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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第一章 聖暦十八年 転移〜候補者編
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血の魔術

 深淵の森を出てからそろそろ二十日を数える。

 ティアは、自分の脚でこれだけ歩いた記憶はなかった。数時間歩いては休む流れを夜遅くまで続ける。ほぼ一日歩き通していて常に脚が棒のようになっている。だが、苦ではなくむしろ大地の硬さが小気味よかった。

 どこに行っても、霧が立ち込めている。森の中の濃度は変わらず、数メートル先を見通せない。一行は、はぐれないように森にいた時と変わらない距離の取り方をしている。

 ここまでほとんど町や村には寄っていない。野宿が大半で、宿屋も通行上になければ利用しなかった。

 宿屋には人が誰もいないことがあった。いくつかの店舗とまとまって建てられているにも関わらず、店側の人間が誰もいない。荒れ果てた場所とはいえ、少し掃除してから使うのに若干の抵抗感はあった。

 レムレスのせいだろう、とハンムックは呟いていた。破壊された跡地には、確かに人ではなさそうな体毛や足跡が残っていた。

 自分のいた世界にも熊や狼といった獰猛な生き物がいる。だが、それとは比較できない。暴力の大きさが全く違う。

 本当に異世界なのだろうか。歩いている内に、霧の先がどうなっているのか想像を働かせていた。


「そろそろテレジアっちゅう町に着く」

「町? 町に行くんですか?」

「ああ。といっても、ちょいと用があってのう」

「私用か?」

「それもある」


 アンの目が細くなる。不満はあるが、風呂さえあればいいと考えているのかも知れない。

 それから二時間程歩いて、入口らしきところが見えた。ここからでも、町の方からする声や物の音が分かる。

 だが、それ以上に足の形をした穴がいくつも空いていることが目に留まった。町の中から外まで続いていて、この町にもレムレスの被害の大きさが察せられる。

 人の数はまばらだったが、家の外に出ている。何か会話しているようだが、断片的でしか分からない。こちらを見ても特に反応はなかった。

 彼らに一瞥もせず、ハンムックが向かったのは町の中にある墓所だった。霧のせいか、異様な雰囲気がある。

 墓石の一つにハンムックはしゃがみ込むと、懐から何かを取り出した。


「それは……?」

「ああ、酒じゃよ。こいつ、酒が好きでな。聖都に行く前には持ってくるようにしとるんじゃ」

「お友達が眠られているんですか……?」

「そうじゃなあ……友達って感じじゃないが、そんなもんかのう。この町を作った使徒じゃな」

「使徒……」


 ハンムックが無言で頷く。笑みを浮かべてはいたが、眉の位置が下がっている。


「よし、そろそろ行くかのう」

「本当にただの私用かよ」

「そうじゃ、早く聖都に行かんとのう」


 アンが舌打ちする。ハンムックはそれを見て笑っていた。

 墓所を歩いていると声が聞こえてきた。


「うぅ……どうして、あの子が……」


 啜り泣く姿がある。母親であろう女性とそれを抱きしめる男性。その二人以外にも、何人もの人が思い思いをそれぞれの墓石に投げかけている。

 中には大きな怪我をしている者もいる。四肢の欠損や顔の一部がない人が目立つ。


「レムレスの仕業じゃろうな。この町も大変じゃのう」

「ムッキー、他人事みたいだ……な?」

「オレはハンムックじゃて。ムッキー、と怒るぞぉ? オレの管轄じゃなかところじゃからな」

「管轄ですか……?」

「使徒にもそうゆうもんがある。オレは今は深淵の森を監視する役目が主で、このテレジアの秩序を守る使命を得ておらん。使命がないまま動けば、反逆と見られかねんからのう」

「そう……なんですか……」


 ここで誰かの助けがしたい。だが、それは驕りかも知れない。

 使徒とはどういうものなのか、あまりティアは知らなかった。半年も一緒にいて、基本的な魔法や体の動かし方は鍛えられたが、知識面で熱心に指導された覚えがない。

 苦手とは話していた。そのための使徒育成計画だと。そこで本格的な修練が始められるという。

 どこを目指しているのか。エルダートの家に本当に近づいているのか全く分からなかった。

 町から外に出て、西の方角に向かう。テレジアの町はあっという間に霧の中へと消えていった。

 ここまでレムレスとの遭遇はなかった。しかし、今までに訪れた場所のように被害は生じている。深淵の森で襲われたのもハンムックが不在の時だった。そう考えると、その点と彼が何か関係しているのか。


