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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第一章 聖暦十八年 転移〜候補者編
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成績表

 ほとんど白紙での解答になってしまった。

 知識教養を測るために老人の検査官は問題を解かせた。特に制限のない空間だったが、ティアは真面目に取り組んだ。

 しかし、問題は分からないものばかりだった。

 歴史や知識、魔法体系、戦いにおける立ち回りなど不明点ばかり。

 唯一自信があった分野は言語だ。色々な場所を渡り歩いた経験が力になっている。しかし、言語が元々の世界とほとんど変わらないということはあるのか。ハンムックは、言語の法則上少なくはない、と以前に言っていた。

 それよりも、次の検査は覚悟をしなければならない。身体能力検査だ。

 ティアたちが修練場に到着次第、偉丈夫の検査官が低い声で伝える。


「これよりお前たちの身体能力を確かめる。全員、私の合図があるまで走り続けよ」


 ティアにとって一番の苦手だ。しかし、やらなければならない。

 一斉に走り出す。他の三人の背中があっという間に遠くなる。

 追いつこうと脚をとにかく動かした。だが、息が上がり始め、胸が苦しくなった。それでも前との距離は開き続ける。


「グレイス、遅れているぞ!」

「は、はい!」


 検査官の声。振り返るだけで体が重くなる。

 前へ進み続ける。歩いているような速度と前にアンに言われたことがあった。今、検査官にはそう見えているかも知れない。

 熱が体を支配する。やめれば、止まってしまいそうな肉体をなんとか動かす。

 後方から足音が迫る。物凄い勢いだ。


「大丈夫?」


 ペルラが並走する。その脚の回転は風車のようだ。修練場をもう一周したのか。


「グレイグス!」


 鬼のように怒気の強い咆哮。自分のせいでペルラが怒られている。


「だ、大丈夫、です……先に行って、ください……」

「わかった」


 風が吹く。アンとは違う走りをしているが、同じくらいの脚の速さだ。

 エンリカ、ベルの順番で横を通り過ぎる。二人ともまだ息が上がってない。

 その流れが何時間も続けられた。光の向こうにある夜空が次第に青白くなるほどに。最初は、全員に声が飛ばされていた。

 ペルラはティア以外にも何かしらの言葉をかけていた。それが今も続いている。

 エンリカもベルも疲労が見て取れる。ベルの脚は棒のようになっていてティアより少し速い程度だ。しかし、ペルラは汗を少しもかいてない。

 耳にする音が平らになっている。骨の軋む音も呼吸も、検査官の声すら判別ができない。

 自分が正気なのかどうかも疑わしかった。だが、肌に触れる風は前から来ている。

 太陽が空に浮かび始める。その頃、周囲には人が集まっていた。


「……さん。……イスさん……!」


 今まで通り過ぎていた影から呼び掛けられる。それはすぐに遠ざかると再び近づいて来る。


「もう、充分ですわ。止まりましょう」


 高い声。だが、まぁ検査官に止められていない。


「……まだ」

「まだ、ではありませんわ。このままでは命に関わります」

「……いけます。……まだ」


 血の味がする。胸の苦しさがいつの間にか失せ、代わりに裂かれたような痛む。


「そうまでして、使徒になりたいのですか」


 あの家に帰りたい。使徒は一番ではなかった。

 使徒になりたい理由なんて元々ない。目的と結びついてるからそう進んできた。その過程で強くなる。強くなれば、夢が怖くなくなるかも知れない。

