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四月になり、若葉が紅丸のお屋敷で働くようになって、早いものでもう三ヶ月になる。
春がやってきて随分暖かくなり、庭木も見頃の花が山茶花からチューリップ、そして撫子へと様変わりしてきた。
若葉も仕事に慣れてきて物事をこなすスピードも早くなってきたので、以前は1日がかりだった大量の洗濯物も昼には干し終えるようになってきている。
この日も賄いを食べ終えた午後一時、タオルの最後の一枚を干して皺を伸ばし、若葉は満足そうに洗濯物全体を眺めた。この後はここを片付けて、備品の買い出しに行かなければならない。トイレットペーパーが無くなりかけているし、洗濯用石鹸も買い足さなければ。
二月の都外視察以降、日を跨ぐ仕事は無いらしい屋敷の主人は毎晩しっかり帰宅するので、それまでに居室の洗濯物をしまいにいかないと。
頭のなかで物事の優先順位を考えていた若葉の耳に、玄関のほうから「こんちはー!」と元気な若い男性の声が聞こえてきた。
洗濯場から玄関の様子が見えるので、低い庭木の上から背伸びしてそちらを覗いてみると、荷馬車に乗った二人の男性。荷馬車の中からは、何枚も積み上げられた麻袋や、枝葉を刈るための道具が見えかくれしている。馬車の手綱をひいているのは色黒の若い男性で、その横には難しい顔をした四十代ほどの男性。二人ともお揃いのようにタオルを帽子のように巻いていた。
このふたりは遠山造園という、庭のメンテナンスを専門としている都内唯一の業者だ。月に一度定期的に来るので、若葉が会うのは4回目になる。
玄関先で対応していた桜木がふとこちらを見て微笑んだので、目があってしまった若葉は慌てて居ずまいを正す。桜木は優しく理解のある上司だが、細かい所作に厳しいところがある。屋敷のものの動作が主人の評判に繋がるのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
桜木、そして高橋は、親がいないも同然の若葉にとってマナーの先生のようなものなのだ。尊敬と憧れが入り交じった気持ちから、目が合うだけで背筋が伸びるのはもはや反射だった。盗み見ていたつもりはないが、些かはしたなかっただろうか。庶民のなかで育ってきた若葉には、有名な政治家の家系である紅丸家での振る舞いでどこからがアウトでどこまでがセーフな行動なのか、未だに掴めない部分があるのだが、植木の隙間からお客様を伺っていたのはさすがに宜しくなかったかなと自省する。
「梶さん」
「はいっ」
不意に桜木に名を呼ばれて、注意を受けるかもしれないと思うとつい返事が大きくなってしまった。覚悟を決め、背筋を伸ばして植木の隙間から玄関へ出ていくと、こちらを見た庭師の若い方が嬉しそうに笑ったのがわかったので、若葉は敢えて親しみやすさに度合いを傾けた笑みを返す。
彼はヤオという、若葉と同い年の庭師見習いで、初めて会ったときから少なからず好意を向けてくれている様子が見られるのだ。若葉は自分の容姿に自信があるし、ヤオも態度や表情がわかりやすい。若葉は彼と恋愛関係になる気はぶっちゃけ更々ないのだが、愛想よくしておくに越したことはない。いつも笑顔で、を、念頭に置いて動くのは若葉の処世術と言える。
「梶さん、遠山造園の方々を庭までご案内してさしあげなさい」
「わかりました」
特にお咎めはなく、内心ホッとしながら若葉は頷いた。ちょうど洗濯も終ったところだ。洗濯場の横からなら荷馬車ごと入れるので、体をずらして腕でそちらを示す。
「遠山様、こちらです」
「すんません、あざっす」
落ち着いて声をかけると、ヤオが元気一杯の声で返事をした。ともすれば失礼ともとられかねない軽い口調だが、彼の気持ちのよい性格と明るい笑顔からすれば似合っていると言って過言ではない。器用に手綱を引っ張って馬を操ると、一頭立ての馬車はうまいこと洗濯場の隙間を通って庭へ抜けた。
