没落お嬢さま VS 血族お嬢様 ②
不思議とグレイスは落ち着いていた。
数時間前、決闘の相手として指名された時は多少揺らいでいるようには見えた。だが、今は普段と変わらない調子で会話をしている。
エンリカとグレイスの二人は、修練場の中庭で作戦を立てていた。
「もう一度確認しますわ、グレイスさん」
二人だけ再現の部屋から出た。
残りの候補者たちは今も修練を続けている。本来ならば、西方遠征のために尽力しなければならないところだが、許可を出したエヴァールには思惑があるようだった。
彼の後押しがなければ、こんな好機は巡って来なかっただろう。
「シャールさん、彼女はどういう人物ですの?」
「はい。えっと、名門クロヴィス家の出身の令嬢で幼少時から英才教育を受けています。特に魔法の扱いに長けており『黒魔の令嬢』と呼ばれるほど。知略に長けており、搦め手を好んでいる、ですかね」
「ですが、性格はあの通り直情的な面もありますわ。傾向としては、上手くいっていないと癇癪を起こす、といった感じですわ」
グレイスが小さく頷く。
エンリカはシャールと少しだけ交流があった。
フランツ家の後継者としてパーティーに出ていた頃に、下手に出ていた彼女の姿をたまに思い出す。シーザーや他の血族たちも祖父には弱かった。その中の例外がノトゥと言っていい。
あれから立場は大きく変わった。
祖父の死後、エンリカは街外れのボロ小屋で生活するようになり、使徒育成計画への参加が打診されるまで極貧生活を送っていた。
それでも、誇りを捨てなかった。祖父の教えを守り、鍛錬を怠らなかった。
だが、今ここにいるのは最初に抱いた想いではない別のものだ。
「えっと、次にシャールさんの戦いの傾向ですけど、本当にもう一人の方がどなたか考えなくていいんですか?」
シャールは、自分の相方を指名していなかった。グレイスをこちらにつけたところを見るに、意地の悪い思惑を持ってのことだろう。
「大方予想はついていますわ。あちらは予想外かも知れませんが」
「分かりました。それで、シャールさんが取る戦法、おそらく中距離を意識したものになると思います。魔法応用技術の三種類を修得しているならば、そうするだけでも相当強いですから。魔法が得意であるなら間違いはないと思います」
「そうでしょう。向こうの戦法は間違いなく距離を取った戦い、使徒が最も得意とする動きでもありますわ」
「そうなんですか?」
グレイスが首を傾げる。単純に疑問があるようだ。
「レムレスは、基本的に使徒よりも身体能力が高いですわ。それに対抗する形として魔力の研究がなされ、魔法が使われるように。その流れから使徒とは、魔法を巧みに扱う者として広く知られるようになったのです」
「質ではなく、量といった感じなんですね」
「どちらも取ってのことですわ。器用貧乏とも場合によっては言えるかも知れませんが、できることを多くし、あらゆる敵や状況などに対応する。それが重要だったのですわ」
「なるほど……」
その後もグレイスがどこまで知っているかを確かめていった。
勝つため、というよりは普段の学びとそう変わりなさそうに見える。
土壇場で強い。カルド・ボアとの接触を話に聞く限り、その強さが根底にあるのは間違いない。
生真面目で勤勉、そして思慮深さがある。その姿勢は、候補者の中でも随一だ。結果としても強く反映されており、実質的な最終成績はおそらく候補者で最も成長著しいことが証明されるだろう。
今の成績は十段階でなくなり、何人かが上限を超えて成長を続けていると分かるようになっている。
教養の面ではエンリカもかなり高く評価されている。一方で、身体能力面でアンリとペルラがその超人性を争っている。
そして、魔力ではグレイスだ。また、彼女は知性と教養でもかなり高水準だ。
名門の自分よりも高い数値の魔力。
エンリカは鼻が高かった。
「グレイスさん、魔力応用技術は進んでいらっしゃいますか?」
「はい。ただ最近は怪我もあったので、あんまり進展はしていません。カルド・ボアの来襲時に使ったきりです」
エンリカが目を見開く。それから鼻を大きく吹かす。
自慢したくなるようなグレイスにも、天然なところがある。彼女が経験した実戦は、自分含めた候補者たちには非常に貴重なものだ。
「いいでしょう。それでしたら、攻撃の軸を貴女に据えた方がよろしいかも知れませんわね」
「わ、私が攻撃ですか?」
「シャールさんがグレイスさんのことをよく知らないとなれば当然ですわ」
