第二話 修行
#第二話 修行
ノール・ヴェルナー様
手紙、ありがとう。
ラングリス子爵団はまだ出来たばかりでこれから、という時に小さな綻びでも放ってはいけないとエミリー姉さまがおっしゃっていたよ。
早速色々と動く事になりそうだ。
俺も少しだけ手伝いをさせられる。
分からない事だらけで、貴方からの手紙がとても力が湧いたよ。
本当にありがとう。
また、気が付いた事があれば、いいや、なくてもやり取りさせてもらえると嬉しい。
アルヴィス・ラングリス
敬具
アルヴィスは各子爵家に修行に出される事となった。
顔合わせと領主としての資質を磨くためだ。
まず候補に上がったのがガルニエ子爵だった。
ガルニエ領ではチーズや乳製品などの酪農が盛んで特産品としても有名だ。
子爵には令嬢が一人いて、いつか養子をもらう予定があった。
アルドワーズ伯爵の代替わりに間に合わなかったので元々懇意にしていたラングリス統括子爵の下に付いた。
アルヴィスはガルニエ子爵と一緒に色々な所へ出向き、『これがメルヴィル家の次期当主だ。よろしく頼むよ、ガハハ』と紹介される事を想像していた。
いかに不遜な態度を取るか、偉そうに見えるかを鏡で確かめてみた。
そこには十二歳の男の子が写っていて、とてもヒゲを生やしたガルニエ子爵のようにはいかない。
ところが実際には想像とは全く異なる待遇だった。
アルヴィスはガルニエ子爵の執事のようにどこへ行くにも付いて行った。
子爵の荷物はアルヴィスが持つのがお約束で、行った先で執事と間違えられ部屋に入れてもらえない事も多々あった。
そんな時はガルニエが戻るまでじっと待ち、あれこれ考えた。先に名乗った方がいいのだろうか。
ガルニエから紹介されてもいないのに名乗るのはおかしい。
では帰り際にそっと名乗るか。
それこそとって付けた子爵のオマケのようで悔しい。
エミリー姉さまなら、こんな時どうするか。そもそもエミリー姉さまがこんな仕打ちを受けるとは思えない。
ノール・ヴェルナー様
あれから色々とあり、各子爵へ修行をする事になりました。今はガルニエ子爵の元で修行をしています。
各子爵への顔合わせと、各子爵が抱えている問題を見つけ解決するように言われています。
でも実際には修行どころかまるで執事のような扱いに辟易しています。
毎日毎日どこかへ出かける時もカバンを持ってついて行き、紹介される事もないし、屋敷に入れられる事もなく馬車で待ちぼうけ。
エミリー姉さまなら、見た目から執事ではないからこんな仕打ちは絶対にされないに違いない。
『おお、メルヴィル家の御当主は噂に違わぬ美人だな』とか言われてちやほやされる姿が想像出来る。
そもそもガルニエ子爵が俺をきちんと紹介してくれればこんな事にならないのに。
下らない愚痴ばかりでごめん
敬具
アルヴィスはノールに手紙を出してから後悔した。
ノールは同じ歳というだけで『気をつけろ』と手紙をよこしてくれるほどいい奴なのに自分はくだらない愚痴をまるで八つ当たりのようにして出してしまった。
自分の受けた仕打ちをノールに言っても仕方ない。
それにノールは何も悪くない。
そんな後ろ向きの考えはガルニエ子爵にも見透かされたのか、外出する時に俯いてばかりいたら叱られた。
親愛なるアルヴィスへ
君の気持ちは痛い程分かる。
自分は子爵になる身、こんな執事のような事をする為にいるわけではない。
どうして分かってくれないんだろう。
では、ガルニエ子爵はアルヴィスにどうして欲しいんだろう、ガルニエ子爵の悩みはないのかな?
そうそう、エミリー様なら、きっとガルニエ子爵の愛人だと思われてやはりきちんと相手をしてもらえないと思うよ。
僕は君だ。君が困った事は何でも助けよう。その代わり、君は僕の困り事を何でも助けてくれ。
敬具
何と言う事だろう。愚痴ばかりの手紙を破り捨てるどころか、俺の事を考え、冷静に意見をくれる。
確かにエミリー姉さまなら、ただの愛人を連れて行ってると思われるに違いない。
屋敷の中には入れてもらえるが、絶対に話には参加させてもらえない。
もしくはお茶の席の花として扱われるか。
エミリー姉さまがそんな場合どうするのかはは分からないが、今自分がすべきはガルニエ子爵が困っている事を探すことだった。
もしかするとそれこそがガルニエ子爵が俺をきちんと紹介しない理由なのかも知れない。
あれは、何故分かってくれないんだという沈黙のメッセージなんだ。
アルヴィスは考えた。
考える時間だけはたくさんあったからだ。
ガルニエ子爵が屋敷の中に消え、出て来るまでの間を使って考えた。
それは長い時もあれば短い時もある。そして、ヒントはガルニエ子爵が屋敷を出て馬車に乗った時の独り言にあった。
「来月は10か。思ったより少ない」
「夜会があるから50、いや、100は買って欲しい」
数字が何を意味するかは分からないが子爵家の運営に課題があるのではと見当を付けた。
きっと、特産品のチーズの事だ。
そう言えば、子爵には一人娘がいるがいつか婿養子をもらわないといけないだろう。
これも課題と言えば課題か。
親愛なるノール
とても暖かい手紙をありがとう。おかげで目が覚めたよ。
ガルニエ子爵の悩みに付いて考えてみた。
一つは一人娘の婿養子をどうするか。
もう一つは特産品の乳製品に何か問題があると考えてるのだけどどうかな?