ヤオの横に座る厳めしい顔の壮年の男性にもこんにちはと声をかけたが、腕組みしたままこちらを一瞥し、ひとつ頷いた。そしてすぐに目線を庭にうつす。極端に発言が少ないこの男性が怒っているわけではないことは若葉にもわかってきた。おそらく庭のどこからどう手入れしようか、遠山のなかで段取りが組まれ始め、そちらに気を取られているのだろう。
紅丸のお屋敷の庭園は都内でも有数の広さを誇る。広さの単位は若葉には詳しくわからないのだが、テーブルと椅子が置かれたテラス・四季折々の花木が季節ごとにブロック分けされた道・珍しい花やサボテンが育てられている小さな温室があって、それぞれ間には芝生が敷き詰められていた。征一郎の意見を聞きつつ秘書のリアムが監修したといわれるこの庭園はそれは見事で、庭園を見るためだけに客が訪れる日もあるくらいだ。
その庭を管理しているのが、遠山造園を一代で気付きあげた職人気質の社長、ヤオの師匠である遠山武蔵だ。寡黙を極めたような性格をしており、人嫌いというわけではなさそうなのだが、言葉を発することがほんとうに少ない。会うのが四回目の若葉が武蔵の声を聞いたのは、ヤオに道具の指示をするところと、若葉の三分ほどの世間話に一度だけ「……ああ」と返事をしたくらいだ。
庭の端に馬車を止めたヤオが我先にと降りてくる。馬車の脇にやってきた若葉に小走りで近寄ると、嬉しそうな笑顔を隠しもせず喋り始めた。
「久しぶり、若葉。元気してた?」
「うん、ヤオくんも元気そうだね。今日もよろしくお願いします」
「任せといてよ!あ、今日は撫子の花殻摘むんだけど、手伝ってくれると嬉しい!」
花殻というのは、枯れて萎んだ花のことだ。これを、摘み取ることで、これから咲く花にうまく栄養が行き渡るらしい。3月にヤオたちが来たときはパンジーの花殻を摘むのを手伝ったので要領は掴めている。遠山造園から派遣されているのは二人。単純に手が足りないのと、たぶん、ヤオの下心も含まれているのであろう。
若葉は斜め上を見て少し考える素振りを見せてから口元に微笑みを浮かべた。小さく首を傾けて、『イイ』角度を作るのも忘れない。いわゆる『あざとい』仕草だ。重ねていうが、ヤオはどう思っているのかはさておき、若葉は彼と恋愛関係になる気は更々ない。が、この『相手の気を惹くためのあざとい』仕草はもう若葉の癖にもなっていた。
「わたし、今からお買い物に行くの。それが終わってからでもいい?そんなに時間はかからないから」
「い、いいいいよもちろん!」
少なからず『あざとい』に効果はあったようで、元々黒い肌を少し赤くしてヤオは何度も何度も頷いた。
彼の父親は南国生まれだ。肌の黒さは生まれつきのものらしい。確かに若葉の周りの人たちの中でも背が高い方だし、彫りが深い顔もその血統から来るものなのだろう。
了承を得られたことで、若葉はヤオに手を振り遠山に会釈してその場を離れた。熱されたヤオの視線が背中に突き刺さっている気がしたが振り返らない。若葉は毎日楽しくつつがなく、周りの人とある程度仲良くできれば、そしてそのなかでほんのちょっとでも自分の利益になれば、それでいいのだ。それはヤオ相手に限らず、屋敷の中の人も外の人も全員に言えることだった。
若葉に親密な人間は必要ない。それは自分自身が望んでいることだ。
若葉の人生目標は、一人で穏やかな自立した生活を送ることなのだから。
庭から洗濯場に戻り、ドアを開いたら、庭用のスリッポンを脱いでルームシューズに履き替える。庭はどうしても靴に土がついてしまうので、作業をするには簡素なスリッポンが向いているのだ。
廊下を通って、左手の使用人部屋に寄ると高橋が帳簿を整理しているところだった。備品を買いに行くと伝えると、欲しいもののメモとお財布を渡された。メモはエプロンのポケットに。財布は共用のポシェットに入れて斜めにかけた。