「な、なるほど。でも、ほとんど会っていないとはいえ、同じ使徒候補者です。実は、少しずつ調べていたり……?」
「それならば、先ほど貴女を選んだ意味が分かりませんわ。普段から貴女を知っている者ならば、まず候補から外すでしょうから」
それだけグレイスの成長は著しい。
カルド・ボアやその直前の亥族と思われるレムレスとの戦いで活躍している。
もしかしたら、シャールの耳には情報の断片しか届いてないのかも知れない。
あの場には、ペルラもいた。ペルラが異常に強いことはシャールも知っているはずだ。その先入観があれば、ペルラだけが活躍したと誤解してもおかしくはない。
「ところで、グレイスさん。ワタクシはどういう戦いを得意としている、と見ていますか?」
「それは、中距離戦です」
グレイスが即答する。
「エンリカさんは、とても上手に応用技術を扱います。それを活かした魔法での撃ち合いならば候補者の皆さんの中では一番かと。でも、近距――」
「そこまでで結構ですわ」
エンリカが手で制す。
油断すると、グレイスは人の良いところを語り続ける。その心を受け入れたくはあるが、本題からはどうしてもズレる。
「つまり、ワタクシは彼らと同じく距離を取っての戦いを得意としています。実際に明日はそうするつもりです。そこで、グレイスさんにどういった立ち回りを要求するか。その点だけ、少し問題なのですわ」
「私の立ち回り……ですか」
「ワタクシの見立てでは、グレイスさんはズバリ近距離が得意、ですわ! どうですの?」
「……多分、合っていると思います」
口元に少し手を当ててから、グレイスが頷く。
彼女の魔力の使い方はかなり体感的なものだ。
おそらく、その理由は彼女の姉妹のアンリにある。
接近戦の悪魔。あまりに偏った手本を幼少から見て育っているせいだろう。
だが、物事を理解しようとする力はある。
技形や共生といった技術も覚えてから日が浅いが、理論を理解はしている。だが、普段からとなるとまだ不安が残っていた。
「では、それを前提にして作戦を立てていきましょう。まず……」
エンリカが考えを話そうとした時、誰かがこの中庭に入って来た。
二人組で、どちらも候補者の制服を着用している。
だが、あまりに見慣れぬ姿だ。彼らが制服を着て居合わせた場面は数えるほどしかない。
「ご機嫌よう、ロマーノさん。珍しいですわね」
「やあ、フランツ。邪魔しちゃったかな?」
「多忙ではありますわね。貴方もどうです?」
「遠慮しておくよ。今日は少し話を聞きに来てね」
シーザーが後ろ手を組みながら近付いて来る。そのすぐ後ろにはリリンがいる。
シーザーのニヤけた表情は昔から変わっていない。
「明日、シャールと決闘するんだって?」
「そうですわ。彼女がワタクシたちを貶めようとしていらしたのでその撤回を」
「…………ふーん、彼女も悪気があった訳じゃないだろ?」
「明日、もう一度伺いますわ。ところで、ロマーノさん」
「何?」
「貴方、何も準備せずにいてよろしいのですか?」
「準備? ボクに何の準備が必要と言うんだい?」
シーザーが片手をちらつかせて笑みを浮かべる。 それを見て、エンリカは小さく笑んだ。片手を腰に当て、もう一方の手の人差し指を立てるとシーザーの周りを歩み始める。
「あら、ワタクシはてっきりロマーノさんがシャールさんのお相手ではないかと思っていましたわ」
「2対2の決闘の相方、ってことかい? 残念だが、ボクは指名されていないらしいじゃないか」
「では、どなたになるのでしょう。まさか、決闘しないおつもりなので?」
「特に誰がダメとか決められていないみたいだし、彼女お抱えの使徒が誰が来るんじゃないかなぁ」
「それはあり得ませんわねぇ」
両者が手振りの応酬を繰り広げる。
リリンの眼が鋭く光っている。ギリギリ接触しない距離を互いに維持している。
「あり得ない? どういうことだ?」
「条件ですわ。使徒育成計画の中で行われている模擬形式を用いての決闘、とワタクシは条件を出しましたわ。そのきまりに則れば、シャールさんの使徒さまがご参加いただけるはずがありませんわ」
「きまり……? まさか……!」
シーザーが睨みつけてくる。
ふと下方に視線を落とすと、彼の拳が固く握られていたことに気づく。
だが、その緊張はすぐに開かれていった。
「それは、それは、面白い余興が期待できそうだね」
「ええ、是非いらして下さいまし。ワタクシとこちらのグレイスさんが歓迎いたしますわ」
