花びら舞う
「はぁ……はぁ……クソッ、何だアイツ……!」
逃げ込んだ先は人通りの少ない通学路。
気づけば辺りは薄暗くなり始め、夜の気配が近づいていた。
「マイちゃん、あれって……」
「山羊角のこと?さぁ、さっぱりわからない…けど……」
「……うん、言いたいこと、わかるよ。」
メイは、慣れないであろう長距離の走行に疲れを表しつつ、少し力を込めて私の手を握る。
「なつかしかった、よね。」
………
日が完全に沈み、街灯の明かりだけが視界の頼りになる時間。
「……本当にこれでいいわけ?」
「うん。いつもより広くて、寝やすそう。」
簡易的な段ボールハウスの中で、メイが目を輝かせ親指を立てた。
ホームレスのような外見だなとは思っていたが、本当に路上で生活していたらしい。しかも、なるべく人とかかわらないよう地味な場所で、猫がぎりぎり入るような小さな箱や袋の中で野宿をしていたそうだ。
「おうちに押し入って、住人を殺して、そのおうちに住む……」
「なに、なんか文句でも?」
「ううん。やっぱり変わってるなあって。」
毛布代わりのぼろ布をぎゅっと抱きしめながら、思考を巡らせるメイ。
しばらく考え込んだ後、少し悔しそうな声色で言った。
「……むずかしいや。その、かいらくさつじん?ってやつも、よくわかんない。」
「わかろうとしなくていいよ。わかってもらえるなんてこれっぽちも思ってない。」
「でも、初めてのおともだちの好きがわかんないって、なんか、いや。」
俯き、顔色を曇らせる。
私だって、正直なところよくわからない。
最初は事故だったのだ。幼稚園の頃、階段から友達を突き落としてしまった。
階段の下、頭が割れ、血を流しながらピクリとも動かない友人を見た時。
その時流れた異様な空気、充満する鉄の臭い。何より、先ほどまで元気だった友人が、私の手で「死」を迎えたんだという事実に、言いようのない興奮を覚えたのが始まりだった。
それ以来、時々衝動的に人を殺したくなるような感覚に襲われるようになった。
最初はためらいがあった。殺生自体にではない。反撃されれば自身が死んでしまう可能性があったからである。
しかし、いつだったか殺した友達の親に呼び出されたとき。
変えようのない過去にしがみつくそれにひどい苛立ちを覚え、キッチンにあったハサミを向けた。
どういうわけか、抵抗するために向けられた包丁は折れ、投げられるものはことごとく外れ……気が付けば、目の前には再び死体が転がっていたのだった。
「それで確信したんだよね。私、人を殺すために生まれてきたんだ、って……あれ?」
好きとやらを説明していた相手は、いつの間にか横で寝息を立てていた。
殺人鬼の隣でよく眠れたものだ、と。その図太さには感心さえ覚える。
私も、今日は寝てしまおう。慣れない段ボールハウスの中、ぼろ布をかぶり眠りについた。
………
翌朝。段ボールの隙間から差し込む、刺すような朝の光で目が覚めた。
「うぅ、ん……」
体を起こすと、節々が痛む。慣れない路上生活のせいだ。
隣を見ると、メイはまだ、布の端をぎゅっと掴んだまますやすやと眠っている。昨日あれだけ走ったのだから、無理もない。
無理やり起こす必要もないだろう。私はメイが起きるのを待つことにした。
……しかし、何もない時間というのは暇である。路傍の石を数えるくらいしかすることがないが、そんな馬鹿馬鹿しいことはする気さえ起きない。
「……あ、そういえば、あの山羊角……」
暇つぶしのネタを考えていたら、昨日の異形のことを思い出した。
よくわからないことを小さいわりに脳に響く声で呟き、いつの間にやら消えていった異形。
普通なら、きっと恐怖が襲ってくることだろう。しかし、なぜか私たちはそれに懐かしさを覚えた。
言い換えるなら、母親のような安心感。
私には母親がいたことがないから正確にはわからないが、そんな言葉が似つかわしい感覚だった。
「あれ……マイちゃんも、お母さんいないの?」
背後から声がした。見ると、いかにも寝起きです、というような顔のメイが座ってこちらを見ていた。
「起きたんだ。おはよ……んで、声に出てた?」
「けっこう、しっかりと。」
恥ずかしさから、顔をそむける。背中に刺さるメイの視線が少し痛い。
「母親、ね。殺したわけじゃないんだけど、私を生んだときに死んだって聞いた。」
「わたしとおんなじだね。」
「嬉しくないおそろいだなあ……」
そう言って、二人で小さく笑いあった。