「ハンムックさん、次はどこに……」

「次は待ち合わせがあるんじゃ。この先少し進んだところにある」

「……どのくらい歩くん……だ?」

「そうじゃのう。半日ってところかのう?」


 アンがため息をつく。彼女の脚はかなり抑えられている。戦いらしい戦いもなかったため、平坦な旅であると感じているのかも知れない。

 ティアが、余裕を持って周りを見回せる機会は珍しかった。昔は、アンに背負われてばかりであったことが起因している。だが、現実を確実に学んでもおり、悩みが尽きはしなかった。

 次第に大地の色が失われていった。草木が生えず、土地が痩せている。人間や動物の骸が転がっており、まだ新しいものもある。その血肉を動物たちが貪っている様を幾度か見た経験があるが、ここまでの凄惨さではなかった。

 臭いも鉄さびと腐臭がきつい。アンもハンムックも平気な顔をして歩いている。

 不意にハンムックが足を止めた。


「なーんか、おるのう」


 斜め前方を指さす。霧の先はほとんど見えない。だが、周りの色とそこだけ色が違っていた。前方の方に岩山か森かに似た影が現れている。道中でも何度か見た景色で、そこまでの違和感はなかった。

 だが、少しずつ巨大な影が動く。その度に、ズシン、ズシンと大きな音が生じ、足元が揺れた。

 揺れに耐えきれず、ティアは尻もちをついてしまう。腰の辺りに痛みが走ると、体が痺れた。

 少しずつ影がこちらに近づいてくる。その度に、自分たちがいかに小さなものであると思い知らされるようだった。

 現れた者は、10メートルを遥かに超える巨大な生き物だ。二足歩行だが、トカゲに似た見た目をしていて全身を鱗で覆っている。深淵の森で出会ったレムレスである一角植獣とは、まるで性質が違う。

 真っ黒な目がこちらを捉えている。何も考えていない、捕食者の本能をそのまま体現している。


「竜族か。はぐれもんじゃろうが、こんところまで来ちょるとはのう」

「竜族……?」

「昔はよくおったんじゃ。辺境に住み、その領域からは出ない。じゃが、こいつはあの町の近くにまで来ちょる。攫っては領域に持ち帰り、捕食する。そんところをしちょるんじゃろうなあ」


 テレジアにあった大きな足跡。たしかに、この大きさなら一致している可能性は高い。


「おっしゃ、オレに任せい」


 ハンムックが二人の動きを制して前に出る。腕を回して肩を鳴らす。

 指を前に突き出す。ボウガンに近い指の形をしている。人差し指の先がレムレスに向かっているが、あれで魔法を撃ち出すなのだろうか。

 レムレスが巨大な脚を交互に踏み出して、地が揺れる。だが、迫られてもハンムックは身じろぎ一つせず、構えていた。

 両者の距離が5メートルの距離。レムレスにとっては二歩程度だ。


「バン!」


 ハンムックが口で渇いた音を発する。その瞬間、人差し指から何かが射出される。

 赤さがあるが、その下に白色が隠れている。見覚えのある形、それは骨に似ていた。

 風を切る鋭い音がレムレスの胴体を食い破り、侵入する。風穴から血が溢れ出るも、動きを完全に止める威力ではなかった。


「ハンムックさん!」


 ハンムックが潰される。そう思って、両手に意識を集中させた。

 だが、ティアが魔法を発現する前に、突如としてレムレスの様子に変化した。穴の開いた位置に腕を当て、体を圧迫する。うめき声を発しながら全身を搔きむしり始めて、様々な箇所から血液が流れた。

