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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第二章 聖暦十九年 西方遠征前夜〜ダルタロス地方編
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【ダルタロス地方編】聖都の大いなる門 ①

 グレゴリーが足を止めた。

 ティアや候補者たちが彼の近くまで近寄る。

 彼の正面の大地には、緑がほとんどなかった。

 聖都を出立してから十数日をかけて山地を越え、ダルタロス地方までやって来た。

 ダルタロス地方は、四方に険しい山地が多い一方で中央部には広大な平原がある。多くの人はその平原に住み、農業を営む。それだけの環境があったという。

 しかし、現在の平原部は荒廃し、人が生きるには過酷な環境になっていた。


「俺も数度、ここには来たことがある。霧が出る前は、あっちこっちで野盗がいたもんだ」


 西方にはいくつか地方がある。その中でも、飛び抜けて治安の悪い場所がダルタロス地方だった。

 だが、その反面、過酷な環境が聖都の陸路を守る結果となっている。

 山地を防壁にした結果、外敵の侵入を食い止められるからだ。

 その証拠として、山地を経由するルートでは、ほとんどレムレスと遭遇しなかった。

 そこを越えるためには正しい順序で進まねばならないという前提はあったが、ティアも候補者たちもここまで魔力の消費を抑えられてきている。

 それでも十数日の移動は肉体にかなりの負担を与えている。


「だが、今は静かなもんだ。まあどちらにしても死ノ原と呼称されるだけの土地だ。辺りへの警戒そのままで進んでいくぞ」


 グレゴリーが荒野を歩き始める。大柄な彼が進む度に乾いた足音がする。

 相変わらず、周囲の霧は濃い。この状況では、どこからレムレスが現れてもおかしくはない。そのため、一秒たりとも警戒を解けなかった。

 ティアも流動を使って、微量ながらも全身に魔力を流し続けている。


「ティア、腹が減った」


 自分の横を歩いているアンが唐突に指で催促する。


「パンでいい?」

「それしかないの……か?」

「間食だからね。お夕飯には少し早いんじゃないかな」

「もうすぐだと思うけど……な。それでいい」


 ティアが懐に入れていたパンを取り出す。硬パンであったが、すでにある程度柔らかくしてある。

 それを半分に。更にもう半分に割ってからアンに差し出す。


「そっちも寄越せ」

「またすぐなくなっちゃうよ。だからダメだと思う」

「……ちっ」


 渋々とした顔でアンが受け取り、一口で食べ切る。

 ティアは水筒も手渡した。パンは保存のため塩気を強くしてある。一気に食えば、急激に喉が渇く。

 予想通り、アンは喉を激しく鳴らしながら水を飲み進めた。


 先遣隊は軽装備での移動をしている。

 食料も保存が効くものを数日分持っているだけだ。後遣隊から食料を受け取るという方策もあったが、基本的には現地での調達で済ませていた。

 食料の管理は、ティアとマグナス、グレゴリーが行っている。そのため、彼らの懐や腰回りは他の候補者たちよりも重くしていた。

 先遣隊は、先頭にグレゴリー、その後ろにティアとアン、シーザー、リリン、シャールと続き、最後方をニルとマグナスが固めている。

 縦長の陣形と言える。

 ティアの位置から、マグナスたちは見えない。霧のため、必ず一人以上は見える範囲にいる。マグナスたちからはシーザーたちの背中が見えるようにはなっているはずだった。

 こうなると側方が弱点になる。横腹からの襲撃で陣形が一気に崩される心配がある。

 だが、その点は中央を起点として人数を厚くしている。

 それでも連携という部分で危うさはある。


「む」


 グレゴリーが足を止め、構えを取る。


「中央だ! 防御を固めろ」


 彼の一声で、ティアが腰に差していた杖を構える。

 後陣でも緊張が奔る。

 呻き声のような音が聞こえる。自分の配置付近からではない。

 激しく音を立てて、影が現れる。

 それは、アンに飛びかかっていた。彼女はまだ、水筒に口を付けている。


「邪魔」


 アンは一瞥することなく足を振り上げ、相手を叩き落とした。

 凄まじい衝撃と共に、土や血肉が辺りに飛び散る。

 そして、再び静寂が訪れる。

 おそるおそる、ティアは倒されたものを確かめた。


「狼……?」


 潰れてしまっているが、そのような形に見えた。

 しかし、下半身の大部分が欠けている。

 その断面からひどく臭う。腐ったようなものでない。肉を焦がし尽くした際に生じる臭いだ。


「こいつは月狼(げつろう)族だな。狼のレムレスだ」

「これが……?」


 月狼族は、再現の部屋で何度も戦った。

 一頭ごとの毛並み様々だが、顔面の半分を占める口と牙は共通している。それとその獰猛さだ。

 目の前の個体は、アンによって顔面が完全に破壊されている。そのせいで判別ができなかった。


 グレゴリーか腰の剣を抜く。そして、レムレスの胸部と思わしき場所に突き立てる。

 カッ、と小さな音が生じる。するとレムレスの肉体から色が失われ始める。


「心石を砕いた。かなり弱っているようだったが、レムレスの自己回復力は高い。こうして、止めを刺すことも重要だ」


 グレゴリーが剣を鞘に収めるまでにも、レムレスだったものが風の中に消えていく。

 やがて何もなくなった。血や焦げついた臭いも。


「俺たちは、これを死ではなく、滅(ほろび)と呼んでいる。紛らわしいところだが、使徒になればその言葉は定着していくだろう」

「意味は分かるが。死、でいいだ……ろ」

「アンリ、お前どうせ座学ほとんど聞いていなかっただろ? ヨハンナさんやエヴァールの爺さんはちゃんと説明してたぞ? ……心石を持つ者と持たない者、その区別のためにおおよそ使っている」


