↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレッド・コロシアム ――”敗者のいない世界の罠” 今日、ぼくはAIと生まれ変わる  作者: Hamin
第2章 王家の谷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/15

10話 氷の中の少女

足首のはれがひいたのは、5日後だった。

その間、ぼくはアーマーを着ずに、ゆっくり動くことだけを続けた。

ふしぎなことに、痛い足首をかばってゆっくり動くと、いらない力が、少しだけわかるようになった。

(痛いところをかばうと、ほかの場所に力が入る)

(じゃあ、痛くなくても、同じことをしてるのかも)

口には出さなかった。

でも、ノートには書いた。


◇ ◇ ◇


その日、ぼくたちは谷の北側へ向かった。

北の谷は、南とはまるでちがう世界だった。

雪山から吹きおろす風が、鎧《よろい》のすきまから入りこんでくる。

吐く息が、白く凍《こお》る。

足もとの霜《しも》が、ざくざくと音を立てる。

「北の岩場は、昔、罪人を閉じこめる場所だったらしい」

美咲《みさき》さんが言った。

「なんでそんなところに」

「熱い場所ばかり歩いていたら、寒さに弱いアーマーになる。両方、知っておかないと」


岩場の角を曲がったときだった。

ネオが、急に止まった。

『生体反応、アリ』

「え?」

ネオのレンズが、岩の割れ目を照らす。

そこに、氷の柱があった。

人の背丈ほどの、青白い氷。

その中に――

少女が、いた。


◇ ◇ ◇


ぼくと同じくらいの年に見えた。

短い金色の髪。

ぼろぼろの革の服。

背中には、折れた弓と矢。

目を閉じて、膝《ひざ》を抱えたまま、氷の中に閉じこめられている。


氷の前に、木の札が立てられていた。

見たことのない文字。

『翻訳ス。……罪人・スパイ。動カスナ』

ぼくは、息をのんだ。

氷の表面に、手を当てる。

冷たさが、鎧ごしにも伝わってきた。

少女の腕が見える。

袖のすきまからのぞく肌が、赤くひび割れていた。

かきこわしたような、細い傷あと。

唇《くちびる》は、紫《むらさき》色だった。


『生体反応、微弱。体温、低下中。……長クハ、持タヌ』

≪関わるな≫

ジャッジの声が、すぐに来た。

≪スパイだぞ≫

≪動かすなって書いてある≫

≪助けたら、おまえまで罪人だ≫

≪おまえには、関係ない≫

関係ない。

辺境伯《へんきょうはく》の前で、ぼくが言ったのと、同じ言葉だ。


ぼくは、美咲さんを見た。

美咲さんは、黙ってぼくを見ていた。

止めもしない。うながしもしない。

(ぼくが、決めるのか)

頭の中に、いくつもの顔が浮《う》かんだ。

ガラクタの山で空回りしていた、ネオのレンズ。

配給所で、パンをもらえなかった子ども。

ぼくは、氷に手を当てたまま言った。

「……出そう」

声が、少しふるえた。

でも、取り消さなかった。


◇ ◇ ◇


氷は、かたかった。

鎧の拳《こぶし》で殴ると、表面に小さなひびが入るだけで、手首がじんとしびれた。

「力を、一か所に集めすぎ」

美咲さんが言った。

「どうすれば」

美咲さんは、答えなかった。


ぼくは、古武術の時間を思い出した。

足すんじゃなくて、引く。

拳を、引いた。

今度は、手のひらを氷に当てる。

足の裏から、膝、腰、背中、肩、腕へと、ゆっくり重さを流していく。

ネオが、その流れに合わせて、鎧の腕を押した。

ぴしっ。

ぴしぴしっ。

ひびが、氷の中を蜘蛛《くも》の巣のように広がっていく。

がらがらと、氷がくずれた。

少女の体が、前に倒れてくる。

ぼくは、とっさに鎧の腕で受け止めた。

軽かった。

びっくりするくらい、軽かった。


◇ ◇ ◇


辺境伯の病院は、谷の入口から馬車で半日の町にあった。

美咲さんは、リンクスの少ない予算から、いちばん高い回復薬を買った。

「いいんですか。お金……」

「助けると決めたのは、あなた。お金を出すと決めたのは、わたし」

病院へ向かう馬車の中で、少女はずっと眠っていた。

がたごとと、車輪が石を踏む音。


毛布にくるまれた少女の腕を、美咲さんがそっと出した。

ひじの内側や手首が、赤くかさかさにひび割れている。

美咲さんは、腰の袋から小さな容器を取りだして、白いクリームを指にとった。

ひび割れたところに、うすく、ていねいにのばしていく。

ほのかに、草のようなにおいがした。


「暖かい土地で育った、肌が弱い子なんだと思う。寒さと乾燥で、すぐにこうなる」

「そんな子が、なんで、あんな寒い場所に……」

美咲さんは、答えなかった。

少女の眉《まゆ》が、眠ったまま、ほんの少しだけゆるんだ気がした。

消毒薬のにおいがする白い部屋で、少女は一度だけ目を開けた。

青い目だった。


ぼくを見るなり、少女は叫《さけ》んだ。

「Don't touch me!(さわらないで!)」

ネオが、二秒遅れて訳す。

『……サワルナ、ト言ッテイル』

「わかってるよ、今のは」

少女は、毛布を体に巻きつけて、ベッドのすみへ下がった。


ぼくは、ゆっくりと言った。

「ぼくは、レン。きみは?」

ネオが訳す。

二秒。三秒。

少女は、ネオとぼくを見比べた。

それから、小さく言った。

「……Vesca.」

「ヴェスカ」

くり返すと、ヴェスカはぷいと顔をそむけた。


しばらくして、窓のほうを向いたまま、ぼそりと言った。

「Why did you help me?(どうして、助けたの?)」

ネオが訳す前に、ぼくはなんとなく意味がわかった気がした。

でも、答えられなかった。

自分でも、よくわからなかったから。

ネオが訳し終わるころには、ヴェスカはもう目を閉じていた。


◇ ◇ ◇


翌朝。

病室のベッドは、空っぽだった。

窓が、開いている。

冷たい風が、白いカーテンを揺《ゆ》らしていた。

枕の上に、一本のきれいな羽根が置いてあった。

灰色の、矢羽根。

ぼくは、それを拾い上げた。

指先が、まだかすかに冷たかった。

(礼も言わずに、行っちゃった)

でも、なぜか、腹は立たなかった。

ぼくは矢羽根を、ノートのページのあいだにはさんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。