グレイスを彼らに紹介する。
あたふたとしながらも、彼女はぺこりと辞儀をした。
エンリカの目から見ても、彼女の動作はかしこまり過ぎている。かつてのシーザーやシャールたちもこのような姿だった。
シーザーが鼻を大きく鳴らす。
「来い、リリン。シャールを探す」
彼は踵を返して、外に向かおうとする。
「お手伝いは必要になりますの?」
「不要だ」
エンリカの声に向き直すことなく、リリンを連れてそのまま立ち去った。
去年の同じ頃にも、シーザーは似た動作をしていた。
それを唐突に思い出してか、エンリカの舌の辺りまで体内の空気が這い上がってきた。
「……行ってしまいましたね。……エンリカさん?」
「……な、なんですの……?」
「エンリカさんは、本当にすごいです」
「ぷふっ、お褒めの言葉と受け取りますわ。こちらこそ、無茶振りにお付き合いいただきありがとうございますわ」
エンリカがまぶたを落として伝える。
グレイスはいつものように小さな頭を下げた。
「おい、ティア」
上方からの声。
そう感じた時、すでに目の前に影が降り立っていた。
「アン、もしかして見てたの?」
唐突な登場に全く動揺することなく、アンリの姉妹のグレイスが話し始める。
エンリカはほんのわずかに構えたというのに。
「途中から……な。お前とにわとりが連中と戦うの……か?」
「うん、決闘だよ。相手はシャールさんと……」
「リリン、って奴……か?」
アンリの銀の瞳がエンリカに向けられる。
鋭い指摘だ。
エンリカは、リリンの参戦、その一点だけはどうしようもできなかった。
リリンは、シーザーの護衛だ。力は未知数だが、底の見えない力を時折感じさせる。
彼女の対策をどうするか、悩ませていたところだ。
だが、その悩みすらもアンリは全て分かっているかのように不気味に口角を吊り上げた。
「にわとり、一つ話がある。乗る……か?」
「アンリさんが、ワタクシに……?」
彼女の提案は、正に悪魔のそれだった。
翌日の夕刻、決闘の場である中庭には多くの人が集まっていた。
観衆の大半は、クロヴィスかロマーノの関係者、そこに何人かの使徒がいる。
中庭の中央に、エンリカとシャールが立っていた。今日は、両者共に候補者の制服を身に纏っている。
エヴァールはその間に挟まる形でいた。
「これより、エンリカ・フランツ、シャール・クロヴィス、両名による決闘を行う。双方、異議はないか?」
エヴァールの芯のある声が響き渡る。わずかにだが、胸の高鳴りを覚える。
エンリカが一歩前に出る。
「撤回を。悪気がなかったということなら大目に見ますわ」
「何をおっしゃっているのやら。フランツのお嬢様、それは決闘の勝敗で決すること、でしょう?」
エンリカは静かに目を瞑った。
取り繕ってはいるが、態度を改める気はないということだろう。
「……ですわよね。エヴァールさま、ワタクシからは以上ですわ」
「そうか。では、シャールよ。もう一人の参戦者を確認してもよいか? まだ不明であった故な」
シャールがエンリカを薄目で見る。鼻で笑いながら首から上を小刻みに動かしていた。
「リリン、さあこちらに来なさい!」
シャールの片手が高々と上がる。
予想通りだ。
あの後、シーザーがシャールに計画での模擬戦のきまりを教えたのだろう。
シャールの協力的な計画関係者は二人だけだ。
そして、シーザーは自らは出ようとしない。強力な護衛であるリリンもいる。必然的に、相方の存在は絞られる。
アンリは正に、その一点を確実に潰しにかかった。
「……リリン。……来なさい、リリン!」
シャールが叫び声を何度も上げる。
しかし、いくら経ってもリリンは現れない。
観衆もどよめき始める。
「現れないようじゃのう。そうなると、条件未達により――」
「し、シーザー! 私はシーザーを指名するわ! シーザー、いるんでしょう!」
「と、いうことじゃ」
エヴァールがため息を吐く。ちらりとこちらに目を向ける。皺で覆われていたが、笑っているように見えた。
「シーザー・ロマーノ、よろしいかな?」
エヴァールの声が伝播していく。誰の耳にも入るような明瞭な声だ。
この場にいることは間違いない。ベルやノトゥたちに確かめてもらっている。
残りは、指名の拒否だ。
だが、これだけの血族を前にして貴公子だけはそれをできない。彼にも立場がある。
やがて、中庭に一人の男が入って来る。
候補者の制服、まだ真新しさがある。
彼の表情はなかった。嫌気の差すような笑みも。