 肩を落とすグレゴリーに対し、アンは水筒をティアに投げ渡していた。

 彼が話し終えるまでに、ティアは水竜魔法(ウォルト)で再び水筒を満たしていく。


「お前たち、敵対するレムレスがいれば必ず心石を破壊するんだ。強力な一撃を叩き込めたからって油断するなよ」

「アンリ、言われているぞ」


 後方からシーザーの視線がアンに投げつけられる。

 彼女は気にすることなく、ティアに水のおかわりを要求していた。


 それから、一行は北に向かって進んだ。

 グレゴリーの指示もあって、警戒陣形は維持されていた。

 ティアは平静を保っている。

 山地での移動の時よりも全体の速度は落ちていた。だが、この体制であれば、先刻襲撃された時のように即応が可能だ。

 ティアにとっては、アンや仲間たちが周囲にいることも心を穏やかにする要因となっていた。


 一方で、以後の襲撃はなかった。

 数時間、荒野の中にいた。

 次第に人や動物の死骸が増えてきた。白骨化したものが多く、長い年月放置されていることが窺える。

 ただ、現れるのは痩せ細った動物たちばかりで人やレムレスの姿はない。

 そうなると、他の候補者たちも疲労から揺らぎを生じさせ始めていた。


「よし、間もなく町に到着する。そこで一時休息を取る。グレイス、頼めるか?」

「はい。皆さんにお伝えします」


 グレゴリーからの伝達を、ティアが順番に後方へ伝えていく。

 霧の中での大きな音は、何かの契機になる。

 そのため、グレゴリーはティアにしばしば伝達の役目を与えていた。同じくらいの位置にアンもいるが、彼女は面倒だと吐き捨てるばかりだった。


 マグナスで折り返そうとしたところ、ティアは彼に呼び止められた。


「教官は、他に何か?」

「いえ、特には。どうかしましたか?」


 マグナスが周囲に目線だけ送る。この先遣隊では、マグナスが副隊長のような役割を担っている。


「いや、ここまでレムレスがいないことが少し気になったんだ」

「そういえば……そうですね」


 マグナスの言う通り、ここまでの遭遇は一度きりだ。

 聖都から死ノ原と呼ばれるダルタロス平原、レムレスの影はほとんど確かめられなかった。

 そんな偶然があるのか。

 いや、おそらく何か理由があるのだろう。


 陣形の定位置まで戻ると、ティアはグレゴリーのすぐ後ろまで近付いた。


「どうした? ニル辺りが何か愚痴を言っているか?」

「マグナスさんからです。どうしてここまでレムレスがいないのか、と」

「この地が聖都の門であるから、と言っておいてくれ。理由はいずれ分かる」

「いずれ……分かりました」


 ティアがまたマグナスの元に駆け寄ろうとした。

 その時だった。

 大地が揺れた。


「前方だ! 障壁を張れ!」


 グレゴリーの声に一瞬遅れて、赤い光が見えた。


「障壁魔法(アンキレ)!」


 熱。肌が焼けるよりも速く、透明な壁を展開する。

 熱が波のように襲いかかってくる。

 幾重にもなっている脅威、障壁は確かに後方への被害を防いでいた。

 だが、それを支えるティアの腕が軋んだ。

 流動は使っている。そもそも、障壁魔法(アンキレ)は衝撃を含め全てを防ぎ切る。そのはずだ。

 初めての経験だった。


 音が飛来する。いくつもの泡が弾けるような音。

 後方に体が流れていく。

 そして、ティアの足が地面から離れる。


 吹き飛ばされる。

 そう思った時、背中が強い力に引き寄せられた。


「アン!」

「黙ってろ! 前だ!」


 叫ぶようなアンの声だ。

 その声に従って、ひたすら前に手を伸ばした。

