報告
王宮のベッドで、ドーデン王はうなされていた。
夢を見ていたのである。
いつも同じ夢だった。
暗い闇の中、その闇よりさらに濃く、まがまがしいものが立ちはだかっているのが判る。
ああ、魔王だ……じぶんはいま、魔王と顔をあわせている。
夢の中で王はいつも同じことを思う。魔王は王になにか語りだす。その内容は戦慄するもので、王は耳を塞ぎたくなる。が、身動きひとつできない。
魔王は王を責める。その言葉は王の肺腑をえぐり、苦痛さえあたえている。
やめてくれ! 余になんの罪があるのだ?
くくくくく……!
魔王が笑っている。
その笑い顔を、王はのぞきこんだ。
いったい、魔王はどんな顔をしているのか?
魔王がゆっくりと王に向かって顔を動かした。王はその顔を間近に見るはめになった。
そこに見たものは……。
王は絶叫した。
汗まみれになってドーデン王は目を覚ました。
あたりは暗い。夜明けまでまだありそうである。喉が渇いていたので、王はベッド・サイドの水差しを手探りで見つけ、コップに注ぐのももどかしく、直接口にあてて飲み干した。
べっとりと汗が顔全体にひろがっている。その汗をぬぐい、王は首をかしげた。
いったい、夢の中で自分は何を見たのか?
なにか怖ろしいものであったことは確かだ。魔王の顔をのぞきこんだその時、王は悲鳴をあげていたのである。
だが何を見たのか、すっかり忘れている。
いつもこうだ。ドーデン王はシーツを握りしめた。どうして憶えていられないのだろう。
その時、どこか遠くから悲鳴が聞こえてくる。
さらに大人数があわてて駆け回るどたどたという足音。なにか騒ぎがおきている。
なんだろう?
王は緊張した。
瞬間、かれはベッドから飛び起き、燭台をつかむと蝋燭に火を灯した。ギズモ教授の工夫した火付け道具で、細い木製の枝の先に薬品が塗ってあり、それをやすりの紙に押しつけると火がつくというものである。教授はそれをマッチと呼んでいた。
明るくなった室内で王は身支度をととのえた。こんなときは召し使いが着付けをするのだが、王は何事も自分でやるのが主義である。あっという間にいつものような威儀を正した姿になると、王権の象徴である黄金作りの剣を腰につるす。
そのとき、ドアを叩く音がした。
はいれ、と言う間もなく衛士がひとり転げるように入ってきた。衛士は王が立っているのを見ると、あわてて膝まづき頭を垂れた。
「一大事でございます!」
「なにごとじゃ? 申してみよ」
はっ、と衛士はもう一度頭をさげると驚くべき内容を話しだした。
「町の外壁のうち、南門がやぶられ、魔物が大挙して侵入しております。町は大混乱で、魔物の跳梁で、被害者が多数出ております!」
「なんだと!」
王は怒号した。
大股に歩くと、窓にかけられたカーテンを開く。戸を開くと、ドーデンの町並みが眼下にひろがった。闇に目を凝らした王は眉をひそめた。
あちこちに火の手があがっている。風にのって、かすかな悲鳴が聞こえてくる。
ぎゅっと窓枠を王は握りしめた。
くるりとふりむき、いまだ膝まづいている衛士に叫んだ。
「城の兵士全員を非常呼集せよ!」
衛士は顔を上げた。王はいらだったように叫んだ。
「早く!」
さっと立ち上がった衛士はあわてて部屋を退出した。
入れ替わりに、ミリィが姿をあらわした。薄い、夜着を身につけそのうえからローブを羽織って胸元で襟を合わせている。その顔は蒼白だった。
「王さま……魔物が町を襲っていると報せがありました」
ドーデン王はうん、とうなずき笑顔を見せた。
「心配するでないぞ。これから兵を集め、町を守るために出陣するつもりじゃ! そちはこの城におるがよい。魔物は余がくいとめるゆえ、安心して休むがよい」
ミリィは黙って立っている。王は眉をよせた。
「いかがいたした? なにを心配しておる?」
彼女はゆっくりとかぶりをふる。
「わかりません。なにか不安なのです。よくないことがおきそうで……」
王はミリィに近づき、肩に手をおいた。
「このドーデンの町は、いままで何度も魔物の攻撃に耐えてきた。今回もまたわれらの勝利におわるであろう。さあ、休みなさい。起きていては身体に毒だ」
はい……と、ミリィは素直にうなずき、じぶんの部屋へと帰っていった。
それを見送ったドーデン王はくるりと背を向け、窓から町へと視線をうつした。
町を見下ろす王は唇を噛みしめた。




