使徒育成計画
あれからティアとペルラは道に迷った。
モアナからもらった地図を思い出すまでペルラに先導で右往左往としたため、かなりの時間が経ってしまう。
夕陽が空を覆い始めた頃、ようやく使徒たちの争いがあった通りに戻る。
破壊の後がそこかしこに見え、切断痕だけでなく強く衝撃が与えられたためか大穴もできている。そこに集まる人々がいる。格好からしてここで商いをしていた人々だろうか、店舗や商品を直しているようだった。
「たしか、あの店だ」
ペルラが指す方向に閑散としている店があった。もう店じまいをしてしまったようで誰もいない。
「まいったな。ここに置いてくか」
「いいんでしょうか……」
「借りるとは言ってた、気がする」
「置手紙を残すのはどうでしょう?」
「手紙?」
「手紙です。あ、でも……紙が……」
「いいよ、あたしは字が書けない」
代金を置いて、その場は後にした。見たことない通貨だ。この都市、あるいはこの世界で使われているものなのかも知れない。
通りでアンも探した。しかし、どこにもいない。修復に尽力してる人々に声をかけたところ、使徒と一通り戦った後、どこかに行ってしまったらしい。
ハンムックとの待ち合わせ時間はもうすぐだ。
今夜、使徒育成計画が始められる。使徒の候補生たちが集い、正式な使徒になるための修練が行われる。ティアとアンも参加者であった。
「ここで、お別れですかね」
空に黒みがかかっている。急がなければならなかった。
「そうか」
「皇城の方にある修練場という場所に行ってきます。しばらくは聖都にいると思うので、またどこかで会えたら嬉しいです……」
「ん? 皇城……? それは、あれ?」
ペルラが指し示した方向には皇城の象徴たる長大な尖塔がある。その白さは薄暗さの中でも一際目立っている。
ペルラはしばらくそちらを向いていて、動きを止めていた。やがて、ティアを蒼い眼で見つめて言った。
「同じだ」
「同じ……?」
「行先が」
「え、ええっ?」
昼間とは打って変わって、静かになっている通りにティアの上ずった声が響き渡る。
数分かけて修練場の前までやって来た。急ぎだったため、ティアは両膝をついて息を整える。
皇城から少し離れているが、歩いて数分もない場所にある古びた建物だ。
中の部屋から光が漏れている。そこからちらと様子を確かめたところ、見知った背中があった。短髪に癖の強い黒髪、顔の形も正にアンだった。
ペルラが扉を開く。続いて、ティアも屋内に入る。
内部は広く、何十人がいても余裕のある空間だ。ランタンの灯りが眩く、部屋の薄暗さを抑えている。しかし、あまり修練をするに適してはない。椅子と机が並べられている。
アンは最後方の席に座っており、その両隣が空席となっている。十二を数えられる座席のそれぞれには誰か座っている。
「最後か。あたしはこっちに座ろう」
「では、私はこっちに……アン」
「……ん? ああ、ティアか」
小声でアンに話しかける。この一拍の間、寝てたのではないか。だが、あまり不機嫌ではなさそうだ。よく見ると、体や髪に少し艶があった。匂いもよくなっている。
「お風呂入ったの……?」
「ああ。さっぱりした。やっぱ、運動はいいもんだ……な」
「あれから大丈夫だったの……?」
「別に。お前こそ、勝手にどこ行ってた? そっちの方が面倒なんだよ」
「そ、それは、ごめん……」
アンの声の調子は変わらない。
ため息をついて席に着く。目の前には、赤い眼がこちらに向けられている。茶髪に褐色肌、その特徴をティアは知っている。
「さっきぶりだねー! グレイスちゃん、ペルラちゃん!」
「あ、さっきの」
「まさか君たちもここに来るとは。改めて、よろしくグレイスくん、ペルラくん」
「マグナスさん。ベルさんも、よろしくお願いします」
ペルラも表情を浮かべぬまま会釈した。
周りを見てみると、自分と同じくらいの少年少女が多い。マグナスが最も年長だろうか、それでも二十には達してないように見える。
格好は多様だ。前方の席に、見た目整った者たちが多く、ある程度どのような身分か分かる。
その時、誰かが部屋に入って来た。
「皆、時間通りに揃ったようじゃのう。オレが、ハンムック。使徒育成計画を発案、主導した者じゃ」
