第三話 ガルニエ子爵
#第三話 ガルニエ子爵
ノールからの手紙を読んでアルヴィスは雷に撃たれたような衝撃を受けた。
比較する事で見えて来るものがある。
今までそんな風に考えた事は無かった。
比較する時は必ず相手の方が多いとか少ないとか強いとか弱いとか恵まれているとか、自分との比較だった。
第三者同士を比較する、なんて凄い思い付きだろう、ノールは凄いやつだ、そんな風に考え、そして実際にガルニエ子爵とルースを比較してみた。
ガルニエ子爵は結婚して一人娘がいて、ルースは結婚していない。
ガルニエ子爵は普通の子爵だか、ルースは統括子爵。
ガルニエ領ではチーズが特産品だが、ラングリス家はじゃがいもが特産品。
何一つ課題には繋がらないが、何一つ同じ事はない。
けれど、だからこそ感情を抜いて考えられる。では今まで連れて行かれた場所の面会相手とガルニエとを比較してみる。
普段チーズの購入をしてくれる商人とチーズを売る子爵。
普段チーズの購入をしてくれる男爵とチーズを売る子爵。
時々たくさん買ってくれる商人とチーズを売る子爵。
会ったあとは子爵の機嫌が悪くなる商人とチーズを売る子爵。
ノールの手紙にあった通り、買い叩かれているんだ。そんな所へ連れて行かれたとして、俺が紹介されるだろうか?
商人や爵位の下の男爵に頭を下げている屈辱的な場面を見せたくないという子爵としてのプライド。
将来を約束されているアルヴィスへの羨望、それらが混じり合っている事が想像できた。
それに比べれば俺が何と小さい事でくよくよしていたのか。
子爵は頭を下げて尚、自領の産業を可能な限り続けようと努力をしている。
ようやく子爵の凄さに思い至った。
もう一つの課題、一人娘の婿養子についても当然すんなりと理解出来る。
商人に頭を下げるような子爵に婿入りしたい者などいるはずもない。
事情を知らなければまだしも、この様子だと子爵の苦労は有名なのではないか。
子爵の事を理解してからは、決して弱音を吐かなくなった。訪問した客が出てくれば真っ先に挨拶をした。
例え紹介されないとしても例え屋敷に入れられなかったとしても大した話ではない。
子爵が客の屋敷から出てくると子爵にもきちんと挨拶するようになった。
「お疲れさまです、お話はどうでした?」
「・・・ああ、どいつもこいつも人の足元見やがって」
「チーズの件なんですが、夜会で紹介してもらうのはどうでしょう?」
「何!?」
「私の友達が言っていたのですが、フレッシュチーズは高級で高値も付くはずだと。ただし市場がないので近場でしか売れず買い叩かれてしまいます。それなら市場を開拓するように努力すべきかと」
「そんな事、簡単に出来るわけないだろう」
「ガルニエ子爵は今まで通りで大丈夫です。その間に私が市場を開拓するために動きます」
「おお、ありがたい。だがどうやって動く?」
子爵は素直に感謝の言葉を口にした。今まで味方が一人もいなかったのかも知れない。
ノールと言う味方がいる俺はなんて恵まれてるんだ。
「では早速ラングリス統括子爵に相談してみます」
「・・・ああ、そう言えばコネがあるんだったな」
少し間があったので羨やむような感情が見えるようだった。
「いえ、実際にはメルヴィル子爵に相談します。私は修行に来た身なので何でもやります」
「すまん、色々と言われて卑屈になっていた。わずかな望みにでも掛けるべきだ。頼むよ」
最後は藁をもすがる気持ちでアルヴィスにすら頭を下げそうな勢いだった。
アルヴィスはエミリーに向けて手紙を書いた。
親愛なるエミリー姉さま
ようやく修行の意味が分かってきたよ。
子爵領を存続させる為には例え子爵と言えども不遜な態度をせず、頭を下げる必要がある事が理解出来た。
ガルニエ子爵は特産品のチーズを爵位が下の男爵や商人に買い叩かれていた。
普段の態度からは想像出来ないけれど、それでも頭を下げて買ってもらっていた。
実際にはただの荷物持ち扱いだったからその姿さえ見られなかったけど、出てきた時の悔しそうな顔や話し方から想像出来る。
ノールからの受け売りだけど、ガルニエ子爵には課題が二つある。
一つは資金面。チーズは熟成させるのに時間が掛かる。一年間も二年間掛かるものがある。その間収入がないとやっていけないのでフレッシュチーズしか作れない。
もう一つは市場。フレッシュチーズはおいしいから、高くても売れるはずだけど、市場がないから近場で安く買い叩かれてしまう。
資金面については慎重に検討しなきゃいけないけれど、市場については考えられるのではと思う。
例えば、夜会でガルニエのフレッシュチーズを出せないかな?
