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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第二章 聖暦十九年 西方遠征前夜〜ダルタロス地方編
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【ダルタロス地方編】聖都の大いなる門 ⑥

 綺麗な部屋だが、ベッドばかりだ。

 バウラルイの砦に戻って来て、ティアは治療を受けた。右腕の骨折がひどかったが、アンに腕の向きだけ力づくで調整され、その後は共有魔法(ポリシン)によって回復力を高めた。

 他にも何人か怪我人が運ばれている。

 マグナスの姿もある。昨日レムレスによって腕を切断されたが、なんとかくっつけられた。聞くところによると、シャールが氷の魔法や共有魔法(ポリシン)を巧みに用いて応急処置を行った。その結果、接合が可能になったという。

 間違いなく、マグナスが最も重傷だと言える。しかし、彼は爽やかな表情のままだ。


「グレイス、アンリに殴られたことって結構あるのかい?」

「よく引っぱたかれますけど、本気で殴られたことは多分なかったと思います」

「僕もやられたことがあるよ。でも、腕は折られなかったかな」

「物凄かったです。改めて、アンの強さが分かりました。私も、もっと強くならないと」

「君は十分強いと思うよ」

「そんなことありません」


 マグナスが微笑む。腕には包帯が巻かれ、固定されている。完全に動かせるようになるまでは、しばらく時間がかかるらしい。

 もどかしさを、彼は感じているだろうか。この遠征は、彼にとって仇討ちの旅でもあるはずだ。

 だが、シャールを助けてことでマグナスは怪我をしたとニルは言っていた。それもまた、責任感の強いマグナスらしい。


「ごめんよごめんよー、二人ともすごい強いと俺は思うよ」


 隣のベッドでシアンが上体を起こしていた。彼女は、見える範囲に外傷はない。


「人の身であるのに、いきなりレムレスに殺されることはなかった。これはこれは、とてもすごいと言えるよ。熟練した使徒であっても、レムレスの不意打ちで消されることはあるもの」

「あのレムレスは、間違いなくそれを得意としていたのでしょうね。月狼族、恐ろしいレムレスでした。運が悪ければ、僕は今ここにいなかっただろうし」

「俺もだよ。もっともっと自分のことに気を遣わなくちゃなー」

「シアンさまは、捕らえられていたことを覚えているんですか?」


 マグナスの問いかけに対して、シアンが唸り声を上げる。腕を組み、首を傾げる様子からして一つ一つの動きが大きい。


「俺、時々意識を失うことがあるんだよ。そうすると、こんな感じになっちゃって」


 シアンの全身が途端に水に変化する。ベッドから水滴が垂れ落ちるくらい、その場がビシャビシャになる。

 その水が、ティアとマグナスの間にまで動いて来る。


「こうなっちゃうと。あ、でもちゃんと服は着てるね。今回は成功だ」


 二人の間から、シアンがいきなり現れる。水竜魔法(ウォルト)を応用させると肉体にも変化を及ぼせるようになるのだろうか。


「うお……! それは……魔法で合ってるんですか?」

「ううん、魔術だよ。俺は聖水将(せいすいしょう)って名付けてる。ざっくりざっくり言うと、肉体を水に変えることができる、かな」

「おお、水にですか。それはとても強そうですね」

「うーん、そうでもないかな。制御すごくすごく難しいんだよね。気を失っている時は、勝手に能力出ちゃうし、この力を使って何も攻撃が効かない無敵のシアンさまってこともできないんだよね」


 もう一度、水になると自分のベッドに戻っていった。自分のベッドが湿っていたのか、わあ、と分かりやすい反応を示してくれた。

 シアンは、レムレスに取り憑かれていた。月狼族は、環境に適応することを得意とする種族だ。戦闘においても、霧と同化することで非常に厄介な存在になっていた。それを応用して、シアンが液化している間にレムレスが一体化した、ということらしい。

 怪我はなかったが、念のための隔離と彼女は言っていた。

 マグナスが手招きしている。ティアは少し顔を寄せると、彼は小さく声を出す


「あの時のレムレスの模倣、君はどう思う?」


 あの時、というとおそらく候補者たちを外に連れ出そうとしたシアンのことだ。

 あれは、気絶しているシアンを操っていたレムレスだった。声帯も本人のものを使っていて、外見にはほとんど差異がないようだった。

 だが、ティアは直感的にだが、一目見た時に微妙な違和感を覚えていた。


「なんとなく、今みたいな表情の豊かさがないように思いました」

「表情の豊かさ?」

「誘い出そうとする時のシアンさんの表情が硬かったんです。笑顔が張り付いているような……でも、それだけでは断定できませんでした」

「いや、大したものだよ。君たち姉妹は、本当に優れた感覚を持っているよ」

「姉妹? アンのことですか」

「彼女もグレイスと同じことを言っていた。同行している最中に少しずつおかしな点を積み重ねていって、気づきに至った。でも、その時には僕の腕はやられていた、ってところかな。だからか、彼女珍しく調子悪そうにしていたよ」