現在の都は治安があまりよくない。
このあたりは政治家や社長などのお金持ちが住む地域なので比較的治安はいいのだが、それでもたまにスリや万引き、ひったくりは出る。財布をボタンもファスナーもついていないポケットに入れておいたら、運が悪いときは数秒で失くなってしまうだろう。
ポシェットを斜めがけすればすれ違いざまに財布をすられることも、自転車に乗った人に財布をひったくられることもあまりない。帰りの荷物を運ぶときだけしっかり気を付けなければならない。
「ごめんなさい若葉さん。今は屋敷のもの皆手が離せなくて。一人で行けますか?」
「大丈夫です!」
若葉は自信を持ってにっこり笑って見せた。ヤオにむけた『あざとい』笑顔ではなく、年上に向けたしっかり者特有の『安心できる』笑顔。笑顔はその都度使い分けなければならない。余計なやっかみや誤解を生まないためにも。自身の人生を笑顔で切り抜けてきた若葉にはよくよくわかっていることだ。
高橋はそんな若葉を見て、満足そうに微笑んだ。
「よろしい。この紅丸家の制服を来ているのですから、悪さはされないとは思いますが…何かあれば大きな声を出しなさい。ではいってらっしゃい」
「いってきます」
高橋に一礼して、ドアの横の棚から茶色のエコバッグを取り出して腕にかけ、部屋を出る。使用人部屋は玄関のすぐ横なので、ルームシューズを黒いストラップシューズに履き替えるとすぐに玄関の扉を開け、外に出ることができた。
四月とはいえ、日差しは強い。
空を眩しそうに見上げた若葉は、帽子を持ってくれば良かったと小さく悔やみながら歩きだした。
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紅丸家は、亡き祖父がかつて都の主席になり、父親が現主席、兄がその跡継ぎと目されている政治家一家だ。立ち居振舞いや派手な祖父のやり方から家自体に歴史があるように思われることが多いのだが、成り上がった祖父から考えると孫の征一郎はいわば三代目である。
いや、三代目と言えば語弊があるかもしれない。征一郎は次男である。紅丸本家を継ぐのは王一郎という年の離れた兄で、二十歳で親元を離れた征一郎は、敷地内に別宅を与えられた所謂『分家』というものにあたる。
その地位には全く不満はない。征一郎は周りからは『先の英雄チームを率いたリーダー』『カリスマがある』との評価を得ているが、自分はトップに立つよりも支える方が性に合っていると思っているのだ。
…時折そういったことを漏らすと、側近には本気で吹き出され、友人には宇宙人を見るような目で見られ、従妹には「そういうところですよ、征一郎兄様」と冷たい目を向けられるのだが。
小さくため息をついた征一郎は、それでも特に気にせず仕事を進めていく。自他共にメンタルが強いと認める彼は、極度に落ち込んだり思い悩んだ経験がほぼなかった。それこそ戦友たちに「このサイコパス野郎」と言われるほどに人間味がないらしい。征一郎に自覚はないのだが。
思い悩むのは時間の無駄。決断は直感と経験則から得られるもので、尻込みするという発想がない…と信じて疑わない程度には征一郎は恵まれた環境で育っている。
手元の書類の束は、都のエネルギー問題に関する議案書だ。この都は今、食糧難に加えエネルギー枯渇について非常に危ない局面に来ている。
先の戦争でモンスターの数が極端に減り都の敷地が広げられたとは言え、まだまだ開拓していかなければならない。それには人手と資源が必要だ。
諸外国はモンスター被害により壊滅状態で、支援をしてもらうどころかこちらから人員を派遣して復興している最中。都内でなんとかしなければならない。
少ない人員でなんとかエネルギーを確保しなければ、都のライフラインは死に、何万人もの都民が生きていけなくなる。
