閑話三 追憶は過去
「ラクス。ケーキ食べるか? っつっても昨日の残りだけど」
「うん……食べる」
「ん、口開けろ。あーん」
「……あーん」
昨日からやけにパパが優しい。
ラクスは最近どうにもよく回らない頭でそう感じていた。
「美味いか?」
「うん……おいし」
「そうか」
……。
ケーキを口いっぱいに溜め込み幸せそうに笑うラクスを見て頬を緩めるパパ。
どうかしたのだろうか、そう疑問に思えどケーキの甘さに意識が引っ張られ、うまく言葉にして訊けない。
「ラクス。お前は……良い子だった。子供が産めなかったと知って俺がお前を見放した後も、俺の魔法と魔術の研究に付き合ってくれて……ありがとう。ラクスがいなかったらもう数十年分は無駄に時間が掛かっていたかもしれない」
「うん?」
「悪い父親で、ごめんな。ラクス」
「ううん。パパは、良いパパ」
「……そっか」
「うん。ごちそうさま」
食べ終わったケーキの皿をテーブルに置こうとし、力が抜けて床に落とす。
床は特異な種類のスライムカーペットなので皿は割れずに受け止められる。
「あ、あれ……?」
「ラクス。お前は昨日で何歳になった?」
「えっと……あれ、なんさいなのかな?」
「25だよ」
「そ、か。25だったね」
「お前はよく長生きした方だよ、ラクス。俺の娘で、魔法学の最初の弟子」
「う、ん?」
いったいどうしたのか。
ラクスは自分のことよりもパパの泣きそうな表情の方が重要だった。
そんな悲しそうな顔は、しないでほしい。
「どうか、したの?」
「ラクス……お別れだ」
「……うん。わかってた」
品種改良によって生み出されたミノエルフ種ことミルフ種の寿命は約20年。
子供を産むと更に短くなり、10年ほどで死ぬ個体もいた。
そもそも、この世界、この時代だと純血エルフ種ですら100年も生きることができないのだ。人族に至っては4,50年で死期を迎える。
「また、会えるよね?」
「あぁ、またいつか。ラクスが生まれた時に、この世界のどこにいたって逢いに行ってやるよ。俺はそう簡単には死なないからな」
「わたしは……また、パパの子に……生まれたいな」
「子作りは得意だ、って自慢することじゃないけど……任せろ。まだまだ魔導への道は遠いんだから、早く来てまた俺を手伝ってくれよ?」
「う、ん……」
眠くなってきた。
ラクスの瞼が閉じられ、浅い呼吸だけが部屋に響く。
「おやすみ、ラクス。俺の、愛娘であり愛弟子……」
「ぉや、すみ……ぱ。ぱ……」
……。
少女の呼吸が止まり、心音も途絶える。
後に残るのは、パパと呼ばれた少年の存在感だけ。
「はぁ……何度繰り返しても、悲しめるってのは良いことなのか、それともなにも感じない方が良いのか。わっかんねぇよな……こればっかりはさ」
「……お兄様」
どこからともなく現れる堕天使の少女。
少年の傍らに降り立ち、亡骸に目を向ける。
「エル、後はよろしくな」
「はい。再利用はお任せ下さい」
「……悪いな。俺ができないことを押し付けて」
「いいえ。お兄様がやらないことを進んでやることが私の役割ですから、お気になさらず。お兄様が目標を打ち立て、命令していただければ、私たちはそれを全身全霊で達成してみせます。それが、どんなことであろうと」
「……うん。わかってる。俺がそうしたからな」
「お兄様……」
「ちょっと外出てくるわ」
「いってらしゃいませ」
少年が虚空を見つめたと思えば次の瞬間にはその姿は消えていた。
堕天使である少女はそれを見送った後、亡骸を抱いて部屋を出る。
「その優しさが、いつかあなたを壊してしまうのではないか、私はそれが怖いのですよ……お兄様」
聞こえないとわかっていて、そう呟く。
だが、この世界を変えるためにはその程度で止まるわけにはいかない。それもわかっている。
そしてその先に待ち受けている戦いが終わらない限り、休むことは許されない。彼の上に就く邪神と善神の戦争はまだまだ続いている。これからは、自分たちの戦争が始まるのだ。
そう、わかってはいても、
「心配なのは、どうすることもできないのですね」
だから。無限の未来を持つ彼女を待つのかもしれない。
それまでは、生きていけるから。
「次も良い生を、ラクス。私たちみんなの娘」
神暦269年。
少女は死んだ。
そしてまた、新しい人生を迎え――
――時は流れに流れて聖暦329年。
(……)
(ベル様、どうかしましたか?)
(……なにが?)
(いえ、なんか複雑な感情が伝わってきたんで。夢見はいかがでした?)
(懐かしい夢を見たわ……昔の、ずっと昔の夢よ)
(へぇ、なんだか嬉しそうですね。……でも、悲しそうでもあります)
(……そう)
(今日はベル様が表に出ますか? 俺とサードは別に休んでたって構いませんけど。あ、それともなにか欲しい物とかやりたいこととかあります?)
(そう、ね……ケーキが食べたいわ。とても甘いのが)
(ケーキですか。了解です。暴食のベル様に捧げるに相応しいケーキを見つけ出してみせましょう! サード、スーラ! おらに力を分けてくれー!)
(分担作業でいいですね。スーラはそっちをお願いします)
(『あいあいさー』)
(……おい。俺を無視するなよ)
(ウィキさんはあっちのエリアを任せます。ほらちゃっちゃと働いてくださいよ)
(くっ……なんでこうも弱くなったんだ俺……)
(――まったく。いつまで待たせてくれるのかしらね、パパ……)
訪れる再開は、まだしばらく先のことである……。
3人称ってなんだろう……。
もう何話か小話を出したら1章開始します。
……たぶん、きっと。