 マグナスが何とも言えないような笑顔を向けてくる。

 申し訳ない、とアンは思っているのかも知れない。自分が大怪我を負った時にも、彼女はそういう態度をしてくる時がある。ただ、他人に対してはあまり見せたことがないはずだ。

 ティアは微笑み返した。

 そうしていると、シアンの顔が目の前に現れた。魔術を使っての乱入だ。


「へーへー、あの黒い子とグレイスちゃんは姉妹なんだね。たしかに、よく似ているかな」

「はい、自慢の姉妹です。今回もまた助けられちゃいました」

「俺も兄さんに助けられちゃった。性別は違うけど、弟妹仲間って感じだね。あ、待って、もしかして、グレイスちゃんはお姉さんだったり?」

「い、いえ、そこはなんとも……性別……?」


 快活そうに話すシアンの裸体を思い出す。非常に女性的な体つきをしていた。今も、胸から腰にかけては出るところが出て、お腹はきゅっと引き締まっている。

 弟とも言っている。つまり、自分のこの貧相な体つきから男児であると勘違いしてる訳でもない。


「あのシアンさん……」

「ん? あ、この足音は……!」

「足音?」


 シアンが口元に人差し指を立てる。

 耳を澄ませた。かなり足早で、大股気味だ。それでいて一歩一歩の音がはっきり聞こえるくらいに強く歩いている。

 自分たちのいる部屋の前まで来た瞬間、扉が吹き飛ばされた。

 先ほどまでシアンのいたベッドに扉が突き刺さる。


「シアン!!」

「兄さん、お見舞いに来てくれたの?」


 フェイズがこちらに突進するように近づいて来る。

 そして、シアンの首元を掴んだ。あれは苦しい、とグレイスは自らの首元に手を当てて思い出す。


「貴さまのせいでいらん仕事が増えてんだ! こんなところで水売ってる場合じゃねえんだよ!」

「あれでも念のためって言ってたよね? よね?」

「言ってねえよ! 行くぞ、おい!」

「あいたたた!」


 シアンの癖の強い長髪が、フェイズに乱暴に掴まれる。女性だと言うのに一切容赦がなさそうに見える。いや、それとも本当にシアンは男性なのか。

 そして、ついでの如く残った片腕がティアの背中に掛けられる。


「貴さまもだ。グレイティア・グレイス」

「わわわわわっ!」


 片腕で持ち上げられると、そのまま部屋の外まで連れ出された。

 廊下を移動の最中もぶらさげられた衣服のような体勢になった。どちらかと言うと、彼は人を人として扱っていないのかも知れない。

 砦の螺旋階段を上がり、最上階の部屋に着く。

 その中には、グリゴリー、リリン、そしてアンの姿があった。

 彼らの前に、ティアの体は投げ出される。

 だが、床に激突はしなかった。グレゴリーのたくましい両腕が受け止めてくれた。


「フェイズ、もっと優しく頼む」

「ふん!」


 グレゴリーに言われるも、フェイズは一瞥もせずに部屋の最奥の席に座る。

 物は多いが、整頓された部屋だ。壁には数本の矢や武器が掛けられており、少し威圧的ではある。

 側面には展望台に繋がる扉がある。窓の外は、やはり霧が濃い。


「貴さまらの処遇を決める」


 フェイズの褐色の眼が、鋭く光る。


「ダルタロスへの使徒への侮辱や反逆、直接的な暴行もあったな。俺たちの使命の邪魔もした。本来なら獄門行きなのは間違いない」

「ええ! そんなそんな、確かに痛かったが知らないけど、俺覚えてないよ!」


 フェイズの隣に立ったシアンが、彼の前に立ち塞がる。

 フェイズが彼女の体を、座ったまま手でどかすと言葉を続ける。


「十二氏族討滅の協力、シアン・ダルタロスの救出。以上二つの功績から反逆と暴行に関しては不問とする。獄門行きの処置は取らない。だが、別の場所には行ってもらおう」

「別の場所? どこにだ?」


 グレゴリーが腕を組む。


「黙れ、刃極。貴さまらが、西方遠征の途上という話は聞いた。だが、それは地方の秩序を乱す理由にはならん。よって、平原の中心であるアプスに向かってもらう」

「アプス?」


 シアンが地図を広げ、皆に見せる。

 彼女が指差した地点は、ここから北にあるようだ。


「この付近には、レムレスはまだ腐るほどいる。貴さまらは道中のレムレスを狩りながら向かってもらう。そして、同地に配属されている使徒から出立の許可を受けることだ」

