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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第二章 聖暦十九年 西方遠征前夜〜ダルタロス地方編
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没落お嬢さま VS 血族お嬢様 ③

 シーザーの登場で、観衆の熱が明らかに高まっている。

 ティアは修練場の食堂で待機していた。

 エンリカとの作戦会議も済んでいる。あとは自分が中庭に向かえば、決闘は始められる。


「グレイスちゃん、上で応援してるねー!」

「グレイス、全力を出すんだ。君なら大丈夫だ」


 ベルとマグナスは直前まで話をしてくれた。他の候補者たちもここに集まっていて、先ほどまでは各々との会話をしていた。

 皆、一年共に過ごしてきている。今、修練場に来ている者たちは知らぬ顔ばかりだ。だが、候補者たちが近くにいるだけで心は安らぐ。

 あとは、マグナスの言う通り全力を出すだけだ。


「グレイス、エンリカが呼んでる」


 ペルラが廊下側の窓から上体を乗り出している。

 その言葉を受けて、ティア含め今いる候補者の全員が中庭の前まで来た。

 振り返り、彼女は皆を見遣る。


「では、行って来ます」


 笑顔で答えられた。今こそ、自分を信じてくれる皆を信じるべきだ。

 声援に見送られながらティアは中庭の中央へ向かう。

 観衆の声が四方から発せられている。音の反響が凄まじい。これでは、平衡感覚を見失ってしまってもおかしくはない。

 だが、心は落ち着いている。魔力も薄く纏い続けられている。

 中央に来ると、シャールとシーザーと向き合った。数十歩分の距離がある。二人はこちらを一瞥しただけで、エンリカの方を凝視している。


「揃ったようじゃな。決闘の勝利条件も模擬戦のものを採用し、有効打の先取制とする。一本、一本じゃ。先に取った方の勝ちじゃ。判定は、このエヴァールが務める。武器は、ここで使われている木製のもの限定となる」

「ワタクシたちはいりませんわ」

「ボクたちもだ。そうだろ、シャール?」

「ええ。一本なら武器を使うより早い方法はいくらでもあるもの」


 エヴァール以外の全員が一切目線を切っていない。

 開始と同時に始まる。最初が重要、とエンリカも言っていた。


「よろしい。では、これより決闘を始める」


 エンリカが構えを取る。シーザーとシャールもほぼ同時に手を前に出した。


「始め!!」

「「火炎魔法(ファトマ)!」」

「火炎魔法(ファトマ)」


 大音声(だいおんじょう)と同時に、三人が一斉に発声する。それぞれの手に火の球が現れる。

 だが、エンリカだけはもう片方の手も火球に触れている。


「波形(はけい)!!」


 火球がシャール目掛けて真っすぐ飛んでいく。いや、それはエンリカの手から続く太い線となっており、火球とは全く異なる性質になっている。

 シャールの口が半開きになっていた。


「くっ! 追風魔法(アウラ)!」


 シーザーの空いていた手から突風が起こる。

 シャールが側方にわずかにずれる。熱線は彼女を捉えられず、後方の壁に激しい衝突音を立てた。

 熱線が止むと、骨組が剥き出しになった壁が現れる。凄まじい威力だ。


「なんなの、この魔法は……!」


 転倒しているシャールの声が震えている。立ち上がるのにも時間を要していた。

 一方で、エンリカは両腕を肩から落とし、深く息をついていた。吸って吐いてを繰り返していく内に、額から汗が流れる。


「シャール、攻めるなら今だ。火炎魔法(ファトマ)」


 シーザーが炎の球を撃ち出す。技形と共生を使った応用技術だ。

 それに対し、ティアがエンリカの前に出て両手を出す。


「障壁魔法(アンキレ)!」


 透明な壁が展開され、それに接触した炎球がかき消される。

 だが、一発では終わらなかった。シーザーが次々と撃ち込んでくる。

 彼は脚を動かし、横に横にと展開していく。障壁の死角を突こうとしているのだろう。だが、移動の速度は緩慢だ。何か策があるのか、動きの細部の変化を観察していた。


「障壁魔法(アンキレ)」


 エンリカの声、シーザーがいる反対の方向から衝撃音が生じる。


「グレイスさん、走りますわよ!」

「はい! 負荷魔法(プレティウス)!」


 エンリカが走り出し、ティアも脚部を加速させる。防御を常時展開しながらだ。

 向かう先は、エンリカが向いている方向だ。そちらにはシャールがいる。

 弧を描きながら近付いていく。シャールの顔が歪んでいる。彼女も炎の球を連続で放出していた。

 ティアはエンリカの前に出て、壁を張る。シーザーからの攻撃も片手を用いて、当たりそうなもののみを弾いていった。

 シャールがシーザー側に移動していく。一方で、シーザーはティアとエンリカの背を追う形になっていた。

 左右に分かれての同時攻撃。エンリカの予想通りだった。


 事前の会議で、シャールとシーザーが即席の組み合わせになること。そして、打ち合わせもないその状況ならば中距離を得意とする者同士の動きが絞られる、とエンリカは考えていた。