みんな絶対に気に入ると思う。少しくらい高くても買ってもいい、という人が現れると思うんだ。
どうか、検討をよろしくお願いします。
アルヴィス
エミリーは手紙を読み終わると早速ルースの部屋に行った。通常の業務を行いながらもすぐに相談出来るようにとエミリーの屋敷にはルース専用の客室があり、ルースの屋敷にはエミリー専用の客室がある。互いの屋敷を二三日毎に行き来している。
既に婚約を済ませているので寝室が別ならば、と互いの親も了承している。そもそも、アルヴィスが十四になってメルヴィル家を継ぐまでは子爵としての業務に集中するという約束もしてある。
「ルースさま、アルヴィスからこんな手紙が届きました。読んでください」
「早速ガルニエ子爵の課題を見つけたか?」
ルースは言いながら手紙を受け取り広げた。読みながら嬉しそうに笑みを浮かべる。
「なるほど、思った以上の働きだな。熟成チーズを作るための資金とフレッシュチーズを売る為の市場作りか」
「そうなんです。大勢の人に一度に食べさせられる夜会なら確かに市場としては十分に機能します。しかも一度にガルニエ子爵に集まるので売り切れを恐れて余計に欲しがるはずです」
「面白い事を考えるな。よし、ガルニエに恩を売るか」
「分かりました。では私はもう一つの課題、ガルニエ子爵の令嬢マノンちゃんを各家に売り込みますわ。招待状を書かないと」
二人とも嬉しそうに夜会の準備を始めた。
伯爵主催の初めての夜会が開催された。
四十の子爵とその妻、子息令嬢が参加するのでアルヴィスはガルニエの手伝いに追われて碌に寝ていなかったが開催の準備を引き受けた裏方全員が同じと思えばいっそ連帯感さえ生まれた。
今回の目玉はガルニエ領で作ったフレッシュチーズなのだが、給仕達を仲間に引き入れるべくガルニエ子爵に少し分けてもらった。
「これ、本当においしいから食べてみてよ。たくさんは無理だけど一口でも」
アルヴィスは夜会のゲストが来場し始める少し前、給仕たちがほんの少しの時間が取れる時を見計らってそう言った。
「我々給仕係が食べてもいいんですか?後で叱られませんか?」
誰もが主と同じものを食べるなど考えてもいない。どんな罰が待っているかと不安になってついそう口にする者が出た。
「大丈夫、これは皆のために特別に用意してもらったんだ。食べておいしさを味わってもらった方が人に勧める時に役に立つだろう?」
準備の段階で疲れていたので一人が手を出すと皆も一斉に手を伸ばした。
「あ、おいしい!」
「本当だ、フレッシュチーズってこんなにおいしいんだ!」
アルヴィスは皆が美味しそうに食べる様子を見て嬉しくなった。ガルニエ子爵にも見せてあげたい。
「だろう、ガルニエ領のフレッシュチーズ、良ければお客様にもそれとなくおすすめして」
少し誇らしげに思えて、つい自慢げに話すと皆もつられて笑いだした。作戦は大当たりし、夜会の裏方を全員味方に付ける事が出来た。
エミリーはマノンを引き連れご婦人方に挨拶をして回った。
「まあ、可愛らしいお嬢様だ事。エミリー様の?」
「いいえ、ガルニエ子爵様のご令嬢ですわ。さ、マノンちゃんご挨拶なさって」
「マノン・ガルニエです。よろしくお願いします」
スカートの端を持ちにこりと微笑み膝を曲げる。まだ少し挨拶がぎこちないがそれが初々しくてご婦人方も自分の幼い頃を思い出すのか微笑む。
そのうち若い男性もエミリーに挨拶をしに来て人だかりが出来たが、案の定若いエミリーが子爵になっている事にやっかみを感じて挨拶に皮肉を混ぜる者が現れた。
それを軽く流しながら、ガルニエのフレッシュチーズを口に持っていく。
「あら、このチーズおいしいですわ。みなさん、一口お食べになって」
エミリーの言葉が合図になったように給仕が一斉に寄って来る。ご婦人方は驚いていたが勧められるがままチーズを受け取り口に入れた。
「あら、本当!」
「おいしいわ、これはどこのかしら?」
「エミリー殿、ご挨拶が遅れました」
ガルニエは人の輪を掻き分けてエミリーに近付き頭を下げた。それは今回の作戦を遂行してくれたエミリーへの感謝の気持ちと、エミリーへのやっかみは勘違いである事を理解させようと思ったからだ。
皆はガルニエがエミリーに頭を下げる理由を知りたくてじっとその先を待った。
「まあ、ガルニエ子爵。こちらこそご挨拶が遅れました。皆様、このフレッシュチーズはガルニエ子爵領で作られたものです。もうそろそろ会場のチーズはなくなりますが今後も食べたい方は是非ガルニエ子爵にお声掛けください。それからマノンちゃんに関しては私をお通し下さい」
そう言って笑いを誘った。
そうしてガルニエとマノンが注目を浴びる中、エミリーとアルヴィスはアルドワーズ伯爵の元へと参じた。
「アルドワーズ伯爵様、今宵はラングリス子爵団のガルニエに格別な配慮をいただきありがとうございます」
「こんなにも美味いチーズは初めてだ。これを機に度々夜会を開き各家の自慢の品を持ち寄ってもらいたいものだ」
「ありがとうございます。是非今後もよろしくお願いします。そして我が愚弟アルヴィスも微力ながら今回の催しをお手伝いさせていただきましたので記憶の片隅に置いていただけると幸甚です」
「アルヴィス・メルヴィルです。今はガルニエ子爵の元で修行をしております」
「うむ、有能な姉に有能な弟。これは将来が楽しみだな」




