第四話 ノアとアル
#第四話 ノアとアル
親愛なるノア
とても、とても感謝している。
ノアが教えてくれなかったら、俺はガルニエ子爵を勘違いしたまま憎む事になっていた。
けれどノアが教えてくれたおかげでガルニエ子爵も苦しさを抱えて生きている事が分かった。
出掛けた先で屋敷には入れてもらえなかったけれど、屋敷から出て来た子爵が『足元を見やがって』と悔しそうに言うのを聞いたんだ。
それでも領民を生かす為に頭を下げているさまが思い浮かんで、勘違いで恨む事はなくなったよ。
それから、子爵家の課題だけど、市場を開拓するのに夜会を利用した。夜会なら色んな人がいて、ガルニエのフレッシュチーズを振る舞う事が出来るしね。
ここはまだ俺の力では何とも出来ないから、エミリー姉さまとルースさまを頼った。
そしたら何と、アルドワーズ伯爵の夜会でフレッシュチーズを使う事を許されて、凄くたくさんの人に認知してもらう事が出来たんだ。
おかげでチーズを買ってくれるお客様が増えたよ!
今まで頭を下げるのに忙しかった子爵は今度はチーズを用意するのに忙しくて困ってるよ。
もちろんこのままではそのうちお客さんの近場で作ったフレッシュチーズに負けてしまうだろうから、どうにか資金を貯めて熟成チーズへの転換を図りたい。
ああ、本当にありがとう。ガルニエ子爵も俺も、ノアに救われたんだ。ノアに何かお返しがしたい
アル
親愛なるアル
僕は初めて君に手紙を出す前、何者でもない自分に焦りと苛立ちを感じていた。
もがいていると言った方が正確かもしれない。
日々呼吸をする為に生きているような感覚。植物でさえ太陽を求めて必死に茎を伸ばし、光を受ける為に葉を広げるのに、僕は生きる目的すら無かった。
でも、君の事を聞いて、苦しみもがいているのは自分だけでないと気付いた。それでつい僕が気付いた僅かな事でも君の役に立つならと手紙を書いた。
君は僕が示したきっかけを大事に考えてくれ、そして道を切り拓いて進んでくれた。
僕にとっては君の役に立つ事こそが生きる目的なんだよ。だから、どんどん困って、どんどん手紙を欲しい。
僕も君と一緒に悩むから。
ノア
ガルニエ子爵の課題を見つけ、エミリーに報告した事でガルニエ子爵での修行は終わり、次はクロード子爵の元へ修行に出る事になった。
クロード家では三人の子息と剣の修行をした。
乱取りのはずなのに、いつも三人の呼吸はピタリと合うので音を上げるはいつも俺なのが悔しかった。
ガルニエ子爵はアルヴィスがクロード家にいる事を知ると、マノンを遊びにやった。クロード家のうちの誰かを婿養子に、そんな気持ちが現れているようだった。
ところが息子三人しかいないクロード家では夫人が大喜びで迎え入れ、まるで我が娘のように可愛がるのでおかしかった。
ガルニエ子爵の立場に立って尽力した事で全てがうまくいっているように思えた。
クロード家の悩みについても特産品に関する事だろうと当たりを付け、ノールに宛てて手紙を送った。
親愛なるノア
クロード家は三人兄弟で剣の稽古を一緒にさせてもらっている。
元々剣の修行は好きなので楽しいのだが、三兄弟の息がピッタリなのは驚かされる。
もしかしたら、三人の関係は防衛に使えるのではないかと思う。
所で、クロード家で世話になって気になるのはやはり特産品の事だ。
クロード家では木材が有名だが、出荷量は多いものの、それほど潤っているように思えない。
木材をそのまま使う事などないので、加工賃が上乗せされて初めて製品となるのだが、それを他領の人間に取られてしまうからかもと想像している。
ノアの見立てはどうだ?
それから、まだ先の話なんだが、ノアさえ良ければメルヴィル家を継いだら参謀になってくれないだろうか?
良い返事を待つ
アルヴィス
アルヴィスはベッドの中で時の鐘の音を聞いた。目を開けると目の前に羽根が舞い降りるのを見た。
起き上がり手を伸ばすと、確かに手の平の上にポトリと落ちたはずなのにその感触もなく、羽根は消えてなくなりただの手の平しかない。
天使の知らせ
強く繋がった者同士が別れを告げる時に見られる不思議な現象。一説には最期に会いたい人の元に天使が連れて来る、と言われている。
今までただの迷信だと思っていたが急に不安になる。ベッドから飛び起きた。
服を急いで着替え、ノール宛に手紙を出した。
親愛なるノア
天使の知らせを見た。
初めて見たので驚いたが、念の為連絡が欲しい
アルヴィス
いつ返事が来るかと子爵の外出に付き合い子爵としての心得を心に刻みつけながら待った。
そう言えばクロード家だけにとどまらずアルドワーズ伯爵配下全ての子爵の課題が列挙された大長編を書くので忙しくて返事が遅れているだけだったらどうしようかと困惑しながら待ったが返事はなかった。
親愛なるノア
身体の調子が悪い?
だいたいの場所は分かってるから見舞いに行こうか?
まだまだ困ってる事だらけだ。
一緒に頑張ろう。
アル
まったく返事がないのは何故だろうか。何か問題でも?それとも俺の事を嫌いになった?