 一方が牽制しつつもう一方が相手の死角や動きの隙を狙う。簡単だが、かなり強力な戦法だ。ティアと最初に戦った一角植獣というレムレスもこの戦法を使っていた。

 それに対する、こちらの対策は攻撃者一人に対しての移動だ。

 それによって、相手の出方を見つつ防御可能な角度を確保する。シャールの選択は、距離を取っての戦闘の継続だった。

 ここまでの流れは全てエンリカが描いた通りになっている。

 

 そして、彼女は相手から見て死角になるティアの背中に片手を当てていた。


「共有魔法(ポリシン)……グレイスさん、このままシャールさんを追いますわ……」


 小声での指示だ。その間も体に力が宿っていく。少量ではあったが、障壁魔法(アンキレ)を維持していくだけの魔力だ。


 こちらの作戦、それは耐久戦だ。

 初手でエンリカが高火力の魔法を相手に見せつける。それが先ほどの波形だ。ティアも初めて見るもので、一瞬目を奪われるほどであった。

 一方で、使徒でない人の肉体では魔力貯蓄量やその供給量に限界があるという認識、それを利用した。

 あれだけの高火力の魔法を見せつけて疲労した姿を見せつける。それによって、わざと反撃を開始させる。

 一方的に攻める展開となれば、魔力を供給が追い付かない。それを踏まえての間断のない攻撃であることは間違いない。


 だが、彼らは誤解をしている。エンリカの魔力は実際には全く使われていない。

 フランツの技法、と彼女は言っていた。魔力消費を極端に抑えた上で運用ができるということだ。

 それを使いながら、自身は疲労を装い、今も最小限の魔力障壁を展開のみにして周囲へのアピールを忘れない。余剰魔力の一部を隙あらばティアに流すという抜け目のなさもある。


 これが、戦闘の運び方というものなのか。

 全力を尽くしてばかりのティアにとって、初めて体験するものだった。


 数分間の追撃と逃走の応酬が繰り広げられる。

 ベルやマグナス、ニル、エドワルドの大歓声が時折聞こえた。

 ティアは集中を続けられた。繊細ではあるが、普段の修練の延長と考えればいい。

 

 やがて、シャールの足取りが遅くなり始める。

 彼女もシーザーも走りながらの移動と魔力の消費を同時に行っている。

 二重の消耗による短期での疲労、それは使徒にはない人であるがための弱点だ。

 彼らはあくまで候補者だ。使徒ではない。


 こちらも同じような状況ではあるが、移動に使用している負荷魔法(プレティウス)は加速のみの使用で、使用後の減速の衝撃は流動で自然に受け止めている。それを繰り返すだけであり魔力と体力の消費は最小限だ。

 障壁魔法(アンキレ)も火炎魔法(ファトマ)の嵐を展開し続けるよりはずっと魔力消費が少ない。想像するならば、こちらが拳を一度突き出すまでに、同じ力で五度連続で拳を飛ばすようなもの。


 間もなく、好機が訪れる。

 その一点の見極めこそが、最も重要な役割だった。


 シャールの口が大きく躍動する。

 息を吸う。吐く。吸う。火球の調子が乱れる。

 吸って、吸って、吐く。連撃に隙間ができる。

 嘘ではない。正にここだ。

 

