第1話 恐山、伝説の異端児
恐山、賽の河原。立ち込める硫黄の煙の向こう側に、その男はいた。
神楽坂 蓮禅
かつて陰陽道の頂点に立ちながら、禁忌とされる「不浄の力」を操ったことで歴史から名を消された伝説の霊術師である。
その姿は正に古の賢者だ。
身に纏うのは、幾千もの霊符が縫い付けられた漆黒の古法衣。腰まで届く雪のような白髭は、風もないのに微かに波打ち、その眼光は深淵を覗き込むかのように鋭い。
背後には、彼が屠った巨大な悪霊の骨を加工して作られたという黄金の孫の手(霊杖)が、圧倒的な霊圧を放ちながら鎮座していた。
「……ここが、冥師匠のおじいさんの場所か。ただの老人じゃねえな」
魁斗は、肌を刺すような重圧に一歩も動けずにいた。
「カカカッ! 冥の小娘が言っていた『バグ野郎』とは、お前のことか」
蓮禅が口を開いた瞬間、地鳴りのような声が響き渡る。魁斗が「特訓をお願いします」と頭を下げようとした、その時だった。
「おお……冥、我が愛しの孫娘よ! 元気にしとるかぁああ!!」
蓮禅の表情が突如として崩れた。
威厳に満ちた眼光はどこへやら、目尻を下げ、鼻の下を伸ばした。ただの孫大好きおじいちゃんへと変貌を遂げたのだ。
彼は法衣の袖から、大量のラミネート加工された写真を取り出した。
「見てくれ、この冥の小学生入学式の姿! ランドセルが歩いているようではないか! ああ、愛い、愛すぎる! あの子のためなら、わしはこの恐山を更地にして巨大な冥記念公園を建てても惜しくないわい!」
(……ああ、確信した。あのかぐや姫みたいなドSな性格、このジジイが甘やかしすぎて出来上がったんだな……)
魁斗は、自分をゴミのように扱う師匠のルーツを知り、遠い目をした。
「……あの、冥おじい様。惚気話はいいんで、特訓を――」
「黙れ。冥の写真を鑑賞する邪魔をするな」
蓮禅が黄金の孫の手で地面を軽く突くと、衝撃波だけで魁斗の足元が爆ぜた。
「……だが、あの子がわざわざわしの元へ寄越したということは、お前にはそれなりの『利用価値』があるということ。極上の不純物め」
蓮禅の瞳に、再び伝説の霊術師としての冷徹な色が戻る。
「そして、隣の幽霊娘。お前もだ」
「ええっ、私も!? 私はただの付き添いなんですけど!」
ミオが叫ぶが、蓮禅はニヤリと笑う。
「修行には『ツッコミ』という名の刺激が必要不可欠よ。観客のいない地獄など、ただの効率の悪い作業に過ぎんからな!」
「霊体となったその身で、地獄の『不浄』を全部喰らってこい!」
蓮禅が孫の手を大きく振りかざすと、賽の河原の地面が巨大な口を開けるように裂けた。
「うわああああああ!?」
「ちょっと待って! 私、幽霊なのに物理的に落ちてる! 重力仕事してえええ!!」
ミオの叫びも虚しく、二人は真っ逆さまに暗黒の深淵へと吸い込まれていく。
上空から、再びデレデレとした蓮禅の笑い声が降ってきた。
「冥への報告が楽しみじゃわい! 『お前の弟子を地獄に叩き落としておいたぞ』とな! カカカッ、第一関門、等活地獄へようこそ!!」