 一歩一歩と踏み出す。止まってしまえば、何もない自分にまた戻ってしまう。

 どのくらい時間が経ったのか。

 背中が迫って来ている。誰かに追いつきそうなのか。

 避けられない。横への移動を脚が拒んでいた。

 音もなく頭から突っ込む。脚は倒れ込む自分も支えられず折れ曲がっていく。

 だが、上半身は地につかなかった。誰かに腕を掴まれている感覚。


「掴まりなさい」


 両足で立つ。いや、これは浮いているのか。

 荒い息遣いが耳にかかる。エンリカの首に自分の腕が回っている。エンリカも自分のせいで怒られてしまう。


「終わりましたわ。そんか泣きそうな顔をしないで下さい」

「……おわった?」

「ペルラさんは、ベルさんをお願いします。脚がもう動かないようですので」

「わかった」


 ペルラの声が目の前から。そして、背中がいなくなる。

 何が終わったのか。最初にそう聞きたくなった。


「検査が全て終わりましたわ。これから、部屋に戻ります」

「……そう……ですか」

「もう少し気を保ちなさい。貴女はよくやったわ」

「あ、歩き……」

「皆を引っ張る者として、貴女のような者は見過ごせません。……頑張りすぎですわ」

「す、すみません……」

「でも、嫌いではありませんわ。さあ、早く戻りましょう。皆さんをかなり待たせてしまっていますからね」


 ゆっくりと脚が動く。浮遊感は少しなくなり、硬い地面で下半身が痺れる。

 歩幅が同じだ。合わせてくれている。少しずつ、呼吸も思い出せてきた。体も徐々にだが取り戻し始めている。

 最初の部屋に戻るまで数分かかった。検査官の指示もあり、ティアとベルは寝かされる。

 女性の検査官が二人の胸に手を当て、光を起こす。体から痛みが引いていく。深淵の森で何度か体験した現象、共有魔法(ポリシン)だ。

 浅い息遣いが横から聞こえ始める。ベルが目を瞑っていた。起きている時の快活な様子とは全く違う。

 ティアの体もずっしりとした疲労感がある。だが、目を開き続けた。夢を見たくない。その一念を強くしていたが、今は夜なのか、朝なのか。結局、どれだけの時間走っていたのか。


「お疲れさん、ひとまず検査は終わった」


 部屋の奥の方からハンムックの声がする。

 上体を起こし、そちらの方を向く。自分とベル以外の全員が席に立って座っている。


「早速だが、成績を提示する。簡単に諸君らの現状を示したものであり、決してこの数字の大きさによって今後が左右されるものではない。参考程度に把握しておいて欲しい。諸君、どちらでもいい手のひらを上に」


 ベルが寝ている。ふとそちらを見たが、偶然にも両手とも宙へ向いていた。


「ではゆくぞ……開示魔法(アポカリプス)」


 その言葉と共に片手から薄い板が現れる。一部透けており、向こう側には座席の様子が見える。そちらでも同様の現象がそれぞれに起きていた。

 板に触れようとすると、片手がそのまま通り抜ける。接触している部分だけ手に吸い込まれたようになっていた。


「その画面に、諸君らの能力が表示されている。確かめてみてくれい。ちなみに、10点満点じゃ」


 板には小さく文字が記されていた。青っぽい板に黒の文字ということで見え辛さはあるが、名前の横に数字がある。その上には、能力、魔力、知性、教養と四つの項目が並べられている。

 そこには――


      身体 魔力 知性 教養

 マグナス  8  8  8  8

 エンリカ  6  8  8  9

 シーザー  5  9  9  7

 シャール  5  9  8  8

 ノトゥ   7  7  7  7

 リリン   8  7  6  6

 ニル    9  9  5  4

 ペルラ  10  4  7  2

 