「ここです、エンリカさん!」

「分かりました、行きますわよ!」


 その言葉が発されると、ティアは両手で防御を構え、一人で両面からの攻撃を全て弾き始める。

 一方で、エンリカは足を止め、両手を宙に向けた。


「火炎魔法(ファトマ)・花形(かけい)!」


 エンリカの両手から何十発もの火球が放出され、空高く打ち上がる。

 最初の波形と比べても、かなり速度は遅い。

 だが、その発現によって、ここで初めてエンリカは肩を落としながら大きく息を吐いた。


「こんなもの、撃ち落としてくれるわ!」


 シャールが足を止め、構えを取る。

 火球がゆるやかに放物線を描き、落下を始める。その下にはシャールだけでなくシーザーもいた。


「罠だ、シャール! 障壁魔法(アンキレ)!」

「え?」


 シーザーの制止がかけられるより早く、シャールは迎撃を実行していた。

 空中での火球同士が接触する。

 その瞬間、周囲の色が赤に染まった。

 一拍遅れて、轟音。そして、突風が起こる。


「キャアアアァァァ!!」


 女性の絹を裂くような声、それをきっかけとしてシャールとシーザーがいた位置から何十という衝撃が生じる。

 地が揺れ、砂塵が辺りを包み込む。

 ティアは障壁魔法(アンキレ)を前面に出し、自分たちを守っていた。

 だが、視界は途切れる。目も閉じなければ、隙間から砂粒が侵入する。


「グレイスさん!」


 エンリカの判断。まだエヴァールの声がかけられていない。

 作戦の最後の一手を実行する。


「負荷魔法(プレティウス)、追風魔法(アウラ)!」


 背後から風が吹き、ティアは前方に跳んだ。

 降り立った時が勝負だ。すでに対象は決めている。


 これまでの動き。初動からずっと均衡を保つ立ち回りをしていた。

 そして、今の状況、自分自身の守りを万全としたからこそ、次の一手として再び支援に入る。

 その一瞬が彼の、シーザーの隙となる。


「なっ!」


 砂煙の中、シーザーの声が目の前から聞こえた。

 動揺の声色だ。はっきりと聞き取れた。


「ふざけるな!」


 目の隙間から彼の動きがわずかに見えた。

 腕を引く。防御ではなく、反撃のための動作だ。

 だが、すでに懐に入っている。

 想像するものは、アンの動き。体にひねりを。


「追風魔法(アウラ)! はぁぁぁぁああああ!」


 風を纏った掌底が、シーザーの腹部を捉える。

 その瞬間、彼の体が彼方に向かって吹き飛んだ。

 砂塵を切り裂き、横回転をしながら飛び続け、また見えなくなった。


「そこまで!」


 エヴァールの声が耳を打つ。

 砂塵が急速的に落ち着き始める。視界が晴れ、互いに姿を捉えられるようになった。

 ティアは、小さく息をする。

 エヴァールは四人の丁度真ん中になる位置で立っていた。

 手を上げ、彼は結果を大音声に乗せる。


「勝者、エンリカ・フランツ。並びに、グレイス!」


 周囲から歓声が上がる。

 また爆発したかと勘違いするほどの大きさだ。

 候補者たちからの声も明瞭に聞こえ始める。決闘の最中、全てを拾うことはできていなかった。


 ティアがエンリカに振り返る。

 彼女は、もう眼前にまで迫っていた。


「グレイスさん、よくやりましたわー!」


 エンリカが思い切り抱き締めて来る。

 彼女の頬は熱く、いっぱいの汗をかいていた。

 エンリカの作戦はほとんどが的確だった。だが、それでもこれだけ疲労しなければ達成できなかったことなのだろう。


「……エンリカさん、おめでとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございます。貴女のお陰ですわ。さすが、ワタクシの一番弟子と鼻が高いですわーっ!」


 エンリカが高笑いをする。

 ティアもにっこりと笑みを返した。


 ふと、シーザーとシャールが気になった。

 二人とも立ち上がっていたが、様相は大きく変わっている。

 シーザーは衣服の腹部が破り取られたようになっている。下に見える皮膚にはアザができており、それを隠すように抱えている。

 シャールは、全身に砂を被ったことで汚れていた。いや、その下の皮膚には黒アザがあり爆炎の一部も受けていたようだ。


 エンリカがシャールに近付いて行く。

 互いの距離がなくなるが、シャールはエンリカから目を逸らしていた。


「約束です。発言の撤回をお願い致しますわ」

「…………撤回するわ。エンリカ・フランツは、私が言ったような低俗な事柄は一切していない」

「他の候補者の皆さんに対しても、ですわ!」

「他の候補者たちもよ……事実無根であったわ」

「よろしいですわ! これで一件落着!」


 鼻をフンスと鳴らすエンリカに対し、シャールは歯を強く噛み締めている。


「…………あんた、これで済むと思っているの? 計画はもう終わる。それを忘れた訳じゃないでしょうね?」

「シャール、今それは関係がない。じゃが、この決闘により状況は変わるじゃろう。もう一度、お父上とよく話すことじゃ」


 エヴァールがエンリカとシャールの間に割って入った。それでシャールは何も言わなくなった。


「やられたよ、グレイスだっけ?」


 シーザーがティアに近付いて来る。


「あの女に似てる。まさか、姉妹とか?」

「あの女……? アンのことですか? はい、彼女とは姉妹です」


 シーザーが舌打ちをする。赤紫色の眼は絶えずこちらを見ていた。あまりにも鋭い眼光だ。


「姉妹揃って厄介みたいだね、覚えておくよ」

「……シーザーさん、今日はありがとうございました」

「嫌味か?」

「い、いえ、そんなことは。……すみません、今は何を言っても嫌味になってしまいますよね。今度また修練場にいらして下さい。……い、一緒にご飯食べましょう」

「……ははっ」


 シーザーは浅く笑うと、踵を返した。

 彼を大勢の人々が出迎える。


「おーい、リカちゃーん! グレイスちゃーん!」


 ベルの声だ。

 そちらに振り返ると、候補者たちとグレゴリー、それとヨハンナがいた。

 褒められるだろうか。

 いや、きっと認めてくれる。

 勝利よりもそのことへの確信が、何よりもティアの胸に穏やかな旋律を奏でていた。

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