火の前で言われた言葉が、頭の中で、かちりと鳴った。
平地を x キロ、山道を y キロとすると……。
そのとき、ふと、学校の黒板が浮かんだ。
古川先生の、ぼくが超苦手だった数学の時間。
『1個80円のりんごと、1個120円のなしを、あわせて10個買ったら、代金は1000円でした』
ぼくは、自信満々で、x+y=1000と書いた。
先生の赤ペンが、そこに大きくバツをつけた。
『服部。個数と、お金を、まぜるな』
個数の式は、x+y=10。お金の式は、80x+120y=1000。
あの日、ぼくは、何がちがうのかもわからずに、赤いバツを見ていただけだった。
(……キロと、電池。まぜちゃ、だめなんだ)
歩く道のりは、全部で80キロ。
『x+y=80』
電池は、平地で1ずつ、山道で2ずつ減って、全部で120。
『x+2y=120』
ぼくは、小石で石の上に書いた。
下の式から、上の式を引く。
y=40。
x=40。
「……山道は、40キロまで」
「左の尾根道は?」
ぼくは、地図を見た。
左の近道は、ゴールまでほとんどが山道だった。
65キロ。
40キロを、25キロも超えている。
近道を行けば、ゴールのずっと手前で、電池が切れる。
「でも、黄金の竜は近道に行きましたよ」
「あそこのアーマーは新品。電池の大きさが、わたしたちの倍以上ある。向こうも、ちゃんと計算して選んでる」
「じゃあ、獅子の牙は?」
美咲さんは、小さく肩をすくめた。
「……計算したかどうかは、わからない」
右の街道なら、最後の山道は30キロ。
ちゃんと、間に合う。
美咲さんは、小石を川に放った。
ぽちゃん、と水の音がした。
「谷で渡した紙の答え。『この式は、何を表している?』」
ぼくは、石の上の自分の字を見つめた。
x+y=10は、ただの数字だった。
でも、x+2y=120は、ちがう。
これは、ぼくたちの電池だ。ぼくたちの足だ。ぼくたちの、ゴールまでの道だ。
「……ネオ」
『何ゾ』
「今の、合ってる?」
『合ッテイル。……汝ガ式ヲ作リシユエ、我ハ確カメルノミ』
ぼくは、美咲さんの横顔を見た。
何も言わない。
でも、口元が、ほんの少しだけゆるんでいた。