 グレイス  1  7  6  6


 エドワルド 7  5  4  3

 アンリ   5  1  5  4

 ベル    4  4  3  3


 身体1。ハンムックの言葉通りなら恐らく最低の評価だ。だが、血の気が引く一方で他の数字は悪くない。

 並びの中でも、自分の名前は九番目にある。一番上にあるマグナスの数値から総合順位であると分かる。九番目であってもティアの頬が震える。再び、頭に熱を浴び始めた。


「まだ大まかな数値しか提示していない。細かな適性に関してはこれから明かしていくかも知れん。つまり、あんまり気にしないでな」

「ハンムックさま、8という数値は高いの判断してもよいとは思います。ですが、6という数値は普通より上程度といった認識で合っていますでしょうか?」


 前方の席のエンリカが挙手をしながら言う。


「んー……そうじゃのう。例えば、毎日の生活に満足しているような者は2か3といったところかのう。6という数値は十分評価されているとオレは思うぞ」

「……まだ精進が足らないということですわね。分かりましたわ」

「まあそこまで気にせんでな。……諸君、これからの修練で数字なんてものはいくらでも変わる。だから、覚悟することじゃな」


 ハンムックの表情は笑っている。一方で、目には真剣さがあった。


「……では、しばらくオレたちは席を外す。戻ってくるまで自由に過ごしてくれ。そうそう、あんまり過ぎたことをするんじゃないぞ」


 過ぎたこと、それを考えている間にハンムックは退出していった。

 自由な時間。何か話をするべきかも知れない。アン以外にも話せそうな相手は増えている。

 しかし、脚が中々動かない。筋肉が石のように固まってしまっていて動かそうとするとそれが更に硬くなる。


「大丈夫?」


 前の席にいたペルラがティアの前でしゃがみ込む。


「は、はい……」

「すごいね、グレイスもベルも」

「そ、そんなこと……ないです……」

「また一緒に走ろう」


 ペルラが手を差し出す。脚と同じような腕を彼女の手の位置になんとか合わせた。


「そういえば、グレイス。この子はグレイスのお姉さん?」

「あ?」


 腕で作った枕に頭を埋めている状態で、アンがこちらを睨みつける。随分久しく見ていなかった。

 穏やかな気分になる一方で、ティアの表情は青ざめた。


「あたしはペルラ。グレイスと一緒に検査を受けた。名前を聞いてもいい?」

「……ティア。なんだこいつは?」

「え、えっと」

「ティア……? グレイスじゃないの?」


 ペルラが頭を傾げる。予想通り、二人の気質は全く合わなそうだ。


「グレイスで大丈夫です……! ペルラさん、彼女の名前はアンリ。私はアンと愛称で呼んでいますが、アンリでお願いします」

「わかった」

「本当に分かってるのか? こいつ……は」

「そうだ、アンリお姉さん」

「……アンリでいい」

「わかった、アンリ」


 アンがため息を勢いよく吐いた。疲れているのか、普段よりも棘が少ない。ティアにとっては好都合であるが、いつ破裂するだろうか。


「そうだ、アンリ。あの後、どうなったの?」

「……どの後だよ」

「通り。キミは戦いに向かった」


 銀の瞳が閉じられる。寝たふりかも知れない。

 何時間前のことだったか。聖都の露店の多い通りで、アンは使徒たちの揉め事に介入していった。無傷のまま再会したが、ティアの方にも追手らしき影が迫っていた。何事もなかったはずがない。

 その話をしていると周りがざわめき出した。

 前の席から誰かが近づいてくる。

 ハンムックと同じくらいの背丈で青髪が逆立っている青年、彼の茶色の眼は人を殺してしまいそうな光を帯びている。

 三人の前まで来ると、真上から声を吐き出した。


「俺はニル。テメェら、俺と決闘しやがれ」

「わ、私もですか……!?」

「テメェじゃねえ、その黒髪と麦わら帽子だ」

「あたしか」

「…………」


 アンは寝息も立てず、机に伏せている。

 そういえば、このニルという人物はアンと共に検査を回っていた。どのような性格は分かっていなかったが、この大きな様子だと相当に恐ろしいのだろう。野生児のような衣装が見事に彼を引き立ててもいる。


「ちっ、寝てやがるのか。なら、テメェだ」

「いいよ」

「ちょ、ペルラさん。に、ニルさんどうして決闘なんか……」

「俺はクンイン族のニル。クンイン族は強き一族。力が全てだ。だが、こいつはその俺よりも強いって出てやがる!」

「強い……あっ、身体能力の数値……」


 口元に手を当てて思い出す。ペルラは10点満点、一方でニルは9点だった。どちらも高得点であることに間違いない。


「本当は、そいつともヤりたかったがな、この嘘つきヤローと。……まあいい。オルァ! 表出やがれ10点ヤロー! ヤるぞ!」

「ま、待った待った!!」


 前の席の方から更に男性が駆け寄って来る。ニルとは異なり、大人しそうな人だ。


「んだよテメェ!」

「わ、わっ! ボクはノトゥだ……! ハンムックさまは自由にしていいと仰っていたけど、決闘はやり過ぎじゃないかな……!」

「んなこたぁ知ったことかよ! 俺にテメェらのきまりは通じねぇ!」

「そんな無茶な……! み、みんな……」


 ノトゥの翠の眼が泳いでいる。しかし、彼を助けようとする者はいない。

 なぜだろう、と原因を探ろうとする内にペルラが中庭の方に向かう。ニルも机や椅子を蹴飛ばしながら進んだ。

 ベルの席がぐちゃぐちゃになる。それでもまだ鼻風船を浮かべて彼女は寝ていた。

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