第一話 手紙
#第一話 手紙
ノール・ヴェルナーは暖かい日差しの差し込む史書館の一室で夢の中にいた。
過去の資料を分析、分類し、将来の予測を立てる立派な仕事だが、今ひとつ集中して取り組めない。
本当は分析に重きを置く必要があるにも関わらず、分類するだけなら簡単で頭を使わないので分類だけして済ませるように手を抜いているのだ。
ヴェルナー伯爵家の三男と言う立場もあって一応仕事を与えなければならないが重要な役職に就かせるわけにいかず、厄介払いのように雑用を押し付けられている、と言う思いもそれに拍車を掛けていた。
エミリー・メルヴィルと知り合ったのはほんの半月程前だった。令嬢が暇に任せて遊びに来たはずなのに、二日も居ないうちに慌てて帰って行った。
そして、その後メルヴィル子爵家を継いだと耳にした。
怠惰な生活を送る自分とは違う、と思った。自分で人生を切り開き進んでいくさまは異性ながら格好いいと思うし、尊敬すらした。
もっと驚いたのは、エミリーには二つ下、つまりノールと同じ歳の弟がいて、二年後には弟がメルヴィル家を継ぐ事が決まっているとの事だ。
自分の進む未来を自分で決められないところが自分そっくりだと思った。
ノールは何気なくメルヴィル家を調べようと思った。本来であれば伯爵でなければ入室出来ない部屋だが、管理を行うノールはもちろん入れる。
王国から下賜された子爵の一覧を見た。
この順番はバラバラで分かりづらい。いつかきちんと分類し直さなくては、つい仕事の癖が出る。
順番に見て行くと、書類の半分くらい進んだ所でようやく見つけた。
アルドワーズ伯爵配下。レイナード・メルヴィル子爵。これで誰の配下か分かった。
書類を戻して今度はアルドワーズ伯爵に関する書棚を見る。これも何の順番か見当がつかない。
仕方ないので順番に指を指して辿ると、メルヴィル子爵の名は棚の一番下の段にあった。
しゃがんで史料を取り出す。
レイナード・メルヴィル、その子供としてエミリーとアルヴィスの名があった。
確かにエミリーはメルヴィル家を継いだ。それはエミリーがアルヴィスよりも歳上だからだろう。
けれど、エミリーはまだ十四。よほどの理由があった事を想像させる。
アルヴィスはノールと同じ十二歳、誕生月はノールの方が一ヶ月前だった。
史料を戻し、まだ整理されていない最近の史料を探した。アルドワーズ伯爵の交代。これは実子への爵位の承継だ。
それに合わせるように各子爵も承継が行われている。エミリーも子爵になっていた。
伯爵が世代を交代すると歳上の部下となってしまう。もちろん今までの実務を担っていた人たちは頼もしいが、百戦錬磨の手練れどもだ。
周りを見渡す余裕がない若い伯爵には従えるのが難しい。
それに、苦楽を共にする仲間が欲しい。それ故歳が近い部下を求める。その結果こんなにも多くの子爵が代替わりしているのだ。
もちろん引退した子爵も我が子息を放り出すような真似はせず、裏できちんと道を示しているのだろうが。
そして、子爵を幾つかのグループに分け管理する統括制度も国に申請してあった。
現在の伯爵から各子爵への直接の指示、命令よりも階層を設ける事により有事の際に円滑な職務の遂行が可能、と記載がある。
そして、国からの許可を示す王家の家紋が押してある。
ラングリス統括子爵が束ねる子爵団は七子爵となっている。他の子爵団が平均五子爵なのと比較して多い。
そこでメルヴィル子爵がラングリス子爵の補佐という事になっている。
そこでようやく閃いた。アルドワーズ伯爵の代替わりに合わせエミリーも子爵になったが、アルヴィスが十四になって子爵を継げるようになったらエミリーと一緒に来た護衛の男、ルース・ラングリスと結婚するのだ。
この事実はノールを興奮させた。ただの文字の連なり、数字の並びだと思っていたものが形を成して意味を持ち、未来を語っている。
益々書類を漁った。ラングリス家を軸とする子爵団、地理や経済状況、特産品など。
例えばメルヴィル家は小麦が特産品でパンの出荷が多い。エミリーが遊びに来た時にそんな話が出た。
ラングリス家は?ガルニエ家は?クロード家は?
じゃがいも、チーズ、木材。
ベルフォード家は?セディック家は?
ベルフォード家は特産品と呼べる一次産業はないが、加工品に秀でて銀細工や木工細工が得意のようだ。
カトラリーと言えばベルフだが、このベルフはベルフォードの事だったか!