ハンムックが全員の前に立つ。いつもの木こりの姿でない。黒を貴重にした制服で、肌の色よりも色が濃い。家にはなかったものだが、まさか借り物だろうか。
「早速じゃが、今回の計画の主旨を簡単に説明する。諸君らも覚えているだろうが、厄災異変により西方及び聖都の使徒は激減した。また、異変後に生じた霧により我々は分断されてしまっている」
口調も普段と異なる。様々な場所での生活を思わせるような方言ではなく、きちんとした言葉遣いだ。
「この現状の打破をなすためには、やはり人手。それも霧の影響により強力になっているレムレスとまともに戦える使徒が必要だ。だが、本来使徒一人を一人前にするに十年単位での修練が必要としてきた。諸君らの先祖や身近にいるであろう使徒もそうして今の力を手にした」
十年。その長さにティアは目を見開く。ティアもアンも半年程度の修練、ティアに至ってはようやく幼児程度の体力を身につけたばかりだ。
転移術が完成後、何とか教えてもらえないだろうか。すると、目の前のハンムックがモアナに注意された姿が思い浮かんだ。きっと、冷たくされる。
「そうは言うが、急ぎ故にそんな時間は取れん。計画は三年を考えておる」
「さ、三年!」
ティアの口から言葉が漏れる。前方からも同じ反応があった。
数を指で示すハンムックはニヤリと笑う。
「それだけの危急ということじゃ。逆に言えば、今から使徒になる者をオレたちは大いに歓迎しよう。それこそ、英雄としてな」
「英雄……な。質の伴わない増強なんて、意味がないんじゃないか?」
頬杖を突きながらアンが尋ねる。前を向いていた者たちが一斉にそちらに向いた。マグナスの眼も見開かれている。
「アンリの言う通りじゃ。計画はその分過酷なものになる。そのため、いつ抜けてくれても構わん。市井に戻り元の生活を営むことも特別に黙認しよう」
「……ワタクシはそんな覚悟で参ったのではございません」
最前列に座っていた少女が机を叩いて立ち上がる。貴族が来ていそうな華美な服とくるくるとした金髪が特徴的だ。
「一年でも、いえ一日でも早く、ワタクシは使徒にならなければなりませんの」
「エンリカ。そうじゃな、お主は確かな理由を持っとる。他の者もそうじゃ。皆が皆、使徒になるための理由があってここき来ている」
ハンムックが手拍子を打つ。
「野暮なことを聞いて悪かった。オレたちにも確かに目的はある。だが、諸君らも各々の望みを叶えればそれでいいんじゃ」
何人かが頷く。誰も辞退しようとはしなかった。
各々の望み。ティアにとっては、元の世界の家に戻ること。それが最も大きい。
エンリカという少女には熱があった。自信もあるのかも知れない。それが気持ちを強くしているのだろう。自分にはないものだ。
「そうじゃな。一日、一分一秒でもと考えている者もおる。明日から本格始動となる前に最低限の準備を今日中に終わらせてみてもいいか……よし、ちょいと検査をやってみるかの!」
「賛成しますわ! 是非ともやりましょう」
エンリカの髪が跳ね上がる。他の者もそれに続いていく。ベルやマグナスも賛成の声や手をあげている。
ティアの額には汗が浮かんでいる。
以前、ハンムックの家で簡単に適性は見られた。だが、今回はそれをより詳細に判別するために行われるのか。前より体は良くなったとはいえ、果たしてやり通せるのか。
自分は自分が出せる全力を尽くす。力や気持ちに差はあっても、それは変えてはならない想いだ。
ハンムックが部屋の扉を開ける。手招きして全員に集まるよう促した。
廊下を挟んだ先は広大な庭だ。建物に囲われているが、ハンムックの庭よりも大きい。天井がなく月が空に浮かんでいるのが見える。皇城の尖塔は夜空を割っているようだった。
庭は昼間のように明るい。灯りを幾つ使えばこうなるのか。
「身体能力、魔法検査、そして頭の良さじゃな。オレを含めた検査官四人でそれぞれ見る。三つの組に分かれ各担当検査官を回ってもらおうかのう。あ、オレは総検査官じゃから、基本は三人に見てもらってくれい」
ハンムックが話すのに合わせて、奥に見える扉から三人が現れる。
偉丈夫、理知的な女性、賢者のような老人という印象をそれぞれ受けた。
