第1話 嵐の前の求婚(プロポーズ)と、消された姉の残響
【特級除霊師 神楽坂 冥 事務所】
平和な午後の静寂は、場違いなほど優雅な「カツン、カツン」という靴音によって破られた。
扉が勢いよく開くと、そこには白スーツを一点の曇りもなく着こなした白城レンが、視界を遮るほどの巨大な高級バラの花束を抱えて立っていた。
「麗しき冥。今日も君の瞳は、新月の夜のように神秘的な引力に満ちているね。……さあ、僕という恒星の周りを回る惑星になる準備はいいかな?」
レンは流れるような動作で膝をつき、バラの山を差し出した。
「結婚しよう。君の強さと僕の知性があれば、この歪んだ世界を論理的に再構築できる」
「死ねば? 断るわ」
冥はポテチの袋に手を突っ込んだまま、視線すら合わせずに即答した。
「……ふっ、相変わらずのゼロ秒回答。だがその拒絶こそが、僕という計算機の闘争心に火をつける……!」
「いいから帰れよナルシスト! 掃除の邪魔なんだよ!」
魁斗がモップを構えて叫ぶが、レンはスッと表情を変え、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「……いや。今日は君の拒絶を愉しみに来たわけではない。遊びはここまでだ、冥。……今日は、これだけの用事で済む時ではないからね」
事務所の空気が、一瞬で張り詰める。
レンは視線を、部屋の隅で不機嫌そうに浮遊しているミオに向けた。
「そこに浮いている非論理的な地縛霊……君のことだ。君がなぜ、この事務所に縛られ続けているのか。……その『欠損した数式』の正体が判明したよ」
「……なによ。急に真面目な顔して」
ミオが不審げに目を細める。だが、レンの次の言葉が、彼女の記憶の扉を無理やり抉じ開けた。
「君の姉、ミサのことだ。……彼女は、あの『ソルト』によって、この世界の理から除外されたんだろう?」
ミオの体が、ノイズのように激しくブレた。
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■過去の回想
幼いミオと姉のミサの前に現れたのは、白銀の少年・ソルト。
彼は無機質な瞳で二人を眺め、『不純だ』と淡々と告げた。
空間が「消去」の予感に震えた瞬間、姉のミサは、ミオを全力で突き飛ばした。
『ミオ、逃げて!! 後ろを見ちゃダメ!!』
ミサは幼い妹を庇い、自らが盾となってソルトの前に立ちはだかった。
『この子は関係ない! 私をどうにでもしていいから、妹だけは……!』
ミサが必死にソルトへ掴みかかろうとした瞬間、パリン、と世界が割れる音がした。
ミサの体は光の塵となって崩れ、人々の記憶からも、家族の写真からも、彼女の存在そのものが完全に「クリーニング」されたのだ。
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「姉のミサは君を逃がすために、自らの存在をソルトに差し出し、君を彼の観測範囲から隠したんだ。……君が成仏できないのは、自分だけが生き残った罪悪感と、姉を消したソルトへの底なしの憎悪が、楔となっているからだよ」
「……っ、あああああ!!」
ミオが顔を覆い、絶叫する。その慟哭に呼応するように、事務所の窓ガラスが激しく震えた。
「……なるほどね」
冥が、レンの花束から一輪のバラを抜き取り、手の中で無造作に握りつぶした。
「ミオ、あんたの恨み、私が買い取ってあげるわ。……それで? 用件はそれだけじゃないんでしょ、レン」
レンは頷き、窓の外、黒祓会の不気味な気配が立ち込める街を睨み据えた。
「WAR Shockの幹部二名が、同時に動き出した。……『完全浄化』のソルト。そして、概念すらも殴り砕く『暴力の権化』セイユだ」
「セイユ……。あの、考える前にすべてを壊す男ね。……ソルトとセットで動くなんて、最悪の組み合わせじゃない」
魁斗は、震えるミオの肩にそっと手を置いた。
「……ミオ。あいつに教えてやろうぜ。消されたはずの『ノイズ』が、どれだけ完璧な世界をぶち壊すか。……俺も、一緒に戦う」
レンはシルクハットを直し、冥に向かって不敵に微笑む。
「さあ、冥。結婚式の前撮りは、あの『正解』と『暴力』をドロドロの泥水に沈めてからにしようか」
「死んでも嫌よ。……でも、あの子たちの鼻をへし折るのには賛成だわ」
最強の除霊師、失敗作の兄、復讐の幽霊、そして愛に狂った理論家。
「正解」という名の独裁者たちへの、反撃の幕が上がる。