セディック家は花に秀でた子爵のようだ。
女性にあげる花束に希少なものをアクセントに加え、綺麗な花々の中でもひときわ輝く、と高値がつく。
ノールは自分の頭の中に様々な世界が広がって行くのを感じた。
人々の日々の営み、夜会での華やかな世界。
女性が身に着ける装飾品やいつも当たり前にある椅子やテーブルでさえ、その裏には人々が動いているのを感じた。
そして、セディック家が統括子爵と言う事に気付いたのは更に史料を読みふけようと思った時だった。
ラングリス家からほど近く、周りをラングリス子爵団に囲まれているので少し気になった。
そこにどのような意味があるのか。
ノールには思い至らず史書館が閉館の時間を迎えたので後片付けを始めた。
ラングリス家の領主邸、家族が揃う食卓でエミリーはスープを一口すくって口に運んだ。
今日はとうもろこしのスープだが、ヴェルナー邸で飲んだスープとつい比較してしまう。
子爵と伯爵とでは一食に掛ける費用も桁違いなのでおいしいに決まっているが、それだけではない何かがある気がする。
「アルヴィス、あと二年、あなたが子爵を継ぐまで子爵団の各家を訪問し顔を繋いでおくと父上と話をしていたのですがどうですか?」
「姉さまがそうおっしゃるなら」
正直に言うと、アルヴィスは今のまま、エミリーが子爵家当主と言う立場で満足だった。
ただ、時期悪くアルドワーズ伯爵の代替わりがあり、それに合わせてエミリーが当主となったが、ルース・ラングリス子爵に求婚されてしまったのでアルヴィスが十四になるまでの二年間限定の当主になった。
「各家の抱える課題を報告、解決すればきっとあなたの味方になってくれるはずです。よろしくお願いします」
何も言えなかった。ただ威張り散らしてあれこれ指示するのではなく、困っている事を解決して仲良くする、そんな事が俺に出来るだろうか。
アルヴィスは己の未熟さを隠す為に自分の事を『俺』と呼んでいたが、それが背伸びをしているようで余計に幼く見せている事には気付いていなかった。
剣の時間は好きだ。何も考えずに済むし、ある程度うまく扱えて褒められる。
それに、ルース兄様が時々見てくれる。
ルース兄様はラングリス家の当主だけど、小さい頃からよく遊びに来てくれた。
エミリー姉さまと結婚なさる事が予定されていて、二人の為には俺が頑張らないといけない。
汗を流し着替えると、エミリー姉さまと机を並べて公務を手伝う。
エミリー姉さまは10歳になる頃から父さまの手伝いをしていた。
思えばその頃から既に当主として立つ事を決めていたのかも知れない。いつか聞いてみようと思う。
書類の束を一枚一枚やっつけていく。
領民からの申請、商人が他領へ行き来する為の往来許可証、雑多な事まであれこれと行う。
時々エミリー姉さまから『間違っているわ』と差し戻しされる事もありながらも着々とこなす。
ちょうど一段落した頃、書類の束の下にある手紙に目がいった。
まるで書類を送る為の封筒のような飾りのない手紙。取り上げ裏を見る、差出人がない。
「姉さま、これなんだろう?」
言いながら表を向ける。宛先はアルヴィス、とだけあった。
「俺宛だ。でも家名がない」
「令嬢からではないから、安心しなさい」
エミリー姉さまは笑いながら早く開けろと急かす。
開けると封筒と同じような事務的な手紙が折りたたまれていた。
アルヴィス・メルヴィル殿
初めまして、ノール・ヴェルナーと言います。
貴殿は二年後メルヴィル家の当主となられると伺いました。
既にご存知であれば聞き流していただきたいのですが、ラングリス子爵団のそばにあるセディック子爵、こちらには充分注意を払われた方がよい。
特にモントレー子爵、アルノー子爵は経済的に不利な立場にある。
これに付け込まれ、場合によってはセディック子爵団に取り込まれる可能性がある。
敬具
「姉さま、これ」
アルヴィスは手紙を渡した。ほんの十数秒、顔に微笑みを浮かべたり、眉を寄せたりと忙しい。
「ノール様ね、シェリルの嫁ぎ先のヴェルナー家の三男よ。アルヴィス、あなたと同じ歳よ。敵ではないわ」
正確にはシェリルは一年間の花嫁修行をヴェルナー家で行なっているが、実質長兄のグレイグに嫁ぐはずだ。
その縁でエミリーが一度遊びに行った事もあり面識もある。
「なんでこんな手紙をよこしたんだろう?」
「気を付けなさいって事でしょ。セディック子爵の事は子爵団を作る時から警戒していたけど、他の伯爵の配下の事まで知ってるのはすごいわね」
「どうしたらいいんだろう?」
「どうしたら?決まっているでしょう。お礼を出すのよ」
「何故?」
「何故?あなたは物事をきちんと考える癖を付けなさい。遊びに来た令嬢の弟なんて全く赤の他人でしょ。それなのに同じ歳と言うだけで手紙で知らせてくれたのよ。感謝の手紙を出してまた何かあれば相談させてくださいとお願いなさい」