 足は浮いている。だが、上体は芯を得たように安定する。合図の瞬間、アンはすでに背中側に回っていたのか。

 熱波は続く。

 気を抜けば、次は腕が吹き飛ばされそうだ。


 負荷魔法(プレティウス)。


 声にはならなかった。だが、発現はした。

 腕がピンと張れる。障壁も倍は大きくなった。

 それでも息は吸えなかった。

 肌を刺す痛みが、直感的に口を閉ざしていた。


 やがて、視界が晴れた。

 いや、霧が吹き飛ばされている。自分たちの位置から、その先が目視できるようになっている。

 長大な壁とレンガ造りの建物が見える。

 そして、幾つか人の影がある。


「俺は、グレゴリウス・テラウス! 聖都から来た使徒だ!」


 前方のグレゴリーが声を張り上げる。一山は越えてしまいそうな大きさだ。

 だが、即座に壁の向こうから何かが放たれる。

 またもや赤い光。

 火炎魔法(ファトマ)・花形、それと同質のもの。

 

「キャアアアアア!!」


 背後からシャールの悲鳴がする。

 ティアはその位置を確かめると、わずかに脚を動かした。


「全員伏せろぉ!!!」


 グレゴリーが両腕を振り上げる。

 棍棒のような太い腕を振り下ろすと同時、彼の前に巨大な壁が生成される。

 そして、再び大きな地響きが轟き、辺りの空気が熱を帯びる。

 だが、生成された壁に威力が殺されているようだ。障壁を展開せずとも、体は無事だった。


「シャールさん!」


 ティアは、陣形の中の方に駈け寄る。

 シャールは火傷を負っていた。

 顔に赤アザができていたが、命に関わりかねないような傷はなかった。

 近くには、シーザーとリリンがいた。彼を見ると、手のひらを振って見せてきた。

 後方にいたマグナスとニルも無事なようだった。


「もう一度名乗ろう。俺は、グレゴリウス・テラウス!! 刃極(じんきょく)の称号を持つ使徒だ!! まだやるというなら、全力でお相手致そう!」


 グレゴリーが自ら作り上げた防御の上に立っている。

 そして、彼方から迫る一つの物体を見上げていた。

 グレゴリーが剣を抜く。


「久しいな! やはり、フェイズか!」

「貴さまなど知らん」


 両者が交錯する。

 火花が生じ、銀閃が光を放つ。

 ティアの目の前に、二人が降り立つ。

 鍔迫り合いの中、互いの得物は一歩も譲らない。


「俺は聖皇陛下から使命を受けている。ダルタロスさまにお会いしたい!」

「塵は、等しく塵に還れ」


 フェイズと呼ばれた人物が、退がりながら得物を引く。

 それは弓だった。彼は、すでに矢を番えている。


「砕壁!!」


 グレゴリーがまたもや巨大な壁を作り出す。

 そして、間髪入れずに、上に向かって跳び上がる。

 フェイズの眼が壁の上から見えた。相手もまた同じ手を打っていた。

 引き絞っていた矢が放たれる。

 グレゴリーは、剣を大きく振り上げる。


「うおおおおらぁ!」


 グレゴリーが剣の平で矢の側面を捉える。

 矢が遥か上空へ打ち上げられる。

 くるくると回転しながら、それは太陽の如き光を放った。


「障壁魔法(アンキレ)!」


 ティア含めて候補者たちが防御を重ねる。

 頭上から熱波が降り注いできた。だが、最初ほどの威力は感じられない。全員が固まることによって障壁の性能が上げられていた。

 障壁の中で、ティアは二人を見上げた。

 極限の戦い。そうとしか言えなかった。

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