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特級除霊師 神楽坂 冥は除霊に情け容赦がない  作者: 虫松


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第6話 口裂け女を除霊

月明かりさえ届かない、静まり返った深夜の住宅街。


街灯がチカチカと不気味に明滅する中、一本の古びた電話ボックスの前に、その女は立っていた。


膝まである血のような赤いコート。不自然なほど深く被った帽子。そして、顔の半分を覆う大きな白いマスク。


挿絵(By みてみん)


「……ミオ」


「ええ、分かってるわ。あいつ……ただの怪異じゃない」


魁斗の肩の上で、ミオがいつになく緊張した面持ちで、その女を凝視する。


「霊的な波長が……不自然に固定されてる。まるで、何かの強力な力に、無理やり繋ぎ止められているような……」


冥は刀の柄に手をかけたまま、冷徹な瞳で女を見つめる。


「契約済み(ライセンスド)ね。黒祓会の紋様が、背後に浮かんでいるわ」


女が、ゆっくりと、こちらを振り向いた。


「……私……綺麗?」


その声は、甘く、けれど骨まで凍りつくような冷たさを孕んでいた。


次の瞬間、周囲の空気が、突如として重くなった。


魁斗は、まるで底なし沼に沈んだかのように、体が動かなくなる。呼吸さえも、鉄の枷をはめられたように重い。


「口裂け女じやん、圧が違う……! 都市伝説のルールが、“契約”によって強化されてるんだ! 答えなきゃ……答えなきゃ、死ぬ!!」


ミオの感知能力が、空間全体に張り巡らされた不気味なルールを捉える。


逃げることはおろか、答えるまで時間を稼ぐことすら許されない、絶対的な強制力が、魁斗たちを縛り付けていた。


「……綺麗? それとも……」


女は、魁斗たちに向かって一歩、また一歩と近づいてくる。

赤いコートが、不気味に揺らめく。


「醜いわよ。そのマスクの下にある、醜悪な本性も含めてね」


冥が、迷いなく即答した。


その声は、空間を縛る重圧など微塵も感じさせない、凛としたものだった。


一瞬の沈黙。


女は、マスク越しに、ニヤリと笑ったように見えた。


「――そう」


その言葉が、終わるか終わらないかのうちに。

女の姿が、かき消えた。


刹那、冥の背後に、赤いコートが翻った。


異様な脚の速さ。それはもはや移動ではなく、空間の転移に近かった。


カシャァァァン!!


女がコートから取り出したのは、錆びついた巨大なハサミ。


それが冥の首筋に向かって、猛スピードで振り下ろされる。


冥は、間一髪で刀で受け止める。

だが、女の攻撃は終わらない。


ザンザンザンザンザン!!!


ハサミが、凄まじい速度で繰り出される。


一撃一撃が、空間を切り裂くような重い衝撃を伴っていた。

冥は、防戦一方。女のあまりの速さと、終わりのない連続攻撃に、次第に追い詰められていく。


「師匠!! 嘘だろ……特級除霊師が、押されてる!?」


魁斗が、恐怖に震えながら叫ぶ。


冥は、女の隙を突き、一瞬の隙間を突いて、女の胴体を刀で斬り裂いた。


手応えはあった。女の赤いコートが、鮮血に染まるはずだった。


だが。


斬り裂かれたはずのコートが、瞬時に、元の綺麗な状態へと戻った。


再生ではない。傷口が閉じるのではなく、時間が巻き戻ったかのように、女の身体は、斬られる前の状態へと復帰したのだ。


「……は?」


冥が、初めて驚愕の表情を浮かべる。


「今……戻ったわ。時間が、巻き戻ったの」


ミオが、自身の感覚が捉えた異常を口にする。


女の背後に浮かぶ黒い紋様が、禍々しい光を放ち始めた。


「契約条項、質問が成立する限り、私は死なない。何度斬られようが、何度燃やされようが、私の『時間』は、質問の瞬間に戻る」


「ズルすぎるだろ!! 不死身ってことかよ!!」


魁斗が絶望的な声を上げる。


冥は、連続斬撃、高速術式、結界、封印……。


持てる全ての技を、女に叩きつけた。

だが、その全てが、背後の紋様が放つ光によって、無効化されていく。


(……完全にルール化されている。私の術式が、世界のルールによって、拒絶されているわね)