ああ、嫌いになったのならいい。また好きになればいいのだから。
グリス・ヴェルナー伯爵
初めまして、アルヴィス・メルヴィルと申します。
ご子息のノール様とやりとりをさせていただいております。
最近返事がなく、何か体調を崩されたのではと心配で、不躾ではありますが文を出させていただきました。
ノールの方で出さない理由がおありでしたら、ご放念ください。
アルヴィス・メルヴィル
ヴェルナー伯爵に直接手紙を出すなど不敬かもしれないが、少なくともノアとは知り合いだ。首を差し出せとは言われないだろう。
その後も暫く返事はなく、もうこれはノアから嫌われ、やりとりをするのも嫌なのだろうと諦めた。
親愛なるアルヴィス
シェリルです。
お久しぶりです、いつ以来かしら?
ヴェルナー伯爵はお忙しい方なので代筆しています。
ノールとやりとりしている事は知っている。あれは怠惰に暮らし、生きる目的を見失ってただただ腐っていくだけだった。
もちろんワシが悪いのは承知している。
だが貴族の三男ともなると人形のように飾っておけぬのはどこも同じ。自らの足で生きていく必要がある。
そんな時そなたと手紙のやりとりを始めた時の目の輝きを今も覚えている。
それから何度もやりとりを重ね、みるみる一人前の男に成長していくさまは我が息子ながら誇らしかった。
ノールを一人前の男にしてくれて今一度礼を言う。
最期の安らかな顔をそなたに見せたかった。
代筆
シェリル・ラングリス
身動き一つ出来なかった。
何度も何度も繰り返し読み、最後の一行で毎回抗いがたい事実が突き付けられる。
嫌われたのなら、どれほど良かっただろうか。
この世界のどこかにいて、他の誰かの為にその知恵を働かせている、それを想像するだけで楽しい。
そしていつかライバルとして相見える事が出来たら。
クロード家を辞して馬に乗った。
目指すはヴェルナー領伯爵家!
街道をたどり、時々休憩を入れて馬に水をやり、ただ走った。代わり映えのない景色。でこぼこを避けるように右に左に曲がりくねった街道を真っすぐ突っ切った。
日中の一番暑い時間帯を過ぎた頃、風が少し優しく頬を撫でる。
林を抜け、川を迂回し、ここで何があったのかも知らずただ夢中で駆け抜けた。
馬もアルヴィスの想いが伝わっているようで、ムチを入れなくても走り続ける。
夜までに街に着きたい何台もの馬車を抜かした。
風が心地よく熱を帯びた馬の体を冷ます。
馬車を追い越す時まで儀礼を欠いて全力で走っている為に何事かと護衛に追い掛けられる事も多々あった。
「驚かせてすまない、急用なんだ!」
叫んで詫びを入れる。
暫く追い掛けて来た護衛も速度を緩めないと知るや急用のため駆け抜けた、と理解し馬車の護衛に戻っていく。
風が冷たくなっている事に気付いたのは何台目かの馬車を追い抜いた時だった。日が傾いていて馬車はそろそろ街に入りたい頃だ。
アルヴィスは一刻も早くノールに会いたい一心でそのまままっすぐに走る。
そのうち月が昇り馬の走りも少し速度が落ちて足音と短い呼吸音だけが聞こえる。
依然として走り続けているものの、見晴らしの良い街道を通るのは不安なようだった。
それで街道を走るのをやめ、林の中を抜ける事にした。
もちろん林の中も木々が生い茂り走りにくいだろうが見晴らしの良い街道を走るよりは落ち着いているように感じる。
早足の音が静かになり、逆に木々のざわめきに気付く。耳を澄ませていると水の音が聞こえ少し休憩する事にした。
ゆっくり歩く程度の速度になり、朝から走りっぱなしで水を与えているものの、餌をやってない事に気付く。
馬から降りて体を擦ってやり、水を汲んで来た所で力尽きた。
どれくらい眠っていただろう。馬が口をむしゃむしゃと動かしながら鼻先でアルヴィスの体を揺すった。
「ああ、すまない。疲れているのはお前の方なのに」
言って立ち上がった。馬はアルヴィスを心配するように耳元でブルブル言う。
「大丈夫。行こう」
再び馬に跨って駈歩の状態を保ち走り続けた。
身体が疲れて来ると不安が押し寄せてくる。
(ノアはどうして?いつから?何故気付いてあげられなかった?)
月明かりの中を走っていると、この世ならざる者がアルヴィスの傷ついた心を締め付ける。
『お前が』
『お前が』
『お前が』
耳を撫でる風がそんな風に聞こえるのだと分かってはいるが、振り払う事は出来ない。
そして、いつの間にか馬の背で気絶するように悪夢に落ちた。
馬の背中に突っ伏したまま朝日を浴びて目が覚めた。あんなに不安だった気持ちが日のぬくもりを浴びて溶けていく。
覚悟は出来た。
ここからヴェルナー領へはほんの一時間ほどの距離だ。
「アルヴィス、ようこそ!」
出迎えてくれたのはシェリルだった。
「シェリル姉さま」
覚悟が出来たと言う割にはシェリルの顔を見て泣きそうになってしまう自分が情けなかった。
礼拝堂へと導かれ、棺の中に収まったノールを見た時に涙が溢れ出た。
「ノア」
それだけを絞り出して、抱きついた。
冷たく返事もしない。怒っているのかな?
でも、笑ってる。
シェリルから手紙を渡されたのは初めての対面と最期の対面を済ませたあとだった。
一つ一つの手紙が子爵の名前を書いた紙で挟まれている。
「これは?」
「あなたが困った時に出すようにノールから言われてるの」
いつから自分の最期を覚悟したのだろう。それでも俺が困った時に出す手紙に予め返事をしたためておくとは。
「シェリル姉さまが?」
「いつまでも内緒にしてるわけにいかないし家族の方はあなたからの手紙を読むだけでつらいでしょ?だからすべてを渡すために手紙を出したの」