若手政治家の征一郎にとって早急に片付けなければならない、非常に重要な案件だった。
どうしたものだか、と手元のカップに手を伸ばし、指先はぶつかることなくカップの取っ手をつかんだ。そのまま口に運ぶと紅茶の芳醇な香りがして自然と口の端が上がる。これは桜木が入れたものだろう、子どもの頃から慣れ親しんだ味だ。口に含んで、ゆっくり飲み下した後、背後にいるであろう部屋付きの使用人ー内田智也に背中越しに声をかける。
「智也、これを読み上げてくれ」
「かしこまりました」
執務机についた征一郎の右斜め後ろに立っていた智也が返事をした後、征一郎が指し示した書類を恭しく拾い上げた。智也はサッと目を通した後、真面目くさった声で口を開く。
「政府の環境省の担当の方からですね、都外視察の報告書への質問事項が纏めてあるようです。読み上げますか?」
「…いや、緊急のことは先日帰還時に説明してある。書面にしてきたということは、火急の要件ではないか、二度手間になる内容だろう。後回しでいい。次だ」
「はい。…玉藻地区の研究所からです。鉱物からエネルギーを取り出す実験の進捗状況ですね。読み上げますか?」
「そうだな、簡潔に」
「はい。…一月前の状態から一進一退のようです。エネルギー反応は見られるものの、やはり微弱すぎて生活に使うには程遠いので、増幅の研究を平行して進めるとのことです」
「そうか、わかった。それはファイリングしておいてくれ」
「承知しました。…次はリアム様からの書面です」
「このタイミングであいつか…読み上げてくれ」
「紙の真ん中に大きく『休憩』と。征一郎様、ぼ…私、厨房で軽食をいただいて来ます。昼食も召し上がってらっしゃらないですよね、もう15時ですよ。お腹に何かいれた方がいいです」
予想通りの書面に苦笑いを漏らした征一郎に向かって智也も安心したように息を漏らす。忙しいことはもちろん忙しいのだが、根を詰めすぎてなかなか休憩をしない主人に強く休憩を勧めるほどにはまだ智也は執事の仕事に慣れていない。切っ掛けをもらえて、心のなかでリアムに感謝していることだろう。
部屋を出ていく智也がドアを閉める音を聞きながら、征一郎はなんともなしに窓の外に目をやった。4月の暖かい風が吹き込んでくる。15時なのでそろそろ西日に変わる頃だ。
庭を見下ろすと庭に咲く色とりどりの花が見える。その間を時折動き回るのは、今日庭の手入れを頼んだ遠山造園の者だろう。
征一郎の部屋は二階にある。本来ならば花の種類や遠山造園の従業員の顔が窓から見えるはずなのだが、今の征一郎にはぼんやりとなにかが動いているようにしか見えない。
征一郎のことを知っている者には周知の事実なのだが、征一郎は極端に視力が弱い。普段特注の眼鏡をかけてはいるが、それでも細かい字はまったくわからないし、もし庭を動き回っているのが遠山造園の者でなかったとしても気がつけないかもしれない。
これは後天的なものだ。征一郎も18歳のころは平均よりも良いくらいの視力だったのだ。原因は、今は教科書にも載る程有名になった『先の戦争』の後遺症だ。部下や友人を、都民を傷つけられ怒りに任せた結果力を暴走させ、視力が落ちてしまった。
とはいえ、光や色を感じることは出来るし、周りの者も良くサポートしてくれる。それに、以前より視力が落ちた分聴覚や触覚などが鋭敏になったので、多少不便ではあるものの良いことでもあると思っている。
「ああ…あの声に出会うことが出来たのも、そのおかげかもしれないな」
聴覚が鋭敏になったことを思い返す中で、征一郎の記憶の中にある日の出来事が甦ってきた。
去年の年末、屋敷内の仕事が回りにくくなったので人員を増やそうと屋敷内で採用面接をしていたときのこと。採用に関しては全面的に桜木と高橋に任せていたので、征一郎は最後の最後に人物を見極め決定を言い渡すだけで良かった。一人だけの採用枠に何人も応募してきており、ようやく最後の三人まで絞り込めたとのことで様子を見に行こうと廊下を歩いていたときだった。
