第2話 殴るという正解
夜が、落ちた。
それはただの夜ではない。街全体の酸素が「殺意」に置き換わったような、“暴力が支配する夜”だった。
――ドン。
地鳴りのような衝撃が、空気を震わせる。
最初は一つ。だが、それはすぐに無慈悲な“連鎖”へと変わる。
ドン、ドン、ドン、ドン――!
街のあちこちで、高層ビルが、並走する車が、頑強な街灯が、まるで巨大な金槌で叩かれたかのように、内側から爆ぜるように崩壊していく。
「……来たわね」
冥が低く呟いた瞬間、周囲の重圧が跳ね上がった。
物理的な重力ではない。そこに存在するだけで周囲を屈服させる、圧倒的な「個の質量」。
アスファルトが飴細工のように歪み、その中心から「絶望」が這い出してきた。
全身に、血管のように太い鎖を幾重にも巻き付けた大男。セイユ。
筋繊維の一本一本が鋼鉄のワイヤーのようにうねり、一呼吸置くたびに周囲の空間が重力波でミシミシと軋む。
「チマチマ戦うの嫌いなんだよなァ。……あーあ、面倒くせえ」
セイユは常に歯を剥き出しにした狂気的な笑みを浮かべている。彼にとって世界とは
「壊せるもの」と「これから壊すもの」の二種類しかない。
彼が指先で傍らのビルをなぞる。ただそれだけで、特注の石材が分子レベルで粉々に粉砕され、砂となって崩れ落ちた。
「だからよォ……街ごと潰せば、終わりだろ?」
セイユの背後から、無数の影が染み出す。
それは一体一体が特級クラスの霊圧を持つ、強化契約個体「夜叉」。
筋肉が異常膨張し、目は一つ。
セイユと同じ「暴力の概念」をコピーされた量産型の怪物たちが、一斉に咆哮を上げた。
ドォォォン!!!
一体の夜叉がただ拳を振るう。
爆発も切断も起きない。ただ、殴られた範囲の「存在が歪んで消える」。
逃げ惑う人々は、ぬらりひょんの残滓による認識操作で「最高のショーだ!」と笑いながら、肉体をひしゃげさせて霧散していく。
「ふざけた真似を……」
冥が刀を抜く。
一閃。
夜叉の胴体を真っ二つに断ち切る。
だが、斬られた断面は磁石のように引き合い、一
瞬で元に戻る。
「再生じゃない……『壊れなかったことにしている』の!?」
ミオが叫ぶ。
「当たり前だろォ?」
セイユがゴキリと首を鳴らし、地を蹴る。
「俺の世界じゃ、『壊れねえものは壊れねえ』んじゃねえ。『俺が壊すって決めたら壊れる』んだよ!!」
その宣言と共に、街全体の重力が物理限界を超えた。
ビルが自重でひしゃげ、空気そのものが「殴られた」かのように悲鳴を上げて爆ぜる。
ドンッ!!!!
その一言と同時に、街の重力がさらに増した。
地面が沈む。
建物が潰れる。
空気が悲鳴を上げる。
ミオが叫ぶ。
「これヤバい!! 街ごと潰される!!」
魁斗は歯を食いしばる。
「くそ……!」
その時、空気が、変わった。
――サラリ。
静かな、白い気配。
セイユの後ろ。
暴力の嵐が吹き荒れる戦場に、場違いなほど静かな声が降る。
崩壊するビルの屋上に、一人の少年が立っていた。
白銀の髪。そして、一切の光を反射しない無機質な瞳。
ソルト
「効率が悪い。無駄な破壊が多すぎる」
パキッ、と乾いた音がした。
セイユが放っていた暴力の圧力が、ソルトの周囲数メートルだけ「無かったこと」にされ、霧散する。
「おい、邪魔すんじゃねえよ」
セイユが忌々しげに振り返るが、ソルトは取り合わない。
ソルトの視線が、ゆっくりと下りる。
瓦礫の中で拳を握りしめる、兄・魁斗へ。
「……見つけた」
その瞬間、魁斗の全身を心臓が止まるほどの寒気が貫いた。
ソルトの瞳。それは憎しみですらない。
「机の上の消しゴムのカスを見るような」、徹底的な排除の視線。
「兄さん。やっと掃除できる」
その一言は、慈悲深い宣告だった。
「不純物」をこの世から消し去り、完璧な世界を取り戻すためのルーチンワーク。
「いいぜ。兄弟喧嘩だ」
セイユが鎖を引きちぎらんばかりに腕を振り上げる。
「その前に、この街も、その女も、纏めて俺が潰してやるよ!!」
暴力 vs 浄化
正解 vs バグ
支配 vs 反逆
街を舞台に、戦争が、始まった。