 上半身が膨れていく。中で何かが大きくなっているようだ。

 そして、限界を迎えた体は激しい音と共に大爆発した。血肉がそこら中に飛び散り、雨と間違えかねない血がに一体に降り注いだ。

 ハンムックは体に付着した血液を落とさないまま、こちらに振り返った。


「これでええのう。テレジアも元の生活を少しは送ってくれるといいが」

「ハンムックさん、今のは……」

「今のは、オレの魔術じゃ」

「魔術……?」


 魔法とは違うのか。二人に人差し指を向けるも、その先端には大きな穴が開いていた。

 穴の中から血液が噴き出す。いや、現れた血液が蛇のように空中で舞い始める。


「魔術……固有の能力と言った方が分かりやすいかのう。使徒になると、個人ごとに違う能力が使えるようになる。オレの場合は、血液を操る魔術。血継術と呼んじょる」

「血を操る……今もそうしているんですか?」

「そうじゃ。オレの体から一メートル以内であれば、自由に使える」

「だが、今のはその制限の外であったようだ……が?」


 顔について血液をアンは拭い取っていた。


「そこで登場するのが、指弾じゃ。指の骨を魔力によって撃ち出し、相手の肉体に侵入。そして、埋め込まれた骨を中心にオレの血液が自由に動き回った訳じゃ。そいつを使って、奴の血を吸収して巨大化。体内から弾け飛ばしたって感じかのう!」

「きもいな。絶対に私には使うなよ」

「そりゃそうじゃ! お主(んし)らを信用しちょるからこそ、こうしてオレの魔術を話したんじゃ!」

「血液を含ませれば、相手の命を奪うことはいつでもできる。ということだろ? ティア、水出せ。全部洗い流す」

「え……う、うん。水竜魔法(ウォルト)」


 霧から水分を集めて水の球を作る。お互いに全身に水をかぶった後、風で乾かした。

 凄まじい力だ。指から噴き出した血液が元あったところに戻っていき、いつの間にか指の穴が消えている。攻撃から肉体の修復まで、これだけの力を発揮できるハンムックは間違いなく使徒だった。


「先を急ごう。目的地は間もなくじゃ」


 ハンムックが先導する形で前に出る。その後ろ姿がいつも以上に大きくあった。

 それからしばらく進んだところで、何かの影が霧の中に浮かび上がる。

 ティアが一瞬身構える。だが、それは人の形をしていた。


「待たせたのう。いや、時刻通りか?」


 ハンムックが声をかけても、相手は何も言わない。こちらに少し歩み寄ってきて、ようやく姿が見えた。

 ハンムックと同じくらいの背丈をした女性だ。だが、青色の外套の下に男性が着るような制服を着ている。顔立ちも中性的であったため、ティアは制服の下からでも主張する胸で性別の判断をした。翠の髪色をしていて地面スレスレまで髪を伸ばしている。

 右眼には薄いガラスをかけている。その下の眼が緑色に光っていた。


「そちらが?」

「そうじゃ。二人とも、こん方はモアナ。モアナ・クラヴィス。今は聖都で使徒をしとるオレの同僚じゃ」


 紹介をするハンムックをよそに、モアナはティアに近寄る。

 その間にアンが割って入る。アンはモアナを睨みつけるが、反対にモアナの表情はなかった。


「す、すみません。私、グレイスと申します。彼女は、私の姉妹のアンリ」


 外行きの名前を使う。ティアとしてもモアナには、無意識に心を閉ざす。

 モアナの眼がじっと自分を捉えている。ティアは彼女の眼を見た。髪よりも緑に近く、黒が混じっている。冷ややかで、何もかもを見透かしているようだ。

 

「グレイスとアンリ。聖都に案内しよう」

「え……あ、はい……」

「モアナがおらんとこの先が行けんくてのう。人とも使徒とも話さんが、あんまり気にせんといてのう」


 ハンムックが笑んでいる。だが、モアナは気にも留めずに進み始めた。

 一行は彼女の後を追う。早くも遅くもない速度だが、ティアは直感的に違和感を覚えていた。

 数分後、霧の先から突如として様々な音が響き出す。潮の臭いが鼻腔を刺激する。

 断崖が目の前に現れた。波が岩肌とぶつかり合う様はここから見えないが、耳が捉えている。

 モアナが崖側に立つ。彼女は手の本を開く。いつの間に持っていたのか。

 すると、崖の向こうまで光が伸びる。真っ直ぐと進んだそれは橋の形をしていた。


「この先が聖都じゃ。お主(んし)ら、もう少しの辛抱じゃけんのう」


 ハンムックが光の上を歩み出す。モアナもその後に続いていた。

 アンが先に行く。ティアもそのすぐ後に渡り始める。

 光の橋は、何も触れていないのに歩けるという不思議な感触だ。

 少しずつだが、この世界が分かってきたかも知れない。だが、この先に待つ世界はより複雑なのだろう。

 ティアは、もどかしさを抱えながら聖都へと向かっていった。


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