「出立の許可か。それは重要ではあるな」

「北部からの出立のみだろうな。西部はより厳しい場所だ」

「獄門……確かに厳しい場所ではあるな。ダルタロスさまは今どちらに?」

「貴さまらが知る必要はない。刃極、この土地では社交の文化などない。弟から言われてないのか?」

「使命を大切にする使徒が多い。そうだな、シアン」


 シアンがニコリと笑って、うんうんと頷く。

 二人の会話を聞く限り、やはりシアンは男性として扱われているようだ。ならば、シアンのことは彼女ではなく彼と認識を改めなければならないか。


「刃極、もう一つある」

「もう一つ?」

「そこのレムレス女。貴さまは知っていたのか?」


 フェイズがリリンを指差す。リリンはその指を捉えて離さなかった。


「ああ」

「消していいレムレスなら、今ここで俺が消す」

「それはダメだ。大事な候補者だ」

「候補者? 必要ないだろう、レムレスなら。そもそも、あの聖皇が容認するのか?」

「容認しているからこそ、この場にいる。いや、示しがつかない、と言う話だな。その上、すでにリリンは二度もダルタロスの使徒に対して敵対行動を取っている」

「そうだ」


 フェイズが弓を構え、リリンに向ける。

 ティアは思わず、その間に立った。


「やはりな。刃極、一つ提案をしてやろう」

「提案?」

「そのレムレス女、グレイティア・グレイスにきっちり見張らせろ。貴さまらが目を離すことがあっても、そのバカなら頼まれなくても見るだろ?」

「そうかも知れん。だが、それでも俺は心配が勝るな。もう一つ、霹靂(へきれき)殿の提案に付け加えさせてくれ」


 グレゴリーがこちらを見る。彼の言いたげなことは分かった。拒否する理由も持っていなかった。


「リリンをここにいるグレイスとアンリの二人に監視させる。何かあれば、二人に判断してもらう。それでどうだ?」

「……その小娘二人にか?」

「グレイスもアンリも実行力がある。それに判断力もな。それは、お前も見ていたはずだが?」

「黙れ。貴さまが直で監視するならともかく、そんな使徒ですらない二人では知らん者の理解を得られない。そう言っている」

「誓書が必要だな。他には――」


 二人だけで問答は続けられる。ティアやアンリは口を挟まなかった。リリンも決定を待っているようだった。

 数分後、最終的な裁定が下された。

 そして、その日の内にアプスへの出立が行われようとしていた。


「わあっ!」

「どうどう、落ち着けー。グレイスちゃん、馬は初めてかな?」


 シアンが馬を落ち着かせている。

 ティアの目線の高さは、本来の倍くらいの位置にあった。

 馬による移動と決められていた。ダルタロス地方の使徒の基本であるらしい。

 ティアたちもそれに従うことになった。

 横目に、突風のような影が通過する。


「ドラァ! 中々良いウマだな」

「すごいすごい! 君たしか、ニルだっけ? 一人でどこまでも行ってしまえるような馬術だね!」

「ああそうだ! こいつさえあれば、どこへだって行ける! なんなら先頭に立ってやろうか?」


 ニルが馬を縦横無尽に操っている。遊牧民として馬の扱いに長けていると以前話していた。その特技を遺憾なく発揮していた。

 だが、すでに先頭に立つ者があった。

 紅蓮の髪を持つ人物だ。


「条件の一つ、地方では俺とシアンが貴さまらの監視に付く! 貴さま、話を聞いていなかったようだな!」

「んだとぉ?」

「時間が惜しい。貴さまら、俺の速さに全力で着いてこい! 行くぞ!」


 フェイズが馬を駆る。その背中はあっという間に霧に消えていった。


「ティア、早く行け」

「ちょ、アン! わあっ!」


 馬に乗ったアンが、ティアの馬の尻を蹴った。

 その結果、勢いよく馬は走り始める。

 ティアにはその動きを制するだけで精一杯だった。

 そこへ、横並びになってくる存在があった。


「グレイス、丸くなるな! 腰から下で安定させろ!」

「り、リリンさ〜ん! 助けて下さーい!!」


 手綱を握らず、ティアは馬の首に全身を預ける。

 転落するまで残り数十秒といった具合だった。

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