第38話 言語データハンティング
それから小一時間後――
「本当に一人で行くのか、ユーリ? 私も一緒に……」
竜人達が守る森を臨む村外れ。
ユーリはレティーナに見送られて出発しようとしていた。
その傍らにはフライトボードに変形したアークがユーリが乗り込むのを待っている。
「いえ! レティーナさんに万一何かがあっては大変ですし、僕一人が狙われた方が結果的には早く済んでむしろ安全かと思います!」
MS-1のアナログな社会において、集団のトップの求心力というのは大きい。
元々住んでいた土地を追われ、このガルドラス島を開拓しなければならないという村の人々には、レティーナの存在は不可欠だろう。
だからなるべく危険な事は避けて貰った方がいい。
レティーナがかなり腕の立つ魔法剣士であっても、だ。
それに一人のほうが都合がいいというのも間違いでは無い。
「済まない……ユーリにばかり危険な事を押しつけてしまって」
レティーナが申し訳なさそうに目を伏せる。
「いえ! いずれにせよやってみたかった事でもありますから、丁度いい機会ですよ」
これからユーリは森に入って奥にある泉を目指す。
前はあそこに近付くと襲われたので、今回もそうなる想定だ。
そしてそのまま竜人達の攻撃を躱しつつ、データを集める。
何のデータかというと、彼等の言語のデータだ。
『MS-1人語翻訳プログラム』をアップデートして竜人達の言語に対応し、彼等との意思疎通を図れるようにするためだ。
そしてこちらの事情を説明し、泉から水を汲む事を許可して貰えるように対話をする。
それが突入の目的だ。
本来はこの場にいないはずの異端であるアークの浄水化機能や、アルカ一人の魔法に頼るのでは今のように何かあった場合の影響が大きすぎる。
やはり自然の環境の中から飲み水が得られる状況にするのが一番だ。
それが出来てこそ、このガルドラス島に定住出来たという事になるだろう。
「竜人の皆さんにどんな事情があるのかとか、どんな暮らしをしているのかとか、知りたい事は山程あります! 凄く楽しみですよ」
言語データを早く収集するためには、ユーリの元に竜人達が集中した方が都合がいいため、単騎突入のほうが望ましいのだ。
森に住む竜人達とコミュニケーションを取るのは、何もなくてもいずれ試みていたであろう事だ。それが今だと言うだけである。
「ふふっ……ユーリはどんな時でも前向きで、見ていて癒やされるなあ」
ニコニコするユーリの様子を見て、レティーナはくすくすと微笑んでいる。
「戦って傷つけ合う事が目的じゃありませんからね。悲観する理由はありません。じゃあ行ってきますね、レティーナさん」
ユーリがレティーナに背を向けようとすると、その背中にレティーナが駆け寄り後ろからぎゅっと抱き締められた。
「レティーナさん……? どうしましたか?」
「……心配なんだ。ユーリに敵意はなくとも危険がないわけではない。決して無理はしないように――危なくなったら引き返すんだぞ?」
「ええ、じゃあ行ってきますね」
ほのかに甘い香りと、暖かい温もりと、背中に何だか柔らかい感触。
それを間近に感じるのは、決して不快では無いのだが――
「……あの~。離して貰えないと行けないんですが」
レティーナはユーリをぎゅうぎゅう抱き締めたまま離してくれないのだ。
「心配だからな。心配なんだ。決して私が楽しんでいるわけでは無いぞ、信じてくれ。何なら正面からも心配させて貰ってもいいか?」
「いやあの、分かりましたので……と、とにかくあまりのんびりしているわけにも――」
暫くレティーナと揉み合った後、ユーリはアークのフライトボードに乗り込む。
「さぁ、行こうアーク!」
「了解」
レティーナに見送られつつ、フライトボードは森の上空へと飛び立って行く。
「目立ちやすいように、高度は中空位置でね!」
時刻も丁度真昼。空も雲一つない晴天であえて目立つにはこれ以上のない条件だ。
フライトボードが泉の近くに差し掛かる頃には、既に反応した竜人達が何人か姿を見せ始めていた。
胸鎧を身につけ槍を背負い弓矢を携え、武装を固めた姿だ。
「来たね……! アーク! 向こうに近付いて!」
言語データを収集するには、声の届く範囲内にいなければならない。
これまでは逃げていたが今回は別。こちらから突撃だ。
「警告! 前方より弓矢による射撃攻撃が飛来!」
「大丈夫! 軌道は見えてるよ! そのまま!」
ユーリは竜人達が放った弓矢に対し、高周波ブレードの幅広の刃を盾代わりに翳す。
大部分は眼下の森に落ちていくが、いくつかはブレードの刃に当たって硬い乾いた音を立てる。
あえて真っ直ぐ飛んでいるし全速力でもないが、それでも高速で飛行するこちらに当ててくるのは見事な腕だ。
ギャギャギャギャッ!
声がユーリの耳にも直接聞こえる範囲に接近した。
これは敵意を持って警戒する声だろうか。
「こんにちは! 竜人の皆さん! こちらに敵意はありません! 言語データの収集をさせて頂きますね! よろしくお願いします!」
高周波ブレードを収め、両手を広げてにっこり笑顔。
ギャギャア……?
戸惑ったような、訝しむような声だろうか。
しかしそれも一瞬。近付いてくるユーリに向け、竜人達は接近戦用の槍に持ち替え迎撃の姿勢に移る。
「このまま皆さんを突っ切って、泉の上に!」
ユーリは少し身を屈めて体のバネを溜めつつ指示を出す。
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