その声は、高すぎず低すぎず。可愛らしいといえばそうかもしれないが、特徴があるわけでもない。
なのになぜか、一度足を止めた征一郎は、躊躇いもなく候補者控え室に無遠慮に入り込み、不思議とその声の聞こえる方へ歩を進め、呆気に取られる候補者たちの中から、その声の主であろう人物を的確に見つけ出してその目の前で立ち止まった。見下ろしたその女性はおそらく征一郎よりも30cmは背が低く、突然現れた真紅の男に驚き硬直しているように見えた。まあ、当然なのだが。
後ろから慌ててついてきていたリアムが止める間も無く征一郎は不躾に口を開く。
「お前、名前は?どうしてそんな声をしている」
空気が読めないと言われようと、傲慢だと呆れられようと、これが心からの言葉だったし、本気で疑問に思った。こんなに印象的かつ引き寄せられる声を聞いたのははじめてだった。
目の前の女性はぽかんとしている様子だったし、後ろからはリアムが素の口調で「何言ってんのお前」と、何の奇行だといわんばかりの態度で呟いているが正直構っていられない。
このような場面ならば「突然声をかけてすまない」「面接を続けてくれ」と退室し、場の空気を元に戻そうとするのがベストだったのであろう。が、征一郎はこれまた自他共に認める『空気を読まないで自分のペースに持っていく』タイプの人間だった。それもまた恵まれた環境で育ったからこその性質なのだろうが、相手の女性には関係ない。
他の二人がどんな風に立っていたかすら覚えていない。
ただ、その声の出所を知りたくて仕方がない衝動に駆られたのだ。
30cmほど下から短く息を吐いて再度吸う音がした。
そして、
「名前は、梶若葉です。声に関しては生まれつきなのでお答えしようがありません」
これから雇い主になるかもしれない相手に対する話し方としては、かなりつっけんどんな言い方だったと記憶している。そんな話し方をされたのは学生のころ以来だったので、わずかに征一郎は面食らった。だが、そこで引き下がる征一郎ではない。もっと何か喋らせようと、更に質問を重ねようとしたところで、面接担当の高橋がやってきて、一度そこで会話は途切れることとなった。
征一郎は事前の打ち合わせ通り面接に口を出すことはなかったが、若葉は実力をもってして紅丸の使用人の座を勝ち取ってきた。征一郎に対する態度は今のところ使用人として問題ないものであり、つっけんどんだったのは結局あの一度だけだった。
つまらない、と思うのが正直なところだ。
征一郎はこの通り、使用人を使うような家に生まれ、容姿も能力も政治家の素質もあり、他人から一目置かれるのが当たり前だった。そこに傲っているつもりは微塵もないのだが、ああいう態度を初っぱなから取ってくる若葉に、期待してしまっているのも確かだ。
まあ、雇ったばかりだし、桜木と高橋の目に狂いは無かったようで優秀な人材だ。早々に辞めることはないだろう、少しずつあの声に触れていきたいと考える征一郎は、特に疑問もわだかまりもなかった。知的好奇心の一種だと感じているのかもしれない。自分の機微に疎い征一郎だった。
ふと、庭の方が騒がしくなってきて征一郎は窓から外を見下ろした。慌ただしく動く二人ほどの人間が見えるが、話し声はあまり聞こえてこず、みんな屋敷内に入ってこようとしているようだった。
敵襲か、それとも不審者や侵入者か。
心のスイッチを警戒モードに傾けたところで、軽食を取りに戻った智也が短いノックと共に入ってきた。手に食べ物はなく、手ぶらだ。
「何があった」
短く問うと、切らせた息を整えた智也が、緊張した様子で口を開き、こう言った。
「通り魔が出たと。若葉さんが服を真っ赤にして帰ってきたようで、今使用人部屋で手当てを受けているそうです!」