「よし、今から名前を言う者は身体能力検査を受けてくれい。……マグナス・ドゥラメンテ」
「はい!」
マグナスの爽やかな声。続いて、初めて聞く名前が並ぶ。
男性の名前ばかりだ。と思っていたところだった。
「アンリ。お主も身体能力検査じゃ」
「えっ、アンが……?」
アンが無言で偉丈夫の検査官の方に行く。
アンとまた離れる。深淵の森ではほとんど常に一緒にいた。これから本当に一人でやることになる。
ティアの眼はアンを捉え続ける。だが、彼女と目は合わなかった。
「次は魔法検査じゃ。グレイス。…‥グレイス?」
「は、はい!」
不意を突かれた形となった。頭の中の事柄が音を立てて崩れる。
「頑張るんじゃぞ。ペルラ・グレイグス、ベル・リン、エンリカ・フランツの三名も最初に魔法を見てもらう」
「はいはーい! グレイスちゃん、ペルラちゃん。あと、エンリカちゃんよろしくねー!」
ベルがぶんぶんと腕を振る。ペルラもそれに手振りで返していたが、エンリカは目を瞑っていた。
検査官の女性に連れられ、再び屋内へと戻る。
入った部屋は、はじめ真っ白だった。音も風もない無の空間。
だが、瞬時に見えるものが変わった。足元に石畳が作られ、三方には町が広がっていく。魔法なのだろうか、あまりの精巧さに息を呑んだ。
「では、各人の適性を確かめます。火炎魔法の発現を」
「は、はい! 火炎魔法!」
他の三人も続く。四つの炎が手のひらに灯されると女性の試験官は、手で留め置くよう指示した。それぞれを見て回る。
ティアの前にもやって来た。他の三人と比べると大きな特徴のない炎だ、とティアは思っていた。
「初級魔法の一つ、火炎魔法は基本三魔を確かめるに適しています」
「基本三魔……ですか?」
「変化、制御、順応。それぞれ魔変、魔制、魔応と我々は呼んでいます。貴女たちの炎の揺めきでどれに適性があるか把握できるのです。例えば……ペルラ・グレイグス」
「ん? なんだい?」
「貴女の炎は強弱が激しい。これは魔力の大きさの調整に富んでいると判断できます。体との相性がよい。つまり魔応に適しています」
「まのーがすごい、わかった」
検査官は淡々と伝える。
ベルとエンリカの炎は、それぞれ同じくらいの大きさだが、揺めきと位置が異なっている。ベルの炎は浮き上がっていた。
「ベル・リン、貴女は魔変に優れています。魔法自体の性質を変化させ、炎を作るだけでなく浮かせています」
「まへんね! えっへん! ベルすごかったんだー!」
「……ワタクシは魔制において優れています。魔力操作の第一人者であるフランツの者として当然ですわ」
「検査官は私ですが……まあいいでしょう。最後に、グレイス」
「は、はい……! 私は……」
どうでしょうと聞こうとしたが、ティアの言葉は続かなかった。手への集中を切らさないようにするだけでいっぱいだ。
「貴女は珍しい。炎の揺らぎを抑え、小さく調整出来ている。そして、温度がかなり低い。基本三魔全てに適性があると言える」
「えっ?」
言われてわずかに炎が大きくなる。ハンムックにそのようなことを言われたことなかった。
「で、でも、私は修練をしたので」
「把握しています。ですが……エンリカ・フランツ、貴女は幼少時から修練を積んでいると聞きます。彼女の魔法をどう感じますか」
ティアはエンリカを見る。彼女の眉根が若干寄り、目に力が入っていた。また、唇の形が歪み、白い歯が隙間から覗かせている。
「……ワタクシは一歳にはすでに修練をお祖父さまから。これだけの力をワタクシは出せませんわ」
「貴女も、見事な制御力と言ってもいいでしょう。しかし、才能においては、かくいうこともあります。グレイスさん、貴女はその才に驕らず精進すべきです」
「は、はい……!」
検査官が四人から距離を置く。淡々としているが、冷徹ではないそう感じられた。
「基本三魔は鍛えることができます。ですが、それを見極めた上で適切な修練を行う。非常に重要なことです。……では、次の魔法を」
指示が告げられる。
エンリカはまだこちらを見ている。だが、検査官の言う通りだ。
修練はもう始められている。今は自分自身と向き合う時だった。




