第4話 反撃のコンビネーション
瓦礫の山と化した新宿の街に、絶望的な重低音が響き続けていた。
セイユの「暴力」は衰えを知らず、量産される夜叉の群れが、疲弊した冥とレンを包囲していく。
「ハハハ! どうした、特級! 理論家! 逃げ回るのにも飽きてきただろォ?」
セイユが豪快に笑い、鎖を振り回す。
その一振りで、残っていたビルの外壁が豆腐のように崩れ去った。
「……っ、しつこいわね、この筋肉ダルマ!」
冥は飛来する夜叉を空中線で斬り伏せながら、レンの隣に並んだ。二人の視線は、夜叉の群れの奥で悠然と構えるセイユに固定されている。
「冥、気づいたかい? 彼の『概念破壊』の発動条件だ」
レンが激しく火花を散らすステッキを持ち直し、眼鏡の奥で瞳を鋭く光らせた。
「彼の暴力は無敵に見えるが、論理的にあり得ない。世界を書き換えるほどの高エネルギーを放つには、必ず『ラグ』と『起点』が存在するはずなんだ」
「……言われてみれば」
冥が目を細める。
セイユがこれまで、巨大なビルを消し飛ばし、レンの絶対防御を粉砕した瞬間の動き。
「あいつ、破壊の直前に必ず右腕を2回、大きく廻しているわ」
「おそらく正解だ。1回目でエネルギーを概念化し、2回目でそれを物理座標へ定着させている。つまり、あの2回転こそが『破壊のトリガー』だ。2回目を廻させなければ、彼の暴力はただの筋力に成り下がる」
「……面白いじゃない。その理論、信じてもいいわよ」
「ミオ、魁斗! ソルトを抑えておきなさい! こっちはこの筋肉ダルマを片付けるわよ!」
冥の鋭い声が戦場に響く。
セイユが、トドメと言わんばかりにニヤリと笑った。
「あァ? まだ何か策があるってのか? 無駄なんだよ……俺が『壊す』って決めたらよォ!!」
セイユが大きく右腕を振り上げた。
○右腕を1回廻す。
右腕にどす黒い重力波が収束し、周囲の空間がひしゃげる。
「今よ!!」
冥が地を蹴り、神速の踏み込みを見せる。
それと同時に、レンがステッキを虚空に突き立てた。
「論理演算・零式! 空間固定――全出力を右腕のベクトル相殺に集中!!」
レンの放った幾何学的な鎖が、セイユの右腕に絡みつき、その動きをコンマ数秒だけ強制停止させる。
「なっ……!? なんだこの小細工は!!」
「小細工じゃない。君の葬送曲だ!」
レンが叫ぶ。
セイユが強引に○腕を2回目へと廻そうとしたその瞬間、冥の姿が消えた。
「神楽坂流奥義――『月下・断理』!!」
冥の全呪力を乗せた一閃が、セイユの右腕の関節へと垂直に叩き込まれた。
レンの空間固定と、冥の概念をも断つ斬撃。
破壊のトリガーが引かれる直前、その「指」そのものをへし折るような同時集中攻撃。
ドォォォォォン!!!
凄まじい衝撃波が巻き起こり、セイユの右腕に収束していた黒いエネルギーが、行き場を失って逆流した。
「が、は……っ!? 俺の……右腕が……廻らねえ……!?」
初めてセイユの顔から余裕が消えた。
右腕は斬り落とされてはいない。
しかし、レンの結界によって「固定」され、冥の呪力によって「破壊の因果」を断ち切られた腕は、石像のように固まったまま動かなくなった。
「論理的に言えば、今の君はただの『ちょっと力の強い男』だ」
レンが不敵に微笑む。
勝負は決まった。
そう誰もが確信した瞬間。
「……ハ、ハハハ……ッ!」
俯いたセイユの喉から、震える笑い声が漏れた。
彼は固定された右腕を、自らの筋肉の膨張だけで強引にレンの鎖ごと引きちぎり始めた。
ミシミシと肉の裂ける音が響き、彼の全身に巻き付いた太い鎖が赤熱していく。
「お前ら……勝ったつもりか?」
ゆっくりと顔を上げたセイユの瞳は、白目を失い、ドロドロとした血のような赤に染まっていた。皮膚の下を這う血管が異常に膨れ上がり、彼の背後にある夜叉の群れが、悲鳴を上げながらセイユの肉体へと吸い込まれていく。
「……俺はまだ、本気出してねぇえぜ」
不敵に笑うセイユの全身から、物理法則を拒絶するほどの「熱」が溢れ出す。
鎖が弾け飛び、彼の肉体は二回りも巨大な【鬼神化モード】へと変貌を遂げていた。
トリガーも、理屈も、もはや関係ない。
ただそこに存在するだけで世界を壊し尽くす、真の暴力が目覚めた。




