戦い
宿屋でパックもまた夢を見ていた。
夢の中で、パックはあの屋敷にいた。いまはドーデンの町の大学になっている、あの建物である。どうやらギズモ教授の研究室に立っているらしい。夢の中でパックはあたりを見回している。なにかを探しているらしい。
ふとパックの目が書棚にとまった。
近づいて、一冊の本を抜き出す。
まっくろな革表紙の、魔法の本だ。
パックの手が本を開く。見慣れない文字がびっしりと書かれ、読むことは出来ない。しかし夢の中でのパックは、その文字をらくらくと読み解いている。
パックの指がすばやく本のページを繰る。
何ページか読み進んだところでパックの手が止まる。
そこには一枚の挿絵があった。
魔王の絵であった。
怖ろしげな魔王の姿に、パックの目は引き付けられていた。
獣のような下半身に、角の生えた邪悪さをひめた顔。
と、魔王の顔がぐいと動いて見つめているパックの目とあった。
魔王はパックを絵から見つめ返し、にやりと笑った!
「起きろ、パック!」
ドアが開かれ、タルカスが部屋に足音高く踏み込んで叫んだ。パックは驚いてベッドからはね起きた。床で寝ていたヘロヘロも目をさまし、ぷるぷると全身を震わせた。
「どうしたの?」
「外を見てみろ」
言われてパックは床に立つと、窓のそばに近寄った。ヘロヘロもパックの肩に這い登り、一緒にのぞきこむ。
宿屋の前の道路に、深夜に関わらず人があふれている。みな寝起きなのか、着ているものもパジャマで、おたがい不安そうな顔を見合わせていた。
轟っ……。
音を立て、向かいの家の裏手で火の手があがる。あかあかと燃え上がった炎に、人々の顔がオレンジ色に染まった。群衆のなかに悲鳴があがった。わらわらと足取りが乱れ、一方向に逃げ出した。その方向を見たパックは、あっと叫んだ。
魔物だった。
道路をふさぐように、無数の魔物がひしめいて群衆に襲い掛かっている。獣のような四足で移動するもの、あるいは触手をずるずると引きずるもの、這うもの怖ろしげな姿かたちをした魔物が、牙や爪をつかって手当たり次第に攻撃を開始している。
「パック、タルカス! 魔物が……」
叫びながらファングが部屋に入ってくる。すでにパックはいつもの装備に着替え、剣を手にしていた。パックはファングにふりむき、うなずいた。
「行こう、タルカス。ファング」
ヘロヘロは床で震えている。
「ど、どうしよう……魔物だって? ぼ、ぼくなんかが出ていったって、役にはたたないし……」
ちらちらと戦いの用意をかためているパックを見る。パックはヘロヘロを見て首をふる。
「ヘロヘロ、お前はここにいろよ。大丈夫、ここにいれば安心だ」
そう言うとパックはファングとタルカスとともに部屋から通路に出た。それを見るヘロヘロはふたたびぷるぷると震えた。
「ええい! どうにでもなれ!」
そう叫ぶと、ヘロヘロはぴょんと飛び上がってパックの腰の物入れにとびこんだ。
ファングは弓矢を手に、タルカスも長剣を握りしめた。三人そろって宿屋前の道路に飛び出した。道路は逃げ惑う群衆でごったがえしている。みな、目が吊りあがり、われさきに逃げようと必死になっている。
どけどけ、という声が背中から聞こえてくる。ふりかえると、城の兵士たちだった。全員完全武装で、盾を手に魔物に立ち向かうべく行軍してくる。行軍してくる兵士たちの真ん中に、なんとドーデン王が馬に乗って槍を手にしていた。王は宿屋の前で見上げているパックに気づき、にこりとほほ笑んだ。
「やあ! パックか! 安心しろ。われわれが魔物を退治するつもりだ」
タルカスは叫んだ。
「王さま! われらも加勢いたす」
ドーデン王はうなずいた。
「それは心強い。よろしく頼むぞ」
おう、とタルカスは喚いた。その顔は戦いの喜びに輝いている。
ファングが一歩前に進み出た。
「王さま、どうして魔物が町に?」
王は眉をひそめた。
「わからん。報告によると町の南門が破られたというが……あの門はこの町の正門にあたる。魔物ごときが攻撃して破られるようなやわな造りではないのだが」
王の言葉に兵士の一人が声をあげた。
「王さま、なんでも門の裏側からだれかが開けたらしいということです」
兵士の言葉に王は目を見開いた。
「なんと、それでは町の人間のなかに裏切り者がいるということではないか?」
王と兵士の会話にファングは青ざめた。その表情を見て王はなにか言いかけたが、その時魔物が一斉に兵士たちへ向かって突進してきた。さっと王は槍を持ち上げ、叫んだ。
「ものども、かかれーいっ!」
わあああ! と兵士たちは喚声を上げ、足並みを揃えて魔物へと立ち向かう。タルカス、パックもまた兵士たちのなかに飛び込み、武器を抜き放った。
ファングだけひとり取り残された。ぼうぜんとたたずみ、戦いを見守っている。
と、はっと顔をあげつぶやく。
「大変……ミリィが……!」
パック! と、叫ぶ。しかしその声は戦いの騒音にまぎれとどかない。
ファングは走り出した。