ガルニエのチーズはとてもおいしいんだ。毎朝パンに塗って食べているよ。
ノールの家ではチーズを塗って食べるのは流行っていない?
アル
ノールは手紙を読み終わると安堵した。
(アルが気付けて良かった)
我が事のように嬉しさが込み上げて来る。
そして、ノールも気付いた。
パンにチーズを塗る食べ方はした事があるが、特別な日だけだ。
フレッシュチーズは日持ちがせず遠くまで運べないから。
ここに、ガルニエ子爵の悩み事があるのは間違いない。
早速史書館の史料を漁った。
史料は過去の出来事を記録し、未来を予想する為にある。
過去の出来事をどのように解釈し、未来をどのように予想するのか。
ちっとも分からない。
前回気付いたのは単なる偶然だったのか。
それとも、何か気付く為のヒントがあるのか。
昼も夜も史料を読んで考え込んだ。
ご飯の時間もお茶の時間も寝ている間すら夢の中で史料をめくった。
そうしてやはり自分には何もない、ただの無能だと諦め、まだ暗がりの中礼拝堂に向かった。
伯爵家が伯爵家たる威厳を保つ為に礼拝堂はある。
そこに時を告げる鐘もあり、領民に朝を知らせる。
まだ朝の鐘までは時間があり女神様もぼんやりと輪郭しか見えないがノールは膝を折り手を組んで祈る。
「女神様、僕はやはりただの無能なのでしょうか?」
悔しくて涙が出た。
伯爵家の三男と言えば家門を相続する事はほとんどない。
歴史に埋もれ名が残る事はない。
いや、そんな事が悔しいのではない。
自分と同じ苦しみを持ったアルヴィスに何もしてやれない事が悔しい。
長い間祈っていたが、いつの間にか光が差し込み時の鐘が告げられた。
トボトボと力なく礼拝堂を出る。
こんな時でもお腹が減る。
ノールは俯いたまま食堂へ向かうと、段々とパンのいい香りがしてくる。
スープを注ぐ音、カトラリーがマットに触れる音、ささやかな音がノールの心を落ち着けた。
席に着くとパンを一つ掴み、二つに割った。
ノールの好きな食べ方は、半分をそのまま食べ、もう半分にバターを塗る食べ方だ。
「おはようノール。元気がないわね」
「悩みがあるなら言いなさい」
「おはよう、父さま、母さま。何でもありません」
二人は顔を見合わせ、これ以上無理に声を掛けないでおく事にした。
グリス・ヴェルナー伯爵はパンにバターを塗り、その上からはちみつを垂らした。
「あなた、それいいわね!」
「ああ、エミリーのお土産だ。アカシアの香りがしてうまい」
「あら、じゃあ私はオレンジのはちみつを」
二人は自分が作ったわけでもないのに、それぞれ塗ったはちみつを自慢し合っている。
「私のも食べてみて」
母さまはまるで子供のようにそう言った。
そして父さまも手渡されたパンを受け取り口に入れる。
「本当だ。濃厚なオレンジジャムのようだ。ワシのも食べてくれ」
お返しにアカシアはちみつを塗ったパンを母さまに渡す。
「んんー、こっちもおいしいわ。どちらも捨てがたい」
二人のやりとりをじっと見ていると、何か心がざわついた。
忘れ物を思い出す時のような感覚。
「二人とも子供みたいですわね」
シェリルが食堂に入って来た。
シェリルは縁あってヴェルナー家で花嫁修行をしている身だが、既に家族の一員のように溶け込んでいる。
「おはようございます。ノール様は大人ですから子供みたいな事はせずに二つ一緒にお食べになると良いですわ」
一緒に・・・
「食べ比べるとそれぞれの違いが分かっていいぞ」
比べる・・・
ノールは勢いよく立ち上がった。
「ごちそうさま。父さま、母さま、シェリル姉さま、ありがとう!!!」
それだけ言うと食堂を出て司書室へ向かった。
伯爵家にある司書室は、普段ノールが通う史書館と比べると小さいが簡単な調べ物くらいは出来る。
ノールは各伯爵のうちチーズを取り扱っているものを探した。
幾つか見つかった。
そして、実際にはどの子爵が取り扱っているのかを調べる。
それらを横に並べガルニエ子爵家と比較する。
そう、比較する事が事実を認識する事だった。
色々と分かる。
ガルニエ子爵家はチーズがメインだが、他の子爵はチーズもあるものの他の特産品もある。
規模も違う。
環境も違うはずだ。
周りを囲む領地も関係するはず。
流通経路ももちろん違う。
情報が溢れどんどん流れ込んで来る。
牛舎で世話をする農民、牛の乳を搾る様、撹拌しチーズを作る光景が思い浮かぶ。
荷車に載せられ出荷される姿、市場で並ぶ姿。
そして、食卓で口にする姿も想像出来た。
親愛なるアル
あれから色々調べてみたけれど、ガルニエ子爵家の課題は二つ。
一つは資金面。チーズは熟成させるのに時間が掛かる。一年間も二年間も掛かるものがある。
この期間収入がなくてもやって行けるだけの資金がないからフレッシュチーズしか作れない。
もう一つは市場。フレッシュチーズはおいしいから、高くても売れるはずだけど、市場がないから近場で買い叩かれてしまう。
どちらもすぐに解決するものではないけれどこれがどうにか出来ればガルニエ子爵は満足するはずだ。
僕は史料を比べて違いを探してここまでたどり着いた。アルもアル自身とだけでなく、他者同士も比較し、どう違うのかを見つけられればいいね。
ノア




