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第90話 アイドルを目指すひまり!

「ひまりだよ!」

 ひまりは高らかに笑い、そう告げる。

 赤羽根ひまりはアイドル志望だ。

「こら! さっきよりも声のトーンが落ちているぞ」

 だから、こう言った受け答えも大事になっていく。

「ぴえん。だって、疲れたんだもん!」

「そうか。じゃあ一分の休憩な」

「ぴえ~ん。プロデューサーが意地悪だよ~」

「分かった分かった。十分の休憩な」

「ありがとう。天使がいる~」

 俺は天使ではないけどな!

 しかし、こんな調子でアイドルなんてやっていけるのか? 疑問が残る。

 俺は麦茶をとりに一階へ降りる。

 でもまあやりたいことがあるってのはいいことだ。それがなんにせよ。

「やりたい、ことか……」

 俺がやりたいことはなんだろうな。

 ふと七瀬や楓、紗緒梨の顔がちらつく。

 なんであいつらが思い浮かぶのか。最近濃密な時間をすごしていたせいだろうな。

 人は接触時間の長い人を好きになりやすいらしい。つまりは顔を会わせている人が好かれやすいらしい。

 でもやはりイケメンの俺だ。

 みんなから好かれるのは当たり前のこと。しかたないな。うん。

 イケメンに生まれてきた俺が悪い。……ん? 俺が悪いのか? いや違うね。悪いのはこの世界だ。俺は悪くない。

 きっと世界を変えてしまうようなイケメンは俺だけだからな。

 そうこうしているうちに時間がきた。

「ほら。ひまり、そろそろダンスレッスンだぞ」

 俺は二階の俺の部屋にいるひまりを連れにドアをノックする。

「待って。お兄ちゃん! ひゃっ!」

 聴いたこともない悲鳴に慌てて扉を開ける。

「ど、どうした!?」

 そこにはロープで縛られたひまりがいた。

「ええと?」

「閉めないで! ひまりを助けて!」

 涙声で叫ぶひまり。

 まあ、助けを求めているのならしかたないな。

「俺だって忙しいんだぞ。少しは大人しくしていられないのか……」

 俺は嘆いてロープを外す。

 しかし堅く結ばれており、なかなかに外れない。

「なんだ? どんな結び方をしたんだ!?」

「そ、そう言われても……」

「それにロープなんてこの部屋にあったか? 俺は持ち込んだ覚えはないぞ」

「そ、それは……。たははは」

 力なく笑うひまり。

 そこが可愛いが、それは俺の心の中にしまっておこう。そうしよう。

「それよりもプロデューサー! 次の試練をお願いします!」

「よし。意気込みがいいな!」

「休憩中、ちょっと考えたんです。でもひまりにはアイドル以外の道がないから!」

「いや、それ以外にも道はあるからな!?」

 視野を狭くしてしまうと、挫折した時の反動が大きい。それに自分の可能性を自分から折るのは良くないと思った。

 いや確かイケメン労働法第五十六条に記載されていた気がする。

『若者の芽を摘んではいけない』と。

 だったら、アイドルの道も摘んではいけないのだ。だが仕事はいくらでもあると知ってほしい気持ちもある。

 このジレンマ、あなたなら分かってくれると思う。

 って、誰に俺はしゃべっているんだ。

 とにもかくにも、ひまりをアイドル化していくには色々と経験させるのが良いだろう。

「ひまり、明日になったらちょっと遊びにいくか?」

「えっ。いいの!?」

「ああ。頑張ったご褒美だ」

「うん! いく!」

 素直で可愛いな。声には出さないけど。

 まあ、俺も息抜きをしたかったし。ちょうどいいだろう。


※※※


「ここが七瀬春夏さんのおうち」

「そうだ。セブンフリル――コスプレ喫茶だ。こういったところ初めてだろ?」

「ええと。ひまりも大丈夫かな?」

「? そりゃそうだろ。なにか不服か?」

「い、いえ。そういうわけじゃないの。ただ……」

 言葉をぼかすと、首を横に振る。

「さあ! 行きますよ!」

 一気に上り詰めたジェットコースターのようにテンションが上がるひまり。

 店内に入り、ひまりが歓喜の声を上げる。

「ひゃあぁぁぁっぁっぁぁぁぁっぁぁぁ」