冥の額に、冷や汗が滲む。


女は、冥の目の前に、忽然と現れた。


距離ゼロ。


「これでも……?」


女は、ゆっくりとマスクを外した。


そこに現れたのは、耳元まで裂け、血が滴る、醜悪な口だった。


「これでも……綺麗?」


空間の重圧が、さらに増す。

逃げ場はない。答えるしかない。


「……綺麗よ。……とっても」


冥は、絞り出すように答えた。


女は、ニヤリと笑い、ハサミを構えた。


「嘘つき」


空間全体から、無数のハサミが、魁斗たちに向かって降り注ぐ。


「師匠!!!」


魁斗が叫ぶ。


冥は、刀でハサミを防ぐが、その身体には、いくつもの傷が刻まれ、血が渗んでいく。

彼女は膝をつき、刀を支えに、かろうじて立っていた。


女は、膝をついた冥を見下ろし、ハサミを突き立てようとする。


「質問は絶対。答えは、私が決める」


冥は、ゆっくりと立ち上がった。


血に染まった刀を構え直し、女を睨みつける。


「……いいわ。……あなたも、“綺麗にしてあげる”」


その声は、地獄の底から響くような、冷徹なものだった。


冥の身体から、呪力が爆発的に放出される。


その圧倒的なエネルギーは、周囲の空間を歪ませ、住宅街の街灯を全て叩き割った。

空気が振動し、地面が裂ける。


特級除霊師の、本気モード。

彼女は、自身の限界を突破し、ルールそのものを力でねじ伏せんとしていた。


だが、口裂け女は、歪む空間の中で、嗤った。


「無駄」


冥の呪力が、女に叩きつけられようとした、その瞬間。


パチ……パチ……。


不意に、拍手の音が響き渡った。


「非効率だね」


冥の爆発的な呪力が、女を襲う直前で、ピタリと止まった。


歪んだ空間も、元の姿へと戻る。


そこに立っていたのは、純白のスーツにシルクハットを被った、あの男だった。


「その怪異、“条件付き不死”だろう?」


白城レンは、ステッキをクルリと回し、不敵な笑みを浮かべた。


「遅いわね」


冥は、呪力を抑え、不快そうに呟く。


「主役は遅れてくるものさ。君の力押し、見ているこっちが恥ずかしくなるね」


「ナルシスト。めんどくさいタイプ」


魁斗とミオが、レンの登場に眉をひそめる。


レンは、ステッキで地面をコツンと叩いた。


その瞬間、彼の周囲の空間に、複雑な数式と幾何学的な陣が浮かび上がる。


「条件整理。……・質問成立で発動。・回答により攻撃分岐。・契約により“ルール固定”。つまり――」


レンは、ステッキの銀の石突いしづきで、口裂け女を指し示す。


「ルールを壊さず、外から無効化する」


「意味わかんねえ!! ルールを壊さずに無効化って、どういうことだよ!!」


魁斗が叫ぶ。


「君の弱点は、“依存”だ」


レンは、ポケットから小さな瓶を取り出した。


香水のようなその瓶には、濁った液体が入っている。


「ポマード」


「出た!!口裂け女から助かる呪文。 都市伝説のやつ!!」


魁斗が、驚きのあまり皿を落としそうになるのを必死に堪える。


「くだらないと思うかい? だがこれも、“条件の一部”だ。……都市伝説うわさによって固定された、彼女の恐怖のトリガー


レンは、瓶の蓋を開け、空間全体に液体を散布した。


甘ったるい、けれどどこか古臭い、ポマードの香りが、周囲に広がる。


口裂け女の、動きが止まった。


「……なに……これ……」


裂けた口から、掠れた声が漏れる。


女は、ハサミを落とし、顔を覆った。


「恐怖のトリガーを書き換えた。……“質問”より“拒絶反応”を優先させた。彼女にとって、ポマードは、質問をすることさえ忘れさせる、絶対的な恐怖だ」


レンは、ステッキで空間の陣を操作する。


ポマードの香りが、さらに強まり、女を取り囲む。


女は、後退し始めた。


「いや……やめて……」


裂けた口から、絶叫が漏れる。


女の背後の紋様が、明滅し、光が失われていく。


「これが“科学ロジック”だ。根性論では測れない、理性の勝利さ」


レンが指を弾く。


口裂け女の身体が、霧散するように消失した。


住宅街には、ポマードの香りと、静寂が残された。


「すげえええええ!! ポマードだけで、あの不死身の怪異を……!!」


魁斗が素直に感嘆する。


「頭いいタイプの勝ち方。……ナルシストだけど、仕事は丁寧」


ミオが、少しだけレンを見直した様子で呟く。


レンはシルクハットを直し、冥を見つめる。


「力押しでは勝てない敵もいる。……僕の論理が、必要だと認めるかい?」


「……認めるわ」


冥は、血に染まった刀を鞘に納める。


「でも、遅い。効率以前の問題よ」


「精度が違う」


レンは不敵に笑う。


レンは、初めて魁斗に対して、視線を向けた。


「で、君は? 君も標的になるだろうね」


冥は、ソファに座り込み、ポテチの袋を抱えた。


「ゴミよ。……でも、今回は少し役に立ったわね」



「やめろ!! ゴミゴミ言うな!!」


「興味ない」


レンは、魁斗を完全にスルーした。


「ゴミ扱いは変わんないかよ!! 俺だって除霊師だ、見とけよ!!」


「下僕がんばれ。ナルシスト先輩を見習って、少しは頭使いなさい」


レンは、住宅街の道から闇へと消える。


「これは“試作品”だ。黒祓会は、もっと厄介なものを作る。……次は、君の論理も通じないかもしれない」


「……なら壊すだけよ」


レンは振り返り、冥に笑みを向けた。


「君と僕でね。……効率的な帰結として」


「断るわ」


「またフラれた!! フラれるまでがマッハすぎるだろ!!」


「秒殺ウケる。メンタル大丈夫?」


レンは、フラれたことなど気にも留めず、優雅に去っていった。


再び騒がしい日常が戻ったが、その中には、黒祓会という、暗い影が差し込み始めていた。

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