  まるでジェットコースターが落ちていくような絶叫に、他のお客さんが訝しむ。

「見てください! あの店員さん、腰ほっそいよ! あ! あっちのお姉さんのおっぱい大きい!」

「おい。こら、そんなリポーターはいらないから」

 俺は目を輝かせているひまりをつれて二人席に座る。

 先ほどの反応で、他の客からの視線が痛い。

「それで、ここのお店の人気にんきメニューはオムライスだぞ? どうする?」

「あー。はいはい。ケチャップで文字を書いてもらえるあれですね」

「そういうな。実際うまいぞ。俺考案のレシピだし」

「じゃあ! オムライスで!」

 キラキラした目で注文を終えるひまり。

 そんなにお兄ちゃんの味が食べたいかー。兄ちゃん感動で前が見えないよ。

「あ。赤羽根くんに、ひまりちゃん!」

 こちらに気がついた七瀬が駆け寄ってくる。

「また会えましたね! 七瀬さん!」

 いきなり飛びつくひまり。

「な、なにをやっているんだ! ひまり」

「七瀬さんのお胸柔らかー! ウエストほっそ!」

 うはうは言いながら七瀬のあっちこっちを触り出すひまり。

 何がどうなっているのか分からずに困惑する、俺。

「ちょ、ちょっと! ん♡ そこはダメ。敏感なの♡」

「ちょっと待て。どこを触っているんだ? これはアニメじゃないんだぞ? 見えないではないか。こうしたとき、どうすればいい?」

「想像すればいいと思うよ」

 ひまりは何気なくエロおっさんのように七瀬をもてあそぶ。

「ひゃ」

 ちなみにマッサージをしているだけでやましいことなんてしていない。

 しばらくしてひまりが落ち着くと、そそくさと自席まで戻る。

「はぁはぁ」

 息を切らしている七瀬。

 本当に何があったんだ?

「すごいね。ひまりちゃん。こんなテクをもっているんだ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「なあ、もしかしてだが、ひまり」

「はい」

「ガールズラブか?」

「そうです! 世の中の半数が女の子になればいいのに!」

「それはある意味かなっているだろうけど」

「間違えました。全世界、女の子になればいいのです。男はいらない」

「この子とんでもないことを言うのね。赤羽根くん」

「ああ。らしいな。こんな子じゃなかったのに……」

 俺は頭を抱えて困惑する。

 今までのひまりは可愛くて俺の言うことを素直に聴いてくれる優しい子だった。一緒にラノベを読んでみたい! とか。一緒に同人誌即売会に参加してほしい! とか。

 つまり、俺がそのオタクの沼に沈めたわけだが……。

「はっ!」

 天恵が舞い降りた。そうか。オタク文化に慣れ親しんだひまりは、女の子大好きな、ガールズラブになってしまったのか!

 これは予想していなかった。

 イケメン労働法第二百二条にも記載されていなかったはずだ。

 そうこうしている間に、オムライスが二つ。

「ひまりはね~。アイラブユーって書いてほしいな!」

 店員が可愛い女の子と分かると、にんまりと笑ってサービスを要求する。

「俺はイケメンで」

「か、かしこまりました!」

 震える手で文字を書き始めるメイドさん。

 わくわくしてオムライスを見つめるひまり。

 これも勉強の一環だ。

 同じサービス業。それもアイドルに近しい存在のメイド。

 これでアイドル以外にも仕事があるのを理解するとともに、アイドルへの再加熱を期待している。

「おおっ! 本当にアイラブユーと書いてくれました!」

「うまくできて良かったです」

 店員さんがにこりと笑うと、今度は俺のオムライスに手を伸ばす。

 そして――


 ぶーっ。


 残り少ないケチャップは嫌な音を立ててあらぬ方向にケチャップをぶちまけた。

 簡単に言えば俺の顔面にケチャップがついたのだ。

「ああ。ごめんなさい!」

「……」

 どう対処するのが正しいのだろう。

 しかし、

「ひまりは笑いすぎだ」

「だ、だって! いひひひひ」

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